第五話
「ここらへんで足取りが追えないな……」
アメリアの足取りを追え、というのがアニェーゼに課せられた仕事だった。彼女は地道な聞き込みをしながら、王都の西はずれにたどり着いていた。かつてはこの周辺も栄えていたのだが、2年前にある公爵家領が消滅した事件と、それに伴う蛮族の襲来によって経済状況が悪化し、それ以降は開発が進まず、廃墟が目立っている。
「まず、アメリア嬢は自分の意思で家から抜け出ている」
周囲を見回しながら、アメリアが何を考えていたか、アニェーゼは推理を続けていた。彼女は考え事をしていると、ついつい思っていることが口に出てしまう。どうしてもこの癖はやめられなかったため、他人に聞こえないように、本当にわずかな声でしゃべっていた。
「なぜ、人目を避けるように出て行ったのか……もちろん、男との逢瀬と考えるのが妥当かな……」
この地区では古くなった民家が立ち並んでいる。景気が悪くない頃は、冒険者や町に居を構える狩人などが住んでいたのだろうが、今はギルドに所属していないで商いや、モノづくりをするモグリが住んでいるくらいだ。
「普段の逢瀬なら、街中でいいはずだ……。 人目を避けるにせよ、こんな危険なところには、少なくとも僕はいかないな……。
いや、まあそれだけお嬢様の頭がお花畑だったのなら別だけど、っと」
そう言えばと彼女はつぶやいた。こちらに外への抜け道があるという噂を聞いたことがあった。まさか駆け落ちでもするつもりだったのかな、と思い至り苦笑が浮かんだ。
(女衒と駆け落ちね)
笑えない冗談だ、とアニェーゼは思った。
「しかし、アメリア嬢がこっちの地理に詳しかったとは思えないな……ということは……」
アニェーゼは大きめの建物の前で立ち止まった。ラーサス神の聖印が正面に飾られている。確か孤児院だったな、と彼女は思い出した。
「少なくとも、アメリアのようなお嬢様が迷わず待ち合わせ場所に行くためには……。 明らかにわかりやすい待ち合わせ場所が必要だよね」
おそらくここが終着点だろう、アニェーゼはそう判断して敷地内に入る。敷地内は荒れ果てており、雑草が縦横無尽に生えていた。建物までの道は、まだ何とか体裁を保っている。
「ん?」
道にはっきりとした車輪の跡が残っていることに気づいた。アニェーゼはしゃがんで、車輪痕と、車輪痕の幅を確認する。平行に全く同じ向きでついた車輪痕が、二組ずつあった。つまり、これは車輪が二個ついている台車が1往復したという事だろう。車輪の幅から考えるとそこまで大型の荷車ではなさそうだ。
中に人の気配は感じないが、警戒をしながら孤児院に入った。がらんとした空間が広がっており、運営していた者か盗掘者が奪っていったのだろうと彼女は推測した。
待ち合わせにしやすそうな場所にあたりをつけ、建物内を捜索すると、彼女は元々食堂に使われていた場所にたどり着いた。
壁に残っていたラーサス神の聖印を無感動に眺めながら、彼女は周囲を捜索始める。
天井の一部分が崩壊し、日中では明るさが維持されている。だが、夜間の月明りではかなり暗いのではないだろうかと彼女が思った。
そして、彼女は見つけた。妙な液体が飛び散っており、アンモニア臭がする。そして、その付近では若干の血痕が付着していた。
「ここが、そうか」
アニェーゼは臭気に顔をしかめた後、目をつぶり両手を合わせて祈りをささげた。アメリアの魂が天へと昇っていくこと、それだけを願った。
─────
目的を果たし、孤児院跡からアニェーゼは離れると、台車の跡を追うことにした。夜間の犯行だろうとしても、目撃者がいないということはないだろう。こんなスラムじみた場所なのだ、夜だろうと起きている人はいるだろうし、台車が動く音で起きた人物もいるはずだ。
台車のタイヤ痕を追いながら、王都の外れを歩いていると、アニェーゼは視線を感じた。視線の先には一人の中年がいた。じっとアニェーゼのほうを見ていたが、視線を合わせると慌てて目をそらした。
(見た感じは荒くれ者じゃないな……。僕みたいにモグリで何かを作って売ってるやつと見た……劣情の目で見てなかったし、きっとホモじゃないだろう)
どちらかというとあれは、疚しさがある顔だ。アニェーゼは逃げられる前に、素早く中年に走り寄った。
「おい、逃げんじゃねえぞ。 僕に用があるんだろ?」
「ち、ちがう、俺はなんも見てない」
逃げきれなかった中年は慌てていう。襟首をつかんだアニェーゼは、ぐいっと顔を近づけた。
「何を、見てないんだって?」
真正面からアニェーゼに見つめられた中年は息をのんだ。妖しさを感じる中性的な美しさを持つ少年──正確には少女に見つめられて思わず赤面した。
「な、なんも見てねえ」
赤面しつつも、男は言い訳を続ける。クソ、こいつもホモじゃないか。アニェーゼは心の中で悪態をつく。
「……それでいい」
突然、ぱっと襟首を離して距離を取った。中年はあまりの豹変に驚く。
「ちょっと試したんだ、ちゃんと黙ってるかってね」
顔芸もできないほど男だ、うまいこと話を合わせれば口が滑るかもしれない、アニェーゼはそう判断して、ちょっと演技をすることにした。
「お前がいい子にしているか確認したかったのさ。 お前を黙らせたのは茶髪のやつか?
仕事がなってねえな」
アニェーゼは悪そうな笑みを浮かべながら、なれなれしく中年の肩をたたいた。
(さて、どうでる?)
フレンドリーな態度に軟化したのか、中年はこわばった顔を緩めた。
「なんだ、びっくりさせないでくださいよ、旦那」
「……」
あっさりと、態度を翻したのを見て、アニェーゼの表情が固まった。
(この人……人の事、信じすぎでしょ)
疑うということを知らないのか、愛想笑いを中年は浮かべ始めた。若干、アニェーゼは男が心配になったが、都合がいいのでこのまま情報を集めることにする。
「んで、茶髪のやつか、赤髪のやつか? 二人組だったと思うけど」
ラーフィリスからの情報では用心棒が二人いたはずだ。アニェーゼは情報が正しいと知らないが、合っているという前提の下で聞き込みを続けた。
「そうです、その二人です」
情報が正しいなら、その二人がかかわっていたことが明確になるだろう。また、孤児院跡に残っていた痕跡が、アメリアが死んだ場所である可能性が高くなってくる。
アニェーゼは何点か確認をした結果、用心棒二人が台車を動かしていたこと、そのことを黙っているように言われたこと、マイクは見ていないということが分かった。
さすがに聞き込み過ぎたせいか、いぶかしげな表情をし始めたので、彼女は切り上げることにした。
「よし、じゃあ誰にも言うなよ」
そう言って話を切り上げようとしたとき、中年は手を上下に組み合わせてすりながら、猫なで声を上げた。
「あのぅ、しっかりと黙ってますんで……なんか、そのぅ」
どうやら、更なる金を要求しているようだった。
「欲張るんじゃねえよ、二人からもらっただろう?
欲を欠くと、死ぬぜ?」
そう言って凄むと、中年はひっと悲鳴を上げてしりもちをついた。とても荒くれ者に見えないアニェーゼだが、4年前からずっと裏社会で生きているだけあり、月日で培われた凄みがあった。
彼女は「ふん」と鼻を鳴らすと、背を向けて振り返ることなく、その場を去っていった。
明日以降はこの時間帯に投稿しようと思います。
よろしくお願いします。




