第一話
今宵は月が2つ、空に浮かんでいた。
緑色に輝く、衛生メリル──風と放浪を司るメリル神を象徴する衛星。
赤色に輝く、衛生カシュー──火と復讐を司るカシュー神を象徴する衛星。
この2つの衛星は、5つの衛星の中でも小さいほうだ。
5つの衛星が空に浮かんでいる日は、開けた場所なら問題なく道を歩ける。しかし、今日は小さな2つの衛星だけなため、家の影などは真っ暗になる。
つまりは、絶好の復讐代行日和だ。
かなり薄暗い迷路横丁を、圭は慣れた様子で駆け足気味に歩いた。
周囲の確認は忘れずに、アジトへと入る。
回転ドアを通ると、奥の部屋から油を湿らした縄の炎が、うすぼんやりと明かりを放っていた。
そのまま部屋まで行くと、仲間たち全員が集まり、圭を待っていた。
「予定通りだ」
圭がそう言って畳の上に上がると、ラーフィリスとルーファスはねぎらいの言葉をかけた。アニェーゼだけは鼻を鳴らすだけだ。
「今回の仕事を確認するぞ。 殺す対象は2人。
マイク機織りの会長、女衒のカイルだ」
炎の明かりが揺れて、4人を浮かび上がらせる。普段の様子とは異なり、全員が真剣な面持ちで圭の言葉を聞いている。
「60連合銀貨で受けた。アジトの管理金として8連合銀貨、残りが52連合銀貨。
これを4人割、1人頭13連合銀貨だ。
請け負うなら受け取れ」
圭は袋に入っている連合王国銀貨を52枚取り出し、それぞれ4つに分けた。
最初にルーファスが受け取った。無表情のまま、金を懐にしまった。
今日は夜の見回りがある予定だったため、神官服は着ないで、私服のままだ。ただ、胸元にラーサス神の聖印は隠しいれている。
次にアニェーゼが受け取った。何が不快なのか、鼻を一度鳴らしてから金を受け取ると、腰の財布にすべて入れた。
不快そうに鼻を鳴らしてはいたが、表情には何の感情もうかんでいなかった。
普段の男装とは違い、今日は女性の恰好をしていた。髪の毛もかつらをかぶっているのか長く、豪族のお嬢様のような雰囲気を出していた。
最後にラーフィリスが受け取った。片目をつぶり、他の者と同様に表情からは感情がうかがい知れない。
「昨日も殺しがあったせいで、西南ラーサス神殿と自警団の面目は丸つぶれだ。
昨晩から夜回りを強化していれば、下手人を捕まえられたんじゃないかと言われている」
ルーファスが今日の警備体制を報告すると、圭は渋い顔をする。
昨日の殺しと聞いて、アニェーゼは一瞬だけ反応したが、特に何も言わなかった。
「衆人観衆の中でやるわけにはいかないな……。
マイク機織りの中も関係のない奴隷や雑用がいる。
やはり、おびき出したいな。アニ、女装はできているか?」
「女装って言うなよ。まるで男が女の恰好をしているみたいじゃないか」
彼女の服は体のラインが出る茶色のワンピースに、装飾品と刺繍が施されていた。かつらで伸びた髪は、彼女自身が作成した髪留めでまとめられている。髪留めは真鍮で作られた黄色い本を模したアクセサリーだ。本にはハンマーの絵が刻まれている。
本やハンマーは彼女が信仰する、金と知恵を司るダルガード神の聖印だ。
「しかし、胸がきつい……やっぱり、さらしを巻いておくかな」
「色気で誘うならそのままのほうがいいぞ」
胸元がきついのか、身をよじる様にして胸の位置を調整していた。圭はあまり見ないようにしながら、そのままでいいという。
普段はさらしで巻いて、体のラインが出ない服に猫背で歩くことで胸が目立たないように工夫をしているが、彼女は年齢相応よりやや豊満なものをおもちしている。
女性物の服を彼女はもっていないため、この服はラーフィリスからの借り物だった。ラーフィリスは同年齢と比較しても貧相な体つきなため、胸元がきつくなるのは致し方がなかった。
横目でラーフィリスの様子を圭は見てぎょっとした。ただでさえ表情がないままだった彼女の目元から光が消えた、気がした。
「そうかい、アニ。なんならその胸を抉りとってもいいんじゃないの?
