第三話
※鬱展開です。
苦手な方は後ろ書きにまとめが掲載されていますので、最後まで飛ばしてください。
西はずれの孤児院は5年前に閉鎖されていた。その孤児院は高名なラーサスの司祭が、私財を使って運営していたものだ。しかし、彼が死んだ後は誰も出資者になってくれず、そのまま閉鎖してしまった。彼の孤児院によって多くの子供たちが救われたが、彼の死と突然の閉鎖によって、残念な事に多くの浮浪児を生み出す結果にもなってしまった。子供たちが遊んでいた庭は朽ち果てており、もの悲しさを感じさせる。
建物内の大き目の部屋の中で、アメリアはカイルを待っていた。その部屋は元々食堂だったようだが、椅子やテーブルなどはすべて回収されている。今はがらんとした空間が広がっているだけだった。
食堂には食事の際にラーサス神へ祈りを捧げられるため、壁に聖印が飾ってあることが多かった。ここも同じように聖印が飾ってあるが、長い月日によって腐食し、かなり汚れた状態になっていた。他の家具はすべて引き払われたが、流石の盗掘者も聖印を奪っていくことはしなかったようだ。
「ラーサス様、これからの私たちに加護を……」
アメリアは汚れることも気にせず、地べたに膝立ちになり、祈りをささげていた。
──ぎい…
目を瞑って祈りをささげる彼女の耳に、扉が開く音が聞こえた。カイルかと思って彼女は振り向いたが、そこには太り気味で額に油が浮かんだ男がいた
「あ、あなたはマイク機織りの……」
アメリアは父と同伴した商会ギルドの会合で、マイクを見たことがあった。その男がなぜここにいるのだろうと、彼女は驚いた。
「君こそ、夜間にこんなところにいるだなんて……。
アメリア嬢、危ないですなぁ」
にやにやとマイクは笑いながら、アメリアに近寄っていく。彼女は立ち上がって無意識のうちに男から距離をとった。
「ふふふ、実は私は君に興味があってねぇ……。
こんなところで出会うなんて、これは運命ですな」
アメリアがここに来るように仕向けたのは自分のくせに、マイクは白々しい声を出した。さすがの箱入り娘も、彼が悪意をもって近づいてきていることはわかった。
「こないで……」
逃げなければならない、アメリアにはそれがわかっていた。しかし彼女の足は、意に反して震えるだけで、一歩も動くことができなかった。
マイクは下卑た笑顔を浮かべ、アメリアに襲い掛かった。
「いや!離して!」
マイクはアメリアにつかみかかると、その欲望を隠そうともせず、胸元をつかんで、服を奪おうとする。アメリアは必死に抵抗するが、箱入り娘と男の腕力では差が大きすぎる。彼女はそのまま地面に押し倒された。
強く頭を床に打ち付けて、目に火花が飛ぶ。痛みのあまりにアメリアの目には涙が浮かんだ。涙でかすんだ視界には、襲い掛かってくるマイクの姿が映っていた。
マイクは腰から文字が書かれた紙を取り出すと、アメリアに向けて呪文を唱えた。
「『束縛』」
魔力で紡がれた蔦がアメリアの体を拘束する。神からの加護が弱く、魔法が使えない者でも、事前に力が込められた術符を使うことで、魔法を用いることができる。
「カイル……た、たすけて……」
がちがちと歯を震わせながら、アメリアは自分を嵌めた男に助けを求めた。
「そんな男は来ないよ」
マイクは嘲笑い、アメリアの服をはがしていく。遠慮くな肌に触れてくる生暖かい手の感触に、彼女は気が狂いそうだった。
「ゆっくり楽しもうじゃないか」
顔がゆっくりとアメリアに近づいてくるのを見て、彼女の意識は落ちていった。
─────
服を引き裂かれ、無残に穢されたアメリアが孤児院に横たわっていた。その瞳は光を映さず、それどころか息すらしていなかった。
首筋は紐の形に添って紫色に変色し、無残にも絞殺されたことを物語っていた。
「つい、興が乗って殺してしまったよ」
マイクは満足げな表情を浮かべながら、様子を見に来た用心棒に答えた。
「勘弁してくださいよ」
用心棒は非難の言葉を上げてはいるが、ただ面倒だなと思っただけだった。
「台車持ってきたぞ。あとロープも」
もう一人の用心棒が入り口から声をかける。台車には持ち出した死体を隠すための藁が大量に載せられていた。
「自殺に見せかけておけ。じゃあ、私は帰るからな」
マイクは機嫌がよさそうに鼻歌を歌いながら、玄関へと向かう。もはや、自分が殺した少女には興味がない素振りだった。彼は一度も振り返ることなく、孤児院から去っていった。
用心棒はマイクを見送ったあと、「勝手な雇い主だ」と悪態をついた。
「用心棒を置いていくだなんて……どうかしてるよ」
「よっぽど、ご機嫌なんだろうな。帰り道で暴漢に襲われちまえ」
用心棒たちは顔を見合わせてため息をつくと、転がっているアメリアのほうを見た。
「うえ、汚ねえ……。髪の毛で自分のモノ拭ってんじゃねえよ」
アメリアの髪にこびりついたマイクの体液を見て、用心棒は気持ち悪そうに非難の声をあげた。
「髪なだけに、紙がわりか?」
「つまんねーよ」
用心棒たちはアメリアの死体を前に、面倒だということ以外は一切思わず、くだらない軽口をたたきあっていた。
「そう、恨めしい顔すんなって。
騙されたあんたも悪いんだし、それに俺らも死んだらラーサス神の裁きを受けるんだ。現世ではせめて、楽しませてくれよ」
