第一話「二人の騎士の娘」
今まで養父と書いていたシーンがありましたが、フリガナはちちです。
「すみません、しばらくお世話になります」
「いえいえ、構わないですよ。
好きなだけいてください」
家主であるパン屋の老夫婦に対して、圭は事情を説明してしばらくアニェーゼとベアータを泊まらせると話した。ほぼ隠さず説明する圭にアニェーゼは驚いたが、老夫婦が一切断らずに許可したことはさらに驚かされた。失礼ながらどんな弱みを握られているのだろうかと思ってしまうほどだった。
「あの、ケイとはどんな関係なのですか?」
「ケイさんは私達の恩人なのですよ。あの人の紹介なら、いくらいてもかまいませんよ」
皺だらけの老婆が柔らかく微笑んだ。その自然な笑みに、圭が彼らを脅しているのではないかという疑念は晴れた。晴れたが、復讐代行屋だなんて商売をやっている圭が、堅気としか見えない老夫婦の手助けをしたことがイメージできなかった。
また、こういった話題を出すと詳しいことを聞きづらい雰囲気を老夫婦が出すため、実際に何があったのかは知ることができなかった。
気にはなるが、聞くこともできないので、とりあえずは今日の昼を購入することにした。
「パンを2つ頂けますか?」
「お昼ごはんにするの?」
「えぇ……」
「それじゃあ、私たちが食べるものと同じものでよければ食べる?」
「本当ですか、ありがとうございます」
老婆からのありがたい提案に甘えることにしたアニェーゼは、財布から硬貨を取り出そうとした。すると老婆はアニェーゼの手をやんわりと抑えた。
「お金は結構よ」
「でも、ご馳走をいただくわけですから」
「たいしたものじゃないわ。
それにお金はケイさんからも貰っているから……。子供がいない私達夫婦にとって、ラーフィリスちゃんやアレス君、ケイさんは子供のようなもの。
私が作ったご飯を食べてもらえるだけでうれしいのよ」
「それでしたら」
アニェーゼは老婆の手を握り返すと、ソロヴァ銀貨を2枚に握らせた。
「子供というのは、親に孝行したいものです。
僕の事を子供のように思っているなら、受け取っていただいた方がうれしいです」
「あらあら……これは一本取られましたね。
じゃあ、いただくわね」
老婆は嬉しそうに微笑むと、アニェーゼの言う通りにお金を受け取った。店の奥へと向かい、スープが入った器をアニェーゼへと渡す。そして、パンが入った袋を背負わせた。やや、パンの量が多い気がしたが、ここで断るのも失礼なのでありがたく受け取ることにした。スープがこぼれないように3階へと運ぶ。
階段をのぼりながら、アニェーゼは先ほどの言葉を反芻していた。子供というのは親に孝行したいもの、それは嘘偽りなく本心だった。だが、アニェーゼが孝行したい両親はすでに亡くなっている。そんな自分はいったい誰に孝行すればよいのだろうか。答えは出なかった。
考え事をしながら、3階に行きラーフィリスの部屋の前で止まった。扉を開けようとしたが、両手がいっぱいなことに気づき、肘を使ってノックをした。
「はい」
中からベアータの声が聞こえた。
「ベアータ、僕だ。開けてくれ」
「はい、アレスさん」
ベアータに招き入れられ、アニェーゼは微笑みかけた。妖しいまでの魅力を持つ、男装の麗人に微笑みかけられ、ベアータはどきりとして顔をそらしてしまう。
「ほら、スープとパンをいただけたんだ。とりあえず腹ごなしをしようよ」
「うわぁ、おいしそうですね。あとでお礼を言わないといけないですね」
勝手知ったる他人の家で、アニェーゼは机の上にスープが入った器を置いた。スープと言っても液状のものではなく、固形物が多いペースト状のものだ。続いてパンが入った布を広げると、拳大のパンが5つほど入っていた。お腹いっぱいに食える量を入れてもらったことに感謝しつつ、部屋に備えられていた酒樽から二杯のエールを用意して食事にした。
『ラーサス神よ、今日も糧を与えてくれたことに感謝いたします』
ラーフィリスはエルドラード信徒であるため、部屋にはラーサス神とエルドラード神の聖印が飾られていた。聖印を向いて祈りをささげてから食事を始めた。
