名探偵、依頼を受ける
ざぁざぁと雨の音が聞こえる部屋の中で、少女と狼が食事をとっていた。少女は青と黒が混じり合う髪を持った美女で、狼は青い毛並みを持ち、人間のように椅子に座っている。狼の手先は人間に近く、器用に木製のスプーンでスープを掬っていた。人間と獣のハイブリットとも言えるような子の種族を、この世界では獣人と呼んでいる。
「どうダ、おいしいかアリス?」
「うーん、個性的な味だと思うよぉ↑
きっと、これが好きな人にはたまらない味だろうねぇー↓」
「そうカ、良かっタ」
ニコニコと青い毛並みを持つ二足歩行の狼──獣人の<碧い牙>は、少女──アリスの感想を聞いて笑った。しかし、獣人の笑い顔は奥歯を大きく見せつけるため、恫喝をしているようにも見える。元々、笑みとは牙をむいた時の表情と言われており、それを表す例だとも言える。
一方で、<碧い牙>の笑顔を見ながら、アリスは乾いた笑みを浮かべている。<碧い牙>は気づいていないが、アリスはなんとか彼女が作った料理を胃に流し込んでいるといった様子だ。個性的という遠回りな表現をしたが、正直言ってアリスの口には合わなかった。
(アリスちゃん、うっかりィ↓)
アリスと<碧い牙>の雇い主である圭が所有しているこの建物は、アレクサンドリア図書館と名付けられている。彼女たちはここに彼女たちは住み込み、共同生活を行っているが、料理はもっぱらアリスの担当となっていた。
今日は突然の豪雨があったため、買い物をせず保存食を食べようとアリスは決めていたが、<碧い牙>が気をつかい、雨に濡れながらも材料を買ってきたのだ。
牙をむいているようにしか見えない笑みを浮かべながら、<碧い牙>は今日は私が料理を作ろうと提案した。間違いなく、アリスが苦手な料理が出てくるだろうと予想はしたが、善意からの提案を拒絶することはできなかった。
連合王国の一国である、クリルチェフス王国の出身であるアリスは、見た目に似合わず肉食だ。クリルチェフス王国は、国名となったクリルチェフス山脈にあり、農業に向いていない。そのため、食料の大半が高山地帯の動物になり、調味料も限られるから淡白な味付けが主流となる。
一方で<碧い牙>の出身は、南方のジャングル地帯に位置する。そこでの料理は八角や山椒といった、独特の風味や刺激がある香辛料をふんだんに使っている。<碧い牙>が今回作った料理も、そういった香辛料をまんべんなく使っているため、慣れないアリスは食べるのに苦戦していた。
(でも、あーちゃんも、普段は自分の好みから離れてるご飯食べているわけだから、がんばらないとね!)
あまりにかけ離れた食事文化出身の2人だったため、当初は別々に作ることをアリスは提案した。だが、<碧い牙>はそれを嫌った。
──共に住み、共に歩む私たちだからこそ、同じ食事をとるべきだ
意見というよりか、それはもはや信念であった。そして、食べ慣れないだろうからと気をつかって、アリスが作る料理を基本にしようとまで言ってくれたのだ。そこまでされて、NOとは答えられなかったアリスは、同じ食事を取ることにした。
だが、やはり故郷の食事が恋しいのか、アリスにも味わってほしいと思うのか、時折獣人料理を思い出したかのように作る傾向があった。
アリスはびりびりと痺れる舌を我慢しながら、笑顔で食事を平らげた。
しかし、ついつい本音が出そうになるため、個性的な味と嫌味に聞こえる言い方をしてしまった。幸いにも、まだまだ人間の表現になれない<碧い牙>には、誉め言葉に聞こえたようだ。
また、獣人は人間の表情を読み取るのも苦手だ。アリスは自分のひきつった笑みに気づかれずによかったとほっとした。
夕食をすませ、アリスが集めた水でお茶を入れ、一息をついていたころ、玄関の鳴子が鳴り響いた。この建物は富豪が住んでいる住宅地域に建てられており、他の屋敷と多分に漏れず、貴重品が山ほどある。こういった、周囲の様子が隠れる豪雨の日は、火事場泥棒ならぬ、雨場強盗が良く出没する。
弛緩した空気が引き締まり、<碧い牙>は手元にあった槍を持って玄関へと走った。玄関は襲撃者と戦いやすいような作りになっているため、誰かが来たときは急いで向かい、有利な地形を取るように彼女はしていた。
アリスも様子を見るために玄関の方に向かうと、嫌そうな<碧い牙>の声が聞こえた。
「ナンダ、お前カ」
「なんだとはなんだ、<碧い牙>ちゃん。ずいぶんな歓迎だね?
