第六話~『後悔』~
あの後、どうやって撫子荘に帰ってきたか覚えていない。
あいつらの言動で俺は『刹那』に戻って・・・・人を殺めた。
やっと『刹那』という因果から離れて平和な生活を手に入れると思っていたのに戻ってしまった。
返り血は森にあった川で落としてきたが、鉄臭さは取れなかった。
「・・・・・・・・」
今は自室にいて、ずっと座ったままだ。
ただ何もせず、時間が過ぎる。
時刻はもう日付が変わってしまっていた。
俺が帰ってきたのが日付が変わる数分前。
みんな遊園地で思いっきり遊んで疲れたのか、寝ていた。
部屋の床板には、月魂が置かれていた。
撫子が置いてくれたのだろう。
布から取り出し、その姿を見る。
「・・・・・・」
とても美しい反りと龍が描かれた鞘。それに、鍔には月が描かれている刀。
あのときを一緒に過ごした相棒であり、かつて愛した人から付けた名前。
「・・・・?」
視界が滲んで月魂の姿が歪む。
頬からぽたぽたと畳に落ちていく。
あの日と重なってさらにぽたぽたと落ちていく。
「・・・・響っ・・・・ごめん・・・ごめんなぁ・・・」
「う・・・ぅぅ・・・・・うぅ・・・」
その場に崩れ落ち、月魂を抱き、泣き続けた。
※
撫子view
叶は遊園地から未だに帰って来ていない。
夕飯を作っていたのだか、来ないのでラップをして、叶が来るのを待っていた。
あの時の叶の顔は少し怖かった。
目つきが変わっていて、いつもの叶ではないと感じた。
そのことにみんなは気づいていなかった。
あの目はとてつもない闇が詰められていたような目の色だった。
その目を見たときに、私は嫌な胸騒ぎに襲われていた。
もう二度と戻ってこないようなそんな感じだった。
叶のことを待って数時間。
あとちょっとで日付が変わろうとしていたときに、がらがらと玄関が開いた音がした。
帰ってきたのだ。
台所からばたばたと急ぎながら玄関へ向かう。
「おかえりな・・・・」
玄関について、お帰りと言うはずだった。
しかし、叶の姿を見て、言葉を失った。
そこにいたのは一瞬叶ではないと思ってしまった。
遊園地で見せた目をしていたが、まるで魂を何処かに置いてきたような目。
体は濡れていて、鉄の匂いがした。
叶には私の声なんて聞こえていなかった。
「ひっ・・・・」
私は身を引いてしまった。
私が知っている天野叶ではなかった。
今いる叶はまるで生きる亡霊であった。
私の姿が見ていないのか、気にせず自分の部屋に向かっていった。
叶があんな風になるなんて、どんなことをしてきたのだろうか。
叶の後を追って、部屋の襖を少し開け、様子を見ることにした。
数分間ずっと動かずに座こんでいた。
そして、いきなり動き出した叶は、床板に置いておいた愛刀の月魂を手に取り、その姿を見ていた。
そして、涙を流し、月魂を抱いて泣いていた。
「・・・・響っ・・・・ごめん・・・ごめんなぁ・・・」
月魂に向かい、ずっと喋りながら泣いて謝っていた。
私は襖を閉め、自分の部屋に戻った。
あんな叶を見ていられなかった。
ずっと見ていれば、悲しくて悲しくて仕方が無かった。
自分の心の中にしまっておいたものが出て、思い出してしまう。
あの辛い・・・二度と思い出したくない記憶を思い出してしまう。
そのまま自分の部屋に戻り、窓を開けて夜空を見る。
「・・・・叶・・・・」
夜空には綺麗な満月が出ていた。
「・・・・・」
ずっと眺めていたら、いきなり頭が痛くなった。
「!!・・・く・・・ぅ・・・」
頭を抱え、床に横たわる。
「い・・・た・・・い・・」
段々と痛みは強くなっていく。
「な・・・に・・・こ・・・れ・・」
頭の中に、見たことの無い記憶が思い出される。
前のとは違う。
何か痛々しく、そして・・・憎悪がすごく感じる。
「・・・た・・・すけ・・・て・・・」
そこで私の意識は暗闇へ落ちていった。
※
叶view
窓に朝日が差してくる。
その光で俺は起きた。
「・・・・・・」
もう朝になっていた。
寝ればすっきり忘れてくれるだろうと思っていたが、そう簡単に忘れてはくれなかった。
昨日のことは鮮明に覚えている。
刹那に戻り、人を殺めた。
鏡で自分の顔を確認するが、思ったとおり、酷い顔をしている。
この顔じゃ、学校には出れなさそうだ。
「・・・・・・・・はぁ・・・」
昨日は散々泣いてしまった。
あんなに泣いたのは5年ぶりだろう。
あいつを失ってから、俺は泣きはしなかった。
