表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

立花京介からの手紙6

 世界の終わりは、存外に早かった。いや確かに、僕が死のうと、世界は決して停止するわけではないのだけれど、僕にとっての世界は、もう終わった。

 面白いぐらいに、色の消えた世界。モノクロ映画を観ているような、そういう感覚だ。色も味も匂いも手触りも、よくわからない。僕はただ、部屋にこもって、ベッドに寝転び、天井を見つめることだけに没頭する。母が作ってくれる食事は、ちゃんと食べはするのだが、不味いとも美味いとも思わず、何かを食べているという感じがしない。

 今日で何日目だろうか。

 僕の命日から、どれくらいの月日が経ったのだろうか。

 数日、もしくは数週間、はたまた数か月にも及ぶのかもしれない。いずれにせよ、僕は生きたまま死んでしまい、当然ではあるが、死んでいるのだから生きている理由もなく、やはりボーっと天井を眺める他なかった。

 しかし、死んでもなお人様に迷惑をかけるのは、いかなものだろう。僕が引きこもりと化したことで、母は一気に十歳ぐらい老け、二人の姉もどこか落ち着きがない。

 ああ、嫌だ嫌だ。せめて迷惑をかけぬよう、学校ぐらいには行こうかしら。もう死人である僕は、仮面をつける必要もなく、嘘を吐く必要もなく、ああそれなら、学校にでも顔を出そうかしら。どうせやることはないのだから、それがいい。

 フラフラと立ち上がって、制服を着て、学校へ向かってみる。すると、どうしたものか、校門が閉まっているではないか。困った困ったと、僕は裏口の方へ廻ってみたけれど、こちらもやはり閉まっている。学校のまわりをグルグルと歩いていると、どうやら僕が不審者に見えたらしく、自転車をこいでパトロールをしていた警察の人が、「ちょっといいかな」とたずねてきた。

「はい、なんでしょうか」

「こんなところで、なにをしているんだい? 忘れ物かい?」

 おかしなことを言う。制服を着て、学校の前までやってきたのだから、授業を受けにきたに決まっているではないか。僕が顔を顰めていると、同じように警察官も顔を顰める。

「こんな夜中に、制服で、なにをしてるんだい?」

 はて、夜中と言われたけれど、今は夜間帯なのだろうか。

「いまは夜ですか」と聞いてみると、ますます警察官は顔を顰める。ああ、そうか。しばらく引きこもり生活をしていたものだから、僕は時間の感覚をすっかり忘れてしまったのだろう。「ああ、すいませんね。死んでからというもの、色々と判然としないことが多くて」と、僕が言ってやると、警察官は何故かギョッとしたような顔で、僕を見る。それから、怯えた瞳で僕の顔を捉えると、一目散に逃げてしまった。

 別に、だからと言って、無礼なやつだとは思わない。人間なんて、礼儀があるかないかの、二択に限られるのだから、さほど気にする必要はない。

 しかしまあ、夜に学校に来てしまうなど、僕はとんだ間抜けである。頭をコツンと拳で叩き、僕は家へと帰る。

 次の日になって、今度こそちゃんと、朝から学校に行こうと思い、家を出ようとしたら、母が心配そうに言ってきた。

「しばらく行ってなかったけど、もう大丈夫なのね」

「うん。そうだよ。大丈夫だよ」

 そこで会話が終了するかと思ったが、母はなおも質問をする。

「いったい、何があったの」

「何もないよ。大丈夫だよ」

「何もなかったら、引きこもったりはしないでしょうに」

「何もないから、僕は学校に行くんだよ」

「いじめ?」

「違うよ。いじめじゃないよ」

「トラブル?」

「違うよ。トラブルじゃないよ」

「じゃあ、何なのよ」と、上擦った声で聞いてきた母が、なんだか酷く惨めに思えた。せめてもの、親孝行として、僕はありのままを伝えることにした。

「僕はもう、死んだんだよ」

 そう言った僕を、母は悲しそうな顔で見つめていた。脱力し、その場に崩れ落ちてしまった母に、手を差し伸べようかと思ったけれど、気分が乗らなかったのでやめておいた。

 そうして、学校に行き、クラスメイトから心配され、色々と話を聞かれ、その都度僕はありのままを伝える。僕は死んだと言えば、みな顔を顰めて、そうなのかと、言う。

 やはり秋山も、同じような質問を僕に浴びせてきたが、僕も同じような答えを返す。

 しかし、他のやつらとは違い、秋山は妙に嬉しそうな顔をしていた。

「立花はもう、変わったんだな。俺は安心したよ」

「変わった? 僕は死んだんだよ」

「そうだな。もう昔のお前は死んだ。ああ、そうだよ」

「うん。そういうこと」

 その日が終わり、翌日を迎え、また終わり、迎えと繰り返し、あっという間に時は過ぎる。秋山は常に僕と一緒にいるようになり、しかし僕も、それを拒んだりはしない。

 高校一年。高校二年。高校三年。もう、卒業だった。

 大学に行くことが、母への最高の親孝行だと、担任に言われていた僕は、それならばと思い、適当な大学を受験し、そして合格した。

 これでもう、僕の役目は終わったと思った。親孝行が出来たのであれば、後は死ぬだけであろう。しかし、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、母が、成人するまで元気にいてくれと言ってきたので、僕は二十歳で死ぬことを決意した。

 十八を過ぎ、十九が過ぎ、そして、二十歳になった。

 僕は――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