第六話
アメリアが死んだ場所をアニェーゼが見つけた頃、ルーファスは上司の嫌味から解放され、見回りに出かけていた。
明日、明後日と連続で夜の見回りを強制されてしまい、うんざりとした気持ちになっている。
「帰ったら嫁に肩をもんでもらおうかなぁ……」
──揉めですって! あんたこんな時間から何を言ってるのよ! 変態!
頭の中の嫁が、ルーファスに抗議する。容易に反応が想像できた彼は、微妙な気持ちになった。何を想像しているのかは知らないが、どっちが変態なのか。
「ルーファス侍祭!」
脳内嫁と言い争いをしながらも、ルーファスは精神的に疲れた体に鞭を打って見回りをしていた。その時、背中から大きな声で呼ばれた。
どうせまた厄介ごとだろうなと、さらに憂鬱な気持ちになった。あまり現実を直視したくないので、できる限りゆっくりと後ろを振り向いた。
赤毛の体格の良い男が、ルーファスに向かって走ってきた。昨日、アメリアの検死を一緒に行った自警団のカイルだ。
「どういうことだ!? ルーファス侍祭!」
往来の中だというのに、大きな声でカイルはルーファスに食って掛かった。周りの市民が何事かと二人のほうを見る。
「お、落ち着けカイル! 周りが驚いてるぞ」
ルーファスは今にも掴みかかろうとするカイルを、どうどうと抑える。
「落ち着け、何があったかは想像つくが……ほら、あっちに行くぞ」
顎で小道をルーファスが示すと、カイルは頷いた。
彼を先導して、小道へと歩いていく。ルーファスはまた厄介ごとが増えたと、ため息をついた。
小道に入ると、大通りの方からこちらの様子をうかがう気配がした。白の神官と自警団員が言い争っていたのだ、気になって当然だろう。
「聞き耳を立ててるんじゃない! 怪しい奴として神殿に連行するぞ!」
しかし、今は聞かれて良いような内容ではないだろう、ルーファスは声を荒げて追い払った。野次馬の気配が離れていく。
「で、何があった?」
「知ってるんだろ? アメリア嬢が他殺じゃなくて自殺扱いになった」
やはりそのことか、とルーファスは心の中でつぶやいた。もっとも心当たりはそれしかなかったが。
「どういう事だ。 あの時、確かにアメリア嬢は他殺だったと判断したじゃないか」
怒気をはらんだ声でカイルは唾をまくしたてた。どうして自分がこんな目に合わなきゃいけないんだ、とルーファスはやっていれない気分になった。
「わかってる。 俺もそう思ってる。」
「じゃあ!」
「けどな、上がそうだと言ったらそうだと従うしかないだろ? 真っ向から否定してみろ、どんな目に合うかわかったもんじゃない。 大人になれ」
「ふざけんな!」
怒り狂うカイルを見ながら、ルーファスは心底うらやましかった。正義を信じてそれを疑いもせず行動する、それができれば自分もどんなに楽だっただろうか。
だが、現実は非常だ。物語に出てくるヒーローではない彼らには、権力に逆らって生きていけるような存在じゃない。
「カイル……。 お前は新婚だろ? 事を荒立てるとどうなるかわからないぞ」
ルーファスが悪徳神官のように脅すと、カイルは心底軽蔑した眼差しになった。
「脅す気か?」
「忠告だよ、カイル。 嫁が大切なら無茶はしないほうがいい」
カイルの肩をたたき、ルーファスは背を向けた。
(なんだ、これは。 これじゃまるで俺が悪人じゃないか)
どうしてこうなった。運が悪かったのか、立場が悪かったのか、ルーファスは泣きたい気持ちになった。
「俺は認めないぞ。 1人でも捜査を続ける! あんたには失望したよ、ルーファス」
威勢の良いカイルの声を背中に受けながら、ルーファスはうらやましいような、哀れなようなそんな気持ちになった。
─────
「それでルルは、べそをかきながらここに来たわけだ」
「べそなんてかいてない」
夕方になり、アジトに再び集まった4人は今日得られた情報を報告しあっていた。
圭は不機嫌なルーファスをからかうように言ったが、マイクのやり方に憤りを感じているのは4人とも同じだった。
「ふん。 つくづく屑だね、そのマイクとやらは」
アニェーゼが鼻を鳴らしながら言うと、みんな同意した。
「事業に使う金はなくとも、腐敗した神殿に鼻薬を嗅がせる金はあるらしいな」
「神殿も機織りのデブも一緒さ、まとめて腐ってやがる」
「まあまあ、みんな落ち着いて。 私たちが代わりに始末をつけてやればいいのさ」
だから落ち着いて、とラーフィリスがなだめると、アニェーゼとルーファスはばつが悪そうに視線をそらした。
