第二話
ふらりふらりと、圭は王都を歩いていた。魔獣の皮をなめした茶色いジャケットに、腰のナイフ、さらに2メートルを超える杖を持っている。杖は普段使いの長屋ではなく、隠れ家から回収したものだ。その様相はどう見ても堅気ではないもので、周りの市民は若干遠巻きに見ていた。
圭が目立つ格好で王都を練り歩いているのは、裏稼業の仲間の一人に会うためだった。目立った格好で王都を歩けば、仕事で巡回中の仲間が近寄ってくるはずだ。
裏稼業の名前は復讐代行、正当なる復讐であれば、金をもらう代わりに悪を討つ。それが圭の本当の仕事だ。
そんな圭の目の前から、ラーサス教の神官服を着た男──ルーファスが歩いてきた。片や無頼漢に見える男、片や神に仕えるものである。避ける様子なく、真正面から歩み寄っているため、ぶつかるのではないかと、周りは冷や冷やとした目で見ていた。
「失礼」
ぎりぎりのところで、圭は謝罪の言葉を出して横に避けた。無頼漢が、神官に道を譲ったため、妙な緊張感もほぐれて、周囲の空気はやや弛緩した。
もっとも、今のはルーファスへの合図だった。裏稼業の仲間とはルーファスの事であり、一定の符丁で連絡をとれるようにしていた。
ルーファスは『法』を司るラーサス信徒だ。表向きはただのモグリの男を装っていても、圭のような人間と付き合いがあるということはなるべくは避けたほうが良いため、このようにしていた。それに、ルーファスは捜査状況を確認するための情報源なのだから、気をつかうに越したことはない。
今回のように本人の近くにまで寄る符丁は、急ぎの場合であり、今晩はアジトに来る様にという指示だった。
一応は5日毎にアジトに集まるという決まりにはなっているが、突発的に調べたいことがあるときや、復讐話が出そうなときは緊急で集めることにしていた。
二人は視線を合わせて、連絡ができたことを確認した。そして、圭はそのまま繁華街のほうに足を向けた。
(若干、顔が硬かったな……)
白絹屋の娘の死は町中の噂になっている。妙に噂の出回りが早く、きな臭さを感じさせた。おそらくルーファスもそれをかぎ取っているのだろうと、圭は判断した。まさか、ルーファスが死体を確認しただけではなく、重要な情報を握っているとは夢にも思わなかった。
(来たか……)
ルーファスは圭が連絡をしてきたことから、白絹屋の事件がただの暴行事件ではないと察知した。どこまで圭が情報をつかんでいるかは知らないが、彼はこういったことに鼻が効く。ルーファスは、表では裁けないかもしれないと、若干の覚悟を決めた。
ルーファスと別れて、圭は繁華街を通り王都の外側へと歩いていく、そして『ミリタリス風』という看板が下げられている酒場に入っていった。
カランという、木がぶつかり合う音が響く。中には8個ほどの丸テーブルと、何十個かの椅子が置かれていた。集客率は半分ぐらいだろう。まっとうな仕事についているものは働いている時間のため、冒険者などを代表とする定時の仕事でない者が、酒を飲んでいたり、食事をとっていたりしていた。
圭はまっすぐカウンターのほうに向かい、ラーフィリスに注文をする。
「ラス、エールと、シャムポイ頂戴」
シャムポイとは、このミリタリス地方の特殊な料理で、リンゴジャムに茶長鳥と呼ばれる鳥類の肉を使ったパイだ。甘みと酸味と肉のうまみが混じり、絶妙なハーモニーを奏でる料理だ。わざとらしいリンゴ味がたまらない。
「ケイさん、久しぶり。 エールとジャムポイでいいんだね?」
「……やっぱミートパイにして」
「はいはい、わかったよ」
ラーフィリスは木のコップにエールを注ぎ、すでに作ってあるミートパイを手渡す。
「しめてソロヴァ銀貨1枚になります」
「高くねえか!?」
半日強ほど日雇いのバイトをした時の賃金が、ソロヴァ銀貨2枚程度になる。
「今日のミートパイは紫祖鳥のパイでーす」
「くそ、ミートパイにしなきゃよかった」
不機嫌に悪態をつく圭に、ラーフィリスはかわいく微笑んだ。くそ、かわいい、許す、ずるいと圭は心の中で思う。