王都のパン屋で売っている商品だけあって、安い穀物で作られたパンと違い、柔らかく、工夫を凝らしてある。村などのパンは火種を無駄にしないために、一度に大量に作る。最初から黒く硬いパンは、日を置くにつれてしおれていき、ますます硬くなる。石のようなパンを何とかちぎって、豆などのスープに浸すのが普通だ。
ここで頂いたパンはそのまま食べられるほどのうまさと柔らかさを持っていた。アニェーゼは久々のご馳走に、ほころびながらパンの味をかみしめた。穀物由来の甘みが口の中に広がり、かみしめるほどに甘みが増す。一方で、ベアータはおいしそうではあるが、食べ慣れた様子で育ちの違いを見せていた。
スープはペースト状でパンにつけて食べるものだった。さすがに肉は入っていないが、豆や野菜がたくさん煮込んであり、塩を贅沢に使っているため、適度な塩気と甘みがパンにちょうどよかった。アニェーゼは器用に片手でパンをちぎり、ペースト状のスープを塗り付けて食べる。その仕草は、迷路横丁に住んでいる裏社会の人間には似つかわしくない作法だった。
昨晩はアニェーゼの家に備蓄してあった干し肉を、エールに浸して食べるさみしい食事なだけあって、非常に満足する昼ご飯だった。十分膨れたお腹が幸福感を満たしてくれて、ゆっくりと食後のエールを飲んだ。
「うん、おいしくない」
アニェーゼは苦みが強いだけのエールを飲んで思わず言ってしまった。常備している飲料水に金はかけないという、何ともラーフィリスらしいチョイスの安酒だった。しかし、勝手に常備している酒を飲まれたラーフィリスが聞いたら、怒りそうな感想である。
「……すみません」
食事をまったりとしていると、ベアータがアニェーゼに謝罪の言葉をかけた。どのことを指しているか分からず、アニェーゼはきょとんとした顔をする。
「私のせいで、ケイという方に怒られたんですよね?」
「いいよ、あいつが怒りっぽいのはよくある事さ」
投げやりに言うと、『あいつ』という言葉が何やらベアータの琴線に触れたのか、ぷるぷると震えだした。一瞬だけ我を失うと、頭を振って意識を取り戻し、改めてお礼の言葉を述べた。
そんなベアータの様子は気にせず、アニェーゼは彼女が自分に似ているなと感じていた。アニェーゼも、ベアータも父が騎士で、濡れ衣を着せられて死んでいる。ベアータは、使用人が彼女を逃がすために死んだ。アニェーゼの場合は、兄が逃がしてくれた。
兄は天才的な細工師だった。若いころからダルカードの信仰を歩み、父の跡を継ぐ気持ちはないとはっきりといった。父は寂しそうだったが、「昔と違って職を好きに選べるんだ、好きにしな」と言ってくれた。アニェーゼはそんな兄から細工を学んだ。
「そういえば、キミの母親は?
騎士の妻なんだから、それなりの家柄じゃないのか?」
家族の事を思い出していたら、母親のことが思い当たった。アニェーゼの場合は、幼いころに母親を亡くしているため、どうしても思い至らなかったのだ。
「私は養子なんです……。本当の両親の事を聞くのは憚れたので……」
養子であると初めて聞いたアニェーゼは、どきりとした。彼女もまた、母親を知らなかったのだ。
「似ている」
「えっ」
似ている境遇に、アニェーゼはシンパシーを感じた。立場、境遇は違えど、今に至った状況は類似していた。
「キミの事、聞かせてよ」
アニェーゼはベアータの事がもっと知りたくて、手を伸ばした。男装の麗人に頬を撫でられ、彼女は顔を真っ赤にしていた。
「はひぃ……」
茹でダコのようになりながらも、2人はいろいろな事を話して夜まで親睦を深めていった。夜になるころには、アス、ベラとあだ名で呼び合うようになるくらい仲良くなっていた。
「ところで、ケイさんとの出会いはいつなんですか? どれくらい仲がいいんですか? お二人でどこかに行ったりするんですか?」
「なんで、そんなにケイに興味があるの?」
なぜか、ケイとアニェーゼの関係性を聞くことも多かった。




