塔へ~玄関閉鎖の確認
アリスとルーファスは、雨が降る中庭へと足を踏み入れていた。体が雨に濡れないように、それぞれ魔法を使って、雨水の流れを阻害している。ルーファスは『風操作』という気流を作る魔法で、風のヴェールのようなものを作り雨が体を避けるようにしている。アリスは『水操作』の魔法を用いて、体の表面に付着した雨が服に吸収されないようにしている。
雨は先ほどよりも弱くなっているようで、魔法を使った雨よけから作られる川は細いものになっていた。すでに時刻は夜になっており、ルーファスは光石を埋め込んだ懐中電灯のようなものを館から借用し、右手に持って周囲を照らした。
石畳で作られた道を挟むように花が植えられている。天気が良い日は外でティータイムを楽しむのか、花壇の中には椅子とテーブルが置かれているのが見えた。木製の椅子が腐ったりしないのだろうか、とルーファスは思った。彼は知らないが、王都で著名な研究施設のため、家具は高級品が使われており、しっかりと防水加工がされていた。
光石の灯りによって、先の方にぼんやりと塔が見えてきた。そこへ歩いていく途中で、ルーファスは気になって軽くジャンプをしてみた。
ズン──と、肩を強く押されたような衝撃が体を貫いた。急速に体が地面へと落下したので、とっさに膝のクッションを使って衝撃をやわらげた。もし、足元が土だった場合は、足跡が残っただろうなと思うほどの衝撃だった。
(こりゃ、飛んでいくのは無理だな)
アリスも確認をしたかったのか、ルーファスと同様に飛び跳ねていた。同じような結論に至っただろう。ルーファスは子供らしい仕草に笑みをこぼしながら、事件時は開いていたといわれている、窓を見た。今は閉じられているようだった。この塔の窓は3階にしかなく、それも1か所だけだ。そこは、弟王が監禁されていた部屋だといわれている。当時は逃亡禁止用の鉄格子がはめられていたらしい。
「ん……?」
空中になにかが張り巡らされているように見えて、ルーファスは目を凝らした。気のせいではないようで、何かが存在しているのがわかった。確認するために、ルーファスは左手の人差し指と中指を右手で包み、印を結び呪文を唱えた。
「『ラーサス神よ、光の加護を、深淵を覗く目を与えてくれたもう。遠視』」
『遠視』の呪文を唱えることで、ルーファスの視力はわずかに向上し、何があるか見ることができた。塔よりも高い場所に、ロープが十字に張り巡らされているようだ。突然、魔法を使ったルーファスに驚き、アリスが彼の顔を見る。
「助手ちゃん、どうしたの?」
「空にロープが張ってあるんです」
助手さん、クン、ちゃんと、敬称が安定しない呼び方だが、自分を呼んでいる事とはわかるので、アリスの疑問に対してルーファスは回答をした。アリスは目を細めて空を見るが、どうやらわからないようだ。
「ん、どうやって張ってあるのかなぁ?」
「十字にクロスしてますね」
「どこからつながってるの?」
「見てみます」
アリスの要望に応え、ルーファスが視線の先をたどった。ロープは四方に伸びており、それぞれの先は屋敷の屋上へと進んでいる。ロープはたるみなく、まっすぐ伸びていた。
(屋上の方が1階分、塔よりも高いのか……)
たるみなくまっすぐと、塔よりも高い場所でロープが張られているということは、屋敷の高さ塔よりもあるという事だ。階数を見ると、屋敷は4階建てという事がわかった。そこまで確認したところで、ルーファスの集中が切れた。『風操作』で作ったヴェールも、『遠視』の効果も切れて、ロープが見えなくなった。
雨水が体に当たり、冷たさを感じて、ルーファスは慌てて呪文を唱えなおす。
『私の腕は空へと拡散する。風操作』
わずかに外套と髪が濡れたが、風のヴェールが生まれ、雨粒はルーファスを避けるように流れていく。
「助手ちゃん、すごいね。2つの魔法を同時に使えるんだ」
