第二話「アジト談話、殺しの原因を探る」
ラーサス神が眠りにつき、他の神々が目を覚ます夜の頃。迷路横丁の奥にある、逆三角形に瞳が描かれた回転扉の奥にある、アジトにルーファスと圭は集まっていた。
事情を知らないルーファスに、圭がベアータの事を説明すると、彼は渋い顔をした。好き好んで騎士に追われている見知らぬ少女を匿うだなんて、ルーファスには理解のできない感覚だった。
「じゃあ、今日はラーフィリスが来ないんだな」
「ああ、なんか用事があったか?」
「いや、別にそういうわけじゃない。
しかし、うかつすぎやしないか?」
どこから情報が洩れるかわからないのが、裏稼業という物だ。彼らがヘマをし、ルーファスにまでその影響が及んだ場合、妻のミカが危険に晒されるのは容易に想像がついた。それ故に、ルーファスはアニェーゼだけでなく、圭の判断自体も軽はずみではないかと咎めた。
「わかっている。わかってはいるが……」
ルーファスの言う事は的を射ており、圭自身も否定することができなかった。チームに迷惑をかけるような奴は残しておくわけにはいかない。本来ならば、アニェーゼ自身にベアータを処分させるか、2人とも切り捨てる。それこそが取るべき行動だったはずだ。だが、ケイはアニェーゼを見捨てることができず、パン屋の老夫婦、ラーフィリス、ルーファスを巻き込むことにした。
簡単に言ってしまえば、結局のところは情に負けたのだ。
「まぁ、チームリーダーはケイだ。ケイがそうするというならば、俺は従うまでだ」
「……すまん、恩に着る」
思い悩む圭を見て、ルーファスはふっと表情を緩めると、彼を慰めた。情に流される人間は、その情によって滅ぶことになる。だが、情を解せず、非道な人間もまた、情によって滅ぼされる運命にある。どちらも滅びを迎えるなら、情を捨てきれずに滅んだ方がましだとルーファスは常日頃思っていた。そのため、圭の判断は嫌いではなかった。
なお、もしベアータがこの光景を見ていたら悦んでいただろう。彼女はそういう人種だ。
「もう、来ているのか?」
回転扉が開く音が聞こえると、入り口からアニェーゼが姿を現した。昨晩から男の演技を続けているのが原因か、どことなく男らしい口調だった。
相変わらずの性別不祥な妖艶さを持っている。それだけでなく、化粧もいつも以上に男に見えるようにしてあるため、ルーファスは普段と異なる印象を感じた。
「来てるぞ」
「おい、アニ。厄介なことをしてくれたな」
アジトの中に入ったアニェーゼに、ルーファスは早々に非難の声を浴びせた。いつもなら、すぐさま反論するはずだが、今日はバツが悪そうにそのまま畳の上に座った。
「わるかったよ」
「悪かったなら、すみませんでしたルーファスさんくらい言えよ」
「んだってぇ!?」
控えめな態度で謝るアニェーゼを、ルーファスはおどけた声でからかった。元々、怒りの沸点が低いアニェーゼであったため、すぐさま嚙みついた。
「いいのかなぁ? 実は俺、黒色槍騎兵団の騎士団長の検死をやったんだぜ?」
「なに?」
アニェーゼの態度に対して、ルーファスは情報を人質に取った。その話はまだ聞いていなかったため、真っ先に圭が反応した。
「さぁ、どうする? すみませんでしたルーファスさんって言うか?」
「どうしてお前はそんなに強気なんだよ……?」
強気にアニェーゼをからかうルーファスに圭は呆れていた。普段、神殿の同僚や上司、妻に虐げられている彼は、仲間内に対して強気に出られる特技を持っていた。別に圭は、アニェーゼをからかうことを止めてもよかったのだが、あまりにルーファスが生き生きとしていたので、止めるのも悪いと感じてしまった。
一方で、アニェーゼは顔を真っ赤にして怒っていたが、ここでプライドが邪魔してルーファスの助力を得られないと、パン屋の老夫婦、ラーフィリス、ベアータに迷惑をかけてしまう。羞恥と怒りを耐えながら、嫌いな神殿の男に対して言葉を振り絞った。
「すみませんでした……ルーファスさん!」
目に涙を溜め、怒りをこらえながら言うアニェーゼを見て、そんなに嫌なのかよと圭は思った。それと同時に、やりすぎじゃないかと圭は反省した。ルーファスはどう思っているのだろうか。彼の方を見て圭はぎょっとした。彼は満足そうに頷いていたのだ。
(こいつ、やりすぎたとか申し訳ない気持ちにならないのかよ)
男装の麗人が涙目になるまでからかい。それを心の底から楽しむまで普段からストレスが溜まっているのだろうか、妙なところで圭は神殿の闇を知ってしまった。
