第五話~『暗躍の影』~
数日が経ち、撫子は学園に慣れ、クラスにもちゃんと混ざれていた。
最初はどうなるかと心配していたが、上手く馴染めていて安心している。
今日も何気ない日常が始まる。
「おはよう」
「おはよう。天野君、撫子さん」
教室にいたクラスメイトが挨拶を返す。
「天野」
すぐに東条が険しい顔で俺の所に寄って来た。
「どうした?東条。そんな険しい顔で・・・何か俺の顔に付いているのか?」
そのまま近付いてきて、俺の耳の近くで言った。
「今日の入手した情報で、大変なことが分かった。ここでは話せない。屋上へ」
いつもの東条とは違った。
恐らくだと思うが・・・見当は付いていた。
「分かった。すぐに向かう」
「・・・叶」
隣で撫子が心配そうな顔で俺を見ていた。
「大丈夫だ。そんな顔をするな」
「分かった・・・」
俺はすぐに教室を出て、屋上へ向かった。
※
「で、何があったんだ?お前がそんな顔をするってことはやばいものだろ?」
「あぁ。それはかなりやばいかもしれない」
「内容は?」
「それは、ここの町にある5つの暴力団があんたを探しているんだ」
「暴力団が?俺をか?」
「ああ」
「・・・刹那関係か?それならすぐに・・・」
「この件はそんな簡単な話じゃない!下手をすれば、あんたの願いが潰されそうになっているんだ!」
「!!・・・すまない。頭に血が上り過ぎた。続きを・・・」
「その暴力団が探しているのはお前で、そして、今まで分からなかった『刹那』が、あんたじゃないかって疑いがかけられてる」
「っ!!!」
その言葉に背筋が凍った。
「いつから探している!!その暴力団の拠点は何処だ!!教えろ!!」
声を荒げて東条に言った。
「落ち着け!!まだ話は終わってない!」
「・・・・すまない。また取り乱したな・・・」
「暴力団が探し始めたのは3日前だ。その情報が入ったのは二日前。そして、その確証の情報が今日入ったんだ」
「そうか・・・」
まだ始まったばかりであった。
この平和な日常が消えてしまうまで時間がある。
「気になったんだが・・・何故お前は俺の願いを知っている?」
話を聞いて引っかかったところだ。
俺の情報に対して、異常に早すぎる。
昔に使っていた情報屋は、最低でも4日も掛かった。
俺の近くにいなければこんなに早く出来ない。
「・・・・依頼されたんだ。あんたの詳細を知りたいと」
「それを依頼したのは暴力団じゃないだろうな・・・」
周りの空気が凍り始める。
「私を売ったんじゃないのか・・・東条」
俺の言葉はあの時・・・5年前『刹那』だったころの口調になっていた。
もしここに、相棒を持っていたら、その場で斬ってしまっていただろう。
「っ・・・それは違う。だが、依頼主の名前を言うわけにはいかない。情報屋としてそこは・・・無理だ」
俺の言葉に驚き、怯えた声で言った。
「・・・・そうか。分かった。その依頼主は俺を知っているのか?」
「あぁ。最近会っていたね。あんたも良く知っている人だ。・・・ここから私だけの情報だ。その依頼主は私と腐れ縁なんだ」
「そうなのか」
「私が言えるのはここまでだ。無理だけはするなよ。叶」
「ここでは言えないが、もし、お前のことを依頼した依頼主が分かって巻き込まれていたら、守ってくれ。これはあんたにしかできない。・・・頼む」
「あぁ」
その時の東条の目は遠くを見つめていた。
その瞳は何故か悲しさを感じた。
※
放課後。
「・・・・」
俺はあの後から考えていた。
東条に言われた言葉が頭の中で繰り返されている。
「もしかしたら、あんたの周りにいる人もターゲットにされて、この件に巻き込まれる可能性が高い。その時はあんたがその人を守ってくれ・・・すまないが、私はあんたの過去を全て知っている。依頼で知ってしまったんだ。その前にあんたとの契約で過去は依頼主に言っていない。安心してくれ。あんたは、『刹那』としてではなく、天野叶として周りを守ることだ。あいつらは手段を選ばない。気をつけろよ」
「俺の・・・・周りに・・・・・・か」
あの時の『刹那』としての罪がいつか来るとは思っていた。
その罪を背負う覚悟はとっくの昔に決めていた。
だが、その時が今。
「神様は、時と場を選んではくれないか・・・」
「どうしたの?叶?」
「ん?いや、なんでもないよ」
「そう?それじゃあ、私は部活に行って来るよ」
「あぁ。またな」
「うん。またね」
部活へ行く榛名。
「・・・・・」
その姿を見えなくなるまで見ていた。
もし、自分のこの過去を知られたら、みんなはどう思うのだろうか?
