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異世界復讐代行『その恨み、晴らして見せます』  作者: 馬汰風
第一部「異世界人、絹屋の娘の死に興味を抱く」
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第一話


「ふぁぁぁ、良く寝た」


 藤村圭(ふじむらけい)はだらしなく大きく口を開け、あくびをした。枕元に置いた腕時計を見ると、時刻は11時を指している。ぼりぼりと体を掻きながら、とりあえず起きることにした。

 木窓から漏れる明かりを頼りに、窓を開けるとまぶしい光が目に刺さった。


「今日も、主神ラーサスは元気やね。 よきかな、よきかな」


 ラーサス教徒が聞いたら卒倒しそうなことを言いながら、圭は背筋を伸ばした。太陽の位置を見ながら、時計の時間を確認する。腕時計はソーラー電波で、圭が高校生になったときに親からプレゼントされたものだ。もちろん、こんな異世界で衛星が飛んでいるわけもなく、常に通信不良状態になっている。

そして、今やこの時計が唯一の故郷から持ってきた品である。

 圭は時計を弄って11時半に時間を合わせた。これはだいたい正しい時刻を示していた。この世界も地球と同じように、ほぼ24時間で1日が終わるサイクルになっている。この時計のおかげで、圭は、この世界が地球とほとんど同じ時間割で動いていることがわかった。


「さーて、今日はどうすっかねえ」


 日本から異世界へ飛ばされて、早4年は経過した。その間にたくさん苦労した結果、圭の日本に帰ろうとする気持ちは萎えてしまった。惰性的に今も情報は集めているが、このぼろい長屋で、適当に稼いで適当に暮らす、それが自分の運命だとも思っていた。

 その結果が自由気ままなフリーターである。事情があって月の支出はかなり高いが、時間を制限されるのが嫌だったため、定職についていなかった。


「あ、ケイちゃん、起きた?」


 圭が声の先を見下ろすと、猫耳、猫の尻尾と圭の萌え心をくすぐる素晴らしい美人が見上げていた。右手に持っている籠には様々な野菜や肉が乗っている。

 この世界で圭が一番驚いたことが、猫耳が生えていようが人間として扱われていることだった。ファンタジーでよく言う獣人というのは、本当に毛むくじゃらで四足歩行をするところぐらいが人間であることを示しているような存在だった。重度のケモナーなら悦ぶような容姿が、獣人だ。

 一方で、この少女のように人間に獣要素をちょっと追加して、かーわいーだの、すごーいだの思わず言いたくなるような容姿だと人間扱いとなる。


「ちょうどよかった、ケイちゃんに料理をしてもらおうと思っていたんだ」


 猫耳の少女はそういうと、圭が住む長屋の中に入っていった。彼はそれを見送ると、今日の朝食兼昼飯の具には困らなそうだと思い、うれしい気持ちになった。

 早速、具材を見に行くために、簡単な外出の準備を始める。枕元に仕掛けてあったナイフを腰に備え、ベッドの裏に隠している財布を腰に巻き付ける。寝巻も外出着も同じため、わざわざ着替える必要はないが、魔獣の上質な革を舐めして作ったジャケットを羽織った。続いて、調味料が入っている袋を肩から下げて部屋を出た。

 ちなみにこの部屋に置いてあるのは家具と着替えを除くと、これで全財産となる。大切なものは別の場所に保管してある。

 部屋から出ると、長い通路が広がっていた。まるでホテルのように通路の左右にドアが並んでいる。それぞれのドアの先は別の家となっており、勝手に入った場合は泥棒扱いされても文句は言えない。

 ギイギイ鳴る通路を進むと階段があり、その先は玄関兼、共同の食堂になっている。食堂には降りると、先ほどの猫耳の少女の他に、何人かがいて談笑をしていた。


「プリム、大銅貨10枚でいいか?」


 男が猫耳の少女に声をかけている。


「んー、ケイちゃん次第かな?」

「まじかよー」


 プリムと呼ばれた猫耳の少女は、肩をすくめて降りてきた圭を見た。


「料理代は材料を見てからな」


 プリムの視線に圭が答える。男がプリムに聞いていた値段は、いやらしい意味ではなく、圭が作る料理のご同伴に預かった際に、いくら払えばいいかの確認だ。


「頼むぜ、料理人」


 圭の表向きの職業はフリーターこと何でも屋だ。普通は何でも屋というのは、冒険者ギルドに所属するのが通例だが、圭はモグリでやっている。冒険者ギルドに所属すると、ギルドを通さないと仕事ができなくなるため、圭はそれを嫌ってモグリになった。もっとも、大抵が料理人としての腕を期待される仕事が多いため、料理人だと思われている。

