第五話
西南地区には『龍の会』という料亭がある。この料亭は料理人ギルドに所属していない料理人を扱うので、ギルドからはかなり嫌われていた。
ギルド員は、話題に出るたびにあの店は衛生がなってないだの、素人丸出しなどさんざんに悪口を言っている。
──ここの料理人は素人だ、食べられたものじゃないよ
料理人ギルドの息がかかった情報屋は口々にそういった。
だが、龍の会はそんなものどうもいいと言わんばかりに、独自路線で運営している。
それでいて位の高い貴族や、大手商会の会長などが好んで使用するため、さらに料理人ギルドは不快に感じていた。
しかし、実際のところは料理人ギルドも、龍の会は食事を提供する場所でなく、密約をするための場なのであると理解していた。それゆえに、従業員は口が堅いものを利用していて、ギルドの人間をつかえないのだろうと、理性ではわかってはいた。
そう、思わされていた。
貴族や商会の密約の場、それですら裏の顔ではなく、表の顔だ。
龍の会の真の姿は、料亭でも、密会場でもない。復讐代行屋の総本山だ。
夕刻になり、料理人としてよく呼ばれている圭は、従業員の入り口から顔パスで中に入った。
見覚えのある商会の会長が貴族たちとぼそぼそと話しており、カモフラージュですら真っ黒な世界だ。
(まさにここは伏魔殿だな)
くわばら、くわばらとこそこそ従業員通路を歩いていると、事情を知っている執事が目ざとく圭を見つけて声をかけた。
「お待ちしておりました。 『虎様』」
うやうやしく頭を下げる執事に、圭は微妙な顔をしながら頷いた。
(虎はちょっとなぁ)
おそらくこの稼業の元ネタとなっている作品を知っている圭にとって、虎というコードネームは恥ずかしさを感じるものだった。
この復讐代行屋というシステムは、日本で有名なドラマを元にしているとしか思えなかった。その作品において、虎とは稼業の元締めの名前を示している。
この龍の会の参加者は、干支が通り名として割り振られている。誰かしらは虎になるのだろうが、圭はできれば自分以外に割り振ってほしかった。
不満に思いながらも、執事に案内された隠し通路を通ると、虎の仮面が壁にかかっている小部屋があった。
彼は虎の仮面をかぶり、さらに奥へと進んだ。
魔法の光源で照らされた、龍の会の奥の間。そこにはすでに先客がいた。
干支に合わせた仮面をつけた4人の男女が、入ってきた圭を見る。それぞれの仮面は鼠、牛、蛇、馬を模していた。
これに圭の虎を足した5人が、龍の会の実行部隊だ。
「よぉ、『虎』。 遅いじゃないか」
粗野な態度でふんぞり返った『馬』が圭に挨拶をした。
「死んだかと思ったわ」
『牛』が冷たい声で言う。顔は隠れていて見えないが、その雰囲気から大層な美人なのだろうと圭は勝手に思っていた。
(だが、この会にいる女傑だ。 あまり普段からお知り合いにはなりたくないな)
圭は手を軽く上げて、『牛』に挨拶を返した。
「ほっほっほ、虎はなかなかのやり手、そう簡単にくたばる玉でもあるまい」
上品そうな声で、『鼠』が笑う。しゃべり口調は年寄りのようだが、体格が隠れるような服を着ており、素性は全く分からない。
この男もなかなかの食わせ物だろう、と圭は予測している。
「……」
無口な『蛇』は一瞬だけ圭を一瞥すると、そのまま奥に視線を戻した。
(まったく、なんの動物博覧会だ……こりゃ?)
