第三話
「下取りに出した光石、大きいだろう?
魔力を込めなおして売りなおしたらおつりが出るぜ?」
「あんた、光石を再発光させるのにどれだけ時間がかかると思ってんだよ。
1年だぞ、1年。 ラーサス神の光に1年間当てる間に俺は霞を食えってのか?」
アニェーゼは光石を購入しに、魔法石の雑貨屋に来ていた。
消灯していたアジトの光石は3個だ。古い石を下取りに、新しい石を購入して、カンパで集めた金を含めてソロヴァ銀貨2枚程度になればいいなと彼女は思い、交渉をしている。
アジトでの花束購入カンパでは、最終的に大銅貨7枚が集まった。4枚がラーフィリス、アニェーゼと圭で合計2枚、そして強引にルーファスから1枚出させた。よって、ソロヴァ銀貨2枚分の金を稼ぐには、光石の購入のおつりで大銅貨17枚くらいは得る必要がある。
最初は余裕かと思っていたアニェーゼだったが、昔はソロヴァ銀貨1枚で買えた光石が2枚になっていたところから大きく予定が崩れた。
圭からもらった連合銀貨を、うまくさばいてソロヴァ銀貨5枚にできたところまでは良かったが、値上がりによって素直に購入すると銀貨1枚の赤字となる。
「だいたい、2倍ってなんだよ! 2倍って! 暴利だぞ!」
「しかたねーだろ、魔法石が掘れる鉱山で大爆発があったんだ。
鉱山は崩落して採掘どころの騒ぎじゃねえ。
供給が減ったんだから値上がりも当然だろ?」
「爆発って何があったんだよ?」
「たしか……ノーヘルノーベルっつー危険生物を使って採掘したほうが早いんじゃね?
って言いだしたアホ炭鉱夫がしこたま奥に詰め込んだら、通路ごと崩落したらしい」
「アホか!?」
くだらない理由の値上がりが起きていて、アニェーゼは地団駄を踏んだ。
ちなみにノーヘルノーベルとは火山近郊に生息する鳥の一種で、可燃性ガスをしこたま食う生体で知られている。可燃性ガスは頭に蓄積され、どんどん膨れてくる。天敵に襲われた際に頭に蓄積した可燃性ガスを吐き出し、攻撃をする。
あまり天敵に遭遇しないと、頭に蓄積した可燃性ガスが破裂して死亡する。進化の袋小路にいるような生命体だ。
「ともかく、光石1個、ソロヴァ銀貨1枚に、大銅貨6枚。
下取りは、大銅貨6枚でどうだ?」
騒ぎ立てても仕方がないと諦め、アニェーゼは建設的に金額交渉を行うことにした。この場合下取りを含めて購入金額は銀貨3枚、すなわちおつりはソロヴァ銀貨2枚で、花を購入しても、カンパはすべて彼女の懐に入る計算になる。
「ふざけんな。 光石1個、ソロヴァ銀貨2枚はビタ一文譲らねえ。
代わりに下取りは1個大銅貨8枚で買おう」
この場合のおつりは大銅貨2枚である。目標金額には全く届かない。
「ぬかせタコ助! 1個2枚なら、下取りは12枚にしろ!」
「それって、てめえが言ってる金額となんも変わらねえじゃねえか!」
「意外と頭いいな」
結果的にソロヴァ銀貨2枚が余る計算になっていたのにあっさり気づかれ、アニェーゼはむくれた。
正確には両替手数料などが絡むと別の金額になるが、その硬貨のまま使えば同じことだ。
「譲っても、下取り9枚だ。 これ以上は無理だ、うち以外に行ってくれ」
雑貨店の店長はこれが最終通告だ、と言わんばかりに腕を組んだ。この雑貨店はアニェーゼが贔屓にしている店なので、値引きの感覚はつかんでいる。ここ以外で買えと言われた以上、もう譲歩は引き出せないだろう。
現状のおつりは大銅貨5枚、カンパと合わせればソロヴァ銀貨1枚になる。これでは大した花は買えないだろう。
(仕方ない、最終手段だ)
この店長に対して、必殺技は繰り出したことがない。ともすれば諸刃の剣となるが、二倍という暴利では使わざるをえない。
アニェーゼはできる限りかっこつけた顔をして、顔を斜めにしながら言った。
「俺とあんたの仲だろ? 色つけてくれよ」
「ぺっ」
最終手段かっこいいポーズを決めて見せたが、店長は唾を吐く動作をするだけだった。
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「あざっしたー」
「くそ、どうして必要な時にホモじゃないんだ……」
