犯人、独白~死体発見アナウンス
番外編はミステリー風です。
この日のソロヴァ王国では、エルドラード神が大層怒り狂っていると称されるほどの大雨だった。川は氾濫し、王国の豊かさの象徴である水道は氾濫しそうになっている。
普段は無駄に水を使わないようにと、せき止められている支流を解放し、町中が水浸しにならないようにしていた。
昼だというのに、大きな雨雲が太陽を覆っているため、まるで夜のように王都は薄暗くなっていた。
さて、このような日中に起きる土砂降りを、エルドラード神の怒りという。その由来は神話にある。
彼女の夫であるラーサス神はあまねく愛を持っており、すべての生き物への愛を、日の光として地表に降り注がせることで与えていた。
──僕の愛の半分を君に捧げるよ
エルドラード神と婚姻を結んだ際に、ラーサス神が彼女にかけた言葉である。世界中に常に降り注ぐ愛、すなわち日の光の半分を妻に捧げることになった。こうして世界には昼と夜が生まれた。だが、エルドラード神はラーサス神をこよなく愛しており、半分の愛で我慢できるような女ではなかった。時として、その嫉妬心から日中でも雲を出して日の光を遮り、愛を独占してしまうのだ。
巨大な雨雲が王国の空を覆うのは、エルドラード神がラーサス神を監禁したためである。そして降り注ぐ雨は、陽の光を大地にあてることができなかった不甲斐なさを悲しむラーサス神の涙だ。
ひどいありさまの天気を見て、六神教徒は「まただよ」と笑いながら室内でこの日を過ごしていた。
そんな、大量の雨が降る中の事。日中にも関わらず、ろうそくによるわずかな光だけが頼りになる部屋の中で、1人の女性が絶命した。
(死んだ……か?)
女性の体には何か所かの刺し傷があり、あふれ出した血が服を汚していた。明らかに自然な死に方ではなく、殺されたのだとわかる。
彼女を殺した犯人は死体の目の前で、荒い息を整えながら様子を観察していた。
不意を打つことができたため、初撃は問題なく与えることができた。こんな土砂降りの雨だ、中に忍び込んだ時の音が、彼女には聞こえなかったのだろう。
だがしかし、即死しなかったのが想定外だった。思わぬ抵抗を受け、何度か刺したが死ぬまでには数分の時間がかかっただろう。犯人にとっては永久とも言っていいほどの時間だった。被害者の女性が動かなくなっても、確認することができず立ちすくんでしまった。
犯人は荒い息を整えて、こわばった体を動かし、被害者の様子を見た。
(まだ生きていて、立ち上がってきたら……)
不安を覚えながらも、恐る恐るうつぶせになった体を仰向けにした。だらりと、力を失った体の胴体は、血で真っ赤に染まっていた。
息をしている様子はない、心臓も動いていないだろう。間違いなく事切れているといってよかった。
死んでいるのならば、今度は急がなければならない。このような日に殺人を行ったのは、自分の犯行を隠すためだ。
被害者と犯人がいる『塔』の入り口は、特殊な鍵で施錠してあり、この世に2つしかない鍵でしか中に入ることはできない。
鍵の1つはここにある。被害者自身がこの『塔』に入るために持ち出したもので、たくさんの目撃者がいる。そしてもう1つの鍵は、館の研究部屋の中にある。今、その研究部屋には2人の人間がいて、彼らによって鍵がこの時間は間違いなくそこにあったと証明してくれるだろう。
あとは常に2人以上で行動すれば、自分が鍵を持ってこの『塔』に入る事が出来なかったと証明できるはずだ。
その時、犯人ははっとあることに気づいて、『塔』の1階へ急いだ。鍵を持っていくことは忘れない。この計画は、『塔』の鍵がかかっていることが前提となる。案の定、玄関の鍵がかけられていなかった。
(危ない)
施錠されていなかったら意味がない。なぜならここは密室殺人が起きた場所になるのだから。犯人は玄関を内側から鍵を用いて施錠すると、再び被害者がいる3階へと戻った。
部屋に戻ると、犯人はどきりとした。死体の位置が変わっているのだ。
背筋に鳥肌が立ち、慌てて死体の様子を見た。生きている様子はない。先ほどと変わらないはずだった。
実際に、動いて見えたのはひっくり返した状態が不自然だったため、自然と倒れただけだった。だが、犯人の心は違った。何か超常的なものが動かしたのではないかと疑心暗鬼に陥った。
一刻も早く、ここから出よう。そう思った犯人は死体の手に鍵を握らせると、脱出路から、この部屋の外へと出た──。
─────
「うへぇ……ひどい雨だねえ」
土砂降りの雨に辟易したというように、顔をゆがめて軽薄そうな男がうめいた。
湿気でしんなりとした癖のある緑髪をかき上げて、男は共同研究をしている仲間を見る。
残りの仲間は男女で、青髪の女性に、金髪の男性だ。それぞれ髪の色と対応する髪を信仰しており、青髪の女性は水と癒しを司るマラリーナ信徒であり、金髪の男性は金と知恵を司るダルカード信徒である。
金髪の男は、まじめに資料を読みながら、手元の洋半紙に計算を書き込んでいる。青髪の女性は、手元に水でできた球体を持っていた。その球体は少しずつサイズを大きくしている。
激しい雨にうんざりという表情が見え隠れしていた。
「タニアっち。 そろそろ夕食にしない?