用心棒は自分勝手なことをアメリアの死体に話しかける。さらにはアメリアの死に顔や、顔や胸にできたあざを見ているうちに、暴力的なエロティシズムを感じた用心棒は、劣情に駆られた。
「さーて。俺らもちょっと楽しもうぜ?」
「でも、汚くねえか?」
「首吊りに見せかける前に洗うだろ? 綺麗にしてから突っ込めばいいのさ。
また洗うことになって、二度手間になるだけさ」
用心棒たちは下種な会話をした後、アメリアの体を起こす。
彼女の体を起こした時、だらりと首が横を向いた。彼女が死ぬ前に溜まった涙が瞳から零れ落ちた。
─────
「アメリアぁ!! どうして、どうして!! あぁ……アメリアぁ……」
昨日に続き陽気な天気だったが、ルーファスの気持ちは最悪だった。
目の前には亡くなった娘の死体に縋り付いて泣き叫ぶ父親がいる。父親は白絹屋の会長で、ボーンという男だ。娘の名前はアメリアというらしい。
「首吊りかぁ……」
引き下ろされた遺体に縋り付いて泣き叫ぶ父親には聞こえないように、ルーファスは陰鬱な気持ちを吐き出した。先ほど自警団のカシムという男と共に、アメリアの遺体を木から下した時の感触がまだ生々しく残っている。
今朝、ルーファスが神殿に出勤した際に、自警団の男が飛び込んで来て、首吊りの遺体があると報告を上げてきた。その際に最も下っ端で、最も暇だったのがルーファスだったため、あまり行きたくはなかったが現場に向かった。
「ルーファス侍祭、検証結果を整理するぞ」
「おう」
カシムに声をかけられたので、嫌々ながらも現場検証の続きを行う。ルーファスのようなラーサス神殿に仕えるものは、巡回などもするが、本業は『司法』になる。この国の警察の仕事は、領主の騎士か、自警団の者が行うことになっている。よって、巡回などはラーサス神殿からのサービスだ。
ただし、隠ぺい対策として、事件が発生した場合は自警団か騎士の現場検証を、ラーサス神殿が立ち会う事が一般的だ。また、まじめなラーサス信徒の場合は、そのまま事件解決まで協力することが多い。
「被害者は白絹屋の一人娘。
昨晩から行方が分かっておらず、今朝になって首吊りで発見された」
「ああ」
ルーファスは続きを促す。
「股は裂けており、体に打撲痕がある。顔、胸、腹、いたるところにあり、死亡前に暴行を受けたことは明らかだ」
「体液は残っていたのか?」
「ああ、残っていたが……一応は拭き取られている様子だ」
「ふうん……」
ルーファスはこういうパターンに覚えがあった。死ぬ前に整えた跡があるのは自殺か、それに見せかけようとしているかのどちらかだ。そして、この国では前と後ろで大きく意味が異なる。
「カシム。 はっきりと聞くが……こいつは自殺か?殺しか?」
ラーサス神を主神とするラーサス教が国教であるが、ラーサス教では自殺は罪となっている。強姦も罪であるため、犯罪として検挙されるが、被害者が自殺している場合はなぜか罪が軽くなることや、追及が緩くなることがあった。
「俺は殺しだと思っている」
「ほう」
「首吊りを行ったのはあの木だが……汚物の跡がなかった」
「ふむ」
ルーファスやカシムは原理を理解しているわけではないが、首吊り自殺者は汚物を垂れ流すと経験的に知っていた。カシムはそれ以外にも、不均一な首の縄や、顔が赤いか、瞳に血がたまっているかなどの区別で判断していた。
「わかった、こっちの調書にも他殺って書いておく」
「たのむ」
事件の概要は洋半紙一枚に収まる範囲で、ざっくりと情報を書き残しておくことになっている。その調書は、自警団とラーサス神殿それぞれで記載して保管をする。どちらかで改ざんがあったかを確認するためのものだ。話が終わると、カシムは娘の死体に縋り付く父親の元へ歩いて行った。
「旦那、俺はこいつが殺しだと思ってる。
必ず、娘さんの無念は晴らして見せる」
カシムが父親の手を力強く握る。父親は祈る様に頭を下げながら、強く手を握り返した。
「お願いします。どうかお願いします!」
父親の対応はカシムに任せて、ルーファスは遺体に近づいた。体を隠すように布がかけられており、アメリアの目は閉じられている。しかし、顔に残る打撲痕がなんとも痛ましかった。
じっくりと、彼女の顔を見直すと、やはり心当たりがあった。
(この女……、あのときの女に似てるな。
そんでもって、アメリアっていうと……)
ルーファスはアメリアが、昨日巡回時に顎に刀傷がある男といた女性に似ていることに気づいた。そして、その前は奇しくもカイルという男が呼んでいた名前と一致する。そのことを、カシムに言おうとしてやめた。経験則とルーファスの勘が、この事件が複数犯かつ単純な強姦事件ではないのではないかと思ったからだ。
(こいつは、裏の仕事になるかもしれないな……)
風が吹き、ルーファスの体を冷やす。昨日、声をかけていれば彼女はこうならなかったかもしれない、そう考えてしまうとルーファスの気持ちはどんどん落ち込んでいった。
まとめ
マイク機織りの会長が、アメリアを暴行後殺害し、自殺に見せかけた。
ルーファスと自警団のカイルは、アメリアの検死を行い、殺人と判断した。
17/3/16 大勢に影響はない微修正