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ヴィアルタ・ローリア

作者: 水瀬火ノ

 これはある島国に暮らす、少女の物語……。


 心地よい冷たさの波がくるぶしの辺りを流れてゆく。真っ白な泡がシュワシュワと爽やかな音を立てて、足元の砂に溶けていく。やわらかな風に乗って運ばれてくる潮の香りが鼻をくすぐる。夕凪の海はとても穏やかで、茜色の夕焼けで染め上げられた水面は鏡のように空を映している。私はまぶたを閉じて、澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込む。こうして素足になって波打ち際で目を閉じると、自分も寄せては返す波の一部になったような気分になる。しばらくそのまま波の音を聞いていると、後ろの方から砂を踏む足音が聞こえてきた。ハッと我に返り、私は後ろを振り返った。

「おーい、アリアー!」

 ほどよく日に焼けた肌にパレオを纏った友人二人が、手を振りながら渚を歩いてくる。大きく手を振るララの後ろから、シャナがゆったりとついてくる。私は水平線に背を向けて、二人に手を振り返すと、砂浜に上がって脱ぎ捨てていたビーチサンダルを履き直した。

「どうアリア、いい貝殻は見つかった?」

「見つけたには見つけたんだけど……」

 握っていた右手を開いて、二人に親指大の貝殻を見せる。桜色の貝殻に、星型の白い斑点模様がついている。

「えー、アリアちゃん。そんなちっちゃな貝殻じゃ今夜のお祭りで巫女様からお酒貰えないよー。」

「だよね。あはは……まいったなぁ」

 このアルタ島で今夜行われる例大祭では、成人した者がアルタ貝の貝殻を持っていくと、巫女様たちが無料で神酒を振舞ってくれる。これはこの島の古くからの風習で、18歳になって成人を迎えた者は、自分で拾った貝殻をさかづきに、神酒を飲むことで成人した事を祝う。今年で晴れて成人を迎えた私達三人は今夜一緒に酒を飲み交わそうと話をしていた所なのだが、私はいくら探しても気に入った模様のアルタ貝が見つからない。この島の名前の由来にもなっているアルタ貝は、一つ一つの模様が異なっていて同じ模様の物は二つとない。あるとすれば、世界にただ一つ。同じ二枚貝の片割れだけだ。

「二人はもう見つけたの?」

「アタシは島の反対側の浜辺で拾ったんだ。コレ、ハート柄っぽくて可愛いっしょ」

「わたしは、実は何年か前に拾ったヤツをこの日のために取っておいてたんだー。水玉模様になってて凄く気に入ってるんだよね」

 二人はそれぞれのポーチから、手の平に丁度おさまる位の大きさの貝殻を取り出した。綺麗に洗われた殻の内側が、夕陽の光を浴びて真珠色に輝く。嬉しそうに顔をほころばせる二人を見て、私は羨ましさがこみ上げてくる。