軽蔑?差別?それとも・・・・。
色々な考えが浮かぶ。
どれも、たどり着く結果は、独りで彷徨う自分の姿が浮かんでいた。
「・・・・・・・・・・」
「野さん・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「天野さん!!!」
「うぇああ!!」
突然耳元で叫ばれ、鼓膜がキンキン鳴った。
「もう、聞いていますか?」
「あ・・・あぁ。ごめん」
声をかけたのは、陽那だ。
「どうしたんだ?こんな時間に俺の教室に来るなんて」
「あの・・・今週の日曜日は空いていますか?」
「あぁ。空いているけど、何かあるのか?」
「えぇ・・・私と遊園地に・・・・行きませんか?」
「・・・遊園地?」
「はいそうです!」
遊園地・・・か。
そういえば、俺が小さいときに行ったきりだったな。
「それってさ、何人で行くの?」
「ふぇ!?えっと、あの・・・その・・・何人でもいいです!天野さんがいいと思った人を連れてきてください!」
「分かった。ありがとうな。陽那」
「いえ、お礼を言われるほどではありません」
「それでは、今週の日曜、お待ちしています!」
「あぁ」
ぱたぱたと走りながら、教室を出て行く。
「時間は有効に使おう・・・・か」
教室の窓から綺麗な夕日が差し込んでくる。
その光を背に受けて、教室を出て、俺の唯一の居場所へと向かった。
※
陽那view
「はぁ・・・・はぁ・・・」
言いたい事をすぐに言って教室から出で、自分の教室へ戻ってきた。
「・・・・はぁ~~・・・・」
長いため息をついた。
「どうして、こんなにも上手くいかないの?」
いつもなら、ライブやインタビューなどの緊張の場面では、言えるのに何故か天野さんの前ではそれができない。
心臓がバクバク言って、今までにないぐらい緊張していた。
「・・・それに、二人きりって言えなかったし・・・」
一番のミスはそこだった。
天野さんと一緒に行きたかったのに、緊張のあまりに言えなかった。
「私っていざって時に何も出来ないな・・・・」
そう呟き、教室を後にした。
※
叶view
「・・・ってことなんですよ」
その帰り、撫子荘で俺は、放課後のことを撫子とみさきさんへ言った。
「遊園地・・・・」
「遊園地・・・・」
二人とも何かを思い浮かべている。
「叶!!行こう!私行きたい!!」
子供のように目をキラキラしながら俺の腕を振るう撫子。
「分かった!分かったから!振るのやめてくれないか」
「やった~~!!」
ここまで喜んでくれるなんて、言った甲斐があった。
「う~ん、仕事が残ってなければ行けるわ」
「・・・そうですか・・・」
「でも!!まだ木曜だし!頑張ってやればなんとかなるよ!」
ガッツポーズを取り、アピールする。
「・・・なんかすみません。あと、榛名、凪姉ぇ、紅秋さん、シャルルさん、東条、梗華を誘いたいと思っているんですけど・・・」
「何か・・・人数が多いけど、いいんじゃないのかな?」
「それじゃ、陽那に連絡しておきます」
「お願いね~叶~」
「はいはい」
夕食を終え、自分の部屋へ向かう。
「ふぅ~~」
一息ついて、携帯で陽那の番号にかけた。
「・・・・・・・・」
「はい!陽那です!どうしましたか?天野さん?」
ワンコールしないうちに、陽那が出てくれた。
「今大丈夫か?」
「はい。大丈夫ですよ」
「遊園地の件なんだけど、人数が9人ぐらいになるんだ。大丈夫かな?」
「はい。大丈夫です」
「あとは・・・撫子荘まで迎えに着て欲しいんだ。遊園地への道が分からなくて・・・」
「いいですよ。分かりました」
「何かごめんな。色々と迷惑かけて」
「いえいえそんな事ありませんよ。あ・・・そろそろ仕事が入るんで失礼しますね」
「あぁ。また明日な」
「はい!!また明日で!!」
こうして、遊園地に遊びに行く事が決まった。
「これで、固まっていれば襲われはしないだろう」
東条から聞いた話によれば、探すために色々と行動を起こすだろうという事を聞いていた。
休日とかに大きく動く可能性がある。だから、このような提案があったのは正直ちょうど良かった。
「あとは・・・何とかなるだろう」
こうして、俺は布団を敷いて眠りに着いた。
※
撫子view
「・・・・失礼しま~~す・・・・」
深夜。
静かなときに私は、叶の部屋にやって来た。
「・・・寝てるね」
叶はすぅーすぅーと寝息を立てて寝ていた。
「・・・よし」
私は静かに動き、ある物へ近づく。
「・・・ふぅ~・・・」
私の目の前にあるのは、いつも叶が持ち歩いている長物の前。
前に触れたときは、何か懐かしい感じがしたのだが、それ以上思い出すことが出来なかった。
「今度こそ・・・・」
それに手を伸ばし、触れようとする。
「・・・・・」
その時。
「!!!」
突然、私の肩に何かが触れた。
※
叶view
「おい」
俺の部屋に来ていた撫子の肩に触れる。
「うひゃ・・・うぐっ!!」
「うるさい。静かにしろ」
叫ぼうとした撫子の口に手を被せる。
「静かにしろよ」
