番外編「あの別れた直後の痛い女のポエムみたいなのはなんだ?と圭は言った」
炎の明かりが揺らめいている部屋の中で、二人の男が酒を飲み交わしていた。
木製のコップの中には、真っ赤な液体が入っている。アルコール臭に葡萄の香りが、部屋に広まっていた。
葡萄酒を物珍しそうに飲んでいるのは緑の髪の男──ルーファスは楽しげに味わっていた。
(昔飲んだことがあったけど、これに比べれば薄味だったな)
4年前に挙げた結婚式で飲んだ葡萄酒の味を思い出していた。それは香りも、味も薄くて、口に含んだ時に感じる、苦み、甘み、アルコールの刺激がぼんやりとしていたのを覚えている。
それに比べて、正面の黒髪の男──圭が持ち出した葡萄酒は、一口含んだ瞬間に、葡萄の香りが強く口の中で広がった。
葡萄の香りと共に苦みと甘みを感じ、フルーツで作られる酒独特の風味が楽しめた。
高い酒なのではないかとルーファスは思っているが、実際は彼が昔飲んだものとほとんど変わらない。ただ、この世界において酒は加水されることが多くあった。単純にルーファスが飲んだのは水が足されていただけだった。
水で薄めるのが一般的だとすると、原液をそのまま飲むような贅沢をしているのにも関わらず、圭の表情は晴れなかった。
今日は龍の会があったが、この日の競りに圭は負けて仕事請けることができなかった。
アジトに来た圭が、競りの負けを告げると、ルーファスやラーフィリスは落胆の声をあげた。
もっとも過敏な反応をしたのがアニェーゼで、圭が告げたとたんに立ち上がり。彼女は鼻で笑って、
「なに? 仕事も取れないだなんてリーダー失格じゃないの?
というか、仕事が取れなかったら、圭は定職もつかずにいる無職でしかないんだよ?
聞いた話だと、料理を作る代わりにお金を年下の女の子からもらってるらしいじゃないか。
それって、ただのヒモだよ、ヒモ」
という具合に、さんざん圭をからかったあげくの果てに
「僕は依頼の髪飾りを作らないといけないからな。
あー、ヒモは楽でいいですね、うらやましいです。 あこがれちゃうなー」
などど嘯いて、早々にアジトから去っていった。
「お前こそ、美貌を利用して女を誑かして髪飾りの注文をさせてるんじゃないか。 それだってヒモだ。 大体、料理も仕事だ、馬鹿にすんな」
と圭も言い返したが。いかんせん仕事を取るのがこの裏稼業において、圭の重要な仕事であるため、しくじった以上は何を言っても負け惜しみに過ぎなかった。
たかが一つ競りを失敗した程度でここまで言われるのだ、日本の営業職は大変なのだろうなと圭は思った。そして、日本に帰れたら絶対に営業にはならないと決意する。
もっとも、この年齢になって日本に帰ったら、高校をドロップアウトした20歳としかみえない。学歴社会、経済の悪化、それをたどった日本において、こんな経歴を持つ人物を雇い入れるのだろうか?
──君、この空白期間では何をやっていたの?
──はい、代行人をやってました
──代行人とは何のことですか?
──人を殺すことです
──え、人殺し?
