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異世界復讐代行『その恨み、晴らして見せます』  作者: 馬汰風
第一部「裁きの夜、死に装束を着せるために代行屋は闇を動く」
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第二話


 二つの衛星が空に浮かんでいる、薄暗い夜。明るい中心街を除いて、家に帰っている時間帯を1人の女性が歩いていた。

 ただでさえも暗い夜なのに、茶色のワンピースを着た金髪の美女は、なおさら1人で歩くには似つかわしくない見た目だった。

 金髪の美女──すなわちアニェーゼは裏道から西南地区の中央大通りに進んでいた。目立つ美貌だが、裏社会になれた彼女は気配を消すことに慣れている。

 もし気づくことが(・・・・・)できるのなら(・・・・・・)、似つかわしくない美人として目立つが。暗闇に溶け込んでいる彼女に気づける者はいなかった。

 しかし中央通りに入った途端に、彼女が持っていた暗い雰囲気は消え、明るい中央通りに紛れ込んでいった。


(……どこだ、女衒)


 情報によると、カイルは中央大通りでリコの情報を集めているらしい。アニェーゼは怪しくない程度に周囲に視線を這わせる。


(いた……)


 カイルはなじみになった商家の使いと話をしていた。あれがリコの情報を集めているのか知らないが、なんとかして気を惹かなければならない。

 中央通りをゆっくりと歩きながら、近づいていく。

 彼女のすぐそばを、女慣れしてそうだがひょろい男が通った時、ある事がひらめいた。

 思い付きに突き動かされるまま、わざと男にぶつかる。


「あ、すみません」


 体にしなを作りながら、か弱そうな女を演じつつ男に謝罪する。


「おっと、失……礼」


 男は自分がぶつかったが相手が、妖しさを感じるほどの美人で驚いた。鼻の下が伸び、通り過ぎようとしていたのをやめて体ごと彼女の方を向く。


(第一段階はクリア)


 まずはこの男に絡まれなければいけない。失敗したらその時はその時だ。


「あ……」


 アニェーゼはその場にしゃがみこみ、右足を撫でた。

 まるで足がねん挫したかのように見える仕草だ。


「申し訳ない、もしかして足を」

「いえ、大丈夫です」


 ぶつかってきた男もしゃがみ、彼女の右足になれなれしく触れてくる。

 気持ち悪さに我慢しながら、女衒の気配に集中した。


(さあ、どうでる、女衒? 売れそうな女がいるぞ?

転んで怪我をしているようだけど?)


 女衒の気配が動いた気がした。彼女は演技を続ける。


「大丈夫ですか? 動けないようでしたら、少し休める場所まで連れて行きましょうか」

「いえ、大丈夫ですので」


 男は下心が見え隠れする様子でなれなれしくアニェーゼに話しかけてくる。

 だが、この男は釣り餌だ。カイルに興味を持ってもらう前段階に過ぎない。


 騒ぎが気になったのか、カイルはアニェーゼに方に近づいていく。

 演技をする彼女の顔を見てカイルは衝撃を受けた。彼が今まで見た中でも、五本指に入るくらいの美人だ。

 彼はその美貌につられて、ゆっくりと近づいてくる。


(かかった! 第二段階クリア!)


 心の中でほくそえみながらも、アニェーゼはつらそうな顔をしながら、迷惑そうに男の提案を断り続ける。


「本当に、大丈夫ですので!」

「そうは見えないけどなぁ」


 困っている演技に力を入れて、いやそうな顔を混ぜていく。

 白々しく彼女を誘う男の背後にカイルは近づくと、今気づいたかのように声をあげた。


「あれ、どうしたんですか?」


 まるで知っている人かのように、カイルはアニェーゼに声をかけた。

 彼女は助かったというような表情を少し出した後、カイルに親しげに話しかける。


「実は、足をひねってしまいまして」


 恥ずかし気に俯きながらアニェーゼは言う。そのはかなげな表情に、男二人はさらに魅了された。また彼ら以外にも、周囲の野次馬も興味深げに覗き込んでいた。


(あまり目立って自警団が来たらまずい……)


 早く早く、と心がせかしながらも、アニェーゼはぼろが出ないように演技を続けた。


「それはいけない。 キミ、彼女は私がお世話になっている商家の娘さんだ。

迷惑をかけたね」


 自分が狙っていた女に声をかけるカイルを不機嫌そうに男は見るが、顎にある大きな刀傷を見て、分が悪いと見たか引き下がった。


「ありがとうございます」


 小さな声でカイルにお礼を言うと、「どういたしまして」と返してきた。顎の刀傷で強面に見えるが、柔らかく微笑んで、本性を知っているアニェーゼですら優しげに感じてしまうほどだった。


(本職は違うな)


 彼女は妙なところで感心してしまった。


「申し訳ありませんが、肩を貸してくれませんか……えっと……」

「カイルですよ。 覚えててくださいね」


 カイルはにっこりと微笑むと、アニェーゼに肩を貸した。どうやら知り合いの演技は続けるようだ。彼の肩を借りて彼女は立ち上がる。


「すみません、カイルさん」


 アニェーゼは恥ずかし気にしつつ少しだけ笑みを浮かべて、カイルにお礼を言った。


(第三段階はクリアだけど……こっからどうやって誘えばいいんだろう?)