こくこくと頷く撫子。
「・・・ぷはぁ・・・」
「俺の部屋で何やってるんだ?」
「えっと・・・その・・・あの・・・」
口篭ってしまい、沈黙が続く。
「こいつに触れようとしていただろう?」
「!!」
俺の相棒を手に持つ。
撫子は俯いたまま。
「そ、それは・・・・うん」
「何故だ?」
「・・・ごめん・・・言えない」
「・・・そうか」
撫子は深く、反省しているようだ。
「こいつはな、昔、俺を窮地から救ってくれた相棒なんだ」
相棒を撫子の前に出す。
「多分、形状から見て撫子は分かっているだろうから教える。こいつは日本刀だ」
包んでいた布をはずし、姿を見せる。
その姿は、とても美しい反りと龍が描かれた鞘。それに、鍔には月が描かれていた。
「模造品でない完全な真剣だ。銘は知らないから、俺はこう名づけた」
「月魄」
「!!」
「?どうした?撫子?」
「いや、なんでもないよ」
「そうか」
「刀身を見せてくれないの?」
と言ったときに鍔の部分を見た。
「!!これ・・・縛ってある・・・」
かなり頑丈に縛られていた。
「そう・・・これは戒め。俺はな、こいつを最後に抜いたときに誓ったんだ。『自分の信念を貫くときに解く』・・・とな」
「・・・そうなんだ・・・」
「ほら、さっさと寝た」
俺の部屋から出す。
「明日も学校なんだから寝た寝た」
「分かった・・・・おやすみ、叶」
「あぁ」
俺は相棒を戻し、再び布団に入った。
※
「ん・・・・・・」
窓から朝日が差し込む。
その光に当てられ、目が覚める。
「朝か・・・起きよう」
布団から出て、いつもと同じように片付け朝食を取りに向かう。
「おはようございます。みさきさん」
「おはよう。天野君」
みさきさんはもう起きて朝食の準備をしている。
「そろそろできるから、撫子さんを呼んでくれませんか?」
「あ、はい。分かりました」
撫子がいる部屋へ向かう。
「さて・・・と」
撫子の部屋の前に来た。
「行くか」
勢いよく開ける。
「撫子~~。朝だぞ~」
「ん~~~」
撫子はいつもどおり、布団に寝ていた。
普通の人と同じようになってから、撫子は寝れるようになっていた。
前までは眠気がなく、ずっと起きていたそうだ。
「朝だぞ。撫子」
「ん~~~。もう朝~~?」
寝れるようになってからは撫子は朝に弱かった。
「そうだ。早く起きろ」
「分かった~~~」
撫子は普段着の和服とは違い、白の浴衣一枚で寝ている。
そして、いつも困っていることは・・・・。
「!!な、撫子!いつも言ってるだろ!ちゃんと着ろって!」
いつも浴衣が肌蹴て、いろんなところが露わになる寸前になるのだ。
男の俺にはちょっと嬉しいが、ここまでとなると、流石に恥ずかしくなる。
「だってぇ~~勝手になるんだもん・・・」
「いいからさっさと着替えて来い!!」
「ふぁ~~い」
着替え始めた撫子を見て部屋を後にし、リビングへ向かった。
※
「・・・ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
「お粗末です」
朝食を食べ終わり、学校へ行く準備も終わっている。
「それじゃ、行くぞ撫子」
「待ってよ、叶」
せっせと靴を履く。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
みさきさんは、俺達とは出る時間帯が違う。
少し後片付けしたら行くという事になっている。
「あ~あ。ま~~だかな。遊園地」
「まだ早いだろ?明後日なんだから」
「う~~。なんか時間が長く感じられる~~」
「まぁ、がんばれ」
「ふぁ~~い」
気だるそうに返事をして、一緒に向かった。
※
「・・・よし」
放課後となり、みんなは帰る支度をしている。
帰りのHRで華恋先生に言われたことについて考えていた。
「最近不審者の目撃と声がけ事犯が起きているようです。みなさんはくれぐれも気をつけてくださいね」
ということを言っていた。
となると、東条が言っていたことが起こり始めているというのか。
「叶~!一緒に帰ろうよ!」
榛名と撫子が一緒に俺のところに来る。
「すまん。今日は用事があるんだ。撫子と一緒に帰っていいぞ」
「つれないな~。何か女の子にいえないことをするんじゃないよね~?」
「んなもんするか。またな」
と振り返るが思い出したことがあった。
「撫子。こっちに来てくれ」
「ん?どうしたの?」
「こいつをやるよ」
「?これは?」
撫子に渡したのは、かなり小さな小刀であった。
「そいつはお守り刀だ。そいつをやるよ」
「どうしてだい?」
「こんな可愛い子が危険にあったら大変だろ?だから、一応持っておけ」
「・・・ありがとう、叶」
撫子に渡したのは、相棒『月魂』と共にあった小刀『月代』。
撫子が外に出られるのは、月魂の不思議な力のおかげ。
近くにいないときに、消えてしまえば大変なことになる。
一緒にあった月代なら同じような力を持っていてもおかしくない。
「それじゃあな」
教室を後にして、学校を出た。
※
学校を出て数分。
「・・・・」