会心のかっこいいポーズでも、値引きはできなかったが、カンパの大銅貨を渡しておつりをソロヴァ銀貨に変えることはサービスしてもらえた。これで店長がホモだったならば、確実に値引きがされていたはずなのに。
呼んでないときはホモが近寄ってくるのに、こういう時はいないだなんて、なんて役に立たないのだろう。アニェーゼは勝手な事を思った。
ちなみに、アニェーゼは気づいていないが、彼女を狙う男が近づいてくるのには理由がある。
男装の麗人であり、一見は男のふりはしているものの、そこかしらに女性らしさを感じる部分がどうしても出てしまっていた。その雰囲気や、様子が男を誘っているように感じさせている。男なのに男を誘っている、つまりこいつも仲間、という思考回路にさせてしまっているのだ。
「しかし、どうするかなぁ」
死者に捧げる花なのだから、それなりに格調高いもので、エルドラード神を暗示させる黒色の花、クロユリなどにしたいとアニェーゼは思っていた。
表の仕事として細工を扱っているだけあり、美的なことに関して彼女は手を抜くことができない。
「背に腹は代えられない……」
アニェーゼはあることをすることを決心すると、できる限り独身でモテてなさそうな女が営業している花屋に向かった。
─────
「くそ、やりたくなかった」
豪華でありつつも、死者を惜しんだ大人しさを兼ね備えた素晴らしい花束を入手できた。もちろんソロヴァ銀貨1枚しかかけていない。ただ……
──すみません、お嬢さん。 亡くなった方に捧げる花がほしいんだ
──いつまでも、彼女の事を思っていちゃいけないからね……
──最後に、彼女に素敵な花をささげれば。 新しい恋も芽生えるかもしれない
──えっ、そんな悪いですよ。 ソロヴァ銀貨1枚しか手持ちがないんだ
──あなたの心は、まるで水のマラリーナ様のように清らかだ
などの少し思わせぶりな言葉を吐き続けたら勝手に安くなりつつも、豪華な花を用意してくれただけだ。
男を相手にする場合は、いくらでも騙せるのだが、同性を相手にする場合は少し気が引けた。完璧に嘘をついているような気がするからだ。
(これでもアニェーゼ嬢の鎮魂のためだ、嘘ではない)
精神衛生のために、アニェーゼは適当に自分をごまかした。
購入した花束を左に持ち、木製のスコップを肩に背負って孤児院の方に彼女は向かっていた。王都の外れなだけあって、昨日来た時はほとんど人とすれ違わなかったが、今日は妙に人とすれ違う。
「……殺しだってよ」
「こんなところに住んでるような奴を殺したって、何の意味もねえのに」
ひそひそとすれ違う人々が妙なことを口走っている。
殺し、という言葉にアニェーゼは胸騒ぎがした。ばくばくと震える鼓動に押されるように、道を進んでいく。すると、見覚えのある家の前に人が集まっていた。
「ちょっと失礼」
人ごみをかき分けて中に入ると、自警団とラーサス教徒が死体を前に検死を行っていた。その死んでいる中年は、彼女が聞き込みを昨日行った相手だ。
「ん? なんだ、キミは?」
自警団の男がアニェーゼに問いかける。
「野次馬だ」
「なら邪魔しないでくれ」
アニェーゼのストレートな物言いに、自警団は不快そうな顔をする。
「ただ、別の人を弔おうと思っていた花を持っている。
何かの縁だ、こいつはその人にやってくれ」
左手に持っていた花束を自警団の男に渡すと、戸惑った様子を見せたが、そのまま受け取った。花を渡し終えたアニェーゼは、用が済んだというように背を向けてその場から去った。
普通なら怪しい人物としてしょっ引かれる可能性もあるが、所詮はスラムの人間が死んだ程度なので、検死をやっている二人は大事にする気もないらしく、呼び止められることもなかった。
(おっさん、欲張ったな)
馬鹿な割には強欲そうな中年だった。周りを嗅ぎまわっている奴らがいると警戒したマイク機織りが、黙っているか確認しに来たのだろう。その時、強欲にも追加の報酬を要求してしまったに違いない。
死ぬと忠告したはずだが、と彼女は思った。
(僕には関係ないことだ)
関係ないとは思いつつも、もしも誰かになぜ花を渡したかと問われると彼女は答えられなかっただろう。
花をまた買わないといけないな、そう思いながらアニェーゼは足早にその場を去った。




