第三十話。決勝戦 第二試合。次鋒戦開始! (執筆ラビリンスコーヒーLv1)
次鋒戦の相手を睨みつけた由佳子は背筋が一瞬ぞくっとなった。
感情の全く読み取れない、瞳をしていたからだ。その瞳を見つめているとまるで夜に廃墟に忍び込んだ時のような不安感を覚えた。
「由佳子さん、頑張って!」
勇気が言うが、由佳子は不安感しか感じなかった。
「しっかりするのよ、由佳子! 真吾の借りを返すのよ!」
自分自身を鼓舞するように、由佳子は自分の頬っぺたを両手でパチンと叩くと、リングへと上がった。
「次鋒戦! 開始!」
ゴングが鳴り、由佳子は空手の構えをするが、相手は一向に動く気配を見せない。
名は体を現すというけれど、相手の名前の黒影という名前も由佳子は何だか薄気味悪く感じた。
「どうしたの? 来ないの? 私が怖いの?」
由佳子は挑発するが、黒影はにやにやと笑うばかりだった。
しびれを切らした由佳子は先制攻撃を仕掛けることにした。
「じゃあ、私から行くわよ!」
足に気を集中して、踏み出す、それは由佳子が練習中に編み出した必殺技{神速の一歩}だった。
「神速の一歩」
由佳子は声に出して、言ったと同時に、足を一歩踏み出した。
由佳子の体がジェット噴射されたかのような、勢いで相手へと向かって行った。
そして、由佳子は黒影のみぞおちに、強烈な勢いで正拳パンチを叩き込んだ。でも今日、7月10日は選挙日なので、今日に限っては、政権パンチだった。
黒影は由佳子のパンチによってリング外へと吹っ飛んで行った。
「やったぜ、由佳子」
「やったね。姉ちゃん」
喜ぶ、俊哉と真吾だったが、由佳子の表情に笑顔は咲かなかった。
「どうしたんですか? 由佳子さん」
そんなどこか暗い表情の由佳子の異変に気づき、勇気が声をかけた。
「い、いえ。何だか殴った感触がなかったものだから」
由佳子が言うと同時に、由佳子の後ろから声が聞こえた。
「その通り。今君が殴ったのは僕の分身だよ」
由佳子の顔のすぐ横の耳元でくっ付けるように黒影の顔があった。
「て、てめえ。由佳子から離れやがれ!」
由佳子はすぐに肘打ちで、後ろにいる黒影に攻撃しようとしたが、「おっと」と簡単に躱されてしまった。
「てめえ」
依然として、黒影に敵意をむき出しにする俊哉。
「何だ、君は。もしかしてこの由佳子という女にホの字なのかい?」
「はあっ? 何で俺が由佳子なんかに」
言った俊哉だが、若干顔が紅潮している。
「今時、ホの字何てあまり聞かないわよ!」
由佳子の放った回し蹴りは、黒影の顔面にヒットし、黒影はダウンした。
「やったわ!」
喜びの声を上げる由佳子。
しかし、すぐに立ち上がった黒影。
その黒影の顔から、笑みは消えていた。
「へえっ、やるじゃん。女だと思って油断していたよ。ここからは真剣にやるとするよ。じゃないと師匠に怒られてしまうからな」
言うと、同時に黒影が消えた。
「き、消えた!?」
俊哉と勇気が同時に声を出すが、卓郎が「いや良く見ろ!」と言った。
「ま、まさか。そんな」
由佳子のことをよく見てみると、由佳子はまるで、一人芝居でもしているのかのように、体を全体を左右に揺さぶっていた。
そして、その由佳子の周りを一瞬の影が通り過ぎていくのを俊哉は目にした。
「ま、まさか。あの影が黒影だって言うのかよ……」
すると、魔堕天の一人大和が俊哉の呟きを聞いて、話出した。
「そうだ。黒影は我が魔堕天の中でもスピードに特化した、魔堕天随一の神速の持ち主。由佳子とかいう女がいかに神速の技を持とうとも、本当の神速の前では新幹線の前の、急行列車のようなものだ」