俺の後を尾行している奴が数人いた。
(やっぱり、撫子たちと一緒に居なくて良かった。もしかしてと思っていたが・・・)
見た感じ、柄の悪そうなチャラ男が3人付いて来る。
(それなら・・・)
小走りで路地へ行く小道に走る。
その後をつけて来るチャラ男。
「!!あいつ!!何処行った?」
「確かにこの道を行ったのに!」
探すが何処にも見当たらない。
それもそのはず。
居るのはその真上である。
狭い小道で、幅が狭いから壁に手をつけ、上った。
「周りに居なかったら、何処を見るんだ?」
「な!!」
いきなり現れたのに対し、反応が出来ずに蹴りを喰らう。
「がっ・・・」
「!!てっめぇーー!」
すぐに殴ろうとするが遅い。
それを避け、その拳が仲間に当たる。
「ぐぇ!」
「すまん!!」
そして俺は、殴ってきた奴を手刀で気絶させる。
「ぐ・・・・」
「や・・・あぁ・・・・」
残った一人は戦意喪失。
腰が抜けてしまったようだ。
「ちょうどいい」
そいつの胸倉をつかむ。
「お前、なぜ俺を狙っている?目的は何だ?全て吐いてもらうぞ」
「!誰がお前・・・」
言ようとした瞬間に、顎にアッパーをする。
それと同時に、舌を少し噛んで血が出てきた。
「できれば、手荒なまねはしたくない。お前も命が欲しければ・・・従え」
涙と鼻水を垂らしながら首を縦に振る。
「よし。まず・・・鼻水を拭け。汚い」
話は拭き終わったらにした。
※
「・・・さんきゅーな」
話を大体聞き終えた俺は、そいつを手当てして、依頼主というかボスに伝言を預けた。
手当てをした男は一礼をして、去っていった。
男から聞いた話によると、俺を狙っている5つの暴力団は日本五大暴力団『龍虎』『虎神』『亀甲』『鶴』『龍宮』という五大勢ぞろいで探しているそうだ。
この町に本拠地を置き、活動している。
このことは町の人々は知らない話。
つまり、これは裏の世界の話。
昔にいた世界で手に入れていた情報だ。
その情報を手に入れてたときはまだ『刹那』として動いていたときだ。
昔によくお世話になったというか、よくぶつかっていた奴等だ。
現在暴力団の長になっている奴は、昔幹部頭として動いていた奴らしい。
ある程度話を聞き出せたのは良かったが・・・。
「・・・こいつらの処理をどうしようか・・・」
襲ってきてまだ伸びている二人の処理の困っていた。
※
「ただいま帰りました~」
午後6時。
撫子荘へ帰ってきた。
結局あの二人はそのまま放置してきた。
手当てした男よりも面倒臭そうな感じがしたからである。
使い方は違うが、触らぬ神に祟りなし、だ。
「おかえり。叶」
撫子が玄関へ出てきた。
みさきさんはまだ、帰ってきていないようだ。
「腹減ったろ?今作ってやるから」
「は~い」
撫子と一緒に台所へ行き、料理を作ることにした。
※
「はぁ~美味しかった~」
「お粗末さま」
俺の作った料理を食べ終わった俺達。
今回作ったのは、シチュー。
久しぶりに料理をしたから味付けが心配であったが、美味くいった。
「叶って料理できるんだね。男の人って料理できないイメージがあるから」
「まぁ、そうだろうな。俺も久しぶりの料理で心配だったが、撫子が喜んでくれたから安心だよ」
「このシチューの作り方、いつ覚えたの?」
「それは・・・」
「?どうしたの叶?」
思い出していた。
あの時にあいつが作ってくれたシチューを食べ、人の温もりを感じたあの時。
あの温もりがあったから、今の俺が居ると言っても過言ではない。
あれから5年。
山に篭って居たときに、一生懸命にあの味を再現しようと頑張っていたあのときが懐かしかった。
「叶?」
「あぁ。ごめん。覚えたのは山に篭っていたときだよ。そのシチューは俺の大切な人が作ったシチューを真似て作っているんだ。まだまだその味には及んでないんだけどさ」
「・・・叶。その人はすごく優しかったんだろうね。この味、すごく心が温まって安心させてくれるような味だよ。ちゃんとその人の味を再現できていると思うよ」
「・・・ありがとう・・・撫子」
そのことを聞けて、少しはあいつに近づけたかなと思う。
「それじゃ、俺は上に行くから」
「分かった。皿洗いは私がやっておくよ」
「すまない」
「いいよ。シチューを食べさせてもらったお礼だと思えば良いよ」
自分の部屋へ向かう。
向かいながら、さっきのことを思い出していた。
あいつが作ってくれたシチュー。
今でもあいつのあの笑顔が浮かび上がる。
昔は、目障り、邪魔な存在だと思っていたのが、今となれば大切な思い出になっている。
後悔と憎しみの人生だった俺を変えてくれたあいつ。
昔では考えられなかっただろう。
今はもう昔の俺ではない。
天野叶としてこの何気ない日常を過ごしていこうと決めた。
自分の部屋に行くと、急に眠気が襲ってきて、そのまま寝てしまった。
※
日曜となったこの日。
陽那が誘ってくれた遊園地の日だ。
みさきさんはなんとか仕事を終わらせ、日曜に休みが取れた。
撫子荘の前には俺、撫子、みさきさんの三人。
