第三話
ルーファスと分かれて行動をしていたラーフィリスは、太った男の正体を探るために、人探し専門の情報屋に会いに行っていた。もっとも、その人物は情報を商売にしているわけではなく、情報屋としても活用することができるというだけだ。
情報屋の名前はアリスといい、本職は圭が保管している図書類の管理人だ。つまりは、圭に仕える侍女みたいなものだった。
(つくづく、ケイさんは不思議だな)
圭の私物を保管している建物に関しては秘密にされており、裏稼業の仲間で知っているのはラーフィリスのみだった。当然、残りの2人には絶対に話さないように言い含められている。そんな情報を教えられているということは、圭は自分を信頼しているのだとラーフィリスは思っていた。
そんな圭に信頼もされ、付き合いも長いラーフィリスでも、彼の正体を把握することができていなかった。まあ、別の世界からやってきた日本人だとは夢にも思わないだろう。
「いつ来ても、気後れするな……」
アリス達が住んでいる一軒家、治安の良い南地区にある。小振りだが庭もあり、地主が住むような家だった。
ラーフィリスは豪華な家に気おされて、棒立ちになってしまった。
「いったい、いくらかけているんだろう……」
この家にはアリスのほかに、二人住んでいる。その三人からは家賃を取らず、圭は逆に給料を支払っているようだった。にもかかわらず、圭はあくせく働いている様子を見せなかった。裏稼業の稼ぎをすべてつぎ込んでも、余裕ができるとは到底思えない。
わからないことを考えても仕方がないので、とりあえずラーフィリスは中に入った。ドアを開くと、がらんがらんと鳴子が音を立てる。侵入者対策の物で、いつもの事なのでラーフィリスは気にせず中に入った。
音を聞きつけたのか、奥から青い毛並みを持つ二足歩行の狼が走ってきた。
青い狼は、そのまま右手に持っていた槍をラーフィリスに突き付けた。
「ム、ララカ。驚かすナ」
「ごめんよ、アリスに用があったんだ」
狼はラーフィリスを視認すると、構えを解いた。
(ケイさんはどうして獣人を雇ったんだろうか?)
ソロヴァ王国は住民の大半が人間である。すなわちラーサス神を主神とした6柱の神々──六神教を信仰している。一方で獣人は大地を神として崇めている大地信仰だ。これに例外はほとんどない。なぜならばこの世界では信仰が種族を変えるからだ。
六神教を信仰している者は人間に近づいていく。もし獣人が六神教を信仰した場合は、体毛が薄くなり、だんだんと顔つきが人間に近づいてくる。ラーサス神を信仰し始めた獣人の一族は3世代後には人間へと変わっていった。
例えば、ケイと同じ長屋に住んでいるプリムなどの祖先はパンサー氏族の獣人だったが、六神教を信仰した結果、生まれたプリムは獣人の要素をわずかに残す人間となった。
また、同じことは人間にも起きる。ある遭難した人間が獣人に保護され、生きるために大地信仰の中で生きることになった。その人間は5年後に人類圏に帰ることができたが、手が変形し、爪が生え、四足歩行で岩壁を登れるようになっていた。
なお、圭がはじめてその事実を聞いた時は、唖然とした。進化論を真っ向から否定していたからだった。
つまり、六神教を国教としているソロヴァ王国には獣人がほとんどいない。だが、皆無というわけではなく、帝国と違って異教信仰を許しているため、細々とは存在した。
「アリスなら、図書室にいるゾ」
「ありがとう、<碧い牙>」
「ウム、ララも、大地の加護ヲ」
獣人の名前は人間には非常に呼びにくい。そのため、獣人が持つ字名を人間の言葉で呼ぶように<碧い牙>は要求していた。
名前を呼ばれて<碧い牙>は満足そうに胸を張った。ぷるんと、大きな胸が揺れるのを見て、ラーフィリスはなぜか負けた気持ちになった。
あんまりじろじろ見ても失礼だし、気落ちしてくるので<碧い牙>の横をすり抜けて、彼女は奥へと進んだ。
<碧い牙>はラーフィリスを見送ると、床に置いてあった絵本を読み始めた。貴族の子供向けの教材で、彼女はこれを使って勉強をしている。彼女は勤勉で、ややイントネーションはおかしいものも、人間の言葉もしゃべることができる。
いずれは読み書きすらできるようになるかもしれないと、ラーフィリスは思った。
「ただ……大地の加護はやめてほしいな」
エルドラード信徒である、彼女にはあまり言ってほしくない言葉だった。しかし、善意で言われているのだろうから注意をするわけにもいかない。
ラーフィリスが奥に入ると、棚に入った大量の本が待ち構えていた。ゆうに100冊を超える本が収められており、金額にするとソロヴァ銀貨一万枚はすると思われる。
この部屋を見るたびに、ラーフィリスは圭の正体が益々わからなくなってくる。一見するとその日暮らしのフリーターだが、裏では復讐代行をしており、信じられない隠し財産を持っている。
どこかの王族の末裔では、と考えても不思議ではないが、ラーフィリスと初めて出会ったときは、全財産を使い果たした浮浪児だった。
いつもの事ながら、ラーフィリスが大量の本に気圧されてると、奥から少女が歩いてきた。少女は掌を上に向けており、そこには水が球体になって宙を浮遊していた。
それは『水精製』と呼ばれる、『水』を司るマラリーナ神の加護から与えられる呪文を使用しているのだった。『水精製』はその名の通り水を作成する呪文だが、本質としては周囲の水を集める効果である。湿気に弱い本を守るため、少女は毎日この呪文を唱えていた。
「あー!ラーちん、じゃん!?