どんなに痛がろうと苦しかろうと、あの時に比べれば楽な方だ。
しかし、昨日は精神的に来てしまったのだろう。
まだまだ自分は未熟なんだと思い知らされた。
「叶・・・起きた?」
こんこんと襖の叩く音がした。
襖の前に撫子が起こしに来てくれた。
俺は今のこの顔じゃ心配されるから、無理矢理普通の顔を繕う。
「叶・・・起きてる?」
襖から顔を覗かして、俺を見る。
「あ・・・起きてた」
「起きてるよ。みさきさんには今行くって言っておいて」
「分かった。早くね」
襖を閉め、とっとっとと二階を降りていく撫子。
ちゃんといつもどおりに出来でいたと思う。
撫子は気付いていなさそうだったから大丈夫なんだろう。
「さて・・・気持ちを早く切り替えて行かないと」
と自分に言い聞かせ、学校に行く準備をした。
※
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう叶君、撫子さん」
週明けの教室はいつもどおりだった。
休み明けだからだらけている人や、週刊誌を読んでいる人と人様々に過ごしている。
「これやべ~な」
「あぁ。地元で起きるなんて怖え~な」
「ん?どういうの?」
「お前なら解決出来そうじゃね~か?」
「あぁ!!出来そうかもな!」
週刊誌を読んでいる生徒にからかわれる。
「どんな事件なんだ?内容次第だぞ?」
「ほらほら、これこれ」
と俺にそのページを見せる。
「!!」
俺はそのページを見たとき、背筋が凍った。
その記事は・・・。
「・・・これは・・・流石に出来ないさ・・・」
「まぁ・・・そうだよな」
「流石に殺人犯を逮捕できたら、人間じゃないよな!!」
笑ってその記事を見ている。
「・・・ちょっと用事を思い出した。後でその話、詳しく教えてくれよな」
「おう!いいとも!行って来い!英雄さん!」
「あ・・・叶?何処に行くの?」
「ちょっとした野暮用だよ」
俺は駆け足でその場から離れた。
正直、気が狂いそうで気持ち悪かった。
さっさと誰もいない屋上へと足を運んだ。
※
「はぁ・・・はぁ・・・・はぁ・・・」
屋上に着き、気持ちを落ち着かせる。
さっきの週刊誌には、昨日の出来事が書かれていた。
『華咲ランド近くの森で惨殺された死体!5年前の再来か!?』
そんな題名で一面を飾っていた。
「うっ・・・・・」
頭が痛い。
かなり参っているようだ。
昨日の手に残った感覚が頭の中を駆け回る。
がちゃ。
誰かが屋上に来た。
頭では分かっているのに、体が勝手に動く。
頭の中から声が聞こえる。
『正体がバレる前に・・・・殺せ』
開いた瞬間に入ってきた人の首に爪を立てて首元を切った。
「!!・・・・」
その人は立ち止まり、間一髪で俺の攻撃を避けた。
首には薄く赤い線が入った。
「・・・いきなり危ないぞ!私ではなかったら死んでいたぞ!」
屋上に来た人は・・・東条だった。
その姿を見て、頭の中にあった声は消え、正気を取り戻せた。
「・・・すまん。東条・・・・」
「やっぱりか・・・あの事件は・・・」
「察しのとおり。やったのは俺だ。あいつらの口から東条たちに危害を加えると言われて・・・制御できなくなった結果がその記事だ」
「やはりか・・・・」
「そして、今見たとおりだ。制御が利かなくなったせいで、すぐ『刹那』になってしまう・・・」
「あの時、帰るときにはある程度察していたよ。いやな胸騒ぎがあったからね・・・まさかとは思っていたけど、ここまでとは・・・」
「今の俺にあまり近づかない方が良い。もしかれば、東条にやったみたいに無差別にやってしまうかの性がある」
「分かった。落ち着いたら、私に話していてくれ」
「あぁ」
「あと、当分ここにいたほうが良い。お前の顔色がひどすぎる。私から先生に言っておくから、ゆっくり来るようにな」
「・・・なにもかもすまない」
「いいさ。友達だからな」
・・・友達か・・・・。
俺にはもったいない言葉だ。
東条がいなくなり、一人になった。
壁に背中を預け、青い空を見上げる。
「・・・・・」
俺は空を見て思っていた。
近いうちに・・・・
俺はこの場所から離れるかもしれない。
※
放課後。
あれから東条に言われたとおり、ゆっくりと休み授業に参加したのは三時限目が終わって四時限目に入ろうとしていたときであった。
なんとか顔色はよくなったが、心の方の整理はまだすんでいない。
ごちゃごちゃとしていて、複雑な気分になっていた。
撫子たちは葵姉ぇと榛名と一緒に帰った。