俺は無難にジーンズに黒のジャケットを着てきた。
あとは、撫子が外に出るから相棒も持って行く事にした。
撫子はいつ間にか新しい服で着飾っていた。薄い桃色のフレアースカートで、白のペザント・ブラウス。
何を着ても似合っている撫子は、美人なんだな~って思ってしまう。
みさきさんは動きやすそうな服装。青のデニムパンツで、薄い水色のサッシュブラウス。
大人だなと感じさせられる服装であった。
「まだ来ないのか?」
撫子はそわそわして、落ち着きが無かった。
「そう焦るなよ。ちゃんと来るから」
陽那がここまで迎えを出してくれると言うから待っていた。
「おまたせしましたー!」
遠くから陽那の声が聞こえた。
だんだんと近づき、俺たちの間の前で止まる。
車はよくロケなどに使われているワンボックスカーであった。
「待ちましたか?」
「いいや。ちょうどよかったよ」
「そうですか。良かったです~。さぁ、乗ってください」
俺たちは陽那の車に乗り込む。
中は広く、4人乗ってもまだ余裕がある。
あと遊園地に行くメンバーは俺たちの4人のほか、紅秋さん、シャルルさん、榛名、凪姉ぇ、梗華、東条も誘い、合計10人となった。
俺たちは陽那の車に乗って遊園地へ向かい、紅秋さんたちはシャルルさんの車で向かっている。
「まだかなまだかな~?」
撫子は相変わらずそわそわしている。
「今日はありがとうな。陽那」
「いえいえ。これぐらいどうって事もないです。私も息抜きが欲しかったのでちょうどよかったです!」
「そうか。なら、今日は目一杯遊ばないとな」
「はい!」
陽那と何気ない会話をする。
陽那はアイドルであるからあんまり目立たない服装で、白のダルマティカと大人びた服装。
でも、背が小さくてそんな感じがしなかった。
隣に座っているみさきさんは、ハァハァと息を荒げている。
「教師がそんな目で見たらいけないですよ」
「痛い!」
みさきさんの頭にチョップをする。
「ちょっと~!教師になんてことするのよ~!」
「教師としてあの顔はだめです」
「うっ・・・」
「天野さんって、いろいろな人と関係を持っていますね~」
「ん?そうか?」
「えぇ。先生と友好な関係を持っている人なんて、あんまりいませんし」
「みさきさんは下宿の大家だし、撫子は・・・・」
「撫子さんは?」
「えっと・・・・」
撫子は幽霊だということを忘れていた。
あまりにも俺たちと同じ生活しているから完全に頭から飛んでいた。
「みさきさんの親縁の方の娘さんで、知り合ったんだ」
「そうなんですか!」
「え・・・えぇ。そうなの」
ナイスだ撫子!とグッとサインを出す。
それに気づいた撫子も同じように合図する。
「あ!もう着きますよ!ここが地元で有名な遊園地、華咲ランドです!」
車窓から見えた遊園地はとても大きく、華咲町らしく花で囲まれた遊園地だ。
入り口のほうには、もうシャルルさん達がいた。
「すみません。遅れましたか?」
「いえいえ。そんな事はないです。ちょうどですよ。天野君」
「おう!天野!」
「紅秋さん。どうもです」
紅秋さんとシャルルさんが挨拶をする。
紅秋さんの服装はまさに男だといわせるような格好で、青のジーンズにライダージャケット。
シャルルさんは爽やかな服装で、砂色のカットオフパンツに白のプルオーバー。
「・・・・」
後ろにいた陽那は、唖然として立っていた。
「天野さん・・・いつの間に風紀会会長と生徒会会長と仲良くなっていたんですか?」
「えっと・・・数日前から」
「すごい・・・・ですね」
陽那はもうびくびくしながら言っていた。
「お?これは桜花学園のアイドル、轟陽那じゃないか!」
「ど、どどどうもです!風紀会会長さん!」
「そんな堅苦っしい言い方はないぜ。なぁ、シャル」
「えぇ。今日は紅秋と私は風紀会会長と生徒会会長として来ているわけではないです。気軽にシャルルと呼んでください」
「私も紅秋でもいいぜ」
「はい!よろしくです!シャルルさん!紅秋さん!」
その後も挨拶は続いた。
「もう~私と凪姉ぇは何で別だったのさ~叶~?」
「仕方ないだろ?シャルルさんの方が近かったんだからさ」
文句ばかり言う榛名。
榛名の服装はスポーツマンだと思わせる格好で、白い線が黒いジャージにそれと同じようなデザインの上着。
昔から服選びにこだわらない榛名らしい。
凪姉ぇの服装はモデルだと思わせる服装で、パウスカートにクレリックシャツ。
流石凪姉ぇと思う。
凪姉ぇは微笑んだままだ。
・・・なんか怖くて、嫌な予感がしてきた。
「相変わらずだな~。天野は~」
「お前はおまけだ。東条」
「おまけかよ!」
男が一人だと寂しいので、東条を誘ったのだ。
「ちょっと来てくれ」
東条が少し離れたところに俺を連れて行く。
「どういうことだ?シャルルを連れてくるなんて・・・」
「?どういうことだ?」
「お前、知っててやったんじゃないのか?」
「何を言っているのか分からんぞ」
すごく焦っている東条だが、焦っている理由は分からない。
「・・・はぁ~、本当に知らないでやったんだな・・・」
