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異世界復讐代行『その恨み、晴らして見せます』  作者: 馬汰風
第一部「裏切られた絹屋の娘」
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第二話


 恋人と共に宿に入ったアメリアは、ルーファスの見立て通り大きな商家の一人娘だった。商家の名前は白絹屋という仕立屋で、貴族相手にも商売をする老舗だ。

 そんな彼女はとある界隈で、カイルと出会い恋に落ちた。

 カイルは顎に刀傷があるが、微笑むと優しそうに見える優男だった。彼が話す言葉は、箱入り娘だったアメリアにとっては刺激的なものであり、すぐに恋に夢中になった。彼と出会った頃、婚約の話がアメリアに来ていたのも、恋を燃え上がらせる要因の1つだった。


(このまま、親の言う通りに結婚していいのかしら?)


 これまで彼女は親の言うままに生きてきた。しかし、婚約という人生の大きな転機を迎えた事で、疑念が彼女の中に生まれた。それは、お嬢様の遅い反抗期だったのかもしれない。しかし、その好奇心から生まれた恋は危険なものだった。

 二人は部屋に入るや否や、口づけを交わした。長い接吻を終え、アメリアは名残惜しそうに口を離す。


「カイル……、もうあなたとは会えないかもしれない」


 ぽつりと、彼女はつぶやいた。その言葉にカイルは驚く。


「えっ、どうして?」


 アメリアは悲しげな顔で、聞き返すカイルに縋りついた。


「今度、父が決めた婚約相手と会わなければならなくて……向こうはだいぶ乗り気みたい」

「そんな……!」


 胸元でむせび泣くアメリアをカイルが抱き留める。

 今回の縁談は貿易を営む商会の息子が相手で、この婚姻が成立すれば、糸や生地の通商を結婚相手の商会を通して行い、安く済ませることができるようになる。王都の主要な仕立屋や布問屋は大半が西南地区にあり、白木屋には多くのライバルがいた。この婚姻は、さらに家を発展させるには必要不可欠なものだった。

 また、先方の息子や両親ともにアメリアの美貌を気に入っており、貿易商にとっても確実に売れる相手先ができるため、お互いに良い縁談だった。


 もちろんアメリアの感情を除けば、だが。


「父は私の事を、お店を大きくするだけの道具にしか思ってないんだわ……」

「そんなことないよ、キミは道具なんかじゃない!」

「私、愛のない結婚だなんて我慢できない……カイル、私を連れて行って」

「だめだ……そんなことできないよ」


 カイルはアメリアの肩を押し、胸元から引きはがす。カイルはアメリアの濡れた瞳に目を合わせ、振り絞る様に言葉を出す。


「僕たちは住む世界が違う……駆け落ちしたら、王都にはいられない……

つらい生活が待っているんだよ?」

「それでもかまわないわ!」


 アメリが必死にカイルに向かって叫ぶ。自覚症状はないが、彼女はまさに自分に酔っていた。物語に描かれるような、不幸な婚姻から恋人と別れなければならない少女。彼女はその役にどっぷりと、はまっていた。

 カイルは言葉を失った後、下を向く。しばらくの沈黙が二人の間を訪れる。その後、カイルはゆっくりと顔を上げた。


「わかった、二人で生きよう」

「カイル!」


 二人は強く抱きしめあった。

 まさに、アメリアの好みそうなシチュエーションだった。物語だったらクライマックスだっただろう。


「今晩、西の孤児院跡に来てほしい。あっちに外に出られる抜け道があるらしんだ。

僕は外で潜むところを探すよ」


 王都はほとんどが外壁でおおわれているが、外壁の外側にも町は広がっている。カイルは一旦そこに潜もうと、アメリアに提案した。


「わかったわ」

「愛してるよ、アメリア」

「私もよ」


 カイルとアメリアは強く抱擁した。だが、彼女の後頭部に強く手を回した後、見えないところで彼はにやりと笑った。




─────




 王都の西南繁華街に『ミリタリス風』という店がある。『かぜ』ではなく『ふう』と読む名の通り、ミリタリス地方の郷土料理に似た味を出す店だ。

 客層は3種類に分かれる。1つはミリタリス地方から来た人々が、故郷を懐かしんで店に入る。3つの客層の中で最もおとなしい人々だ。


 次に看板娘のラーフィリスが目当てで来る客だ。ラーフィリスは中東系の美女で、目と鼻がくっきりとしており、ややつり目の美しい少女だ。ラーサス神の妻であるエルドラード神の加護が強いのか、絹のような黒い髪は性的な魅力を感じさせる。

 この客層は事あるごとにラーフィリスを口説くため、はた迷惑ではあるが金は落としてくれる。笑顔でラーフィリスがおすすめする料理を食べていくので、店の懐としてはありがたい客層だった。


 最後の客層は、悪事の取引場所にこの店を使っているものだ。この店は町のはずれのほうにあるため、ラーサス教徒や自警団の巡回の目がつきにくい。一番安いエールだけで席を占拠することもあれば、打ち上げなのか大騒ぎをして暴れまわる質が悪い客層だ。

 残念な事に客層の割合は、料理目当てが1、看板娘が2、悪党が4である。


 そんな有様にもかかわらず、比較的治安が保たれているのは店長が『最強の男』と呼ばれているためだ。黒髪のポニーテルの店長は、その鋭い眼光を睨ませながら、暴れた悪党たちを、殴り、殴って、殴りながら、殴りつづけて、そして殴りとばし、一度も反撃を受けずに倒してしまう。