「ねぇ知ってるー?わたしのママが言ってたんだけど、同じ模様のアルタ貝を拾った男女は永遠に結ばれるんだって。パパと結婚したのもそれがきっかけなんだって」

「ロマンチックすぎてアタシには縁のなさそうな話だね。ってかそれ、わざわざ別々にバラけたの拾ってこなくても、元々くっついてるのを半分こすればよくない?」

「えー、それじゃあ運命的じゃないよー」

 おっとりした口調でシャナが口を尖らせる中、ララが悪戯っぽい視線を私に向けた。

「アリアはどうなのさ、お隣さんのガロアとはどんなカンケーなの?」

「えっ、私!?ガロアとはただの幼馴染だしっ、別になんにもないよ!」

「アリアちゃん、顔真っ赤だよ」

「ええっ、ウソ!?ちがうのこれは、ちがうくて……うぅ」

 胸の内をキレイに打ち抜かれたような気がして、顔から火が出そうなほどに熱くほ照っている。ララが私をからかうのはいつものことだが、シャナまでもがクスクスと笑っている。何か言い訳をしよう考えるけど、頭の中に思い浮かぶのはガロアの顔ばかりで、脳裏から追い出そうとすればするほど、より鮮明に思い出してしまう。子供の頃に、しょっちゅうお互いの家で寝泊りしたこと。二人で山の頂上までどちらが先に辿り着けるか競争したり、海で泳ぎの競争をしたりしたこと。そう、昔のガロアは私より背が小さくて、泣き虫だった。競争をすればいつも私の勝ちで、ガロアはいつも負けだった。そのうち私たちは学校に通うようになった。小さな島国だから年が近い子は6人しかいなかったけれど、友達の輪が広がった。その頃は男女関係なく一緒に遊んだし、ガロアも一緒だった。そしてそのうち成長期になると、私たちは異性をなんとなく意識するようになった。私たちの関係性は少しずつ変わっていった。自然と、女子は女子のグループ、男子は男子のグループでつるむ時間が増えていった。別に、皆で過ごす時間が無くなったワケじゃない。ただ、女子だけの時間と、男子だけの時間が出来ただけだ。その頃になるとガロアの身長はグングン伸びて、すぐに私を追い越してしまった。と同時に、ガロアは漁師をしているガロアのお父さんの手伝いをするようになった。学校が休みの日は毎日、漁を手伝っているらしい。始めて一年もすると、ガロアは日に焼けた褐色の肌と、肉体労働で鍛えられた筋肉質な身体になっていた。そんな風に、私がララとシャナと一緒にいる時間が増え、ガロアも彼なりの生活をするようになると、だんだん話す機会も減っていった。私は時々不安になる。ララとシャナと三人で話していて男の子の話題になった時。ララは、ガロアの事をどんな風に見ているのだろうか?シャナは、ガロアの事をどう思っているのだろうか?そして、ガロアは私の事をどう思っているのだろうか。ただの幼馴染?それとも……。そもそもガロアに好きな女の子がいるのだろうか。いるとしたら相手は誰?ララ?シャナ?それとも……私?それとも、それ以外の誰か?ぐるぐると渦を巻く思考の螺旋に、頭がパンクしそうになる。ふと、顔を上げるとララとシャナが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。知らぬ間に頭を抱え込んでいた両手を下げる。思い返してみれば、私は数十秒間、ひたすら考えに没頭していたようだ。一度は治まったはずの気恥ずかしさが、またこみ上げてくる。

「これは相当な重症みたいだねぇ、ララちゃん」

「そうだねシャナ。将来医者を目指してるアタシに言わせれば、荒療治が必要だね」

 にんまりとして顔を見合わせる二人を見て、私はひたすらに悪い予感しかしないのだった。


 今夜の例大祭、通称『海祭り(ニアニ・シャノーレ)』は、あらゆる水の恵みをもたらしてくれる海神様への感謝と、これから一年の安全と大漁を願うお祭りなのだ。祭りは、島の東側の大きな入り江で取リ行われる。この入り江は、神様の産まれた場所と言い伝えられており、入り江の中央辺りに隆起した小島が『神のヘソ』と呼ばれている。そして、その奥に海水の出入り口となる岩のアーチがある。海原からやってくる神様の出入り口になっていると言われ、『門』と言うと教えられた。木々に囲まれた入り江の砂浜は三日月の形になっていて、水面には沢山の灯篭が浮かべられている。いつもはひとけのない神域だが、今夜は島中の人々でワイワイと溢れ、明るくライトアップされている。行き交う家族連れや、テントの下で飲み食いする人たちを眺める私は、絢爛なお祭りムードの中ぽつんと一人で突っ立っていた。

「どうしてこんなことに……」

 なにやら作戦がありげなララとシャナだったが、何をするかと思えば、なんと男子たちも一緒にと話を持ち出したのだった。入り江で待ち合わせる約束にしたが、ガロアだけはお父さんの手伝いが残っているらしく、遅れて来るそうだった。それを聞いてララとシャナは

「むしろ好都合よ!」

 と笑い飛ばしていた。そのまま皆で屋台を見て回ったりした。屋台を一周して最初の場所に戻ってきた所で、ララが口にした言葉を聞いた私は稲妻に打たれたような気分だった。

「アタシたちは巫女様の所にお酒いただきに行くから、アリアはここでガロアを待っててね。あ、因みにこの後は自由行動ね!」

「えーーーっ!?」

 動転している私を尻目に、クラスメイトたちは口々に激励の言葉を残して人波に入っていった。


 以上の出来事を持って現在に至るのだが。

「どうしよう、どうしよう。二人っきりなんて絶対無理だよ!私服ダサくないかな、お化粧崩れてないかな、髪型変になってないかな」

 まごつく手でポーチを漁り、手鏡を引っ張り出す。心臓が早鐘を打っている。緊張して手が震える。んー、前髪の分け目はもうちょっとこっちの方がいいかな……。いや、もうちょっと、うーん。こんな感じかな?でももう少し……

「 アリア 」

「ひゃいっ!?」

 驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。首にかかった貝殻のペンダントが白く光っている。目線を上げると目の前にガロアがいた。私は慌てて手鏡をしまう。

「悪いな、親父の片付けを手伝っていたら遅くなった。ところで皆は?」

「ララたちは、お酒飲みに行っちゃった」

「それでどうしてアリアだけ置いていったんだ」

「私は、貝殻を持ってなくて……」

「なんだそれ、まあ俺も今年で成人なの忘れてて持ってないんだけどな」

「なーにそれ」

 自然と笑みがこぼれた。あんなに緊張していたのに、なーんだ案外いけるじゃないか私。

「どうする?皆と合流する?」

「酔っぱらいの相手はゴメンだ。二人で回ろう」

 胸がドキンと高鳴る。「二人で」という響きが激しく私の心を揺さぶった。と共に、昔の関係に戻ったような懐かしさを感じた。私は出来るだけ平静を装いながら、うん、と頷いて彼の横に並んで歩いた。これって、周りからはカップルに見えたりするのかな?……って、ダメだダメだ、平常心!平常心!私は、雑念を振り払うとガロアの方を向いた。