 ここまでやっておいてなんだが、この後どうすればいいか考えていなかった。

 だが、最近良い例を見たことを思い出す。


(ごめんね、花屋のお嬢さん)


 格安で花を買い取った挙句、この場の演技に使用される花屋の娘に詫びつつ、アニェーゼは彼女のまねをして媚びるような仕草をした。


 肩に回した手を胸元の方に近づけ、体重をカイルに少しかける。

 アニェーゼの豊満な胸が、カイルの腕におしつぶされた。

 さすがの女衒も、一際の美人に体を預けられ、どぎまぎとしてきた。


「大丈夫ですよ。 どちらまで送りましょう」

「申し訳ありません。 家にさえ行けば、使用人が手当てしてくれると思いますので、西北の屋敷へお願いできますか?」

「かしこまりました、お嬢様」


 カイルは心の中でしめしめと思っていた。西北のということはそれなりの良家だ。リコの調査は後回しでも、この縁を捨てるわけにはいかない。

 アニェーゼの予想通りに自分がはめられているとも知らずに、カイルはアニェーゼに手を貸しながらゆっくりと歩き始める。


「あの男、うまいことやりやがって」

「所詮、男は顔かよ」


 野次馬が悪態をつくのが遠くで聞こえた。

 だが、実際にうまくやったのはアニェーゼの方だった。




 はあ、はあと色っぽく荒い息を吐くアニェーゼに、カイルは益々魅了されていった。


「足が痛むのですか?」

「大丈夫です……ただ、ちょっと熱っぽくて」

「それはいけない、あまり歩かないほうが良いかもしれません……。

近くになじみの医者がいますから、そこに行きますか?」

「でも、手持ちが」

「大丈夫ですよ、そのぐらいは私が払います」

「なにから、何まですみません」


 何から何まで、自分の棺桶に行くまですみません、アニェーゼは内心あざ笑う。


「背負いましょうか?」


 今回は関係づくりを意識しているため、カイルは本気で医者の元へと連れて行こうとしていた。そのため優しくしようと思い、背負うことを提案する。

 最も5割程度は、その豊満な胸を背中全体で感じたいという欲望だった。


「ここは、その……人が多くて恥ずかしいです」

「ははは、じゃあ見られないところに行きますよ」

「では、お願いできますか?」


 恥ずかしそうに、俯くアニェーゼを見て、カイルは着実に自分の死に場所へと向かっていった。



 大通りを避けて、小道に入ると、カイルはしゃがみ背中を見せた。アニェーゼは素直にカイルの背中におぶってもらった。

 豊満なアニェーゼの胸が背中に当たり、カイルはかなりの上玉だと喜んだ。


「重くないですか?」

「羽のように軽いですよ」


 カイルはアニェーゼをおんぶしながら、ゆっくりと人通りの少ない道を歩いていく。

 家の明かりや、中央大通りで夜もやっている市場の明かりが遠くになっていった。

 辺りは暗く、月明かりだけが頼りな状況だ。

 そろそろいいだろう。アニェーゼはそう判断して、髪につけていた羽飾りを右手で握った。


「カイルさんは、何をなされてるんですか?」

「私は機織りの弟子です。 まだまだ、見習いですけどね」


 カイルが朗らかに笑いながら言うが、アニェーゼは冷たい声で反論した。






「お前は女衒だろ」






「はっ?」

「『木より鉄より硬くなれ。 硬質!』」


 ダルカード神の加護より授けられる呪文、『硬質』。その名の通り、物質を固くする呪文だ。細長い鉄でも、鎖帷子ですら貫く強度を持つようになる。

 アニェーゼはカイルに背負われたまま、左手で強く抱き着く。

 抱き着いた目的は体をささえることと、動けなくすることだ。

 鋭い先が飛び出すように羽飾りを握り、右手の羽飾りをカイルの心臓に突き立てた。


「ぐッァ!」


 鋭い痛みが胸元から感じ、カイルはアニェーゼを振り落とそうとする。

 だが、彼女は左手で振り下ろされないようにしがみつく。


「この、アマぁ!」


 ただの女じゃない、こいつは暗殺者だ。

 気づいたカイルは慌ててアニェーゼのお尻に回していた手を外し、胸元に手を回そうとするが、鋭い痛みで体の自由が利かなかった。

 そして、アニェーゼには十分すぎる時間だった。




「死、ね」




 アニェーゼは羽飾りの鉄の芯を、体の中で円を描くように回した。

 心臓の中で鉄の芯が回転して、完全に心臓を破壊する。

 血液の流れが止まり、カイルはすさまじい眩暈に襲われた。


(痛い、苦しい、頭がうごかない……なぜ、俺が……)


 体が鉛のように重くなったような錯覚を覚え、支えられなくなった足が膝をつく。

 カイルが倒れる前に、羽飾りを抜いてアニェーゼは飛びのいた。


「がぁ……」


 うつぶせに倒れたカイルは少しだけ痙攣した後、動かなくなった。




「ふん」


 先ほどまでの気弱な美人の印象を捨てたアニェーゼは、不機嫌そうに鼻を鳴らしなあと、足でカイルの体をひっくり返す。

 ごろんと、仰向けに転がるカイルの瞳をアニェーゼが覗き込んだ。瞳孔が開き、顔は苦悶の表情を浮かべている。羽飾りで貫かれた傷は小さく、外見だけでは判断がつかなかったが、わずかにその部分が赤く染まっていた。


「食い物にしてきた女の苦しみのわずかしか味合わなかったんだ。

運が良かったな。」




──残りは冥界で詫びな




 カイルに向かって、彼女はそうつぶやいた。

 胸元に入れていた紙を取り出し、羽飾りの先を拭う。

 綺麗になった羽飾りを再び髪に刺しなおした。

 そして、興味を失ったかのようにカイルの亡骸をその場に放置すると、彼女は闇の中へと消えていった。





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