白の侍祭、事件概要を語る
土砂降りの中、殺人現場に到着したルーファスは憂鬱だった。
ある裏の仕事を行ったことによって小金持ちになった彼だったが、妻にばれないようにと隠したへそくりはあっけなくばれてしまい、没収されてしまった。また、へそくりを作っていた事が妻の逆鱗に触れ、機嫌の悪化へと至った。そのため、家にはあまり居たくない。
ついつい、家に帰りたくなくて必要もないのに、ルーファスは遅くまで神殿にいるようになった。その行動がたたり、夕方の殺人事件の報告を受けた際、自由に動ける神官はルーファスだけだった。そのため、この土砂降りの中、わざわざ調査に出かけなければならなくなった。
雨の中、外套を着用し、魔法で作った風のヴェールを身にまといながら、ルーファスは天文研究所にやって来た。雨よけ用外套ではあるが、風のヴェールに阻まれて、ルーファスは一滴も濡れていなかった。
天文研究所はこのソロヴァ王国が誇る最先端の研究施設だ。六神教を国教とするソロヴァ王国では、天文学は重要なテーマとなる。天体を神々に例えているため、天文学は科学だけでなく宗教を学ぶ意味も強いのだ。
また、この研究所には高性能な望遠鏡がある。この望遠鏡は【狂人】と呼ばれた初代ソロヴァ国王の弟が作ったものだ。
──神々の出現には周期がある
今では当たり前と認められた衛星の軌道に関する学術も、100年前は狂気と呼ばれる産物であった。弟王は専用に作られた厳重な塔に軟禁され、来る日も来る日も天文学の研究に明け暮れた。
弟王は一生を塔で過ごし、彼が残した論文が評価されたのは50年も後のことだ。学説が正しいことが証明されたとき、当時の王族は廃位となっていた弟王の復権を行った。
こうして【狂人】は【学王】と呼ばれ、建国の王である【初代王】と並んで奉られるようになった。
余談だが、このことがきっかけで【初代王】の評価が下がることはなかった。【初代王】の手記が見つかり、弟を処罰せず、軟禁したのは彼が天才だとわかっていたからだということが判明したのだ。もっとも、ルーファスは王家の権威が転落しないように、当時の王族がねつ造したとみている。
そんな弟王を監禁していた塔は、今は天文台となった。塔の周囲を囲う円形の館は、弟王の世話をしていた従者たちが住んでいた。その館が今は研究施設となっている。
そして、そこで奇妙な殺人事件が起きたのだ。
概要はこうだ。この土砂降りが振る雨の中、天体も見えないというのに、リジィという研究者は1人で塔に篭り、論文の執筆を行っていた。集中したいという理由からだ。
昼食は塔の外に出て食事をとっていたことが、使用人や同じ研究者仲間から目撃されている。そこから夕食の時間まで、1人で塔にいたらしい。夕食の時間になっても出てこないリジィを心配した研究者仲間が、塔の様子を見たところ、鍵がかかっており、唯一存在する窓が全開になっているのを目撃した。
研究施設内が雨に濡れて台無しになっても困るので、研究者仲間は鍵を取って塔に向かった。そして、3階でリジィが死体になっているのを発見した。
王族の監禁に使っていた施設というだけあって、鍵は特注であり、この鍵以外で中に入ることは不可能だそうだ。
ならば、空いていた窓から忍び込んだのでは、ということになるがそれも不可能だ。この塔には『ある仕掛け』が存在した。
塔の周囲には植物が植えられているが、すべて小さな花だ。その理由は、庭の地面が30センチ程度の土でしか盛られていないため、大きな根を生えないのである。では、それより深い場所に何があるかというと、巨大な魔方陣を描いた岩が敷き詰められている。
その魔方陣は『墜落』という魔法の効果がかかっている。『墜落』はその名の通り、範囲内の空中にいる存在を地面にたたき落とす。『浮遊』や『飛行』といった、空中を移動する呪文を唱えても、空に浮かんだ瞬間地面に墜落するため、窓から忍び込むことはできない。
塔の壁面を伝って登れば、『墜落』の効果を受けないが、次の問題が発生する。塔の外壁には返しがついており、それを避けるようにすると、どうしても壁を蹴って登る必要が出る。その時点で『墜落』の魔方陣は容赦なく不届き物を落下させる。
塔の周囲は花壇になっているが、元々は木製のスパイクが並んでおり、忍び込もうとする間者を串刺しにしていたらしい。
そうなってくると、必然的に入り口は鍵の付いた玄関となる。そこで、ある問題が生じた。
塔の鍵は全部で3つあったが、1つは壊れてしまい、残り2つとなる。1つはリジィの死体が握っていた。そして、もう1つは常に研究施設の中にあったそうだ。
偶然にも、その鍵が普段置かれている研究室にあったことを最低でも2人以上の人間が見ている。複数犯ならもっと器用に立ち回ることができたはずだし、不特定多数の人間が研究室内に入るので、嘘をついていたのがばれたら一瞬でアウトだ。
すなわち、空いている窓からは侵入できず、唯一入れる玄関には鍵がかかっており、合い鍵を持ち出すことは不可能。
こうして、奇妙な密室殺人が生まれることとなった。
「不思議なこともあるもんですねえ……」
老齢の自警団員がぼんやりとした口調で事件のあらましを確認している。本当に不思議なことで、ルーファスは頭が痛かった。
「普段から鍵を取り扱っているのは、4人の研究員だけなんですね?」
「おいおい、俺たちを疑っているのかよ?」
ルーファスは容疑者を広間に集めて、事件の確認をしていた。鍵の使用目的を考えると、使用人が勝手に持ち出すのはかなり目立つ。必然的に、容疑者は鍵を普段から扱っている者たちになる。
それを確認する意味で聞いたのだが、疑われたと思ったのか、まるで海藻のような深い緑色の髪の男が声を荒げた。
「違いますよ、アンガスさん。確認をしているのです」
好戦的な人だなあと、ルーファスがあきれながら宥める。アンガスは落ち着かない様子で、ソファーに座らず、立ち上がってうろうろしていた。
(たしか、アニェーゼが言っていたな……)
ルーファスは昔、裏稼業の仲間たちと犯罪者がとる行動に関して話をした。
──自分が疑われるのを何よりも恐れるし……落ち着きなく疑いを晴らそうとするんじゃない?