エルドラード様がお怒りだから、僕も憂鬱なの」
「ア、ン、ガ、スー! あんたが湿気で髪がくしゃくしゃになるのが嫌とかいうから、せっかく湿度を取ってやっているというのに!
真面目に働きもせずにいきなり夕食なわけ? このわかめ髪!」
タニアと呼ばれた青い髪の女性は、なれなれしく話しかける緑髪の男──アンガスに怒鳴りつける。彼女の手には水が球体になって集まっている。『水精製』という、周囲の水を集める呪文で、砂漠などで水分を集めるのによく使われている。都市部ではもっぱら湿度取りに重宝される呪文だ。
せっかく呪文を使ってムシムシとした空気を取り除いてやっているというのに、一向に働こうとしないアンガスの独特な癖のある緑髪──通称ワカメ髪に対して、この水球をぶつけてやろうかとタニアは画策した。
タニアが水の球体を振り上げて、アンガスに投げつけようとする動作を取ると、彼は慌てて両手をあげて、降参という意思を示した。
「ちょ、ちょっと紙が濡れるって!」
「そのわかめみたいに漂ってる髪が濡れたっていいでしょうが!」
「その『かみ』じゃない!」
部屋の中には多くの研究資料や、記載中の論文が置かれている。それが濡れて使いものにならなくなったら大変だろう。2人のやり取りを静観していた金髪の男は、忌々しそうに声を荒げた。
「やかましいぞ! いちゃつくなら外でやれ!
ここには研究資料が山ほどあるんだ! 貴様らが遊んでいて台無しになったらどうする!」
渋い声をあげる金髪の男──ロビーは近くにあった木片を取ると、呪文を唱えてその形をハンマーに変えた。そのまま新しくできた木槌を使って、どんどんと机を叩いた。
木片の形を変えたのは『成形』と呼ばれる魔法で、ダルカード信徒の一般的なものだ。
「この雨でイラつくのはわかる。だからと言って騒いでいいわけでもあるまい」
「ごめんなさい、ロビー。アンガスがうるさいから」
「ちょ、俺のせいかよ」
ロビーが窘めると、2人は殊勝な態度で反省しているように見えたが、実際のところでは、タニアはアンガスに責任を押し付けただけだ。アンガスも見た目だけの反省で、心の中では何一つあやまっていなかった。そんな様子をロビーが冷たく見ていた時、
ぐぅー
と、腹の音がロビーから聞こえた。
少しの静寂の後、ロビーは咳払いをし──
「まあ、その……アンガスの言う通り夕食にするのも悪くなかろう」
と顔を赤らめながらそういった。
─────
3人が研究部屋から出て、すぐ隣の食堂に行くと、使用人たちが食事の準備を完了していた。気づかなかっただけで、夕食の時間になっていたようだ。
湿度が高く蒸し暑い気候に気をつかったのか、熱いスープ類は見られず、果物などを用いた料理になっていた。
なお、この世界での夕食の時間は早く、4時か5時くらいには食事をとっている事が多い。
「ああ、皆さま。リジィ様が『塔』から出てこないのです」
使用人が3人の姿を認めると、近寄ってきて声をかけた。リジィとは4人目の研究員だ。そのリジィを含む、4人がこの屋敷の支配者と言える。
3人は顔を見合わせると、不思議なこともあるものだと思った。リジィは健啖家で、食事を抜いてまで研究をすることはなかったからだ。
「めずらしいな」
「うーん、集中しているなら放っておいたほうがいいのかしら?」
「あいつ抜きで食事してみろよ、あとでカンカンに怒るぞ」
「それもそうね」
「自分で食事の時間を忘れたのだ、なぜ俺たちが怒られなければならないんだ」
リジィの食に対する欲求は強い。3人とも経験があるが、彼女が食べるつもりでいた物を勝手に食べると、数日は口を利かなくなってしまう。愉快ではない未来が容易に想像できたため、3人はリジィを呼ぶことにした。