 圭は日本出身なだけあり、圭は和食、洋食、中華と、様々な料理のバリエーションの知識を持っている。また、本人も料理のこだわりがあるため、様々な調味料をストックしており、異世界人にとって『摩訶不思議だけどうまい料理』を作ることができる。

 なお料理人は料理人で、料理人ギルドに所属する必要がある。こちらでも圭はモグリだが、料理人ギルドに所属しないさすらいの料理人、という触れ込みにて、料亭で商売をするため、逆に希少価値がついていた。そのぶん、料理人ギルドから、圭はかなり嫌われている。ひどいときは、「この顔を見たら、包丁を投げろ」というお触れが出ていたくらいだった。さすがに責任者が怒られて刑罰を受けた。


「さて、今日の材料はなんだ?」


 プリムの頭をなでながら、猫耳の感触を楽しむ。意外とコリコリと硬さを持ちながら、動物の毛並みの手触りを持つ猫耳は圭のお気に入りだった。プリムは目を細めながら、圭に籠の中身を見せた。


「キャベツ、玉ねぎ、なんかの肉に……ジャガイモか……たしかショウガが残っていたから……うっし、生姜焼きで。

俺に対する報酬はソロヴァ銀貨1枚でお願いしまーす」

「んー?」


 プリムが腕を組んで悩み始める。この料理に関するやり取りは、長屋でよく見る光景である。プリムが材料を買い、圭が料理を作る。一緒に飯を食う者たちがその料理に金を出す。プリムはその金を回収し、料理代を支払い、残りがプリムの収入となる。

 いま、プリムは5人の客から大銅貨10枚を回収し、圭にソロヴァ銀貨1枚支払うことで元が取れるのかを計算している。前述したが、ソロヴァ銀貨1枚は、手数料を考えなければ大銅貨12枚ほどの価値になるため、材料費を抜いたプリムの収入は大銅貨38枚となる。


「ちなみに、大銅貨なら14枚の支払いで頼む」

 圭は小金を大量に持つのを嫌っているため、大銅貨での支払いは高くなると注釈を入れた。


「んー、圭。 大銅貨10枚に負からない?」


 プリムが上目遣いでおねだりをする。どうやら、割に合わないとふんだらしい。


「いいぞ」


 それに対して圭は快く頷いた。だが、それを聞いて一人の男が血相を変える。


「待て待て、俺らが大銅貨11枚を払う、それでいいだろ?」


 その男の言葉に周りは仕方なさそうに頷いた。プリムは舌を出して笑う。

 これもここでのお約束だが。プリムは最初から食べる側の料金を値上げするつもりだった。あるとき、この交渉が失敗して、圭に値下げをお願いしたことがあった。それに対して、圭は快く承諾した。その代わりに香辛料を入れる量を減らしたのだ。明らかに普段より薄味──と言っても十分おいしいのだが──だった。普段のうまさを知っている利用者にとってみれば、勿体なく感じる料理だった。

 それ以降、圭の料金を下げるようにお願いをすると、利用者が折れて料理の値段を上げるようになった。もちろん、このやり取りが成立するのは、それを見越してプリムが異常な料金のつり上げをしないためである。あくまで、善意でこのやり取りは成り立っていた。


「おっし、じゃあ商談成立だな。 火ダネをつけるから水を汲んできてくれ」


 圭は袋の中から火打石を取り出し、かまどに火をつけながら周りに指示を出していく。指示を受けて男たちが掃除を始めたり、水を汲みに出かけたりしていた。


(しかし、これだけの材料集めるには俺だったら大銅貨40枚はかかるな……)


 手間暇かけて、他人の飯も供給できる量を入手しているのだから、それなりの収入があるようにしたくなるのが普通だ。


(よっぽど、うまく仕入れているのだろうな)