「ラーサス神の呪文は苦手なので、長続きしませんけどね」
白の神官としては恥ずかしい告白だが、ラーサス神の呪文を使うと、すぐに集中が切れてしまう。メリル神の加護による呪文なら、2、3分は同時に魔法を使うことができるだろう。
もっとも、2つの魔法を同時に使うのは限られた人間にしかできない。
「ロープは、館の屋上から出てました」
「んー?……ぁあ↑ もしかして、十字にいっぱいいっぱいあったかな↑」
「ええ、そうですね」
まるで見てきたかのようにアリスはロープの状態を表現した。どうやらアリスは何のためのロープなのか分かったようだ。彼女は納得したかのように、しきりに頷いている。
「アリス、できれば私にも教えてもらえませんか?」
「んー、間違ってるとダメだから確認したらだね↑」
答えを聞きたかったルーファスだが、アリスは確証がなかったため詳細を教えることはなかった。
塔の前までたどり着いたアリスは、歴史を感じさせる重厚な建物に、ポカンと口を開けていた。ルーファスも当時の最新技術の粋を尽くした建築物に、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。。
「ふわぁあ……しゅごい……」
「うゥム……ただの石壁じゃないですね。ダルカード信徒による『硬化』がかけられているようです」
石壁から漏れ出す魔力をルーファスは感じ取った。裏稼業の仲間にダルカード信徒がおり、彼女が使う魔法と同等の魔力を感じる。おそらく、『硬化』あたりの魔法がかけられているのではないかと推測した。
「壁に穴をあけるのは無理そうですね……ん?」
塔の様子を見ていると、周囲の土はむき出しになっていることにルーファスは気づいた。どうやら花壇として使っていたようで、栄養素が含まれている黒茶の土がむき出しになっている。
(移したのか?)
あまり関係はないだろうと判断してルーファスは、中に入る様にアリスを促した。彼女は感動して両手を空に広げて感情を示していたが、ルーファスに促されて鍵を取り出すと、塔の入り口を開けた。
がちゃり──と、鍵が開いた音がするが、アリスはノブを回したところで動きを止めた。
「どうしました?」
何か気づいたのだろうか、とルーファスは期待して、アリスの顔を覗き込む。彼女は右手でドアノブを握ったまま、左手を細かく動かして印を結ぶ。
『錠が落ちる音を聞けよ。心の鍵は自分で閉じるのだ。鍵掛』
『鍵掛』とは、ドアなどに魔法の鍵をかける魔法だ。六神教のどこの神殿でも教わることができるが、比較的ダルカード神殿で扱うことが多い。ドアに魔法をかけてから、アリスはノブを引いた。予想に反して、そのままドアノブは外側に開き、塔の中が見えた。
「失敗ですか?」
「ううん、妨害だね↑」
アリスは開いたドアの内側を指で指した。そこにはパワーストーンが埋め込まれており、パワーストーンを中心に『魔法妨害』の魔方陣が描かれていた。この魔方陣の効果で、『鍵掛』の魔法は無効化されたようだ。
「『鍵開け』の呪文では複雑な鍵は開きませんよ?」
「知ってるよぉ↑そうじゃなくて、鍵は開いていて『鍵掛』の呪文でしまっているように見せかけていたのかもねって思ったの」
「……なるほど」
例えば鍵を開けたアンガスが犯人だと仮定する。アンガスは塔に入ると、リジィを殺害し、鍵を死体に握らせた。その後、塔から出て外から『鍵掛』の呪文を唱えて塔を閉鎖する。何食わぬ顔で塔に3人で行き、鍵がかかっていることを確認させる。最後に鍵を持って開けるふりをしながら、『鍵開け』をこっそり唱えることで、あたかも正規の鍵がかかっているように見せかけた、という推理だ。
「よく思いつきますね、アリス」
「んー……いっぱい考えればわかるようになるね↑」
そういうとアリスは自分の推理に執着することなく、中へと入って行った。ルーファスも後に続き、殺人現場の塔へと足を踏み入れた。




