立花京介からの手紙
彼とは長い付き合いだ。朝昼という、明るい時分には顔を出さず、みなが寝静まる深い闇夜にひょっこりとあらわれる。そんな彼の名は絶望と言う。
顔の広い僕には、絶望の他にも色々と知り合いがいる。
人知れず流した涙を、隣で優しく見届けてくれる彼の名は後悔。右にも左にも前に後ろにも進めなくなった僕を、そっと抱き締めてくれる彼の名は挫折。やり場のない感情のはけ口となってくれる彼の名は憎悪。混沌とした思考を整理してくれる彼の名は苦悩。
いかなものだろう。
僕にはこれほど多くの知り合いがいるのだ。いや――知り合いと呼ぶのではいささか物足りない。彼らは僕の親友だ。彼らは僕の恋人だ。彼らは僕の家族だ。
僕ほど恵まれた人間はこの世にいない。
しかし羨まないで欲しい。
何故なら君のそばにもいるのだから。
君はまだ気づいていないだけさ。
ためしに呼んでみたらどうだ。
おい、そこにいるんだろうと、そう呼びかけてみるといいさ。
恐らくすぐに、返事が聞こえて来るはずだ。
やあ、会いたかったよと、そう言ってくれるだろう。
だからどうか、僕のことは羨まないでおくれ。
さあ、もう君は決心することが出来たのではないだろうか。
甘い言葉でそそのかす希望。決して終わることのない杞憂。先の見えない夢。中身のない愛情。中毒性の高い快楽。そんなものとはお別れをした方が良い。
今すぐに君は、こんな輩とは決別するべきだ。
ほら、君を手招きしているじゃないか。
絶望は、後悔は、挫折は、憎悪は、苦悩は、君を裏切ったりはしない。
彼らはいつだって優しく微笑みかけてくれるだろう。
この世界は、君が思っている以上に優しいのだ。
だからもう、感情という名の仮面はつけなくていい。
楽しくもないことで笑わなくて済む。怒りたくもないことで怒らなくても済む。悲しむ必要も喜ぶ必要もなくなる。こんなにも素晴らしいことは他にない。
君はただ奥歯を噛みしめて、苦い顔をしていれさえすればいいのだ。
君の元から立ち去る人間はきっと多いだろう。
けれど、君は一人ではないさ。
まわりを見てごらん。
手を差し伸べてくれる彼らの姿が見えるはずだ。
不幸とは無縁の世界へと、君を誘ってくれているのさ。
ああ、もう時間だ。覚悟はいいね? 僕と一緒に、旅立とうじゃないか。