「明日の夜には龍の会がある。 それまでには白絹屋さんを説得する」
圭がそう言うと、ルーファスはため息をついた。
「ふがいないな……。 何が起きたのかすべてわかっているというのに、表で裁くことができないだなんて」
「神殿が腐ってるのが悪いんだよ」
ルーファスは点を仰ぐと嘆きの声をあげた。そんな彼をアニェーゼがなじる。
「アニ、ルーファスをいじめないの」
「はいはい」
アニェーゼは権力とかが嫌いなため、あまりルーファスに良い印象を受けていない。そのため、事あるごとにルーファスに食って掛かってしまう。そんな彼女をラーフィリスが窘めるのがいつもの流れだ。
(アニは20歳だっけな。 28歳のおっさんがいじめられるなよ、情けないぞルーファス)
心の中でルーファスを罵倒したが、口に出さないだけの分別が圭にはあった。
「そうだ。 ねえ、ケイ。 光石を買った時の余りは僕が勝手に使っていいよね?」
「構わないけど、何に使うんだ?」
思い出したかのように聞くアニェーゼに、いぶかしげな顔をしながらも圭は肯定した。
どうせ、懐に入れるつもりだったんだろと思っていた。もちろん口には出さない。
「花でも添えてあげようと思うんだよ。 アメリアが死んだ場所に」
自殺扱いになったため、アメリアが死んだ場所は首を吊った木ということになる。だが、実際はアニェーゼが見つけた孤児院跡だ。せめて事実を知っている自分たちが、花でも添えてやったほうがアメリアもうかばれるのではないかと、アニェーゼは考えた。
「いいね、それ」
ラーフィリスが感嘆の声をあげて手を合わせると、アニェーゼは上機嫌に鼻を鳴らした。
「そうだな。 俺からもカンパしてやる。 余りとかケチ臭いことしないで、でっかいの買ってやれよ」
財布から大銅貨をケイは取り出し、指ではじいてアニェーゼに渡した。
「大銅貨1枚ぃ? それこそケチ臭いよ」
ぱっ、と硬貨をつかんで確認すると、銀貨ではなく大銅貨だったため、アニェーゼはがっかりした。
「うるせー、金は有限なんだ」
機嫌が直ったのか、ケラケラと笑いながらアニェーゼが圭をからかう。圭はとぼけたように肩をすくめて、おどけて見せた。その光景にルーファスもラーフィリスも、気が安らいだのか笑みがこぼれる。
「じゃあ私も」
ラーフィリスは財布の中にあった4枚の大銅貨を全て取り出して、そっとアニェーゼの前に置いた。
「カンパ、ありがとうございます」
「そういう、俺の株を下げるような真似はやめていただきたい」
おどけていうアニェーゼに対して、圭は不快そうな顔でうめいた。
「カブを下げる、ってなに?」
ラーフィリスが気になって質問をする。株を下げる、株式ができるようになってから作られた慣用句のため、異世界では通じなかったようだ。
「あー、そっか。 そういう慣用句はないのか。
俺のリーダーとしての信頼を下げる真似をするなってこと」
「最初からないでしょ」
「てめえ」
じゃれあう3人を見ていたルーファスの顔が曇る。
「………屑銅貨でいい?」
『どんだけ、けち臭いんだお前!?』
「だって、金ないんだもん」
「だもん……ってお前」
3人が叫ぶと、ルーファスは泣きそうな顔で言った。28歳にもなるおっさんが、だもんとまで言ったのだ。哀れすぎて3人は口をつぐんだ。
ちなみに屑銅貨とは、正確にはソロヴァ銅貨という通貨で、大銅貨の5分の1の価値になる。おつりという概念がほとんどないこの世界では普段使われないもので、円で表現するなら、100円単位のカンパをしている中で、10円を出したようなものである。
「なっさけない奴、屑銅だなんてわたさないよ」
「それはどうかと思うよ……」
女性陣に蔑まれてルーファスは顔を真っ赤にする。
「うるせえ、うるせえ。 既婚者ってのはよぉ、独身よりグレードが高いんだよ!
1人より、2人の方が金を使うのは仕方ないんだ。 はい、論破!」
「何が論破だよ。 アメリア嬢のために金を出してないだけじゃないか」
「結局は、ルルさんの甲斐性がないのが悪いんでしょ? 何一つ、論破できてないよ」
騒ぎ立てる3人を見て、圭は思わず笑いがこぼれた。血なまぐさい裏稼業だが、この4人ならまだやっていける。戦力や手数といった打算的なものもあったが、彼らを仲間にした自分の判断は間違いなかったと、圭は思う。
「あんまりルーファスをいじめるなよ。 一家の大黒柱は大変なんだ」
そうルーファスをフォローしつつも、圭はクククと笑った。