 大した女だと圭はプリムを見た。

プリムは楽しそうに料理の準備を始めている圭を見ていた。そんなプリムの様子を見ていた圭と視線が合うと、プリムはにこりと微笑んだ。


─────


「ほーれ、パンを用意しろ」


 完成した生姜焼きが入っている鍋を持ちながら、テーブルで料理を待つ男たちの元へと歩いていく。男たちの前には皿代わりにしているパンが置かれていた。パンの上に圭は次々と生姜焼きを乗せていく。


「ありがてえ、ありがてえ」

「ひょー、腰の砕けるうまさじゃあ」

「ふざけてねえで、食え」


 生姜焼きを最後まで載せきると、自分の分のパンがないことに気づいた。


「わりぃ、プリム。パンくれ」

「大銅貨2枚」


 プリムが指を2本たてる。サイズにもよるが、かなり割高だ。


「ちゃっかりしてるなあ。 あとで払うよ」


 プリムは頷くと、パンとナイフを取り出し、パンの真ん中に切れ目を入れて皿になる様に広げた。圭はプリムが広げたパンに生姜焼きを乗せ、かまどに鍋を戻した。

 プリムが出したパンはかなり大きめのもので、これなら大銅貨2枚でぎりぎり買うか悩むかもしれないというサイズだった。圭は小銭を持つのが嫌な性格なので、ほとんど使われることのない銅貨を交えた交渉はしない。圭の性格を読み切った絶妙なサイズを出してくる、まさにやり手な少女だ。


「うっし、食おうぜ」

『尊きラーサス神よ。 今日も糧を与えてくださって感謝いたします』


 皆で壁に掛けられたラーサス神の聖印に向かって祈りの言葉をささげた後に、各々生姜焼きにかぶりついた。


「うめー、本当に圭は料理に関して天才だな!」

「さすがは、あの美食で謳われる『龍のかまど』に呼ばれることがあるな」

「ははは」


 料理をした後は必ず手放しで褒められる圭だが、単純に異世界の食事になれず、故郷の味を再現しているうちに勝手にうまくなっただけである。それに、『龍のかまど』で料理をする事はほとんどなく、別件で行くことが多いだけである。

 圭は自分で作った生姜焼きにかぶりついた。


(この肉……、豚というよりか牛っぽい味だな……。

まあ、合わなくもない)


 豚の生姜焼きをイメージして、サンドイッチになるから濃い目の味付けにした。ショウガの味が肉に絡みつき、魚醤の風味が絡み合う。牛の味がするため、イメージした生姜焼きの味とは違った、これはこれで美味しかった。

 異世界に来て4年も経つが、日本の頃の味が出てくるとやはりほっとする。何かとここで料理をするのは、そんな思いがあるからかもしれない。

 食事を始めると、口も軽くなり普段は金銭でやり取りをするような情報もしゃべるようになる。うまい儲け話や、不穏な噂、内容はそれぞれだ。


「そういや……白絹屋のお嬢さん、死んだらしいな」

「あん?マジかよ、あの子、すげえかわいかったのに!」

「あの子は俺の嫁になるはずだったのに……」

「ねーよ」


 一人がぽつりとつぶやいた言葉に、全員が反応した。口々に無責任な事を話している。


「白絹屋……」


 圭はその名前に聞き覚えがあった。王都でも有名な布絹屋であり、侯爵家の服に使われた布を下したこともあると聞いたことがある。そして……


(確か、最近婚約したとかどうとか……)


 王都の西南地区は仕立屋、布、絹といった衣類を扱う商家、職人たちの鎬場だ。そんな西南地区の商家の娘が、婚約直後に死亡するだなんてきな臭い話だ。


「なんで死んだんだ?」

「聞いた話によると……その……首吊りらしいんだけど……」


 話題を出した男は言いよどむと、プリムのほうを見た。女性には話題に出したくない話だと、周囲は察して自然と口を閉じていった。


「プリム。 しばらく、夜は出歩かないほうがいい」


 圭はプリムに忠告を出す。


「うん………」


 プリムが下を向いて、こくりと頷いた。最初に話題を出した男が、「馬鹿、気を遣えよ」と周りに頭をたたかれる。

 一方で、圭はパンを食べながらぼんやりと、これは本業の仕事になるかなもしれないと感じていた。

17/3/16 大勢に影響はない微修正

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