「あのさ、私とシャルルは腐れ縁、つまり・・・幼馴染だ」
「え!まじ・・・」
「うるさい!」
東条に口を塞がれてしまう。
「・・・ぷはぁ~・・・まじでか」
「マジです」
「全然そう見えない」
「うるせーこの野郎」
二人でこそこそして話す。
「私とシャルルは4歳からの付き合いで小、中学校までよく遊んで一緒にいたんだよ」
「へぇ~お前がね・・・」
東条とシャルルさんが遊んでいる姿はとても想像できなかった。
「高校に入ってからは関わることが無くなって来て、心配なんだ。そこで、お前はシャルルとはかなり友好関係を築いているように見える。お願いがあるんだが・・・」
「それはお前がやった方がいい」
「まだ何も言っていないぞ?」
この雰囲気で話すことなんて決まっている。
「東条、お前が言いたいことは分かった。『なんとか話す機会を作って欲しい』か、『東条を今どう思っているか聞いてくれ』だろ?」
「・・・・」
東条はそのまま黙り込む。
「・・・流石だな。これもあの時に身に付けた能力か?」
「いや、お前は知っているんだろ?俺の過去を・・・」
「ああ」
「そういう事があったから分かったんだよ。そういうのは自分から言った方がいい。そうじゃないと、後悔することになるぞ・・・」
自分から言いたいことを言い出せずに終わってしまったときの後悔は、どんな痛みよりも苦しいことになる。
あの時に味わった俺の経験談だ。
「・・・さんきゅ。身になったよ・・・天野」
東条との話を終えて、みんなの所へ戻る。
「何の話していたの?」
榛名が尋ねて来る。
「それは男同士の秘密さ」
「ふ~ん」
そのときに俺の裾が引っ張られた。
「お?」
「お・・・おはようございます。天野先輩」
引っ張ったのは梗華であった。
「おう。おはよう。梗華」
「今日は誘って頂いてありがとうございます・・・」
「いいよ。お礼を言うなら陽那に言ってくれ」
「そうなんですか?」
「あぁ」
「注目ー!」
陽那が大きな声で言う。
「今回遊園地へ行く提案をした轟陽那です。天野さんから伝わって、こんなにも来てくれた事に感謝しています。
今日は目一杯この遊園地で遊んでください!」
「それじゃあ~、遊ぶぞ~!」
「「「「「「おー!」」」」」
みんなで言った直後、開園を伝える放送が入り遊園地の中に入った。
※
「さて、何で遊ぼうか・・・・」
中に入ったまではいい。
その先のことを考えていなかった。
「最初に行くのはジェットコースターだろ!」
紅秋さんはそういうが・・・。
「いえ!ここはあえてお化け屋敷で!」
榛名がそう言ってくる。
「う~ん、それじゃあ、二人でじゃんけんってことで・・・」
言った直後に、二人はじゃんけんをしていた。
「「さいしょはぐー!じゃんけん!!」」
「ぐー!」
「ちょきー!」
結果は紅秋さんの勝ちとなり、みんなでジェットコースターに乗ることになった。
「勝ったぜ~~~!」
「ふぇぇぇ~」
二人とも高校生だとは思えないほど無邪気な姿を見せていた。
「楽しそうですね」
いつの間にか俺の隣にシャルルさんがいた。
「紅秋があんなにはしゃいでるのは初めて見ましたよ。いつもは風紀会の仕事ばかりしていましたから・・・」
「そうだったんですか・・・これがいい息抜きになればいいですね」
「そうですね」
「俺達も遊びましょ、シャルルさん」
「えぇ」
紅秋さんのところに向かうシャルルさん。
その時、いきなり俺の右手を誰かに掴まれた。
「おわっ・・・撫子か」
「さ、早く行こっ!」
「あ!こら!撫子ずるい!」
榛名が俺の左手を掴む。
「お前に何やってるんだ・・・」
「ふふ~ん」
そして、背中を掴んできた梗華。
「い、一緒に行きましょ・・・先輩」
前に陽那が・・・。
「ほら天野さん!早く早く!」
「おいおい。歩きづらいぞ・・・て、聞いてないし・・・まぁ、いいか」
前後左右掴まれた俺はそのまま歩いて行く。
後ろの方から何かいたい視線を感じた。
「・・・あ」
東条の視線だった。
「何で・・・何であいつだけ・・・」
「・・・すまん、東条」
嘆き悲しんでいる東条。
そこにシャルルさんがやってくる。
「何1人で悲しんでいるの?こんなところでそんな顔は似合わないから、さぁ行きましょ」
「あ・・・お、おい!」
シャルルさんに手を引かれていく東条。
その後ろから、凪姉ぇとみさきさんが見守っている。
「青春っていいわね~」
「みさき先生、そんな事言っていると、老けますよ?」
「余計なお世話よ!」
こうして、みんなでジェットコースターに乗った。
俺と紅秋さん、榛名は楽しめたが意外にもジェットコースターが速く、コースがとてもえげつなかったせいか、あとの7人は恐怖しかなかったと言っていた。
※
「さて、次はお化け屋敷だ!」
榛名が張り切る。
さっき紅秋さんのじゃんけんで負けたからだろう。
「さて、これは10人一気に行けないから、5人一組になって行こう!」
「じゃあ、どう決める?」
悩んでいたところに凪姉ぇが提案する。
「じゃあ、これはくじ引きで行きましょ」
