第三話「ルーファス、現場検証をする」
「おかしい、こんなことは許されない」
「なにか、言いましたか? 白の神官殿」
「いえ、なにも」
黒色槍騎兵団の執務室に案内されたルーファスは、荒らされた室内と、飛び散る血液を見て思わず泣き言をあげてしまった。耳ざとく、近くの騎士がルーファスのつぶやきを聞き取ったようで、質問をしてくるが彼は誤魔化した。
つい先日、研究機関の塔で起きた殺人事件を解決したばかりだというにも関わらず、ルーファスは再び殺人事件の対応に追われていた。
黒色槍騎兵団とは西南部では有名な騎士団であり、王都でも有名な侯爵家の騎士団である。そんな黒色槍騎士団の団長と、副団長が同時に死んだというのだから、衝撃的な事件だった。
疑いようがなく、厄介ごとが想定されるこの事件を調べたいと思う神官は少ない。前述したとおり、ごく最近殺人事件を解決したばかりにも関わらず、ルーファスがこの場に派遣されることとなった理由は単純で、神殿内のヒエラルキーが低いからである。
先ほどから話題に上がっている最近の殺人事件では、どこから声を出しているかとよくわからない、多才なマラリーナの旅司祭の力を借りることで、一瞬のうちに事件を解決することができた。しかし、毎度毎度、彼女が現れるわけではないので、今回は自力で解決する必要があるだろう。もっとも、今回の事件では犯人はすでに殺害されていると聞いており、悩む必要はなさそうだ。
という風にルーファスは思っているが、前回の事件を解決したのはその旅司祭であり、ルーファスが重要な役割を果たしたという事実はない。
「うへぇ……」
「こちらで倒れているのが、スプリングス・アッパーヴィレッジ騎士団長です」
「騎士団長殺しかぁ……」
執務室の高級そうな椅子の近くで、スプリングス騎士団長は倒れていた。背中に大きな傷跡があり、これが致命傷であることが伺える。深い傷跡を見て、ルーファスは思わず意味のない声をあげてしまった。近くの椅子を見ると、背もたれにはべっとりと血がついている。傷一つない高級そうな椅子だが、血まみれになって価値としては相当低くなっただろう。どこかの王族が使っていたものなら、王が死んだ際に座っていた椅子といった具合に美術館に飾ることもできるだろうが。
(……ん、傷一つない血まみれの背もたれ?)
なにか矛盾しているような感じがしたが、ひとまずルーファスは気にせずもう一人の死体を調べることにした。その死体は部屋の真ん中に倒れており、背中に深い刺し傷があり、正面からも切られていた。椅子の近くの死体が騎士団長なら、これが副団長の方だろう。確か名前はザック・チェスティ──騎士団長を殺したのはこの男だと聞いている。
(おかしいな……)
事件のあらましを聞いた話によるとこうだ。ヴァディム副団長が執務室を尋ねたところ、死亡した騎士団長と執務室を荒らすザック副団長を発見した。ヴァディムがザックを問い詰めると、襲い掛かって来た。その場で戦闘になり、紙一重でヴァディムがザックに勝利したと聞いている。
それにしては、ザックにつけられた傷は変だ。副団長と同じように、鋭い背中傷が致命傷に見える。正面の切り傷は、戦闘が起きたのならば自然であろう。しかし、その切り傷は歪で、まるで正面から切られたように見えるように後からつけられたかのようだ。
また、ザックの衣服には荒らされた形跡があった。スプリングスの衣類が荒らされているのは分かるが、ザックの持ち物が荒らされているのは奇妙だ。
そもそも、ザックはなぜスプリングスを殺さなければいけなかったのか、説明が何一つなされていない。
「白の神官様、ヴァディム副団長です」
ルーファスが死体の様子を見て、疑問を感じていると、部屋の中に新たな人物が入って来た。灰色の髪に神経質そうな表情をした男だ。その男が、今回の事件に大きくかかわっているヴァディム副団長であることを、ルーファスを案内してくれた騎士が教えてくれた。
「キミが、神殿から来た神官か。ヴァディムだ」
「ルーファスです。サーヴァディム」
ヴァディムが近づいてきて、右手を差し出す。ルーファスは握り返すと、名前を名乗ったので、彼も名乗り返した。騎士らしく強い力で手を握ると、開いている手で腰の財布からソロヴァ銀貨を取り出すと、ルーファスの手に握らせた。
「……騎士が騎士団長を殺したというだけでも前代未聞だ。ザックのやつが何故騎士団長を殺したかはわかり切っている。あまり事を荒立てないでほしい」
ルーファスがいぶかしげな顔でヴァディムを見ると、淡々と用件だけを伝えてきた。つまり、これは賄賂という事だろう。
「困りますよ。俺のことを何だと思ってるんですか?