みんなも帰り始めているので、俺も帰ろうとしていたとき、
「天野~~~~~!!!!!」
大声で俺の教室にやってきたのは、風紀会会長、緋崎紅秋さんだった。
「いたな!よし!来い!!!!」
「え、あ、あの・・・ちょっと~~~!」
俺の意思なんて関係なく、首根っこを捕まれて、強制連行された。
※
「で・・・なんですか?」
目の前には紅秋さんが正座して俺を見ている。
それにつられて、俺も正座をしている。
場所は風紀会室の道場。
今日は風紀会の会員はいなく、紅秋さんと俺の二人だけ。
「今日は・・・私の稽古に付き合ってくれないか?」
「稽古・・・ですか」
「そうだ。今日は暇になってしまったから・・・頼めるか?」
「う~ん・・・・・」
今はあの馬鹿な暴力団のこともあるし、自分自身のこともある。
今の俺は不安定であるから、加減ができなくなるかもしれない。
そうとなれば、命に関わるかもしれない。
「・・・・・・・」
ずっと目をうるうるしてこっちを見ている。
・・・そんな顔をされてさら・・・断れないじゃないか。
「・・・分かりました。いいですよ」
「突然の申し事を受けてくれて感謝する」
流石は武人だなぁと思う。
まぁ、俺もこれで気分転換できればいいな。
「稽古の内容はなんですか?」
「稽古は実戦形式で、武器は何でも良い。相手が負けと認めたり、戦闘不能にさせればOKだ」
「分かりました」
俺は道場にあった刀をとる。
「・・・これは・・・村正を真似た模造刀ですね」
「よく分かったな~その通り。それは村正を真似て作られた物だ」
「私は武器が好きでな~色々と集めているんだよ」
紅秋さんが取った武器は、刀、弓、槍など多彩な武器を持っていた。
「あの時は油断したが、今度はそうは行かない!・・・これが・・・この姿が最強と言われる所以だ」
「そんじゃ、始めるぞ・・・」
紅秋さんの顔つきが変わった。
前回とは違うと言うのはすぐに分かった。
刀を構え、すぐ抜ける体制を作る。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
お互いが睨みあう。
先に動いたのは俺だ。
しゅん・・・と音を立て、紅秋さんに向かう。
今まで経験した戦いで、多種多様に武器を扱える相手とは対峙したことはない。
最初は小手調べということで、首元に抜刀する。
紅秋さんは、すぐに反応した。
首元に向けた刃は紅秋さんの刀の鞘で防がれ、その瞬間に反撃。
「!!!」
意外な行動で少し反応が遅れた。
刃は髪に少し掠っただけですんだ。
距離をとり、いったん体勢を立て直そうとするが、
「!!!!!」
顔に槍の矛先が迫っていた。
「うっおおぉ!!!」
声を上げながら、何とか避けることはできた。
それにしても、なんと言う変換速度。
刀から槍へと変えた速度は一瞬と言うべき速さ。
俺の反射神経でなければ、避けれなかっただろう。
「どうだ?あの時と全然違うだろう?」
にこっと笑う紅秋さん。
「・・・全然違いますね・・・」
「そうだ。これは、人に見せたことがない私のオリジナルの流派!この流派に私は『千手流』と名づけた」
まったくその名どおりの流派だ。
まるで、手に多数の武器があり、それを瞬時に持ち替え、その武器を巧みに行使する。
中々いい流派である。
だが・・・
「紅秋さん・・・・これから本気を出します。無理と思ったら、すぐ降参してください。そうじゃないと・・・・紅秋さんを殺したくありませんから」
このままじゃ、紅秋さんに負けてしまう。
このまま負けてもいいが、相手は一流。
手を抜いているにもすぐに見切られるだろう。
手を抜くと紅秋さんに失礼だ。
頭の中のスイッチを切り替える。
自分が制御できるところまでの力で出す。
「!!!・・・天野、お前・・・」
恐らく俺の目を見て気付いたか、感じたのだろう。
もう、稽古(遊び)ではないことに。
もう一回さっきと同じ攻めで向かう。
「その手はもう見切った!」
とさっきと同じ手段で立ち向かう。
が・・・しかし、
「!!!」
攻撃をせず、そのまますれ違う。
そして、距離を取り何度も同じことを繰り返す。
「これは・・・」
紅秋さんの目には何十人もの俺の残像が見えているはずだ。
この技は、『影見』という技。
『刹那』として動いていた頃に使っていた暗殺歩法。
バイクを追いかけた時に使ったのは『縮地』という移動法で、剣術などで達人が使う技だ。
「これは!」
流石に驚いていた。
普通の人では出来ない歩法。