このやり取りは、ラーフィリスと圭の間で定めた符丁だった。「エールと〇〇パイ」を注文し、それに対してラーフィリスが注文を聞き返す。聞き返された圭はパイの注文を変えて、必ず購入する。ここまでで、アジトに寄れという符丁になる。
今更だが、必ず買えという符丁にしたのは痛恨のミスだった。実のところ、ラーフィリスは符丁にかこつけて、商品を売りつけてしまおうというたくらみをしていた。
ちなみに紫祖鳥は、全長3メートル、翼を広げると8メートルにもなる超大型の鳥だ。空腹が強い場合は人間ですら襲って捕食をする。その肉は固く、非常に弾力があるがおいしい。また、生態系の上部に君臨するためか、毒がなく、可食部も多いため獲物としては重宝されている。一匹で5000人分の食料になるため、非常に価値があるのだ。
「負けてくれ」
だが、ソロヴァ銀貨1枚というのは高い。特に、料理で得た収入と同じ金額というのが無性に腹立たしい。圭は恥を忍んで、値切ることにした。
「えっ?」
「安くしてくれ」
せっかく、朝飯兼昼食をタダにしてソロヴァ銀貨1枚稼いだというのに、ここで消費するのはなんか悔しい。彼女が言っている意味を理解していなかったわけではないとわかっていても、わざと表現を変えて、重要なことだから二回言った。
「んー、じゃあケイさん。 今日の恰好どう思う?」
そう言われてラーフィリスをじっくりと見る。彼女は黄色のワンピースにエプロンを着用していた。セミロングの髪を、圭が昔にプレゼントした髪留めで束ねている。活発的な印象を受ける格好で、普段はクールに見える彼女を明るく彩っていた。「どう?」とまるで、見せつけるように胸を張っている。
「なんか、胸でかくね?」
胸を張るラーフィリスは、普段より胸が大きく見えたため、思わず口から本音がこぼれてしまった。一瞬でラーフィリスが無表情になる。
「てんちょー、セクハ……」
「うわぁ! わかったソロヴァ銀貨1枚ね! どうも、ありがとう!」
ぎぎぎと、擬音が聞こえてきそうな動きでラーフィリスが店長の方を向く。危険な事を言おうとする彼女を、圭は大声で邪魔すると、ソロヴァ銀貨を1枚置き、パイとエールを受け取った。
圭は見た、包丁を持ったオールバックの店長の目が危険な光を放つのを。
(あの店長、マジでシャレにならないんだよな……)
以前、ラーフィリスにセクハラを敢行した悪漢の顔がぼこぼこに膨れ上がって道の前に捨てられているのを見たことがある。ちなみに、その事件以降、ミリタリス風の料理を頼む客の数はさらに減った。
「べー、だ!」
退散する圭の背中にむけて、ラーフィリスは舌を出した。
「くそ、思わず言っちまった。 かわいいとか言っておけば安くなったのかなぁ……
いや、ないな」
ラーフィリスは甘い女じゃない。かわいいなんて言ったら、もっと笑顔にする方法があると思いません?とか言いながらチップを要求するはずだ。
(昔はもっと可愛げがあったんだけどな)
圭は不貞腐れながら席に着くと、渋々ながらパイを食べながら、エールで流し込む。
「あ、うまいわこれ」
肉の味でくどくならないように、レモンと何かの野菜が混ぜられている。肉はそのままではなく、ミンチにしてあり、パイがしっかりとさっぱりとした味付けになった肉汁を包み込んでいた。ミンチにしたのは、混ぜやすくするだけではなく、弾力が強い肉を食べやすくするためだろう。
出来立てではないため、冷めてはいたが、十分においしく食べられる。
店長の方を見て、圭は親指を上げる。店長もそれに答えて親指を上げた後、鍋を掲げた。
──ミリタリス風の料理はどうだ?
言葉を発せずとも、店長がそう言っているのがわかった。
(いらないです)
圭は掌を左右に振って拒絶の意思を示す。すると、店長はがたいの良い肩を落としながら、食器の洗い物を再開した。
じーっと、圭が新たな注文をするのを期待する店長の視線を避けながら、ちびちびとエールを飲んで時間をつぶした。
17/3/17 誤字修正、表現修正