後始末、その2
「何色がいいかなあ」
野次馬が減り、普段の様子に戻りつつある白絹屋で、ラーフィリスは古着を見ていた。
店員たちの顔にはまだ若干顔に陰りがあるが、アメリアの死を受け止めて立ち直りつつあるようだ。
当事者である彼らは、マイクの死がアメリアと関わっていることをなんとなく察していた。
しかし、明確にマイクが犯人であったと示されたわけではないため、釈然としない気持ちは残っていた。もっとも、そんな気持ちも多忙な毎日に追われ、いつか心の奥にしまわれることになるだろう。
なぜなら、彼らは生きているのだから。
そんな白絹屋にラーフィリスがいるのは、お気に入りの服を一着失ったためである。
そう、アニェーゼに貸した茶色のワンピースは、使えなくなってしまっていた。
彼女が一晩中着た結果、胸元がのびて着られなくなってしまったのだ。そのことに関して思うところはあるが、わざとというわけでもないので、あきらめて新しいドレスを購入することにした。
白絹屋からの依頼料を還元しようというつもりではなかったが、服を買うと決めて真っ先にここを選んでしまったのは、関係者の一人として思う事があったのは否定できない。
「今日はどのような服をお探しですか?」
「えっと、今日は……」
古着を買うつもりだったが、ふと悪戯心が芽生えた。
「古着を買おうと思ってたんですが、気が変わったのでオーダーメードで作ってもらおうかと思います」
「えっと、その……お高いですよ」
古着を買うと思っていた店員は言いよどんだが、素直に伝えることにした。彼にはとてもじゃないが、ラーフィリスがそんな金を持っているようには見えなかった。
彼女は一般市民としか見えない古着を着ている。さらに、お付きの護衛も連れていないとなれば、オーダーメードするような貴族の子には見えなかったからだ。
「馬鹿もん!」
後ろから現れた白絹屋の店長──すなわちアメリアの父親が店員の頭に拳骨を落とした。
「いた! す、すみません。 失礼なことを言いました」
店長に殴られて、真っ先にラーフィリスに謝るのはよく訓練されているといえるだろう。
「そんなんじゃ、ここの看板と娘は任せられんぞ」
「そんなー」
「娘……?」
店長から聞き捨てならない言葉が飛び出し、ラーフィリスは戸惑った。
そんな彼女の様子を見て、アメリアの死を知っているのだろうと想定した店長は、苦笑いを浮かべた。
「養子を取りましてね。 娘が亡くなってすぐにとはいかないので、仮ですが」
店長は苦笑いを浮かべ、哀愁の表情を隠しながら、店の一角を見る。
その視線の先をラーフィリスも見ると、そこには幼い少女がいた。
その少女は、アメリアの婚約者だった男の妹、すなわちリコだった。
「そうですか……。 いえ、でも家族が増えたのは喜ばしいことではないでしょうか。
その……何でもありません」
ラーフィリスはなんとか言葉を返そうと思ったが、どういえばわからず、結局のところは口をつぐんでしまった。
「いえいえ、実は彼女にはだいぶ慰められましてね。
お互い望んだ縁談ですので」
「下品な理由じゃないっすよね?」
「お前、レディの前でなんてことを言うんだ!」
もう一発拳骨が頭に落ちてきた。今回は本気だったのか、かなり痛そうにうめいている。
余り笑えない冗談だった、その上わざと明るくふるまっている様子が見え隠れしていたため、さらに笑えなかった。
ぎこちなくラーフィリスは微笑むと、ソロヴァ大銀貨を財布から出した。
「前金としてはこれぐらいでしょうか?」
さすがにオーダーメードを買ったことはなかったので、相場がわからずとりあえず、予想した金額を出した。
「ええ、結構ですよ」
多かったか少なかったかは店長の顔からは読み取れない、少なくとも多かったということはないだろう。
なお、ラーフィリスはルーファスと違って両替屋にコネがあるので、ほとんど手数料なしで交換することができた。ここら辺の違いが、ルーファスと三人が表と裏の社会のどちらを重視しているかを示しているだろう。
「では、どのような服にいたしましょうか」
気を取り直したのか店員がラーフィリスに質問を投げかける。
「異国の服ってできますでしょうか?」
「異国の服……ですか」
想定外の質問が出てきて、店長が戸惑った声を出した。
「こういう服なんですけど」
ラーフィリスが形状を説明しているには、いわゆる日本の着物と呼ばれる服だった。かつて圭が生まれた国の服に関して話をしていたのを覚えていた。
圭がラーフィリスに日本の事を話すのは、めったになかった。それは、思い出すことによって帰郷の念が芽生え、帰れない事実に苦しみを感じるためだった。
日本は戻るには遠すぎて、思い出にするには時間が足りなかった。
寂しそうに笑いながら、日本を話す圭の様子はラーフィリスにはつらかった。先ほども芽生えた悪戯心とは、少しで故郷の事を笑えるように、そして圭を驚かすつもりで着物を作ることを思いついたことだった。
また、異国の服を作るとなれば白絹屋にもメリットがあるだろうし、忙しさは悲しみを遠ざけてくれる。
偽善的な行動だと思われるだろうが、この稼業で生きているのだから、せめて周りに良いことをしようというのがラーフィリスの信条だった。
「なるほど……なかなか変わった服ですね」
「このままだと少し奇抜すぎますね、ある程度はこちらの体裁に合わせてもよろしいでしょうか?」
「ええ、おねがいします。
あと、できれば動きやすくしてください」
「わかりました。 おーいリコ」
店長がリコを呼ぶと、彼女は小走りで近づいてきた。
「はい、お義父様」
「お客様の体を計ってほしい」
「わかりました、お客様こちらに来てください」
ラーフィリスがリコに近づくと、少女は腰のポーチから紐を出した。
色々な所の寸法を少女は計っていく、時折背丈が足りないところは木の箱の上に乗るのが、まさに背伸びをしている子供でラーフィリスはかわいく思った。
胸を計られるときはいつもなぜか恥ずかしい気持ちになる。
被害妄想だとはわかっているのだが、胸を計られると『うわ、この子の胸、小さすぎない?』と思われているような気がするのだ。
そこまで、思われるほど胸が小さいはずはない、はずはないのだ。
「お客さん、腰が細くて素敵ですね」
「そう、ありがとう」
無邪気に微笑む少女に、ラーフィリスも楽しい気持ちなった。
元々商家の娘なだけあって、字を習っているのか、図った寸法をがりがりと洋半紙に書いていく。
使い終わった情報は、表面を削るだけで再利用できるため、洋半紙はこういう情報を書くのに好まれていた。
「お義父様、計り終えました」
「ありがとう、リコ」
娘、というよりも孫にするような態度で父親は褒めた。
だが、本来なら数年後には自分の娘が孫を生んでいたかもしれなかったのだ。
どういう気持ちでリコをかわいがっているのだろうか。それはラーフィリスには計り知れなかった。
(しかし、どうしてリコが白絹屋の養子になっているのだろう)
それが不思議でたまらなかった。幾らなんでも早すぎだと思った。
父親のアメリアに対する悲しみは、本物にしか見えなかった。政略結婚の手ごま、としか思っていなかったとは考えにくい。
(圭さんなら知っているかな?)
服ができたら圭に会いに行こうと、ラーフィリスは決めた。




