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異世界復讐代行『その恨み、晴らして見せます』  作者: 馬汰風
第二部「アニェーゼ、騎士の娘をかくまう」
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第二話「アニェーゼ、騎士の娘を匿う」

 雨音が聞こえる中、狭い部屋の中で金髪の美人が木を削っていた。彼女は鍛冶屋に作らせた特注の刃物を使い、木材に細かい装飾を施していく。

その美人は性別不祥で、妖しいまでの美貌を持っていた。その瞳に見つめられたら、男女問わず魅了されてしまう、そんな美しさを持っていた。男にしては長く、女にしては短いボブカットの金髪は、倒錯的な蠱惑を感じさせている。彼が男性の服を着ていることを多くの男性は嘆き、多くの女性は喜んだだろう。もっとも、一部の男性は、新しい性癖の壁を突破することもある。


 しかし本当のところは彼女は女性だ。

 彼女の名前はアニェーゼ。男装の麗人で、表の職業はモグリの細工師、裏の仕事は復讐代行人だ。


 腕の良い細工師だった彼女の兄は、普段は軽薄なナンパ師だった。彼が問題を起こすたびに、アニェーゼはとても恥ずかしい思いをしたが、そんな普段と違って、細工をしている時は張り詰めそうな気配で細工をしていた。アニェーゼも、そんな兄に負けないように慎重に木を削っていく。その真剣な眼差しも、見る者を魅了する蠱惑さを持っていた。

 集中している彼女の耳に、戸板に強くぶつかる雨音が響いた。


 ガリッ──。


 想定外の所まで刃物が入り、その木工細工は商品としては傷物になってしまった。


「ふうぅぅぅぅ……」

 

 彼女は長いため息をつくと、途端に興味を失ったかのように、木工細工を脇へと投げた。そこには、同様に傷がついてしまった木工細工が3個ほど転がっていた。

 ぶすっと、頬を膨らませながらガラクタとなってしまった木工細工をアニェーゼは見る。自我自尊するようだが、下手な職人が作るよりもよっぽど出来がいい細工だ。だが、彼女の職人としてのプライドが、それを売ることを許さなかった。それも、兄の教えだった。


「雨か……」


 この雨音が彼女の集中力を削いでいた。

 彼女は雨が嫌いだった。特にこのような、強いのだか、弱いのだかよくわからない雨が大嫌いだった。いっそのこと、振るのならば土砂降りになってしまえばいい、彼女はよくそう思っていた。


 足早に雨を避けていく人のはねた水滴が、壁や戸板にあたり、時折大きな音を立てるのが癪に障るのだ。先ほども述べたが、いっそうの事、土砂降りになってしまえばうるさいくらいの水音で、逆に集中できると思っていた。


 だが、本音は違った。

 こんな雨は、彼女が裏社会へと身を投じなければならなかった日を思い出すからだ。


──アニェーゼ、逃げなさい。この国に安全な場所はない。


 亡くなった父親の言葉が、彼女の脳内に響いた。こんな雨の日に、騎士だった父は、なぜか同じ騎士に殺されることになった。時間を稼ぐ父や、兄の言う通りに、アニェーゼは国を飛び出した。

 この雨が、アニェーゼの無力感と、家族を失ったすべてを思い出させる。復讐代行屋のアニェーゼでも、モグリの細工師のアレスでもない、家族を失ったただの少女であることを思い出させるのだ。それ故に、アニェーゼはこんな雨の日は、心を乱し、平静に仕事ができなくなる。


 自分の弱さを認めがたいアニェーゼは、自分はこういう雨が嫌いなのだと言い聞かせ、今日は仕事をやるのを諦めた。気分を変えようと思い、お茶でも入れようとすると、表で激しい足音が近づいて来るのが聞こえた。騒がしい奴だなと思ったのも束の間、乱暴に店の入り口が開けられた。

 アニェーゼは咄嗟に腰を受け浮かせた。尖らせた木片の暗器を手元に近づけて、左手では木片をつかむ。


「『在る物を、唯在る様に、両の手で強く受け止めよ。

形を象れ、我が想いを具現せよ! 物質形成!』」


 『物質形成』という物の形を成形する呪文を唱える。イメージ通り、木片はクナイのような形状になった。

 迎撃体制が完成したところで、玄関が乱暴に開かれて、少女が飛び込んで来た。

 その少女は後頭部に髪をまとめたポニーテールで、騎士から逃げてきたベアータであった。彼女の全身はびしょ濡れになり、激しく息を切らせている。


「おねがい、です……かくまってください」


 ぜぇ、ぜぇとベアータが、荒い息を吐きながら振り絞る様に声を出した。アニェーゼは胡乱気な目で、頭を下げる彼女を見た。明らかに面倒事としか思えない事態だった。裏稼業において、アニェーゼの上司に当たる圭にも酸っぱく言われているし、アニェーゼ自身も理解しているが、彼女のような人間は厄介ごとに関わるわけにはいかない。


「看板を見なかったのかい? ここらの店には厄介事禁止って書いてあるんだぜ。

客じゃないなら帰れ。お帰りは背中にあるよ」

「お願いです! 今晩だけでも構いません……お礼は必ずします……」


 アニェーゼが冷たくベアータに言い放ったが、彼女は諦めずに再び頭を下げた。頭を下げればいいというものでもないだろうと、アニェーゼは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「あんた、堅気のもんだろ?

