第四話
「『風の神、メリルの息吹、風とは波であり、波とは振動である……』」
ラーフィリスがマイクを連れて横道に入ったところを確認した後、ルーファスは呪文の詠唱を始めた。
この世界で呪文は、発声するまでの時間が早いほど良いとされている。なぜなら、長く詠唱して複雑な動作をしても、ほとんど効果が変わらないためだ。
六神教において、呪文の強さを加護と称していたが、圭は才能の違いだと思っていた。生まれつき足の速い遅いがある様に、得意不得意とする呪文があるのだ。
だが、何事にも例外がある。
それは儀式魔法と呼ばれるものだ。
儀式魔法は、最初から長い詠唱を必要としている。強い加護、すなわち才能があっても詠唱を短縮することは困難だ。
だがその分、効果は絶大なものとなる。
圭が知っている儀式魔法に、ダルカード神の加護を用いた『ダルカードの竈』と呼ばれるものがある。その儀式魔法が発動されたとき、強大な城壁が跡形もなく吹き飛んだのを見た。
近代の戦争で例えるなら。魔法はライフルで、儀式魔法は戦車、そのように例えられるぐらいに差があった。
それゆえ、儀式魔法を使えるものは畏怖の念を込めて魔法使いと呼ばれていた。
「詠唱を始めたぞ! 魔法使いだ!」
「止めろ!」
用心棒たちはナイフを手に取ると、ルーファスに向かって投擲した。
儀式魔法は長い詠唱と集中力を必要とするため、阻害するのは簡単だ。
だが、圭はそんなルーファスを援護するそぶりすら見せなかった。
投げられたナイフは、それ自身が意識を持っているかのように振る舞う。
ルーファスに当たるのを嫌がるよう、だんだんと高度が下がっていき、ルーファスの足元に刺さった。
「『矢避け』の加護だ!」
「そんな奴がどうして俺たちを狙うんだ!?」
用心棒たちが憎々し気にうめいた。
だが、圭は当然だろうと思う。儀式魔法を唱えられるも人間は、1000人に1人しかいないといわれている。あくまで『可能』という意味であり、実用まで考えるとさらに少なくなるだろう。
メリル神の儀式魔法を使えるほどの加護があるなら、同じくメリル神の加護である『矢避け』を持っていてもおかしくはない。
(つくづく、メリル信徒になるべきだったろうに)
それだけ『法』の神に仕えたかったということなのだろうと、圭は思う。生まれつきの強大な加護を捨ててまで、理想を追い求めルーファスは『法』の信徒となった。
そんな彼でも、成しえない理想に絶望をしかけていた。圭とルーファスが出会ったのがその時だった。
ルーファスと出会ったのは、1年前の復讐代行を行った時だ。
理想と現実のはざまで苦しみながらも、彼はある悪党を追っていた。
だが、その巨悪は権力を持っており、表で裁ける相手ではなかった。
放置すれば、被害者はさらに増えていくだろう。
──いっそのこと、この手で始末してしまえば
正義感と、苦しみから逃れたい一心で、彼は短絡的な行動に出ようとした。
ついにただの殺人鬼へと落ちようとしていた時、ケイとルーファスは出会った。
ルーファスが殺そうとしていた人物と、圭のターゲットが一緒だったのだ。
──やめとけ。 金にならない殺しはするもんじゃない
圭は今でも最初にかけた言葉は覚えている。
──復讐代行屋、それが俺だ
──お前の気持ちはわかる。 どうだ、俺の仲間にならないか?
この時でなかったら、そんな復讐代行屋なんてものになるとは思わなかっただろう。
だが、この時のルーファスは冷静ではなかった。
悪魔のささやきだろうと、救いがほしかったのだ。
ルーファスは圭の仲間になることにした。
圭が二人の出会いを思い出していると、幕引きとなる言葉が『耳』に聞こえた。
『少ないですが、香典でございます』
ラーフィリスの言葉が聞こえた、これが幕引きの合図だ。
剣を抜き、こちらに向かってくる用心棒たちを恐れることなく、ルーファスは右手の人差し指と中指を伸ばして印を切る。
「『音とは世界である。 私の声を聴かないでほしい。 あなたの声を聴きたくない。
永遠に続く、離別が悲しくなるから──ッ!
