後始末、その3
「ああ、白絹屋はリコを養子にしたらしいな」
リコが白絹屋の養子になっていることに驚いたラーフィリスは、後日に圭が住む長屋を訪れた。
彼はそのことを知っていたようで、驚いた様子はなかった。
「うん、行ってみてびっくりした」
復讐代行としての仕事でアジトに集まる際は、符丁をつかったりして周りに聞こえないようにしているが、私用で会う分には自由に長屋を訪れていた。
とはいえ、定職を持たない圭と違い、ラーフィリスは酒屋の看板娘という定職を持っているため、気軽に行くわけにもいかない。
復讐代行の仕事をしている時は、変則的なシフトにしたり、休んだりして迷惑をかけていた。そのため、着物ができるまでは酒場の仕事に彼女は集中していた。
そして、ついに着物もどきが完成し、仕事も休みだったので圭のところを訪ねた。
着物もどきを着ているラーフィリスを見て、圭は何とも言えない表情をした。
奇妙なことだが、この世界の服装のセンスは現代の日本には近いものがある。
例えばこの世界の文明レベルに類似した、ルネサンス初期のヨーロッパでは、女性は足元まで覆うドレスが主流だが、この世界ではズボンを履くこともあり、多種多様だ。
もちろんファッションとは、時代背景や気候が大きくかかわってくる。ここは熱帯な気候であり、夏はほとんど日本の気温を上回っている。そのため圭は一度も雪を見たことがなかった。
それが要因なのか知らないがミニスカートや、ショートパンツなども着用されることがある。もっとも、貧乏人は重ね着をするので、薄手のワンピースが主流だ。
多様なファッションが生まれた土壌は、圭のような転移者がかかわっているのかもしれない、と予測していた。
結果として、着物もどきは本来の形状からかけ離れ、奇妙なものとなった。
まず下半身はミニスカートだ。生肌をさらしていると虫などが危険なため、まるでタイツのような体にフィットした薄手の黒いズボンを履いている。
上半身は振袖がついた謎のジャケットだ。ちゃんと左右を合わせて、帯を使って腰でまとめている。
まるで漫画に出てくる服だなと圭は思った。
感想を求められたが、とりあえず保留にして訪問した理由を先に聞いた。
もし、服を見せびらかしに来たのなら、とりあえず褒めないとまずいだろう。それ以外の訪問理由があるなら、その話をしているうちに考えればいい。圭はそう思っていたが、服装の感想を先に言うのが正解だった。
せっかく作ったのに、反応が芳しくなかったため、若干気落ちするとともに不機嫌になったラーフィリスを宥めながら、圭は目的を聞いた。その結果、冒頭の白絹屋の養子になったリコの話となった。
「これは俺の推測が入るのだが、それでいいなら」
まず、想像で話しているという事を、圭はラーフィリスに注意した。
「うん」
「恐らくは、集金目的だと思う」
「集金目的……?」
想定外の言葉が出てきてラーフィリスは驚いた。彼女の目から父親とリコの仲は良好に見えたので、そんな生々しい話だとは思わなかったのだ。
「白絹屋は大規模な拡張攻勢に打って出ていた。
これは、マイク機織りに対して対抗するためだった」
「うん」
それがすべての始まり。あくどい手法もつかって手を広げるマイク機織りに対して、白絹屋は被害者や、仕事を回されなくなった職人を拾い上げ、それらをまとめ上げる大きな衣類の業界を作成しようとした。
これに泡を食ったマイク機織りで、嫌がらせや裏で手を回すなどをしたが、やはり正義側につきたくなるのが人情で、白絹屋はどんどん規模を拡張していった
「実態はかなりの自転車操業だったみたいだ。
うまくいっているうちは問題ないが、どこかが失敗したら焦げ付いていた可能性が高いと思う。
自分の方はほとんど賃金なしで働いていたらしいし、な」
「そうだったんだ」
疲れが残る顔は、娘が死んだショックだけではなかったのかもしれない。悪徳なマイク機織りに対抗するために、必死だったのだろう。
「だが、そんな綱渡りのような運営も何とか乗り切った。
大きな利益を出し始めるのも時間の問題だっただろう。
白絹屋が勝利を収めるための、最後の決め手になったのは、大手の貿易商会と婚姻を結んだことだ」
「そんなに、貿易商会と婚姻を結んだのが重要だったの?」
元々貴族の一門だったラーフィリスにとって、婚姻が家を結ぶ重要なことだということはわかる。だが、貿易商会と組むことが決定的な一打になるのだろうか。
「ソロヴァ王国周囲の蚕養殖は、ほとんどがマイク機織りの手に落ちていたんだ。
マイクに嫌われた機織り職人は、絹糸が回ってこなくなる。 そうやって奴は手を広げていったんだ。
ところが、大手の貿易商会が白絹屋と手を組んだことで一変する。
その貿易商会は、真っ白な絹糸を持ち帰って来たんだ」
貿易商会が絹糸を貿易できたから白絹屋が接触したのか、はたまた白絹屋が接触したから絹糸を探したのか、どちらが先かは想像だが、圭はそれが一番のきっかけだと思っていた。
「絹糸が手に入る、それも良質な物となれば、マイク機織りを恐れていた職人たちも裏切ることに躊躇がなくなる。