この迷路横丁のルールを知らないのだろ。

面倒ごとを持ってきたやつは、殺されても仕方ないんだぜ?」


 アニェーゼが脅すように凄むと、ベアータは目に涙を溜めながらも、意志を持った強い瞳でみた。今から外に飛び出して、別の場所を探すような余裕はない。ここで諦めて出たらもうおしまいだ。それに、アニェーゼは強引にベアータを追い出すことなく、忠告をしてくれた。そんな人間がこの迷路横丁にいくらいるだろうか。彼女は自分の直感を信じて、彼と思っているアニェーゼにすべてを賭けるしかなかった。

 少女が諦める様子を見せないので、アニェーゼは心の中で深いため息をついた。この王国についた当初ならともかく、いまは余裕があるので、強制的にベアータを排除する気になれなかった。それに、こんな雨の日だから、逃げてきたと思われるベアータが、自分と重なってしょうがなかった。


(これじゃあ、僕が悪役じゃないか……)


 強い瞳で覚悟を決めてベアータを見ると、アニェーゼのほうが悪役のようだった。実際は迷惑をかけられようとしているのに、不公平な事だろう。


「それで……迷い子さんは誰に追われてるんだい?」

「騎士です」


 ベアータが馬鹿正直に言ってしまい、部屋に沈黙が訪れた。アニェーゼはぽかんと、思わず口を開けてしまう。どうせろくなやつらに追われていないだろうと想像していたが、まさか騎士とは思わなかった。

 そして、ベアータは自分の発言が失敗したことを悟った、ただでさえも厄介事を嫌う迷路横丁の住民に対して、騎士に追われているだなんて、致命的としか言いようがなかった。


「はははははははは! 騎士か!

それはいい、僕は騎士が大っ嫌いなんだ!」


 だが、この場合は逆に大成功だった。愉快極まりないといったようです、アニェーゼは高笑いをあげる。そして──かくまってあげるよ、とアニェーゼはにこりと笑った。

 騎士に追われているだなんて、なんて自分に似ているのだろう。アニェーゼは妙に愉快な気持ちになった。


 そうと決まれば、時間を稼ぐ方法を考えねばならない。アニェーゼは置かれていた大きな粘度に掌を当てた。


『私は人形、傷ついているのは私じゃない。だから、私が痛い思いをする必要はない。

精巧な人を模したドール。人形作成』


 アニェーゼが呪文を詠唱すると、粘土が形を変化させていく。『人形作成』とは、ゴーレムを作り出す魔法だ。今回は元となる素材の量が限られているため、中身は伽藍洞になってしまう。それでも、十分に少女によく似たゴーレムが作り出された。

 ダルカード神の加護がそこまで強くないため、アニェーゼが作り出したゴーレムは長期間を稼働することができないが、少しの時間稼ぎなら十分可能だ。それに、粘土で作っていることも重要で、魔法が解けたら粘度へと戻り、雨で流されてしまうだろう。


 ベアータが目を白黒させながら、アニェーゼの動きを見ていると、彼女は何も気にせずゴーレムを裏口から逃がした。


「ここに隠れな」

「は、はい!」


 アニェーゼに言われるがままに、ベアータは部屋の死角となる場所に体を丸めた。想像以上に余裕がなく、ベアータが体を隠すと同時に、騎士が中に入って来た。


「おい、店主。髪を後頭部でまとめた、身なりの良い少女が来なかったか?」

「いきなりなんだ? あんたにはここが情報屋にでも見えるのかい?」


 出会い頭にぶしつけな質問をぶつける騎士に対して、アニェーゼは手元の投擲武器を見せて威嚇した。騎士はそんな様子を恐れることなく、じろりと店の中を見回した。先ほどまで、雨に濡れた誰かがいたかのような水滴を見て、何かを確信する。


「客が来ていたようだが?」

「馬鹿かお前? 店なんだから客が来るに決まってるだろう」

「こんな雨の日にか?」


 2人がにらみ合うのを、ベアータははらはらとした気持ちで、死角から覗いた。突然やる気を出してベアータをアニェーゼは匿ったが、売り渡すつもりで隠れさせた可能性だってあるのだ。

 にらみ合う2人の背後からもう一人騎士が店に入って来た。


「何をやってる、あちらの方で目撃情報があったぞ」

「なに!? すまない、勘違いしていたようだ」


 あとから来た騎士の言葉に、予想が外れた騎士はアニェーゼに頭を下げると、屑銅貨を机の上に置いた。


「何かわかったら、黒色槍騎兵団へ伝えてほしい。

邪魔したな……行くぞ!」


 あわただしく外へと出ていく騎士を見ないで、アニェーゼは置かれた屑銅貨を見つめた。


「ガキの使いかよ」


 恐る恐る外へと出てくるベアータを見ながら、結局は厄介事をかかえてしまったと嘆息する。自分一人ではかくまえないだろう、ラーフィリスにでも協力してもらうしかないな、とアニェーゼは思っていた。


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