第四話
ルーファスが上司に苛められ、ラーフィリスがマイクの顔を確認している頃、圭は白絹屋の様子をうかがっていた。
白絹屋は休業はしていない様子だが、従業員は一様に沈んだ様子で、仕事に手がついていないようだ。
周囲には野次馬も集まっており、常連客は従業員に直接話を聞いている。野次馬たちの無責任な噂話が、そこら中から聞こえた。
「アメリアさん、乱暴されたって」
「気の毒にねえ……」
「婚約者があんな死に方するだなんて、旦那はかわいそうだな」
(好き勝手言いやがって、噂の回りが早すぎる)
好き勝手なことを言う周りに、圭は不満そうに鼻を鳴らした。じろりと、うわさをしている野次馬をにらみつけると、すごすごと野次馬は去っていった。
(いかんいかん、目立たないようにしているのに)
昨日とは打って変わって、地味な服に圭は身を包んでいたが、先ほどので目立ってしまった。野次馬にまぎれて白絹屋の様子を見ていたのだが、あまり長居はできなさそうだ。
(確か、お嬢さんの遺体は中に運び込まれたんだったな……)
忍び込もうと決意し、その場から移動しようとした時、ある男が圭の目を引いた。その男は太っており、さらには若干はげて脂ぎった感じがあった。そして、上質な服を着ている。ラーフィリスに言われた人相に近い人物だ。後ろには1人の用心棒を連れてきている。
(こいつ……ラーフィリスが言っていた……)
その男──マイクが店の中に入ろうとするのを見て、急いで圭は行動を開始した。店の裏に回り、目につかない場所に隠れる。誰にも見られていないことを確認してから、彼は懐にしまい込んだ術符を取り出した。
「『夜が身を隠してくれる。 隠密』」
印を組んで魔力を込めると、圭の体が服ごと透明になっていく。圭は異世界人であるため、魔法を使用する才能はない。しかし、魔力だけは異常にあり、別のものに魔力を送り込むことができる不思議な体質のため、通常は1回しか使用できない術符を、何度も使いまわすことができた。1度作成した術符は使い放題なため、強力な力だった。
(魔力感知がある店だったら諦める)
大手では泥棒対策に魔力感知の罠が仕掛けてある可能性があるが、この程度なら大丈夫だろうと圭は高を括り、地面を蹴って壁を伝い、庭に侵入した。
(魔力感知なし、よし)
いくら姿が見えないといっても、魔力に敏感な者が見たらばれる可能性は高くなる。さらに胸共から、術符を取り出し、魔力を込める。
──『耳を』
この術符はルーファスの協力の元に作成したものだ。術符も作成者の加護と才能に効果が依存する。ルーファスの有り余る加護が込められた、この術符は魔力を強く込めれば発声なしで効果が発動する恐ろしいものとなった。
(あいつ、どんだけメリル神の加護があるんだよ)
作成時に出したルーファスの情けない顔を思い出して、思わず圭は顔がほころんだ。
『このたびは、お悔やみ申し上げます』
呪文の効果で敏感になった耳が誰かの声を捕らえ、圭は顔を引き締めた。恐らくは先ほど見た太り気味の男の声だろうと、彼は予想した。
「ありがとうございます。 マイク機織りの会長さんが、わざわざお越しのなられるとは」
「何をおっしゃいます。 白絹屋さんはライバル……ですが、身内の不幸とあっては話が別でございます。 少ないですが、香典でございます」
マイクは懐からソロヴァ大銀貨5枚を紙に包んだ塊を取り出した。紙には黒色の絵の具で着色されており、これは平穏を司るエルドラード神の加護を意味しており、この世界の香典の渡し方としては礼を徹したものだった。
ソロヴァ大銀貨は、ソロヴァ銀貨8枚分の価値がある。香典として5枚も包むのは、故人を惜しむ最大限の気持ちが込められているとされている。
最大限の礼を示したマイクに対して、アイリスの父は感動に打ち震えた。
だが、圭は『耳』でその光景を想像して吐き気がした。
(おい、嘘だろ。 あのデブ、ラーフィリスが見たやつじゃないよな?)