 噂ではキッチンで戦うと決して負けない加護がついているらしい。


「いらっしゃいませー」


 そんな酒場に今日も一般的な悪党と思われる男たちが入ってきた。太り気味で額に油が浮いており、あまりお近づきにはなりたくない風貌をしている。そんな有様だが、服装は洗練とされており、オーダーメードの質のよさそうな服を着ていた。服だけを見るならば、こんな店には入ってこない人種だ。

 この太った男は、西南地区でもかなり強大な勢力を持つ布類の卸問屋で、職人ギルドにも顔が利く。商家の名前はマイク機織りで、この男こそが会長のマイクだ。

 マイクに付き添うように、凶悪な風貌をした男が二人中に入ってくる。腰には剣を帯びており、明らかに堅気ではなかった。


(成金と用心棒ってところかな)


 ラーフィリスは入ってきた男たちをそう評した。


「いい女だな、今度ちょっとどうだ?」


 マイクはやけに湿り気を感じる息を吐きながら、ラーフィリスを口説いた。


「何を頼みますか?」


 何がちょっとなのだろうか、ラーフィリスは思いながらも、質問は無視して注文を聞くことにした。普段からラーフィリスは様々な口説き文句を聞いているため、聞き流すスキルが磨かれている。

 もちろん、今の口説き文句は悪い領域に入る。ちなみに最低だった言葉は「パンツなにはいているの?いくら?むしろノーパンだと嬉しいです!」だ。


 この店ではカウンターで注文を受け、商品を渡し、あとは適当に席を取って飲み食いをする形式になっている。店員はバイトで入っているラーフィリス以外に、混む時間に一人ぐらいだ。バイトに用事がある日は、店長が料理から会計まですべてを行うことになる。


「エールをジョッキでくれ。三つな」

「はーい」


 口説いた言葉を無視されて、マイクはむっとしながらも注文をする。ラーフィリスは愛想よく返事をしながら、くるりと素早く後ろに振り返った。ラーフィリスの髪が宙に舞い、手首や腰に付けた香水がふわりと香る。彼女の匂いがマイクの鼻腔をくすぐった。

 これはラーフィリスの常套手段だ。女の子らしい匂いをかがせることで、このような手合いをいい気分にさせ、問題を起こさせないようにしていた。もっとも、問題が起きたら店長に殴られるだけだが。

 予想通り、ラーフィリスの匂いに翻弄され、マイクはでれっとした締まりのない顔になった。

 長引かせてもろくなことにならないだろう、そう思ったラーフィリスは、手早く木のコップにエールを入れて、カウンターに置く。


「はーい、大銅貨6枚だよ」

「釣りはチップだ」


 男はそう言ってソロヴァ銀貨を1枚渡した。ソロヴァ銀貨1枚はソロヴァ大銅貨12枚程度の価値のため、商品の値段と同じ分のチップを渡したことになる。


「いよ、お大尽」


 金を多く渡す客はいい客だ、生理的には無理だけど。ラーフィリスはそう思ったが、と一応は持ち上げることにした。


「ふふ、それほどでもない。

おっと……」


 マイクはエールを受け取ろうとした折に、わざと前のめりになって胸元を触ろうとした。

 しかし、よくよく見ていると素晴らしい美人にもかかわらず、その胸は平であった。マイクはなんとなく残念な気分になり、前かがみになろうとしたのをやめて普通にエールを取る。


「おい、今なんか失礼なことを考えただろ」


 ドスの利いた声が頭上に降りかかり、思わずマイクは姿勢を正した。


「気を付けてくださいね」


 目の前にはにこりと笑うラーフィリスがいるだけだった。


「ああ」


 マイクは気のせかいかと思いなおし、エールのコップをつかんだ。後ろの用心棒たちもそれぞれエールを持つ。

 そのままマイクは奥の席に1人で向かい、用心棒たちも途中まではついていくが、分かれて別の席に座った。

 ラーフィリスはなんとなく、マイクの行方を見ていると、先に奥に座っていた顎に刀傷がある男の前に座った。先ほどアイリスと逢瀬をしていたカイルという男だった。


「旦那、手筈通りですよ」


 カイルはにやりと笑いかけると、同じようにマイクも満足そうに笑った。


「むふふ、白絹の娘を食べてみたかったんだ。おまえ、大した女衒だよ」


 カイルは女衒だった。彼はマイクの指示で、アメリアを誑かし、西の孤児院跡に一人で行くようにさせたのだった。


「俺は、一人であそこまでいかせる手筈までしかしませんからね。

別の悪党に襲われたり、逃がしてしまったりした場合は知りませんよ」

「わかっているよ。ほら、約束のもんだ」


 マイクはソロヴァ大銀貨を3枚出し、カイルに握らせた。値段にして、ラーサス神の侍祭であるルーファスの2週間分の賃金、もしくは、酒場のバイトであるラーフィリスの1ヶ月の賃金の価値がある。


「へへ、毎度」


 お金のやり取りを見たラーフィリスは、どうせろくでもないやり取りなんだろうなと決めつけていた。

 マイクは機嫌よくエールを飲み干すと、用心棒と一緒に外に出て行った。カイルは受け取った金を懐に入れた後、ラーフィリスに近づいていく。


「ちょっと、お腹一杯食べたいんだけど何かないか?」

「はーい、わかりました」


 精々、ふんだくってやると彼女は高めの食事を出した。しかし、カイルは上機嫌に金を払い、チップも多く渡した。


「………」


 受け取るのに躊躇したが、金に罪はないと判断し、そのまま受け取る。


(まあ……今は、いい気になってれば良いよ)


 この王都では、度が過ぎる悪事を働いたものにはラーサス神の罰が下る。いつ、罰が下るかなとラーフィリスは笑顔の下で思っていた。


17/3/23 改行等変更

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