「くそがっ、しかも例えも上手いのか上手くないのかよく分からねえしよ!」
俊哉は大和に吐き捨てるように言った。
そして、由佳子はダウンした。
「かっかっか。もう終わりか?」
攻撃をやめた黒影が由佳子を見下ろして言った。
「あんたなんかに負けるわけにはいかないのよ! 女にだって決して負けられない試合があるのよ! 負けた真吾の為に、チームの為に私は勝たなくてはいけないのよ」
「かっかっか。威勢だけはいいな。だけど、それは無理な話、ムリゲーだ。だって、僕は遺伝子からして、超優秀だからね。僕の先祖は伊賀忍者で、暗殺者をやっていて、形は時代と共に変えながらだけど、その忍者としての本質は脈々と僕まで受け継がれているんだからね」
「じゃあ、あなたは人殺しなの?」
「いや、まだ僕は人殺ししたことないけどね」
「あー、疲れた。あんたの話を聞くのもう疲れたわ」
「何だと?」
「あんた、自分の自慢話ばっかりでむかつくのよね」
「勝てないと思って、今度は精神攻撃に切り替えたのか? かっか」
「あんたの攻撃はもう、見切ったわ」
「何だと?」
「あんた、耳が聞こえないの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
それを聞いていた、真吾があわわと口を押えた。
「ど、どうした。真吾!」
卓郎が真吾に聞いた。
「あ、あれは、今まで一回だけなったことがある、ブチ切れ姉ちゃんだ」
「ブチ切れ姉ちゃん?」
「うん。姉ちゃん普段は温厚なんだけど、一度切れると、手が付けられなくなるんだよ。でも、どうして切れたんだろう」
すると、由佳子は一人、呟くように言った。
「真吾の借りを返し、チームを勝利に導く、そして私の胸を揉んだ罪は重い!」
「な、何のことかな!?」
黒影は、何度か宙を見つめながら、キョロキョロと首を動かしている。
「そうか、そうだったのか」
「どういうことだ? 卓郎」
何かに気付いた様子の卓郎に俊哉が聞いた。
「いや、やけに攻撃力が弱いなと思っていたら、黒影の奴、あの観客に見えない神速を利用して、セクハラ行為を行っていたとはな」
すると、巨大画面に、由佳子が攻撃されていた時のリプレイ映像が流された。
そこにははっきりと、黒影が由佳子の胸を時に、さりげなく、時に堂々と揉みまくる姿が映し出された。
それを見た、観客からは「セクハラ! 変態!」などと、大ブーイングが起きた。
そして、レフェリーが黒影に近寄ると。
「セクハラ行為により、失格です!」と告げた。
「そ、そんなあ!」
すぐに会場に警察官が来ると、黒影は任意同行を求められた。たぶん余罪がたくさん出てくることは間違いないと、会場にいた誰しもが思っていた。
由佳子はリングを降りると、がくっと膝をついた。
「私、試合には勝ったけど、内容では全然勝てなかった」
「そ、そんなことないよ。由佳子さん」
勇気が言った。
「かばわないで!」
「由佳子さん……」
「私はまだ弱い。私はもっと強くなりたい。そして皆ともっと仲良くなりたい! だからこれからも、こんな私だけど、よろしくね」
「うん。由佳子さん」「姉ちゃん」「由佳子」「由佳子さん」「由佳っち」
勇気と、真吾と、俊哉と、卓郎と、大和が言った。
「ってお前関係ねえだろ!」
いつの間にか近寄ってきていた大和は由佳子に怒られて魔堕天のメンバーの所へしゅんとした表情で戻って行った。
「それでは、中堅前へ!」
レフェリーの声が会場内に響き渡った。