儀式魔法、沈黙する世界──凌駕!』」
ルーファスの言葉を最後に、世界から音がすべて消えた。
虫の声、風の音、走る用心棒たちの足音、それらの一切合切がなくなった。
正しくは自分の体から聞こえる音はする。彼らは自分の鼓動が強く聞こえていた。
圭の考察だと、儀式魔法『沈黙する世界』は振動の波長に影響及ぼすものとされている。
詠唱の言葉にある様に、音の波とは振動でもある。人間には聞こえることのできる振動、すなわち周波数があり、それから外れると例え音が出ていても聞こえなくなる。
心臓音が聞こえるのは、振動が耳まで届くからだ。
そんな理屈はともかく、音が出ないということは周囲から人を呼ぶことができないし、発声を必要とする魔法は使えないということだ。
逆説的に言えば、発声さえ必要としなければいくらでも魔法を使うことができる。
圭は術符を取り出すと、大量の魔力を籠める。
術符に刻まれた文字が、魔力に呼応し鮮やかに彩り始める。
この世界に圭が着て、得ることができた二つの力がある。
一つは言語能力。初めて見る言葉、初めて聞く言葉でも問題なく扱うことができる。
一つは過剰な魔力。魔力切れというのは圭には関係がなく、無尽蔵ともいえる魔力を所有している。
ただし、圭には魔法を扱う才能がなかったため、宝の持ち腐れともいえる魔力だった。
それを補ったのが、術符だ。術符は、作成者が魔力を籠めて呪文を特殊な紙に描くことで、一度だけ込められた魔法を発動することができる。
すなわち、魔力を補給することさえできれば無限に使うことができる。
さらには大量の魔力を術符に籠めることで、魔力が呪文を唱えたのと同じ効果を及ぼすため、発声もいらない高速魔法の発動が可能となった。
この世界で、圭に授けられた最強の技術、それが術符によるスタイルだった。
術符に刻まれた文字全体が緑色に輝いたのを見て、圭は腕の振りだけで呪文を発動する。
(『風の刃』)
圧縮された空気が刃になって、用心棒を襲う。圭の腕の振りで攻撃が飛ぶ事には気づかれ、避けられてしまったが、目的は隙をつくることだった。
足止めをされた用心棒たちに、圭とルーファスは肉薄した。
(右の赤毛は俺、左の茶髪はお前)
指先と視線だけで、ルーファスと圭は意思疎通をすると、それぞれの敵に向かっていく。
茶髪の用心棒はロングソードをルーファスに向かって振るった。
(なんだこれ!? なんで当たらない!?)
ルーファスを切ろうと剣を振るうと、妙な風圧が発生し、逸れるように流されてしまう。
彼が持つ強力な『矢避け』の加護は、剣の動きすら阻害するのだ。
風の流れに阻害されてうまく剣を振るうことができず、用心棒はいらついて舌打ちをするが、その音は儀式魔法に阻まれて響くことはなかった。
一方でルーファスが剣を振るうと、剣圧がかまいたちとなって茶髪の体に襲い掛かった。
「──ッ!」
声にならない悲鳴をあげながら、衣類に傷跡がついていく。顔のような皮膚が露出している部分には切り傷ができて、血が流れた。
(無茶苦茶だ……どうしてこんな奴と戦わなければならないんだ?)
ルーファスの顔は布で隠されており、目元しかうかがえない。用心棒はその冷たいまなざしを見て、ぞっとする。
間違いなく殺すつもりだと、彼は悟った。
やけになった茶髪は、やたらめったらと剣を振るが、ルーファスに捌かれる。
冷静に振るわれる剣を見極め、体をずらして躱す。
(畜生、畜生、畜生!)
必死になって当たらない剣を振るうが、ただ疲れるだけだった。
(───ッシィ!)
雑になって来た剣戟の隙を見極め、的確にルーファスは切り返す。
(んな!)
とっさに剣で受け止めることはできるが、避けることはできなかった。
剣に付随してきた、かまいたちが用心棒の体に襲い掛かり、再び体を風で切り裂かれる。
(ぎっ!)
用心棒は、冷たいまなざしでルーファスが自分を観察している事に気づいていた。
恐怖で息が荒くなり、目が血走ってくる。
(あとすこしという所か)
用心棒は肩で息をし始めており、冷静さを欠いている。
無音の中で戦うというのは、想像以上に普段と様子が異なるため、慣れなければ普段の実力を発揮することはできない。
ルーファスは破れかぶれに大振りに剣を振るったのを見逃さなかった。
わずかな動作で、剣を躱し、下段から強く剣を振るった。
激しい衝撃が手元に襲い掛かり、思わず用心棒は手を放してしまった。
弾き飛ばされた剣が宙を舞う。
その隙を見逃すわけもなく、ルーファスは用心棒の体を上段から切り裂いた。
彼の体と口から血が噴き出した。
(がふ……)
あふれ出る血を自覚する間もなく、用心棒は急速に冷たくなっていく体を支えきれに崩れた。
どさっという、音は自分の体から響いたためか、やけに大きく聞こえた。
──どくどく
血が流れる音、心臓が動く音、激しいその音が聞こえる。それと共に、急速に彼の意識がなくなっていく。
(寒いなぁ……)
彼は最後にそれだけ思い、動かなくなった。
飛ばされた剣が、倒れた体の横に突き刺さった。
(…………)
ルーファスはラーサス神の祈りを簡易に捧げ、殺した相手の冥福を祈った。
(圭はどうしただろうか)
音が聞こえないため、隣で戦っているはずの圭の様子はわからなかった。
だが、ルーファスは何も心配はしていなかった。
自分をこの世界に連れてきた圭が、自分よりも弱いことだなんて、あるはずないのだから。