「そういえば、今年は花火を打ち上げるらしいよ」

「ああ、確かに。小島の上で準備しているのが見えるな」

「どこか、落ち着いて見られる所探そうよ」

「……待て、それならいい場所を知ってる」

「えっ?」

「こっちだ」

「え、ちょっと!?」

 ガロアがいきなり私の手を掴むと、そのまま走り出した。

「待って待って!」

「急ぐぞ、もうすぐ花火が始まる。とっておきの場所があるんだ」

 楽しそうに声を弾ませるガロアの手に引かれるままに、私は必死で走った。長い人並みを掻き分けると、そのまま林へ踏み込んだ。離れてしまわないように、大きな手をギュッと握り返した。林は急な坂になっていて大変だったが、すぐに抜ける事が出来て一気に視界が開けた。

「…………わぁー……」

「あの真ん中辺りまで行こう。足場に気をつけろよ。……よし、この辺に座ろう」

 ゴツゴツした岩の上に腰を下ろす。私たちは入り江の反対側まで来ていた。下からは波のうねりが聞こえてくる。ここからなら島全体をグルリと一望できる。入り江の水面を漂う灯篭が星のように煌いていて、その周りの浜辺に集まる大勢の人たちが遠くに見える。

「ここは神様の通る『門』、アーチの上だ」

 ちょうどその時、花火の合図が鳴った。浜辺の方で歓声が上がって、すぐさま中央の小島から、一筋の火花が上がる。一瞬の間を置いて、爆発音と共に濃紺の空に七色の花が咲く。視界いっぱいに火花が広がった瞬間、胸の奥から熱い何かがこみ上げてきた。その花火を私は世界で一番綺麗な花火だと思った。世界で一番大切な人と一緒に見ているからだろうか。彼との時間を独り占めしているからだろうか。ふと横を見ると、ガロアの瞳に花火がキラキラと映っているのが見えた。とても騒がしいはずなのに、私の耳には一切何も聞こえてこなくて、ゆったりと微笑みながら花火を眺めるガロアだけがそこに感じられた。心臓の鼓動と合わせるよに花火が一つ、また一つと打ち上げられていく。まるで時間が止まってしまったみたいに、私はまばたき一つも出来ずにいた。そんな私の視線に気付いたガロアが、こちらを振り向いた。そのとき私はハッと我に返った。ガロアの首元にかけられた貝殻のペンダントに目線が止まる。その模様、見覚えがある。

「ねぇ、そのペンダント……」

「ああこれ?初めて漁に出た時、網に引っかかってたんだ。アルタ貝のお守り。桜色の貝殻でさ、」

「星型の白い斑点模様」

「そうそれ。アリア、何でそんなこと知ってるんだ?」

「……これ」

「俺が持ってるのと同じ模様じゃないか。こんな奇跡みたいなこともあるんだな!」

 砂浜でシャナが話していたことを思い出す。

『同じ模様のアルタ貝を拾った男女は永遠に結ばれるんだって』

 そんな言い伝えを、声に出さずに心の中で唱えてみたら、なんだか可笑しいような、恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになった。

「なんかさ、こうやって二人でいるのって久しぶりだよね」

「そうだな、子供の時以来だ」

「だよねー」

「なに笑ってるんだよ、アリア」

「ふふっ、何でもない。ただちょっと、ガロアは変わったなーって」

「?……どこが?」

「んー、昔よりカッコよくなったかなって」

「なんだよそれ。…………俺もさ、アリアも昔と変わったなって思うよ」

「どこが?」

「なんて言うかさ、………………その…………綺麗になった……」

「なに?聞こえない。もう一回言って?」

「はぁ!?絶対ヤダ!」

「嘘ウソ。……ありがと」

「聞こえてたのかよ!」

「あははは」

「……なぁ、アリア」

「ん?」

「来年もまたここで一緒に見ないか?二人でさ」

「うん、分かった。約束」

「ああ、約束だ」

 二人で指切りを交わす。変わるもの、変わらないものは沢山ある。私達は少しづつ大人になっていくし、この島だって次第に変化していく。今日の出来事で私とガロアの距離はまたちょっと近くなった気がする。いつかは告白して、恋人になって、お嫁さんになれるのかな。なれるといいなぁ。1年後の私は、10年後の私はガロアの事をどう思っているのだろう。わからない。だけどいつまでもこの気持ちだけは変わることなく、私はずっとずっとガロアの傍に寄り添っていたいと思う。


 花火は次々打ち上げられていき、人々の大騒ぎもまだまだ絶好調だ。今宵、祭りの勢いは未だ弱まる事を知らない。

奇跡的に読んで下さった方、ありがとうございます。

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