この技を見ることはあまりない。
やれる人は5本の指で足りるほどの人しかいない。
「・・・・ふっ」
そして、背後から一閃を繰り出す。
「くっ!!」
かろうじて、刀から小回りが利くトンファに持ち替え、攻撃を防いだ。
「・・・流石ですね」
影見を止め、紅秋さんの正面に立つ。
「普通の人ならこれでやられています。一流だということですね」
「それは・・・どうも!」
トンファから槍に持ち替え、反撃を開始する。
両手に一本ずつ持ち、双槍の構えで向かってくる。
「これを捌ききれるかな?」
「神突」
残像が見えるほどの速さで連続の突きを繰り出す。
「そらぁそらぁ!!」
一つずつ確実に避けていく。
「何処まで耐えられるかな?」
まだまだ神速の突きは終わらない。
このままではきりがなく劣勢になる。
避けたところでいったん距離をとる。
「流石だな!天野!!」
「ありがとうございます」
「それじゃ・・・こっからだ!」
「そうじゃありませんよ」
「何?」
「手元を見てください」
「・・・!!なっ・・・」
手に持っていた槍は、細かく切り落とされていた。
「それは・・・模造刀・・・だよな?」
「そうです。俺ぐらいになると、どんな刀でもこうなります」
「それに他のも見てください」
「・・・嘘だろ・・・」
他にあった武器全部を見事に切り刻まれ、使えなくなっていた。
「さっきの神突でか・・・」
「はい。アレは確かに早いですけど、俺には通じません。遊びみたいな感じです」
「・・・くっそう!!!!」
紅秋さんは、唯一残っていた刀を手にして、突っ込んでくる。
刀を残したのはワザとだ。
さっきの間で壊すことも出来たが、あれじゃつまらないと思い、残したのだ。
「・・・・」
二人がすれ違う瞬間、抜刀する。
すれ違い、倒れたのは紅秋さんだ。
俺の方は無傷で、攻撃は当たっていない。
攻撃を食らったことで気を失ってしまったらしい。
「・・・やりすぎたか・・・」
手元を見ると、ボロボロになった模造刀村正の姿。
そして、粉々に砕け散った。
あの刀以外、俺の技の反動に耐えることが出来ないようだ。
「・・・起きるまで待つか・・・」
紅秋さんが起きるまで俺は待つことにした。
※
「・・んっ・・・・」
「大丈夫ですか?紅秋さん?」
目を覚ます。
あの後、部屋にあった布団を敷き、紅秋さんを寝かせた。
「天野?・・・私はいつから気を失っていたんだ?」
「30分前です」
「・・・そうか・・・・負けたんだな・・・私」
「はい・・・」
そのまま静かになる。
紅秋さんの目から、一筋の雫が流れた。
「なんで・・・私は何も守れないんだろうなぁ・・・」
声が振るえ、むせび泣いていた。
「・・・天野・・・」
「はい。何ですか?」
「こんな形ですまないが、もう帰っていいぞ」
「でも・・・」
「私のことなら大丈夫だ。心配しなくてもいい」
「・・・・分かりました」
俺は部屋を後にした。
※
紅秋view
「・・・・・・・」
天野が部屋から出ていき、私一人になる。
負けた。
あの日以来から負けることがなかった私が、同じ相手に二度も負けてしまった。
そして今日は、初めて本気で戦い、負けた。
負けたのはあの日以来だった。
自分の大切な存在を失って、血が滲む様な厳しい試練を受けて5年。
今まで積み重ねてきたものが音を立てて崩れていった。
私は・・・・また守れないのか・・・。
どうすれば、天野みたいに強くなれる?
「・・・・く・・」
起き上がろうとしたが、天野の攻撃のせいで起き上がることが出来なかった。
「・・・くぅ~、加減しなかったな・・・あいつ」
あの時、私は天野に向かって刃を突き立てたが、届かなかった。
天野は最初に戦ったときに一瞬見せた目を見せた。
大体は分かる。
恐らく天野は・・・・・。
・・・・・・・・・・・・人を殺したことがある・・・・・・。
※
叶view
「・・・やりすぎたな」
帰り道。
紅秋さんとの手合わせで反省していた。
全力で向かって来る相手に手を抜くのは失礼だと思って、ちょっと本気を出したが、加減できなくなり、最後の居合いの抜刀を思いっきり当ててしまった。
それに、借りた模造刀を壊しちゃったし・・・。
「・・・どんな顔で会えばいい・・・」
うがーっと唸りながら帰った。
・・・・本当に明日どうしようか・・・。
そのことで、頭を悩ませる夜になった。
お久しぶりです。
やっと終わって落ち着いてきたのでやっていきます。
当分、こっちに力を入れていきます。