朝から土砂降りは続いており、中庭にある『塔』を不気味に浮かび上がらせていた。
『塔』は3階建ての立派なものが立っており、それを囲えるほどの大きさを中庭は持っていた。ドーナッツ状の屋敷があり、真ん中の穴が中庭になっていると想像するとわかりやすいだろう。
「むう、外套を持って行くのはめんどくさいな」
「私が何とかするわ。『水は友達、水なら蹴らなくていいし。水操作』」
ロビーが面倒くさそうに呻くと、タニアが気をつかって『水操作』の呪文を唱えた。この呪文はその名の通り、水を操作することができる魔法だ。彼女の周りに来た水滴は意識を持ったように、体に触れることなく外側へと流れていく。まるで透明なドームが彼女の周りにある様に、水滴が動いていった。
透明なドームは3人を十分に覆うことができるサイズだ。これなら外套は必要ないだろう。
「にしても不思議ね」
雨に濡れることなく、『塔』に向かって歩いていくと、ぽつりとタニアがつぶやいた。
「どうした?」
「いや、ここって『あの仕掛け』かがあるじゃない?
でも水滴は例外なのね」
「ああ、聞いた話だと例外処置を施しているらしい」
「なんでだ?」
「『あれ』が水滴にも適応されると、雨の日に地面を抉るだろ?」
「なるほど」
3人が中庭にある『あの仕掛け』かについて話をしているうちに、『塔』の前にたどり着いた。さっそく中に入ろうとするが、鍵がかかっている。
「む、鍵をかけてるのか」
「あら、珍しい。
あの子って鍵をかけないじゃない」
珍しく鍵がかかった『塔』に、3人は怪訝な表情を浮かべた。この『塔』には重要な設備や、資料があるため、常に施錠をしているが、誰かがいる際は鍵をしないことが多かった。
「ねえ、窓が開いてるわ」
元々の使用目的から、この『塔』には窓が一か所しかない。その唯一の窓がある3階をタニアが見ると、そこは内側に開いており、雨が吹き込んでいた。
「む、いかんな。
鍵をもって、中に入ろう」
3階には、それこそ貴重なものがたくさんある。水が吹き込んでしまうと、濡れたりして面倒だったため、急いで締めなければならない。
「まったく……リジィのやつ、何をしているんだ」
「寝てるんじゃねえの?」
「あの子ならありうるわ」
食欲だけでなく、睡眠欲も強い彼女は、研究途中で寝てしまうことが多くあった。今回もそうなのだろうと推測し、3人は中に入ってリジィをしかりつけることにした。
3人は小走り気味に研究室に戻ると、壁にかけてある鍵を回収した。
急ぎ気味な3人の行動を使用人が怪訝な顔で見るが、リジィが時折『塔』の中で寝てしまう事は有名なため。施錠をしたまま寝たのだろうと思い、あまり気にしないことにした。
再び雨の中で中庭を渡り、鍵を使って『塔』の中に3人は入った。
「おーい、リジィ。窓が開けっぱなしだぞ!」
アンガスの掛け声に返事はなく、やはり寝ているのだろうと3人は結論づけて、『塔』の3階を目指した。
そして、血だらけで絶命しているリジィを発見することとなった。
急いでリジィの様子を見る3人の中で、犯人は心の中で安堵していた。彼女の死体は動いた様子がなく、動いて見えたのは気の所為だったのだ。
そして、犯人も予想しなかった事実が発覚した。偶然の産物により、研究室にあるカギは必ず2人以上の人間が目撃していたということが明らかになり、鍵を誰かが使ったのは実質不可能であるという結論が出たのだ。
こうして、犯人も予想しなかった完全密室による殺人事件が発生した。
しばらく番外編を隔日ぐらいで連載します。
10話そこらを想定していますので、
ぜひご覧になってください。