男として生きるならいらない物だろうしね」
わきわきと手を動かしながら、ラーフィリスがぐいっとアニェーゼに近づく。
「おい、やめろ馬鹿。別に男になりたいわけじゃない、必要だから男装をしているだけだよ」
近づいてきたラーフィリスから逃げるように、アニェーゼが後ずさりをする。
「遠慮しなくていいんだよ。キミは常々胸が邪魔とか、重いだの自慢してたじゃないか。
これはいい機会だ。女の子にきゃーきゃー言われるのも好きみたいだしね」
「はいはい、この話は終わり。仕事の話をするぞ」
眼の光を失ったままのラーフィリスを止めるために、圭は両手を合わせて音を鳴らせ、注目を集める。真面目にしていると思ったらこいつらは、と心の中で嘆息する。
「アニは女衒をだまくらかして裏道に誘い込んで、殺せ。
ルルとラスは俺と一緒にマイク機織りに行く。ラスが女衒の使いのふりをして屋敷からマイクを連れ出せ」
圭が計画をまくしたてると、ラーフィリスはアニェーゼにじゃれるのをやめて座りなおした。
「ルル、警備の抜け穴を教えてくれ」
「まず、俺が担当している地域が西南繁華街の東になる。
当然、そこにはいるはずの俺がいないから警備が薄い。
次に、カシムのやつが怪我で動けない分、自警団の巡回ルートは薄くなっているはずだ。そうなると……、繁華街の北、孤児院跡があるスラムの東、そこの境界が妥当といったところだろう」
すらすらと状況を伝えルーファスに、上出来だと圭は笑った。
「女衒はどこにいる?」
アニェーゼの質問にはラーフィリスが答える。
「今はアメリアの婚約者の妹であるリコを狙っているみたいだね。
彼女たちが宿をとっているのは西南の中央地区の方だ」
「そっちは警備が多いぞ。うまいことその場から離さないとな……
そっちの警備の状況だが……」
「いらないよ」
ルーファスが警備の状況を説明しようとすると、アニェーゼはその言葉を止めた。
「僕は玄人だ。その程度の障害なんて問題ない」
「だが……」
「いいじゃねえか。俺はアニを信用している。
アニができるっていうなら、やれるんだろ?」
「わかってるね、ケイ。僕は【心臓破りの】アニェーゼだ。
狙った心臓は必ず刺す」
アニェーゼは頭に刺していた羽毛の髪飾りを引き抜く。羽毛の先には細く鋭い棒が伸びていた。これが彼女の武器だ。
圭が初めてアニェーゼにあった時、彼は【心臓破りの】アニェーゼと戦うことになった。運よくお互い生き残り、意気投合した結果、今は仲間となっている。暗殺に限ってみれば。彼が最も信用しているのがアニェーゼだった。
「みんながいいなら構わん。俺も覚悟はしている」
身一つでこの場にいる3人と違い、ルーファスには妻がいた。彼だけは失うものだあるため、失敗を恐れるのは当然だ。だが、この稼業を選んだ以上、彼も覚悟はできていた。
「みんながいれば、大丈夫さ」
ラーフィリスはそういうと、薄く微笑んだ。
話は終わった、そう思った次の瞬間、合図をしたわけでもないのに4人は祈りをささげる姿を取った。
──我らカシュー神の代行者、復讐を為す者也
──ラーサス神に代わりて、裁きを与える
──咎人を、ダルカード神が鍛えし刃で屠り
──メリル神の風のごとくに消え去りぬ
──悲しみに打ち震える心に、マラリーナ神の癒しの水を
──エルドラード神よ、犠牲者に安らぎを与えてくれ給え
祈りが終わり、4人は立ち上がって、外へ向かった。
ここまで来たらもはや語ることはない、ただ殺すだけだ。
最後に部屋から出たアニェーゼが、ふっと息を吐き、灯っていた炎を消した。
17/3/29 22:08ここから章分けでした、失礼しました。
17/5/6 誤字修正