「よしよし、じゃあ話してやろう」
ご満悦そうなルーファスに対して、アニェーゼは不機嫌だ。あまり長引かせないほうがよさそうだと思い、圭は質問を始める。
「まず、ザック・チェスティは騎士団長を殺したのか?」
「おい!」
「アニ、悪いが俺はあらゆる可能性を考えて動くぞ」
ベアータの父親は無実だとアニェーゼは信じ切っていたため、それを疑うような圭の発言に抗議した。だが、圭はここをまずはっきりさせないと方針が決まらないため、真っ先に明らかにしたい事だった。
「安心しろ、確実にザックは無実だと思うぞ」
「本当か?」
「ザックを犯人とするなら傷が不合理すぎる、もうちょっとうまく細工しろってんだ」
返答にアニェーゼは安心した。圭もとりあえずベアータを救う方針で問題ないとわかり、安心できた。少なくとも内輪で争いになることはなさそうだ。
「となると、俺が受けた印象通りだな」
「ん? 何がだ?」
「突然使用人に暇を出したり、死体の工作が不完全だったりと、あまりにずさんなところが多いんだ。おそらく、急いで団長と副団長を処分したんじゃないかと俺は思う」
「なるほど」
問題は、何が凶行を急がしたかという事だ。そして、今回の事件においてそれが間違いなく切り札となる。
「しかし、ヴァディムがザックとスプリングスを殺害したっていうのを証明するのは、恐らく難しいぞ」
「なんでだよ?」
ルーファスの水を差すような言葉に、アニェーゼが食いついた。
「殺害現場が騎士団内で、2人が騎士団長と副騎士団長っていうのがまずいんだ。
騎士団っていうのは貴族が持つ武力だ。雇い主である貴族にとっては、部下である騎士の上官たちが内輪もめで死んだっていうのはかなりの醜聞になる。
間違いなく内々で処理することを望むだろう」
「糞が」
「まあ、俺はしっかりと調査が進められるようには努力する」
「頼む」
騎士団と雇い主の侯爵は何としてでも事件を隠そうとするだろう。ルーファスも正しい裁きをしたいが、できるとは限らない。しかし、真剣な顔でアニェーゼから頼まれたため、自信はないが頷いた。
(頼まれたのは初めてだな……)
何がアニェーゼの琴線に触れたのかはわからないが、ベアータという娘にこだわる何かがあるのは分かった。ルーファスは圭に目配せをするが、彼は首を横に振った。詮索をするなという意味だろうと、ルーファスは受け取った。
「ルル、ヴァディムはザックが凶行に至った理由を何だといった?」
「たしか横領がばれたとか言ったな」
「それだ」
強い声で肯定した圭に視線が集まる。思った以上に注目されて圭は戸惑った。一度咳払いを挟み、姿勢を正してから言葉をつづけた。
「犯人は横領がばれたから騎士団長を害した。犯人のところにザックではなく、ヴァディムを当てはめることができるんじゃないのか?」
「横領をしていたのなら、そのことを言うと思うか?」
「悪党ってのは不思議なもんで、真実も混ぜて話すんだ。
それに自分の横領を相手に押し付けられるなら都合がいいだろう?」
「なるほど」
「屑だな」
圭の推測を聞いてルーファスは納得がいった。一方でアニェーゼは、そんな理由でベアータの養父が殺されたのかと憤慨した。いくら怒りの沸点が低く、感情的なアニェーゼだといっても、ここまで感情を露わにするのは珍しかった。
「おい、仕事外での殺しはご法度だぞ」
念のため、圭は釘を刺しておく。当たり前だろという返事の代わりに、ぐっという図星を突かれたような声に不安を抱きながらも、物置から圭は紙を取り出した。
「『流れる涙は雨となり、すべてを流すだろう。水精製』」
続いて習字セットのような硯と墨を出すと、術符を用いて水を硯の中に流し込む。墨を溶かして、字を書く準備をする圭を不思議そうにルーファスとアニェーゼは見た。
「突然どうした?」
「貴族に関することは、貴族に聞くのが一番だからな。
アポイントを取るために手紙を書くんだ。
ルーファスはこの事件を表から追ってくれ。アニェーゼはラーフィリスと一緒にベアータを護衛しつつ、ルーファスと共に何を横領したのか調べてくれ」
「貴族にコネクションがあるのか……」
2人が常々思っていることだが、得体のしれないコネクションや情報を持っており、圭は正体がつかめない男だった。しかしながら、貴族側のアプローチを圭がやってくれるというなら異存はなかった。
3人は打ち合わせを行い、アジトを後にした。すべては明日以降の調査次第だ。