──はい、人殺しです
──通報しました
昔、ネットで流行したテンプレートに当てはめて想像したが、良い様に捉えてくれるのは背中に龍が掘ってある様な人たちだけだろう。就職活動を想像するとあまり愉快ではないので、圭は忘れることにした。
「圭さん、ごめんね。 私も酒場に帰るね」
アニェーゼが帰ったのを見て、ラーフィリスもアジトから出ていった。今日は勤め先の酒場【ミリタリス風】が意外と忙しく、無理を言って休みをもらっていたのだ。仕事がない以上は、普段お世話になっているだけあって手伝いに戻りたかった。
俺のことは気にするなと言わんばかりに圭が掌をひらひらと振ると、ラーフィリスは申し訳なさそうにアジトを後にした。
ぶすっと不機嫌そうな圭をルーファスはどうしようかと眺めていた。
「今日の競りはどんな奴だったんだ?」
競争相手がいる以上、負けることは少なくない。しょうがないことだとルーファスは理解していたので、この拗ねている若いリーダーを励ますことにした。
話題を振られて圭は不機嫌な様相をやめると、咳払いをして姿勢を正した。
「あー、金貸しのヴァルトってやつを殺す依頼だったな。
連合銀貨19枚で落札だった」
「安いな」
この稼業の相場からするとかなり安い値段だった。ルーファスが1ヶ月働けば稼げてしまう金額だ。5人で分けたら短期間のバイトにしかならない。1人殺して、その値段じゃ割に合わない。
「所詮ケチな借金取りを殺す依頼だ。
時折用心棒みたいなやつがいるみたいだけど、常に張ってるわけじゃねえ。
夜道を歩いてるところをぶすー、でおしまい。 ちょろい仕事だ」
その分、価格競争が激しくなり、最初は連合銀貨50枚だったのに、あれよあれよと値段が下がっていった。
「金貸し、か……まあ恨まれそうな仕事だろうが……」
「金貸しなんだから、金を取り立てるのが仕事だ。
働いてて恨まれるだなんて、不公平にもほどがあるぜ」
圭は不機嫌そうにまくしたてると、物入れをごそごそとあさり始めた。そんな彼の様子を見て、ルーファスはおや、と思った。
彼は不機嫌になることはあるが、アニェーゼがああいう態度なのはよくあることだ。普段ならすぐに切り替えられるはずが、今日はいつになく不機嫌が持続しているように見えた。
「らしくないな、圭」
「べつに」
ルーファスを見ないまま、尻を向けて返事をした圭は、ボトルとコップを二つ物入れから取り出した。
「付き合えよ、飲めるだろ?」
戸惑いながらもルーファスは、ああと返事を返した。
─────
こうして、二人は葡萄酒を飲み交わしていた。
エールと違って、葡萄酒は比較的裕福な人物が飲むため、コップ一杯の金額は2~3倍ほど違う。ルーファスは滅多に飲またものじゃないので、得をした気分だった。
「なあ、圭。 おまえ、何か知ってるんじゃないか?」
不機嫌になり、酒を飲むというのは、ルーファスの圭像からは離れていた。あり得ないほどではないが、違和感を覚えた。
「最近のヴァルトが貸していた客がな……金を返せない代わりに妻を奴隷商に売ったらしい」
「それは……」
ひどい話だとルーファスは思った。もし、自分がやむ得ない事情で金を借り、返せなかったときに、ミカを売らなければならなかったら。想像して、ルーファスは吐き気がした。彼は妻を愛している。
「なるほど、依頼主は旦那ってところか……おかしくないか?」
ルーファスは自分で言っていて、話のおかしさに気づいた。
復讐代行を頼むような金があるのならば、妻を奴隷商人に売るはずがない、あべこべだ。妙な話だと、ルーファスは頭をひねった。
「ヴァルトってやつは妙にこだわりがあってな。
借金以上の金は取り立てないと決めてるらしい」
「まさか……」
「噂になってたぜ。 ヴァルトは奴隷商人が想像以上に金を渡したんで、差額を旦那に返したらしい。
『高く売れてよかったですね』って言ったっていう武勇伝になった」
「下種だな」
死んで当然な男だ、とルーファスは切って捨てた。だが、圭は怒り気味に声を荒げた。
「ああ、下種だ。 糞野郎だ。
だがな、元々は旦那が借金をこさえなければよかった話だ。