圭の想像通り、マイクが犯人ならば、この男は自分が殺した娘の父親の前で香典などと言っていることになる。圭は想像のあまりに、怒りがこみ上げてきた。
(落ち着け、こいつが犯人だとは限らない……)
「故人に挨拶をしてよろしいですかな?」
「ええ、どうぞ……。 きっと娘も喜びます」
定型文なのだろうが、圭にはひどくゆがんで聞こえた。苛立ちを隠しながらその場を後にした。
再び壁を乗り越え外に出ると、ラーフィリスが道を歩いているのを見かけた。『隠密』の呪文を解除して、ラーフィリスに話しかける。
「ラス」
「うわッ、びっくりした。 ケイさんか」
肩を振るわせて彼女は驚いき、急いで振り向いた。話しかけた相手が圭だと視認すると、ほっとしたように胸を撫でる。
「突然現れるから驚いたじゃないか。 どうだった?」
「……お前が見たやつは、マイク機織りの会長か?」
圭はそんなラーフィリスに気を使わず、素早く質問をした。彼女はアリスから確認したことを、すでに圭が知っていて驚く。
「知ってたの?」
ラーフィリスは思わず聞き返してしまうが、圭のこわばった表情を見て何が起きたのかを察した。
「そうか、ここに来たんだね?」
野次馬が遠巻きにしている、白絹屋を見ながら、ラーフィリスは断言した。圭も同じように白絹屋のほうを見ながら頷く。
「ああ」
「そう」
「香典だってよ、残念でしたねって。 よくもまあ、そんなことが言えたもんだ」
悪党がのさばる口惜しさと、アイリスの父親の事を考えると、胸が痛む。圭は吐き捨てるように、言った。
「ふざけやがって、どんな顔の厚さしてるんだ」
「そんな奴だからこんなことしてるんじゃないの。 私たちの手で、ちゃんと冥界に送ってあげないと、ね」
ラーサス教において、天の国とは天体を意味する。太陽がラーサス神を示すように、主神ラーサスに付随する5つの神は、それぞれこの惑星の5つの衛星を示している。ゆえに、死者の魂は天へと昇るといわれているが、罪人の魂は冥界へと落ちる。
ラーフィリスは圭の背中に手を添え、白絹屋からマイクが出ていくところを見ていた。
「ん、彼らは?」
「誰だろう、きっと関係者何だろうけど……」
白絹屋から出たマイクと入れ替わりに、1組の男女が店の中に入っていった。
─────
白絹屋からマイクが去った後も、アメリアの父親は娘のそばから離れなかった。もう動かない手を、自分の手を重ね、思い出に浸る様にじっと顔を見ていた。
母親にそっくりな美人だった。体が弱く、産後すぐに亡くなった母と違い、すくすくと成長した。男手一人で育て、素直ないい子だった。幸せにして見せる、最高の婚約者も用意した。
それなのに、と父親の目に涙が浮かんだ。
「店長」
申し訳なさそうに、部屋に来た1番弟子が声をかける。父親は緩慢な動きで振り向いた。
「ああ……なんだ?」
普段なら邪魔をしたという理由で怒号が飛んでもおかしくなかったが、今日の店長は信じられないくらい大人しかった。俯きがちなせいか、顔の影が濃くうつり、10歳も歳を取ったように見えた。親父さんはこんなに目がくぼんでいただろうか、こんなにやせ細っていただろうか、一番弟子が初めて見る店長の様子だった。
(お労しい……)
店長からは怒鳴られることが日常茶飯事だったが、ここまで憔悴した店長を見ると、恨み辛みを全て忘れ、涙がこぼれそうになった。
「お客さんが来てます」
こんな状態の店長を一人にさせてやることができない口惜しさをにじませながら、一番弟子は来客を伝えた。わざわざ声をかけるということは、止めることができない相手だったのだろうと判断して、店長は諦めて「通しなさい」と弱く声をかけた。
「すみません、どうしてもお尋ねしたかったのです」
許可を出すや否や、後ろに控えていたのだろうか1番弟子の後ろから声がかかる。ゆっくりと顔を上げると、店長の目の前にはアメリアと婚約した商会の息子が立っていた。
「あなたは……これは失礼をしました。 このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「やめてください。 僕はそんなことを言わせるために来たわけじゃないんです」
許嫁となったばかりの娘が、暴行され死んだなんて醜聞としてみなされることもある。立場的にも相手のほうが上だったので、妻も亡くし、娘も亡くし、店しか守るものがなくなった男は、とっさに謝罪を出すことができた。
許嫁はそれを断ると、父親に近づき肩に手を置いて、目線を合わせた。
「今日は、アメリアさんに会いに来たんです。 どうしても……挨拶がしたかったんです」
婚約者は絞り出すように声を出すと、連れてきた少女を父親の前に呼んだ。
「私の妹です。 リコ、白絹屋さんに挨拶をしなさい」
「はじめまして、リコです。 お悔やみ申し上げます」
ぺこりと少女は挨拶をして、自己紹介をした。あくまで婚約だったにもかかわらず、わざわざ挨拶をしに来て、家族を紹介した彼らの思いに父親は涙をこらえることができなかった。
「アメリアさんに、挨拶をしても、いいですか」
「はい……はい……」
「白絹屋さん、泣かないでください」
涙を震わせながら、返事をする父親に、リコは肩を抱いて励ました。父親を慰める妹を見ながら、婚約者はアメリアの遺体に近づく。
「こんにちわ、アメリアさん。 僕があなたの婚約者です」
肖像画では見ていたが、美しい少女だと彼は思った。顔には打撲痕が残されており、痛々しさを感じるが、それでも美しかった。
「できれば、直接話をしたかったよ」
妻になるはずだった女性を見ながら、婚約者は静かにつぶやいた。




