第1章 閉ざしたドア ☆笑わない
「心から笑いたい。」私はずっと思ってた。だけど私が心から笑うと、周りの人が私の前から姿を消してしまう。だから私は・・・「笑わない」。
侑依5歳-。母親とデパートへ行った帰り道…。右手に風船、左手に母親の手。風船をもらったのが嬉しくて心から笑っていた時、不幸は起きた。
「あっ風船!」私の手から逃げる様に飛んだ風船を見て母親が、
「ちょっと待っててね。」と言って私の手を離して風船を追いかけた。その直後たっだ。キィーッ激しいブレーキの音がした。小さいながら私は嫌な予感がした。恐る恐るその方向を見ると、私の風船を持った見慣れた洋服姿の女の人が道路に横たわっていた。あの時、母親の手をつかめなかった私に、私は後悔してる…。
「ママーッ!」私の風船を追いかけ赤信号の交差点に進入した母親は車にはねられ、病院に運ばれた直後この世を去った。それ以来、私は風船が嫌いになった。
侑依8歳-。父親と久々の遊園地。父親に肩車をしてもらって笑ってる時に事件は起きた。
「パパ平気?侑依、重くなぁい?」
「侑依位、パパは簡単に肩車でるぞ!」
「そっか!パパだもんね♪」その時だった。
「う゛。侑依、パパちょっと疲れたから休んでもいいか?」
「うんっ。パパ、大丈夫?」
「大っ…丈夫。ハァハァ」父親は私を降ろしたら、地面にしゃがみ込んでしまった。
「パパッ?パパッ?!」明らかに疲れただけじゃないと私は悟った。
「うっ!侑…依っご、めん…なぁ…。パパッ侑依を1人にしちゃうみたいだ…。」
「いやっいやっ!パパッ?!しっかりして?!」
「う゛うぅ…ごめん…なぁ…。」父親はそのまま倒れた。
「パパ?!パパ?!…パパぁぁぁー!」救急車はすぐに来たが、病院へ行く途中、息をひきとった。病名心筋梗塞、くも膜下出血。いくら子供とはいえ当時20㎏近くあった私を持ち上げた時は重かったであろう。その拍子で血管が切れたんだとか…。その後、祖父母に引き取られた私は、もう誰も不幸にしないようにと…
ー笑わなくなった。この時、私は9歳になろうとしていた。この時から、無口、無表情、無感情…そして笑わない私ができ上がった。私が笑わなくなってから、誰も不幸になる事はなかった。祖父母も元気に生きて、おととし…私が12歳の時に老衰で亡くなった。親戚が見つからない私は、以前両親と暮らしてた我が家に戻り、1人暮らしを始めた。この時、私は中学入学を控えた12歳だった。中学に入学しても、無口 無表情 無感情は続いた。別に友達もいなかったから無口を続けても何の必要もないけど、それでも私は続けた。「私が何もしなければ、誰も不幸にならない。」ずっとそう思っていたから。いよいよクラスに居辛くなって、学校に行くのをやめようかと悩んでいた13歳の秋-。私は先生から1枚のメモをもらった。そこには「困っているんだったら、相談室に行きなさい。無理してクラスに来る必要はない。」と書いてあった。私は正直驚いた。先生はこの半年間ずっと私を見てくれてたんだ…。とりあえず私は相談室に行く事にした。
「何があったの?」と穏やかな表情で先生は迎えてくれた。
「・・・・・。」私は話せないからしばらく無言のまま突っ立っていると
「まぁ、とりあえず座ってお茶でも飲んで?」と言って私をいすに誘導した。渡されたココアを飲んでると穏やかな表情のまま先生が言った。
「無理に話せとは言わないけど、ここに来た理由だけでも教えてくれないかな?話せないんだったら、この紙で私と会話しましょう?」私は差し出された紙を受け取って、バックの中の筆箱からシャーペンを1本、取り出した。書こうと思って紙を見た瞬間、ハッとした。柄が風船柄だったから。私は紙をひっくり返して裏面に、「違う紙、ありますか?風船柄じゃないやつがいいです。」と書いて先生に出した。
「あっゴメンね!すぐ用意するから待っててね。」と言って席を立った先生を見てホッとした。
「はい。どうぞ。」すぐに出された違う紙はウサギの柄だった。私は再びシャーペンを手に取り、書き出した。「先生に困ってるなら相談室に行きなさいって言われたから来ました。」
「何で困ってるの?」先生は私に聞いた。「クラスに居辛いんです。」
「そうなのね。とりあえず、今年度いっぱいここ(相談室)に通いましょうか。それでしばらく様子を見ましょう。」すぐに答えを出してくれた。そして私は紙をとらずに1回、コクンと頷いてみせた。
「じゃあ今から手続きをするわね。」と言ってまた席を立ち何枚かの書類を持って帰ってきた。書類を私の前にバッと広げ説明を始めた。
「えーっとまず、これは自分で書いてね。あと…これは親御さんに書いてもらってね。」先生には親がいない事を話してなかった。私は再びシャーペンを手に取り書きだした。「これも自分で書いちゃいけませんか?」先生はハッと顔を上げて
「何で?」と私に聞いた。「親がいないんです」私は迷わずそう書いた。
「どうして、亡くなったの?」私が…私のせいで…お父さんと、お母さんが…。あの時の記憶が蘇ってくる。けたたましいブレーキの音、鳴り響くサイレン、私の叫び声、そして…お父さんの最期の言葉。「…ごめん…なぁ。」私が…私が笑ったせいで、お父さんとお母さんを死なせてしまった…。私がいけないんだ…。私が…私が!殺してしまったんだ…!そう思った時にはもう時既に遅し…。私の頬に何か温かいもが零れ落ちていた。私…何年かぶりに人前で泣いた。人に自分の感情を伝えた。今日だけ、甘えさせてもらおう…。先生の方を見ると優しい顔で私に近づいてきた。そして、ふわりと私を抱き締めた。先生は私の心を悟ってくれた。
「お父ぉさぁぁん!…ヒッおっ母ぁさぁぁん!…ごっめんなさい…ヒック」先生の腕の中で私は喋った。
「ごめんね?辛かったでしょうね…私があんな事、聞いたから…もうっ何も聞かないから…安心して…」
そう言った先生は涙を流しながら私の頭を撫で、強く、強く抱き締めた。
この日、私は人の愛情と言うものを久々に感じ、思い出した。愛情ってこんなに温かかったんだ…。
多分私は、この人を不幸にしてしまうだろう・・・。
そう思ったのは、私が大切な人を失う悲しみを知っていたから・・・。