凪姉ぇが鞄から取り出したのは、1と2が書かれた割り箸。
「・・・いつの間に準備してきたの?」
「昨日よ。こんなことがあろうと思って作ってきたの」
流石凪姉ぇ。手際が良すぎる・・・。
「それじゃ!やりましょ!」
「勝っても負けても恨みっこなしだよ!せ~の!」
※
「お~中々すごいな~」
俺とチームになったのは、榛名、撫子、紅秋、陽那だった。
撫子は相変わらず右手を掴んでいる。
榛名も同様に左手を掴んでいる。
陽那は背中を掴んでいた。
「暗いよ~」
「怖い~!」
陽那と榛名がぎゅ~と掴んでいる。
「へぇ~」
撫子は仕掛けに興味を持ったのか、全然驚かずに見ている。
それに紅秋さんは・・・・。
「わはははははーー!!」
笑いながら進んでいる。
・・・ある意味怖い。
「きゃっ!!」
「おぉ~」
「うわぁ!」
「ふぇ!」
色々な反応が見れて、中々面白かった。
そこで、驚いた紅秋さんが倒れそうになっていた。
「おおっと・・・」
すぐに近くに行き、紅秋さんを支える。
両手背中を掴まれてる状況では流石にキツイ。
「大丈夫ですか?紅秋さん?」
「あ、あぁ。大丈夫だ・・・ありがとう」
「どういたしましてです」
「・・・私も」
「・・・私も」
「・・・私も!」
「お、おい!」
三方向から思いっきり引っ張られ、もっと歩きづらくなった。
こうして、お化け屋敷は終わった。
※
「そろそろ閉園時間になるね・・・」
「そうだな・・・」
お化け屋敷を終わってから、全てのアトラクションに乗り、そのときにはもう日が傾いていた。
「最後に観覧車に乗ってみたい」
撫子が指差したのは、絶景が見れると評判な観覧車だった。
「いいね!」
榛名やみさきさん、撫子、みんなも賛成で乗る事になった。
「二人一組で乗ろう」
「「「「「それじゃあ、私は天野(叶)と乗る!!」」」」」
一斉に声を上げて、俺を指名した。
「私よ!」
「いいや。ここは私が」
「違うよ!私だよ!」
色々話しているうちに、口論となっていくのを感じた。
「あのさ!」
俺はみんなが聴こえる様に言った。
「最後は、俺が決めていいか?」
「「「「「いいよ!異論なし!」」」」」
それに賛成してくれた。
「それじゃ、乗りたい人は・・・・」
※
「まさか、私を選ぶとはね・・・叶」
「意外だったか?」
「いいや」
俺が選んだのは撫子。
選んだ理由は、一番世話になった人で選んだ。
「あとで、みんなに攻められそう・・・」
「大丈夫だよ。みんなは叶のことを信頼しているんだから」
「そうだな。ありがとう」
少しの間、静かな時間が流れる。
「叶は・・・どんな過去を送ってきたんだい?」
口を開いたのは撫子であった。
「・・・・一言で言うと・・・・地獄だよ」
「・・・地獄・・・」
こんな雰囲気になっていれば、少し話してもいいと思ってしまう。
「人とは何か・・・力とは何か・・・そして、俺自身は何か・・・そんな自問自答を、5年間俺は過ごしてきた」
「・・・・・」
「どうしてそんなことを?」
「前に叶が夢でうなされていた時があったんだ。そのときに昇一郎のことを思い出してね・・・」
撫子は観覧車からの景色を見ながら言う。
「昇一郎が倒れてから、毎晩夢にうなされるようになったんだよ。私は昇一郎の隣にずっといて、見守っていた・・・それから数日が経って、目が覚めば狂人みたいに狂い出だすようになったんだ。そして、最後には・・・・」
撫子は体の震えを抑え、言ようとするが言葉が出てこない。
「・・・もうそれ以上言うな。辛いだろ?無理をしなくていい」
恐らくだが、この先のことは言えないのだろう。
撫子にとって最悪な事態になったのだろう。
「うん・・・だから、聞きたかったんだ。叶がどんな過去を送っていたかを・・・」
観覧車は一番上を通り過ぎ、そろそろ一周する所まで迫っていた。
「・・・撫子。俺は昇一郎さんんみたいにならないよ。大丈夫だよ」
「・・・それを聞けてよかった・・・」
観覧車は一周し終わり、扉が開く。
「さぁ、行くぞ。撫子」
「うん」
撫子の手を引き、観覧車から出る。
※
「今日は楽しかった~!」
「いい思い出になったよ~!」
観覧車から出て、みんな遊園地の入り口にいた。
「天野」
東条に呼び止められた。
「・・・今日はさんきゅーな。お前のおかげでシャルルの気持ちを聞けた。こんなことで迷う私もまだまだだな」
「・・・言えたのか」
「あぁ。おかげですっきりしたよ」
観覧車に乗るときに、東条とシャルルさんが乗ることになって、期待していたが予想していた通りになった。
「告白?」
「違うわアホ!」
「まぁ、これで気軽に話せるようになったじゃないか」
「だな。今回はありがとうな」
東条にこんな事言われるのは初めてだ。
「・・・熱あるな・・・絶対」
「何でそう決め付けてんだこの女たらし」
とふざけ合っていた時であった。
殺気が複数の方向から感じた。
「!!・・・東条。奴らがいる」
「!!何!!」
「見るな!!」
無理やり俺のほうに首を曲げさせる。