おっそーよー! 元気してたぁ↑」
その声、どこから出ているの?と思わず聞き返したくなるような高い声に、独特のイントネーションで少女はラーフィリスに挨拶をした。ちなみにおっそーよーは、少女の固有言語で意味は「おはようございますにはちょっと遅い時間だね」という意味らしい。しかし、少女の用途としては、朝でなければいつ使用してもかまわないそうだ。もしかしたら、少女の中には朝以外の時間帯はないのかもしれない。
「元気だよ。 久しぶり、アリス」
「お久しぶりぃ! アリスは今日も元気だよぉ↑」
ふりふりのレースがついた青色のドレスを身にまとったアリスは、右手でVサインを作り、目元にあててウィンクをした。思わず☆が飛んでるように見えるくらいファンキーな仕草で、ラーフィリスの口元がひきつった。
(この子、15歳だったかなあ……もう大人なんだよね)
この世界では15歳から大人扱いになる。アリスの天真爛漫な態度を見ると、もっと幼くてもおかしくなさそうだった。
「ほっ!」
左の掌上で浮遊している球体をアリスが飛ばすと、ふよふよと漂いながらテーブルの上のコップに入っていった。
「イエス!」
アリスがガッツポーズをするのを見て、ラーフィリスは才能の無駄遣いだと思った。
「ようこそ、アレキサンドリア大図書館へ!」
口でじゃじゃーんと効果音を出しながら、アリスが両手を広げた。この名前は圭がつけたもので、どうやらアリスも気に入っていたらしい。両手を広げた際に、年に似合わない豊満な胸が大きく揺れた。
──偉大なる賢者を二人常駐できる図書館だぜ?
圭がふざけながら嘯いた言葉を思い出した。そもそもアレキサンドリア大図書館とはなんだ、とラーフィリスは突っ込みたかった。
ちなみに圭が言う賢者とは、<碧い牙>とアリスの事である。当初はどちらもその言葉にふさわしくないとラーフィリスは思っていたが、<碧い牙>の勤勉さと、アリスの特殊能力を見たら納得した。
しかし、<碧い牙>といい、アリスといい豊満な胸を持っている。アリスの髪の毛は水を司るマラリーナ神の加護を示す青色と、エルドラード神の加護を示す黒色が混じりあった、ミステリアスなブルーブラックの髪色をしている。<碧い牙>も体毛は青だ。
巨乳、青色が圭の好みなのだろうか。ラーフィリスは思わず口元に力が入った。
「ラーちん、どしたの? 怖い顔してるよー?」
「いや、何でもないんだ……ただ、世の中クソだなぁって」
「そんなことないよぉ↓ ハッピ、ハッピ!」
アリスはハッピ、ハッピという発声に合わせて両手を叩く。その動きに合わせてスライムのように胸が上下に揺れた。
別に悔しいことは何もない、何もないから問題はない、ラーフィリスはそう言い聞かせて、本題に入った。
「アリス、マイク機織りの会長の顔が確認したい。 たぶん太ってちょっとハゲている。」
「マイク機織りー? あぁ、確かに太っちょさんだね↑」
そういうと、アリスはパタパタと奥のほうに入っていった。
アリスは、これまで見たすべてのモノを記憶している。暇なときにここの本を読み漁っているらしいから、恐らく本もすべて記憶している。いわゆる『完全記憶能力』の持ち主だ。この章で前述した『記憶再生』の呪文と同様、『完全記憶能力』はエルドラード神の加護によるものと考えられている。アリスはマラリーナ神の加護と、エルドラード神の加護の双方を強く持っている。
ちなみに、エルドラード神は『完全記憶能力』で、ラーサス神が加護を授けた女の顔はもとより、男の顔もしっかり覚えている。何時何分に何人の男女に光を注いだか覚えているし、話しかけた場合は当然だ。初めてラーサス神と手をつないだ日、時間、分、秒など、事細かに記念日として覚えている。一年は秒単位でラーサス神とエルドラード神の記念日だ。
アリスは圭の依頼でぶらぶらと街を歩き、有力者の名前と顔をすべて一致させ、人相書きをストックし続けている。探し人に関してこの王国でアリスの右に出るものはいないだろう。
アリスは奥から人相書きをもってくると、ラーフィリスの前に広げた。
「この人が、マイクさんだよ↑」
アリスが持ってきた人相書きを見ると、そこには予想通りの顔が描かれていた。
17/4/9 人名なおしきってなかった、エステルとかいう誤字はアリスの間違いです