僕に早く会いたくて、駆けつけてくれたのはいいけど、それじゃあ親愛の情は伝わらないぜ?」
聞き覚えのある声に、玄関を覗き込むと白い髪の青年がそこにはいた。強いラーサス神の加護を持つ人間は、生まれつき体色が薄い。加老による白髪と違って、光沢を持ったその髪は、強い加護を示していた。
「やぁ、アリスちゃん。元気にしていたかい?」
「お、でぃーちゃん! ひっさしぶりぃ、アリスは元気だよぉ↑」
「ははは、相変わらずだねえ。アリスちゃん。
君に会えてうれしいぜ。もちろん、<碧い牙>ちゃんもね」
「ワタシは会いたくなかったがナ」
アリスは久々に会ったでぃーちゃんを歓迎した。なにせ彼はこのアレクサンドリア図書館に住む、三人目の人間なのだから。
一方で<碧い牙>は不快そうな表情を出していた。この屋敷の住人ということにはなっているが、ひと月に数回しか泊まらず、食事もここでとらないことが多い。そのため、この男を仲間として認めていなかった。
ちなみに、圭やラーフィリスといった、時折来る人物は、住民ではないため別の判断基準により仲間扱いとなっている。
「<碧い牙>ちゃん、アリスちゃん見なよ。笑顔っていうのはね、円滑なコミュニケーションをするにあたって最適な表情なんだ。
そんな、不機嫌そうな顔をされてしまったら、まるで僕が君に歓迎されていないように感じるじゃないか」
「まるでもなにモ、ワタシはお前を歓迎していなイ」
「もう、あーちゃん。ダメだよぉ↑ めっ!」
アリスは、喧嘩腰ででぃーちゃんをにらみつける<碧い牙>を叱った。大人ぶりたい年頃のため、普段わがままを言わない彼女を叱ることができてアリスは満足そうだった。
そんな二人の様子を愉しんだでぃーちゃんは、無警戒に<碧い牙>の横を通って奥に入ろうとした。<碧い牙>はむっと怒りを覚えるが、雇い主の圭から手出ししないように命令されているため、邪魔することができない。苛立ちを感じながらも、でぃーちゃんが中に入るのを止められなかった。
「おや、お茶の最中だったか。アリスちゃん、僕にも頂戴」
「お前ハ水で十分ダ!」
食堂に上がり込み、勝手に椅子に座ったでぃーちゃんは、テーブルの上に置かれていた二つのコップを見て、ずうずうしく要求をした。そんなでぃーちゃんの前に、<碧い牙>は空のコップを置く。
「えっと、水すら入ってないんだけど?」
「外にたくさん流れているダロ?」
「面白いね、雨を取るところからスタートか」
<碧い牙>の物言いが面白かったのか、腹をよじりながらでぃーちゃんは笑い声をあげた。その余裕な態度が不快で、<碧い牙>はさらに不機嫌になった。
「もう、ダメだよあーちゃん! 仲良くするの」
そんなことになるだろうと先読みをしていたアリスは、お茶が入ったポットと木製コップを持ち出した。だが流石に空のコップは想定外だったため、悩んだ結果<碧い牙>が持ってきたコップにお茶を注いだ。
「ありがとう、アリスちゃん……
うごっ!」
でぃーちゃんがアリスにお礼を言って、一口飲むと、表情一変させてむせた。妙にぴりりとする独特の風味があるお茶だった。
「……何茶?」
ぴりぴりと唇が痺れて、少し涙目になったでぃーちゃんがアリスに質問をする。
「んー? ドクダミ茶だよ↑」
「体によさそうだね……でも、この痺れはなに?」
「えっ、そんなのはいってないよぉ?」
普通のドクダミ茶を入れたはずなので、そんな味ではない。アリスは自分のコップにも注ぎ、味を確認したが、ドクダミ茶独特の風味と苦みしか感じられなかった。
「クックックック……」
戸惑う二人を見ながら、悪役のように<碧い牙>が笑い出した。もちろん、ぴりっと辛いドクダミ茶は<碧い牙>の仕業だ。
「アリスが、ワタシの持ってきたコップに入れると思ってタ」
大きな胸を張って、犯行を自白する<碧い牙>にでぃーちゃんは質問する。
「でも、コップの中身は空だった」
「当たり前ダ。すりおろしたサンショウを入れてモ、薄まってしまうダロ」