アニェーゼの言った言葉を思い出し、なるほどとルーファスは思った。アンガスは疑われることを恐れているように見えた。犯人だからなのかもしれない。
「落ち着け、アンガス。理論的に考えれば当然なまでだ」
アンガスとは対照的に、ロビーという金髪の男は椅子に座り腕を組んで落ち着き払っていた。ように見えたが、足は頻繁に貧乏ゆすりをしており、冷静を装っているだけのようだ。
──逆に疑われないように冷静さを装っているかもしれないよ。冷静なように見せかけて、どこかで嘘をついているシグナルを出しているはず。例えば、髪を掻くとかね
犯罪者の話題をしていた際に、ラーフィリスはそう言っていた。ついでに圭の事を意味深に見ていたが、髪を掻くのが圭のシグナルだったようだ。それならば、ロビーも冷静さを装っており、貧乏ゆすりというシグナルが出ていた。まさに、犯人だからなのかもしれない。
「……ねえ、本当に誰も入れなかったのかしら?」
じっと黙っていた青髪の女であるタニアが、突然思い立ったかのように言う。
「もしかして、弟王ののろいじゃないかしら?」
呪い、などと言いだしたタニアを、ルーファスは怪訝な目で見た。
──犯罪者は、自分が追及されると予想していたら、作り話で話題をそらそうとするかもしれないな。ちなみに頭を掻くという行為は、困っている時に出やすいらしい。こういった体で示す感情や、言葉をボディーランゲージという。身振り手振りを混ぜて会話をすることによって、相手にニュアンスが伝わりやすくなるというわけだ
ラーフィリスの発言に、追加した圭のセリフがこれだ。明らかに話をそらそうとしていたので、恐らく頭を掻く仕草がシグナルなのは図星しなのかもしれない。タニアは呪いなどと言って話題を変えようとしていた。これこそ、犯人なのかもしれない。
結論、どいつもこいつも疑わしい。ルーファスはそう決めつけると、厳しく取り調べをしてやろうと思った。
「もしかして、死霊の事を言っているのか?」
自分への疑念を避けるための話題とルーファスは思っていたが、ロビーにとっては検討に値する話だったのか、タニアの言葉を拾った。
「ええ。浮遊する死霊なら『墜落』の影響を受けないわ」
『墜落』の魔法がどのように作用しているかは理解されていないが、死霊などには効果がないということはわかっている。浮遊することができる死霊ならば、窓から忍び込めるだろうという判断だ。
「心当たりがある死霊はいるのですか?」
「知ってるかもしれないけど、元々ここは弟王を軟禁していた場所だからね。
研究を認められずに死んでいった弟王の無念が徘徊しているという噂があるね」
自警団員が質問をすると、アンガスが回答をした。
まるで死霊が犯人であることを当たり前のように会話している。その様子を見て、やめるようにとルーファスは自警団員に目配せをした。
凶器は鋭利な刃物で何度か刺したことがわかっている。死霊がそんな殺し方をするだなんて聞いたこともないし、たまたま密室殺人になっただなんて都合が良すぎる。
リジィは普段玄関の鍵は閉めていなかったと聞いている。ならば密室になる様にと犯人が鍵をかけたに違いない。必ずこの中に犯人がいるはずだと、ルーファスは思った。
「ははぁ……では死霊の仕業かも知れませんな」
そんなルーファスの思いとは裏腹に、自警団員は死霊の仕業で結論をつけようとしていた。慌ててルーファスは自警団員に近づき耳打ちをする。
「ちょっと、どういうつもりですか」
「どういうつもりですかも何も、死霊の仕業ならそれでよいではないですか」
さっさと事件を処理したいといわんばかりの自警団員の態度に、ルーファスは目をむいた。
「本気ですか?」
「本気ですとも。そもそもルーファス侍祭。ここは最先端の研究所であり、彼らは優秀な学者です。みんな、旅助祭に任命されております。
そんな彼らの機嫌を損ねては事ですし、殺人犯として1人を検挙したら、ただでさえ減った学者がもう1人減ってしまいます」
それは損です、と締めくくった自警団員を見てルーファスはあきれ返ってしまった。損得の問題ではない。人が一人死んでいるのだからしかるべき処置をするべきだとルーファスは思った。
そしてこの物言いは、事を荒立てないように出資者の誰かから言い含められたに違いないと予想された。それは事実で、研究所の出資者の1人が手を回して、息のかかった自警団員であるこの男を派遣していた。
また権力か、とルーファスは思った。この事件も正しい裁きは訪れないだろうか、彼が嘆いた時、広間に一人の少女が現れた。
「初めまして、おっそよー↑
アリスがばしっとぉ、解決するからねぇ↑」
突然やってきた少女は、その声どこから出しているの?と聞きたくなるような高い声でその場にいた全員に宣言した。