いつみても、気が狂っているとしか言いようがない光景だった。内心ではどこの学芸会だよと気後れしながらも、奥の間に来るとよく座る場所に圭は腰を落ち着かせた。
全員がそろったのをどこかで監視していたのか、圭が座ったのと同時に、入り口とは反対側の奥から3人の干支が現れた。
それぞれ猿、龍、兎の仮面をつけている。『虎』のように、ここでは干支にちなんだ動物の名前で呼ぶことになっているが、『龍』と『兎』は例外だ。
「皆さん、お揃いのようですね。 これより龍の会を始めます」
『猿』がそう言って会の進行を始める。彼は進行役で、仕事の依頼や競りなどを全て取り持っている。
彼は開会のあいさつをしたあと、『龍』の方を見た。
「じゃあ、よろしく」
『龍』はそういうと、その場で横向きに寝転んだ。
『龍』は自分を『穀蔵院飄戸斎』と名乗っている。わかる人にはわかるが、前田慶次という戦国武将が出家したときにつけた名前だ。
こんな名前を名乗るからには、日本人であるということが予想できる。
彼は長い黒髪を髷にして、右側につけており、横向きに寝た時に髷が上に向くようにしていた。これの元ネタも、前田慶次を漫画にした有名作品だ。
つまりこの男は、龍の会の名前になっている干支を自らの仮面にし、元になった日本のドラマを知っている可能性が高い日本人だ。
進行役の猿はあくまで、進行役。本当の支配者は『龍』だった。
最後に兎の仮面をつけた少女は、入り口の方に向かい、ドアの横の壁を背もたれにした。
この少女の通称は『死神』。この呼称も元ネタと思われるドラマに存在し、その作品での役割と同様に、裏切り者や失敗した復讐代行者を始末する殺し屋だ。
また競りが成立しなかったときには、『死神』か『穀蔵院飄戸斎』が仕事を請けることになる。だが、『死神』はともかく、『穀蔵院飄戸斎』に仕事をさせないのが暗黙のルールだった。
「今回はマイク機織りの会長、それに女衒のカイルを殺してもらいます。
依頼料は連合王国銀貨80から始めます」
仮面で表情が隠れているのをいいことに、圭は表情をやわらげ、ほっとして胸をなでおろした。白絹屋は何とか金を集めたらしい。これで仕事にならなかったら、仲間から何を言われるかわからない。
だが安堵は一瞬で、再び圭は集中した。この後の競りで負けては元も子もない。
「マイク機織り……西南地区の有名な布、絹の商会だな。
いったい何をしやがったんだか」
『馬』が揶揄するように言う。
「商会の会長と、女衒一人か……難しい仕事じゃないわね」
『牛』は冷静に分析をしている。
「用心棒を雇ってはおったのぅ……女衒を探すのは面倒そうじゃ」
「はっ! 人探しはあんたの得意なところだろ、『鼠』ィ?
めんどくさいような仕事ばかり取ってるじゃねえか」
「ほっほっほ、そういうわけじゃないぞ。
探すのが面倒な仕事はあんたらが妙に高い金額を出すからの。
代わりにわしがやってやろうとおもうだけじゃわい」
「うるさい……仕事に、安い、難いは関係ない。
ただ、殺すだけだ」
『鼠』と『馬』が和気あいあいと喋るのを『蛇』が不快そうな声で止める。復讐代行人たちは口々に勝手なことを言い合い、お互いに探りを入れていた。
「静かね、『虎』。
なんかつかんでるの?」
胡坐をかいて座っている圭に『牛』が寄ってきた。
「さあな」
それに対して、圭は冷たく返しただけだった。
「では、はじめますよ」
「80」
『猿』が競りの開始を宣言した瞬間、蛇が最高値を出した。これで不成立が発生することはなくなり、『死神』か『穀蔵院飄戸斎』が請けることは無くなった。
「78」
続いて『牛』が手を上げ、値段を言った。全員が御しやすい仕事と見たのか、だいぶ値段が下がりそうな展開だと圭は予測した。
「70」
圭はすべての情報を得ている、というか仕掛け側の人間のため一気に値段を下げる。大きな値段の下げ幅は、彼が本気で仕事を取りに来ていること示す意味もある。
「65」
『牛』が追従する。『牛』は女が被害にあった仕事を取る傾向があると圭は分析していた。アメリアの死を『牛』なりに分析していたのかもしれない。
(だが、この仕事は俺がとるんだ)
首を突っ込んだのはこちらも同じだ、負けじと圭も手を振り上げた。
「60」
譲るつもりはないと、再び大きく金額を下げる。
そんな圭を『牛』がじっと見た。
「……」
だが、新たな金額が『牛』の口からは出なかった。『牛』以外にも追従する者はいないようだ、沈黙が場を支配する。
「よろしいですね?
60連合銀貨でこの命落札。
『虎』、しくじらないでくださいね」
「ぬかせ」
猿が競りの終了を宣言する。
競り落とすという、圭のとって一番重要な仕事はこなすことができた。あとは完遂するだけだ。
「『虎』」
「あん?」
後ろから鈴のような声が聞こえて、振り向く。『死神』が音もなく、近づいていた。圭はぎょっとして、後ずさる。
「依頼主から追加の依頼がある」
「……」
不気味な『死神』に近づいてほしくはなかったが、彼女は気せず圭の耳元に口を近づける。彼女は耳もとにぼそぼそと追加の依頼をささやいた。