金にがめついダルカード信徒じゃないんですよ?」
小さな犯罪ならともかく、明らかな殺人でルーファスは口を紡ぐ気がなかった。ザックが殺したというならば、現場の状況が明らかに不自然だった。
傷跡を見る限り、騎士団長は背中から刺されて死んだことは間違いない。ならば、椅子の背もたれに血がついているのは不自然だ。なぜなら椅子の背もたれには傷がなく、この椅子に座っている時に刺されたとは考えづらいからだ。
では、騎士団長はどういう状態で殺されたか。騎士団長というからには、戦いの素人であるわけがない。突然、背中を刺されたというのが自然だろう。椅子に傷がない以上、立った状態で指されたと考えられる。その状態で地面に倒れたならば、椅子の背もたれに血痕があるはずがない。ならば、背もたれの血は、騎士団長が刺されてから椅子に座りなおされたと考えるのが妥当だろう。
となると、当然疑念がわいてくる。ザックはなぜ、騎士団長を椅子に座りなおさせたのか。そして、なぜ椅子に座りなおさせた騎士団用を再び地面に倒したのだろうか。荒らされた現場の状況から、犯人は何かを探していたという事が考えられる。急いで探し物をしなければならない状況で、そんな手間をかけたとは考えにくい。
「ラーサス信徒として、正しい裁きをするためにもすべてを明らかにしなければなりません。ザックは騎士団長を殺したのか。何を探していたのか」
ルーファスが強い視線でヴァディムを睨むと、彼は嘆息した。
「……わかりました、実はこの男は横領をやっていたのではないかという疑いがあったのです」
「横領ですか」
「ええ、私は騎士団長からこの男を捜査するように言われていました。
それが感づかれてしまったのでしょう」
仕方がないといった様子で、ヴァディムは事情を話し始めるが、やはり道理に合っていない。かみ合っていない話だった。動機の話以前に、そもそもこの殺人現場はザックが犯人であることを示していない。
「感づかれたから殺した? バカバカしい。そんなもの自分にやましいことがあると自白しているような物です。
証拠隠滅を図るのならさておき、このような凶行をするだなんてばかげている」
「では、執務室を探っている時に騎士団長が帰ってきて口論になったのでしょう」
「騎士団長はそんな怪しい人物相手に、背を向けるような人なんですか?」
「騎士団長はザックを信頼していましたからね」
淡々と話すヴァディムに対して、ルーファスはさらに不信感が高まった。こいつが言っていることは理論的ではない。
「証拠はあったのですか?」
「証拠は、見つからなかったのです」
「証拠がなかったのに、こんな凶行をしたっていうんですか?」
「きっと勘違いしたんでしょう」
あまりに話のつじつまが合わなかった。ザックの正面の歪な傷。それを踏まえて考えるなら、こういうストーリーが自然だろう。
団長を殺した犯人は、死体を椅子に座らせて生きているように見せかける。執務室に入って来たザックは、団長が生きていると思いながら話しかけるが、様子がおかしい。団長に近寄り、異常に気付いたザックの背後から犯人が襲い掛かる。
そして、ザックが犯人だと濡れ衣を着せた。
では、犯人に最もふさわしい人物は──。
「ご存知の通り、黒色槍騎兵団は西南地区でも名のある騎士団です。
対外的には二人とも病死となるでしょう。騒ぎにはしたくないのですよ?
わかりますか、ねえ?」
ヴァディムは改めてソロヴァ銀貨を取り出すと、ルーファスに握らせた。首を縦に振らない限り、この場から出してもらえないだろう。ルーファスは渡された二枚のソロヴァ銀貨のうち、一枚を返した。
「騒ぎにしたくない、という事は承知いたしましょう。
ですが、事実は必ず明らかにしますからね!」
ルーファスは一枚のソロヴァ銀貨を握りながら啖呵を切った。だが、事実が明らかになるかは彼らの雇い主である侯爵家次第だろう。
そして、ヴァディムのルーファスに対する興味のなさそうな視線が、いま天秤がどちらに傾いているかを示していた。