そのあげくが、奥さんを売った金で借金取りを殺そうなんて間違ってる」
理不尽だ、と圭は言った。過剰に金を巻き上げたわけではない、借金取りとして金を貸し、返せなかったら別の方法で回収した。感情を除けば、不備は何一つ存在しない。
一方でルーファスは困惑していた。なぜ、圭がそんなに怒っているか理解できなかった。
「だがしかし、やむにやまれぬ事情なら仕方がないんじゃないか?」
「旦那は博打狂いとして有名だった」
ぴたりと、ルーファスは身動きを止めた。圭は濁った眼で、ワインの水面を見ている。
「それは、救いようのない話だなぁ」
ルーファスにはそうとしか言えなかった。
「ああ、ひどい話だ。」
哀れなのは奥さんだけだ、そういって圭はコップの中身を飲み干した。
「もしかして、競りに負けたのって」
「馬鹿言うな。 俺、ラスやルルと違って、売れないもぐりの装飾屋のアニは死活問題だぞ?」
当てつけなのだろうか、アニェーゼ以外は金に不安などないと豪語した。それはともかくとして、仕事を取るのに手は抜かないのが圭のポリシーだ。えり好みをするような真似はしないように心掛けている。
「ただ……」
圭は赤ワインをコップに注ぎながら、しかしという。
「こんな安い金額で殺して良い物か、とは思った」
それが本音か、とルーファスは思いながら、コップを空にした。
どんな理性的な人間であっても、感情は必ずついて回る。安い仕事で、これ以上安く引き受けられない、冷静な理由で判断したとは思っているが、感情が混じっていないことを証明するのは不可能に近い。
圭は自分のコップに葡萄酒を注いだ後、ルーファスが飲み干したコップにも注いだ。
コルクで栓をし直した後に、圭は一口飲んだ。
苦みばかりが口の中で感じられた。
─────
お互いになんだかんだと不満がたまっていたのか、くだらないことを言いながらも愚痴をこぼしあっていた。
特に圭は、常々ニート扱いを受けるのが我慢ならなかった。裏稼業以外でもいろいろな事をして金を稼いでいる。仕事をしているのだ、定職についていないわけではない。声を大にして、金を稼げぬ甲斐性なしと言われたくはなかった。
まあ、もっぱら甲斐性なしは女性に対する交友関係を揶揄されていたのだが、圭は気づかないふりをしていた。
もっとも、この世界において人が職に就くのは当然のことだ。ニートという存在は生きていけないこの世界で、冒険者ギルドに登録すらせず、ふらふらと自由気ままに生きている圭のような生き方は、いないとは言わないが珍しいものだった。
「そういえば……」
お互いに胸襟を開いて話していると、普段は話さないことも口に出てくる。
「あの別れた直後の痛い女のポエムみたいなのはなんだ?」
圭はぽろりと、気になっていたことを言った。
「はぁ?」
心当たりがなかったルーファスはきょとんとして聞き返した。
「ほら、あれだよ、あれ……『沈黙の世界』」
「ああ……」
ルーファスはうんざりとした顔をして、あの事かと思い当たった。
『風の神、メリルの息吹、風とは波であり、波とは振動である。
私の風は、空に舞い、大地に溶け、空間へと広がっていく。
私の風は、声になり、世界へと広がる。
貴方の声が、私の心に響くように、私の声も、貴方に届く。
私の声は、波となり、世界へと広がる。
つまり音とは世界である。
私の声を聴かないでほしい。
あなたの声を聴きたくない。
永遠に続く、離別が悲しくなるから」
以上、儀式魔法『沈黙の世界』の全文である。
口出すと圭は止まらなかった。以前から意味不明な呪文の内容が気に入らなかったのだ。
まず、風が突然声に切り替わるのが理解できない。メリル神は風の神でもあるので、私は風と言っているのは理解してもいいが、変貌が突然すぎる。
最も、メリル神は音も司っているため、圭が思うほど六神教の信徒には違和感がなかった。
結局のところ一番気に入らないのは、声を聞きたいのか聞きたくないのか、喋りたいのか喋れないのかさっぱり伝わらないところだった。
圭、まさかの神が作った呪文にダメ出しである。
「なにこれ?」