もともとマイク機織りは、機織り職人のギルドにまで口を挟むから嫌われていたらしい。
それに女癖も悪いし、強面の用心棒をいつも連れてたからな」
身銭を切って商店を大きくした白絹屋と大違いだ、と圭は笑った。
「それで、マイクはアメリアさんを?」
確認するラーフィリスに対して、推測だけどな、と圭は言った。
「婚姻が破たんすれば、まだチャンスは残っているかもしれない。 そうマイクは考えたんだと、俺は思う。
その証拠に、奴らは次の得物にリコを狙ってたんだろ?」
まるで見てきたかのように言う圭の推測に、ラーフィリスは舌を巻いた。情報はほとんど同じだったにもかかわらず、圭は違う次元で今回の事件を見ていたようだった。
「それで、集金目的ってのは?」
今回の事件がなんとなくわかったが、なぜリコを養子にせざるをえなかったか、それがわからなかった。
「言っただろ、婚姻が破たんすればチャンスがあるって」
「あっ!」
「婚姻は破たんした、チャンスは訪れたんだ。
恐らく白絹屋側になびいてた職人や、商人が戸惑ったんだ。
貿易商会との取引が破たんするのではってね」
アメリアが死んだことによって確実に勝利できると思われる盤上は崩れた。白絹屋について、万が一マイク機織りが買った場合、あまり愉快な未来が待っていることはないだろう。
ただでさえも悪徳機織りとして有名だったマイクだ、敗者に対しては容赦のない取り立てが待っているはずだ。もしかしたら、自分の娘もアメリアのような目にあわされるかもしれない、そんな恐怖が彼らに襲い掛かった。
そうなってしまっては、今度はマイク機織りの悪名が勝るようになる。盛り上がっているうちは白絹屋の正義に酔いしれるが、負けることを考えると悪に対する恐怖が勝るようになる。
「そんな不安定な情勢の中、白絹屋はまとまった自由な金が必要となった」
「……代行の依頼金」
「そう。 俺らのへの報酬でさえ連合銀貨60枚だった。
龍の会の競りもあるし、龍の会自体がマージンを取っている。
俺の推測だけど100から120枚程度の連合銀貨を用意したと思う」
「連合銀貨が120枚も!」
ラーフィリスは大きな声で驚いた。圭は慌ててラーフィリスの口を押える。
圭が住んでいる長屋の壁は薄い、なにか勘違いした隣人が色気づいても困る。
小さくラーフィリスはごめんと誤った。
連合銀貨120枚は、酒場でラーフィリスが1年間働いても届かない値段だ。
「周りは白絹屋が負けるのではないかと思い始めている。
そんな状態で金を借りることは余計な疑心暗鬼を生む可能性が高い」
もしかして負けるのではないだろうか、そんな恐怖にかられパニックを起こし始めたら、一気に白絹屋の土台が瓦解する。
店の運営資金に手を付ければ、何とかなる金額だろうが、今度は店の運営が不安になる。
娘を失い、残されたのは店だけとなった男が、白絹屋を捨てられるはずもなかった。
それに、その行動は今まで白絹屋を信じていた人に対する裏切りだった。
「そこで、白絹屋は婚約者の家を頼ることにした。
リコを養子に迎え入れ、一番弟子と結婚してもらうことで、店を継承してもらう代わりに支援を受ける事にした、と思う」
「つまり、貿易商会に店を売ったってこと?」
「店を売ったというよりか、最終的に看板を譲ることにしたというべきかな。
貿易商人が独自に機織り業界に対してコネがあるとは思えないし、一番弟子やアメリアの父親が冷遇されることはないだろう。
リコが実権を握るのも先の話だろうし、店を守ることはできる」
妻に先立たれ、一人娘も失った白絹屋に後継者はいない。それなら一層の事、わざわざアメリアに最後の別れを告げに来てくれた婚約者の一家にすべてを託そうと、白絹屋は決意した。
「復讐代行を頼む以外にも、対マイク機織りへの連合を維持するには、こうするしかなかったんだと思う。
必要に迫られた結果さ」
復讐代行の金が、そのようにして生まれていたと知ったラーフィリスは気落ちした。彼女がしずんだ顔をしているので、圭はフォローするように言った。
彼女は自分が来ている着物もどきを見て、興奮した気持ちが一気に冷めていくのを感じた。せめて還元だなんて、傲慢な考えだった。このお金は、白絹屋が悲壮な決意のもとに生み出されたものだったのだ。
「金に罪はない。 白絹屋で服を買うっていう考えは、俺は好きだぜ」
別に慰めではなかった。青臭くあり、偽善的ではあるが、そんな彼女の考えが圭は嫌いじゃなかった。
「似合ってるよ、その服」
お世辞で言ったわけではなかった。漫画的な様相になってしまったが、日本を感じさせる服だった。ラーフィリスが黒髪なこともあり、着物チックな服装がとても似合っていた。
(今度、かんざしでも作ってもらうか)
穏やかに微笑みながら圭が褒めると、ラーフィリスはわずかに微笑んだ。圭がお世辞でもなく、本気で思ってくれて、喜んでいるのを感じ取ったからだ。
ただ、できれば最初からそう言ってもらえれば、もっと喜べたのに、とも思った。
最も、これでよかったのかもしれない。この稼業は因果な商売。こんなこと幾らでも続くだろう。
まだまだ自分には覚悟が足りないので、そう彼女は思うことができた。