どこで山椒を入れたのだろうとでぃーちゃんは不思議に思ったが、少し黙っていたアリスが思いついたかのように言った。
「コップの口元だね↑」
「口元?」
突然大声を出したアリスに驚くでぃーちゃん。一方で、<碧い牙>は正解というように拍手を始めた。
「さすガ、アリス。その通りダ」
「どういうこと?」
「ワタシは、コップのふちに山椒を塗ったんだ」
「うわぁ、すっごい努力」
自慢げに細工を説明する<碧い牙>に対して、でぃーちゃんはあきれたように声出した。そして、鼻をコップの口元に近づけると、確かに山椒の臭いがした。木製のコップで、木目や木自体の色で隠れていたが、よく見てみると山椒がこびりついているのがわかった。
溜飲が下がったのか、<碧い牙>の機嫌も直ったので、3人は落ち着いて近況を報告した。近況と言っても、アリスと<碧い牙>はほとんどの時間をこの中で過ごしているし、でぃーちゃんに至っては秘密が多くて、大した話をしなかった。
「さて、実は本題があるんだ」
近況報告が終わると、でぃーちゃんは改まって話を切り出した。
「ちょうど数刻前に殺人事件があったんだ」
「簡単に言う話題じゃないダロ」
犬の散歩に来ました、というような軽いトーンで殺人事件の話をした。あまりに軽い調子だったため、<碧い牙>が思わず突っ込みを入れた。
一方で、アリスは興味をそそられたのか身を乗り出した。
「殺人事件?」
「うん、それもとびっきり不可解なやつだぜ?
なにぜ、死体がある場所には誰も入る事ができなかったんだ」
「わーお↑」
思わせぶりに話し出したでぃーちゃんを、<碧い牙>がにらみつけた。
「オイ、アリスを巻き込むなヨ!」
「おいおい、<碧い牙>。キミはアリスちゃんの親じゃないだろ?
僕はアリスちゃんに話しているんだ」
関係ないのは黙ってろよ、と言わんばかりの態度に、<碧い牙>は頭に血が上った。椅子から立ち上がると、その勢いで椅子が後ろへと倒れる。
ガタンッ、という椅子が倒れる大きな音が立ち、<碧い牙>はでぃーちゃんに迫った。
「ワタシは、アリスを守る誓いがアル!
勝手な事ハ許さんゾ!」
「アリスちゃんに危害が加わるようなことにはしないよ」
<碧い牙>はでぃーちゃんの襟元をつかみあげると、顔を近づけて凄んで見せた。しかし、彼は恐れる様子はなく小ばかにするような顔で、彼女の手に身をゆだねていた。
「待って、あーちゃん」
一触即発になった二人を止めたのはアリスだった。彼女の制止を受けて、<碧い牙>は乱暴にでぃーちゃんをつきとばした。彼はそのまま椅子にぶつかったが、けろりとした様子で椅子に座りなおしている。
「ねぇ、でぃーちゃん。アリスの力がほしいんだよねぇ↑」
「もちろん。クリルチェフスにあるコウナン地方にその人ありと言われた、才女。
人呼んでコウナンの名探偵と呼ばれたキミがほしいんだ。
人呼んで、名探偵コ……」
「アリスを煽てるナ!」
芝居がかった様子でアリスを持ち上げるでぃーちゃんを、<碧い牙>は制止した。
「アリスが役に立つなら、頑張るよぉ↑」
2人のやり取りは気にせず、アリスは握り拳を作ってやる気をアピールした。
やる気になっているアリスを見て、<碧い牙>はため息をついた。雇い主である圭からは、アリスの自主性を阻害するような行為は禁止されている。彼女のやる気を引き出した時点で、彼女に勝ち目はなかった。
「アリス、せめてあの服を着て行けヨ。この国では、あの服を着ているだけで一目おかれるんダロ?」
「ん、わかったよぉ↑」
ぱたぱたと奥に入り、準備を始めるアリスを見て、<碧い牙>はため息をついた。
「オイ、アリスが傷ついてミロ。オマエの首ヲ街の中心に掲げてやるゾ」
「怖い、怖い。大丈夫、何も心配はいらないよ」
凄む<碧い牙>をからかうように、でぃーちゃんは茶化した声で反論する。首を回して、アリスが去ったほうを向きながら、
「マラリーナ神の旅司祭に手を出すようなバカはいないよ」
と言った。
奥からは、マラリーナの旅司祭を示す法衣を着込んだアリスがこちらに向かっていた。