最終的な圭の率直な感想に、ルーファスは顔を赤らめながら言い訳を始めた。その赤面はアルコールだけの影響ではないだろう。ルーファスがこの呪文を詠唱する際には、重要な場面であることが多いので、恥ずかしさを忘れる。が、素面──というには酒が入ってはいるが普段指摘されると恥ずかしくてたまらなかった。
「いや、ケイ。 言い得て妙だが、あれはメリル神が彼氏に別れを告げられた時に、聞きたくないっていう理由から使った魔法が始まりだ」
「……は?」
圭は開いた口が塞がらないといった感じに、口を開いて顎を大きく落とした。
「もっとも、筆記で『別れてください』って書かれてあえなく玉砕したらしい」
「ダメじゃん」
この世界の──というより六神教の神様は個性的だ。クレイジーヤンヘラストーカーのエルドラード神はもとより、主神であるラーサス神は懐が広すぎる。
神話の大半は、世界を覆う闇とその深淵の神との闘いでつづられているファンタジー冒険小説みたいなものなのだが、内容は糞みたいな頭のいかれた6人の冒険譚になっている。
この世界の女性の立場が、同様の文明レベルだったころの地球に比べて高いのは、この六神教において男女が平等である事と、魔法という存在が男女の戦闘力を均一化させているためではないかと圭は推測していた。
「まあ、メリル神は翌日には別の彼氏を作ってたみたいだけど」
「うわ……」
最悪なオチに圭は引いてしまった。そんなことが赤裸々に描かれている神話は頭がおかしいとしか言えない。
メリル神は自由恋愛を推奨し、一時の恋を許容している。婚姻を結ばなければ、浮気ではないという考えで、浮気駄目絶対なエルドラード神によく怒られている描写があった。
なお、このことから婚前はメリル信徒でも、結婚を機にエルドラード信徒に代わる女性は多い。これは、貴方だけを愛しますという決意表明でもある。
「実は、メリル信徒になりたくなかったのもこれが理由でな」
ルーファスがぽつりと、ラーサス信徒になった理由の一つを話した。
若いころのルーファスは、どちらかというと華奢で女顔だったため、そういう趣味の男性に好まれていた。メリル信徒になったら、いくらだと言われかねなかったのだ。
「詳しくは聞きたくない」
そういうケースを聞いたことがあった圭は、話を遮った。
しばらく沈黙が訪れ、酒を飲む音だけが響いた。
時間もかなりあっていたので、お開きにしようと思い、洗浄するために『水作成』の術符を圭は取り出し、コップを洗い始めた。
「ルル。 悪かったな、つきあわせて。
そろそろお開きにしよう」
ルーファスのコップを受け取ろうと、手を差し出すが、ルーファスはピクリとも動かなかった。
「どうした?」
不思議に思い、圭がルーファスに問いかけると、彼はゆっくりと顔をあげた。
「……かえりたくない」
「何を言ってんだお前?」
そういえばと、圭は思う。すぐに帰った二人と違い、ルーファスは圭に話を促した。自分を励ますためだと思ったが、別の理由があったとしたら、酒を出したのは渡りに船だったのかもしれない。
「へそくりの位置がばれて」
「怒ってるのか」
白絹屋の事件で稼いだお金は、早々にばれてしまい、豪華な食事と護符へと変わった。一時は甘い雰囲気になったが、ミカに黙ってへそくりを隠していたのはやはり許せなかったようだ。
──こっそり、お金を貯める余裕があるなら。 外でも食事はとれるわよね?
嗜虐的な笑みを浮かべたミカは、それ以降ルーファスが苦手な食べ物を出してくるようになっていた。
今晩も帰ったら苦手な食事と嫌味が彼を待ち受けているだろう。
「ただでさえ不機嫌なのに、酒を飲んで帰ったことがばれたら……」
圭の話を聞くという目的と、滅諦飲めない葡萄酒に誘われて深酒をしてしまったが、ミカにばれたら、まだへそくりがあるのかと思われるだろう。
「強く生きろ」
「少なくとも酒が抜けるまでは付き合ってくれぇ!」
今晩は長くなりそうだな、と圭は『水作成』の術符でコップに水を満たしながら、ルーファスの愚痴に付き合った。
もちろん、帰りが遅くなったことでミカが烈火に起こったのは言うまでもない。
──『あの別れた直後の女のセリフみたいなポエムは何だ?と圭は言った』
──了
17/04/08 誤字修正