「ここは俺が何とかする。お前はみんなと一緒に行け」
「しかし・・・」
「大丈夫だ。お前の依頼主も守る」
「・・・気づいていたか」
「あぁ。だから早くここから離れろ」
「・・・刹那に飲み込まれるなよ」
「分かっているさ。親友」
ちょうどよく、シャルルさんの車が迎えに来ていた。
「俺はいいですから皆が乗ってください」
「どうしてです?」
「俺は寄る所があるので歩いて帰ります」
「そうらしいよ。なんでも天野、人に見せられない物買いに行くって言ったな~」
「な!!お前!!」
後で俺が凪姉ぇたちにシバかれる言い方だが、今はそれに乗るしかない。
「もう、何を買うやら・・・夜道、気をつけてね、天野君」
「大丈夫ですよ。みさきさん」
「それじゃあ、出してください」
シャルルさんの車は俺だけを残して走っていった。
「・・・・いるんだろ?出てこいよ」
「気づいていたのか・・・流石だな」
周りには武器を持った暴力団の構成員が30人程度いた。
「お前がボスに当てた伝言、喜んでたぜ」
「だろうな」
「『手を出したら殺す』てか。こいつは傑作だぜ。日本五大暴力団に喧嘩を売るとはな~」
リーダーらしき人物が下品な笑いをする。
そこには、龍虎、虎神、亀甲、鶴、龍宮の構成員が混ざっていた。
「伝えた奴は?」
「殺されたさ。お前を捕まえてないからさ!!」
本当にこんな組織が裏世界を支配していることに反吐が出る。
「場所を移そうか・・・」
「あ?お前・・・誰に向かって口利いているんだ!」
持っていた木刀で攻撃する。
「・・・・」
相手はのろく、避けてその木刀を取る。
「いっでぇ!」
一応、相棒は背負っているが出すほどの相手ではない。
「こいつで相手をしてやる。ド素人が・・・」
こんな相手ならこれで十分だ。
「くそが・・・やれ!!」
指示を言ったと同時に武器を構え、俺に向かって来る。
「場所を変えるとしよう」
その攻撃を避け、近くの森へと移る。
「追え!!」
構成員達は一斉に森の中に入っていく。
「このままでいいのか?放っておいたら、今日一緒にいた奴らがどうなってもいいのか!!」
誰か1人がそう叫んだ。
その時、俺の中の何かが切れた。
心の中である言葉が浮かんだ。
『殺してやる』・・・と。
「くっそ・・・見つかりもしねぇ・・・」
構成員が5人ほどまとまって行動していた。
流石に猿ほど馬鹿でないらしい。
武器は拳銃2人に木刀1人、鉄パイプが1人と日本刀を持ったのが1人いた。
俺は木の上にいて、構成員達は一生懸命上を見ずに探している。
前言撤回。
やはり相手は猿以下だ。
俺が狙うのは日本刀を持った男。
狙いを定め、木から下りた。
「!!」
「う、上だ!!」
すぐに対応しようとするが、すでに手遅れ。
日本刀を持った奴は腕をやられ、武器を取られていた。
日本刀は俺の手の中にある。
そして、俺は・・・。
「死んで詫びろ」
「がぁああ!!」
日本刀を持っていた奴を・・・切り殺した。
「くそう!!」
木刀の奴と鉄パイプの奴は近付き、拳銃の奴はロングレンジから攻める。
だが、攻撃は当たらず、俺に近付いてきた奴に銃弾が当たる。
怯んだ所を見逃さず、斬って行く。
拳銃で応戦していた奴も、間合いを詰め一閃で斬り捨てた。
5人殺したと同時に、残り25人が俺を見つけた。
「これでお前は袋のネズミだ!やれ!!」
一斉に攻撃を仕掛ける構成員。
だが俺には通じない。
そんなことで、この刹那を殺せはしない。
「・・・宵月流・・・」
腰を少し落とし、抜刀する構えを取った。
「!?宵月!!お前ら!!あいつの近くに行くな!」
リーダーが叫ぶが構成員達は俺に突っ込んでいて、後戻りできない状況にいた。
「・・・天満月・・・」
俺の周りに丸い円の剣筋が浮かぶ。
そして、その剣筋は全方向へ飛んでいく。
「ぐぁぁぁ!!」
攻めていた24人の構成員は飛ぶ斬撃に斬られ、一瞬で肉塊へとなった。
残ったのは、リーダーただ1人。
「・・・宵月・・・お前が・・・『刹那』か・・・」
「そうだ。私は刹那。お前らが恐れた刹那だ」
もうそこには学生生活を楽しんでいた天野叶はいない。
・・・裏世界を駆けた人斬り『刹那』となっていた。
「あいつらに伝言だ。『俺の仲間に手を出したら・・・殺す』とな」
「わあわわ・・・分かった。伝える・・・」
男は慌ててメールで伝言を送った。
「ここ、これでいいだろ?」
「あぁ」
「命だけは・・・・」
「・・・・・」
無言となり・・・そして。
「命乞いなら、今まで殺してきた奴に言え」
男の首を飛ばし、そして肉塊へと姿を変えさせた。
「・・・・・・」
返り血を浴びて、かつての姿になってしまった俺。
そこには、望んだ平和なんて無い。
肉塊と血が飛び交う殺しの世界。
また・・・戻ってしまったと後悔する。
使った日本刀は、技の反動のせいで粉々に砕け散った。
「・・・・早く帰ろう・・・みんなのいるところへ・・・」
その場を後に、みんながいる撫子荘へ帰ることにした。
俺の瞳は虚ろな目をしていたと言う。
足元がふらつきながら、帰っていった。