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決戦は金曜日

 目が覚めると、いつもと同じ朝だった。


 朝日は眩しく、今日の日が快晴であることを告げていた。いい天気だ。こんな日は、少しだけ体が軽くなったような気分になる。今日が普通の日であったのならば・・・。身体はいつもより何倍か重い。自分がこうなるように仕組んだことだとはいえ、正直やらなくていいのならやらない道を俺は歩むだろう。


 はぁ。今更ながら俺はなんて意気地のない人間なのだろうか。一度やると決めてここまで来たのだ。覚悟を決めてやり切ろう。別の道もあったのかもしれないが、俺はこの道を選んだのだ。最善とは思わないが、俺の中で悪くないエンディングが迎えられるような道を選んだつもりだ。じゃあこの道を最後まで歩き切ろう。


 時計を見るともう結構いい時間だった。さて、そこらへんに寝ている三人組を起こすとするか。


「おい!そろそろ起きろ、遅刻するぞ」


 と、まぁ結構声を張ったかな。三人とも実に眠そうだった。が、意外にみんな寝起きがいいほうらしく、これ以上目覚ましじみたマネはする必要がなかった。それから全員で朝食の支度をした。朝食は二十分くらいで終わった。朝食の間、なかなか賑やかだったが、会話の内容はあまり覚えていない。そんなに重要な話ではなかったと思うね。


 起きた時間はいつもどおりだったが、朝食が終わってみるといつもより時間が余った。することもなかったから今日はちょいと早いが学校に向かうことにした。


「俺はもう行くが、お前たちはどうする?」

「えっ!じゃ、じゃあ私も行きます。もうちょっと待っててください」

「麻生。お前は?」

「んー。じゃあ俺も一緒に出るよ」

「分かった」


 正直こう言うと思っていた。俺たちはしばらく岩崎の支度を待っていた。五分ほどしたら、支度ができたらしく、俺たちはいつもより三十分早く出発した。


「あ!俺忘れ物したわ。一回自分の家に行かなきゃ。悪いが先行っててくれ!」


 家を出てしばらくすると麻生がこう言って、来た道を戻っていった。


 麻生がいなくなってから、おそらく一、二分だったと思う、俺たちは黙りこくっていた。そして暗くなっていく二人の周りの空気を振り払うかのように岩崎が静かに口を開いた。


「実は私、密かに皆勤賞狙っていたんですよね。小学校から欠席はおろか、早退も遅刻もしたことなかったんですよ」

「それは奇遇だな。実は俺もだ。あと、麻生もだ」


 正直俺はそれほどこだわっていない。ただ学校に行くことが習慣になっているから面倒だからと言う理由で休もうとは思わないし、風邪や病気には小さいときからあまりかかったことない。だから毎日欠かさず行っているだけだ。


 まぁ麻生のほうは分からないが。


「あーあ。まだ高校に入ってから半年しか経っていないのにこんなところで記録が途切れてしまうのは不本意です」

「俺は別に強制してないぞ。行きたくないなら付いて来なくてもいい」


 これは俺の本音だった。これは俺が考えたことなんだ。俺が決めた道だ。だから他人まで巻き込む気は毛頭ない。ましてや、仲間、友人を裏切る行為なのだから・・・。


「あれ?すねているんですか?」


 岩崎はからかうように俺の顔を覗き込んできた。俺は鏡を持っていないから、そのとき どんな顔をしていたのか、分からなかったが、岩崎は可笑しそうにくすくす笑った。

「大丈夫ですよ、ちゃんと付いて行きますから。皆勤賞と比べられないほど重要なことです。まぁだから不本意なんですけどね」


 変なやつではあるが、岩崎は結構冷静な考えをする。

「元気出して行きましょう!!では、しゅっぱーつ!」




 麻生が忘れ物をとりに行くと言っていなくなってから、約三十分が経過した。今から急いで学校に向かえばぎりぎり間に合うだろう。しかし俺も岩崎もそんなことはしない。というか思いつきもしなかったね。まだやるべきことが残りまくっている。それを片付けるまで俺はここを動くつもりはなかった。


 今俺たちがいるところには麻生と笹倉もいた。だが、向こうは俺たちに気づいていない。周りをきょろきょろ見渡しているのは後ろめたさの現れだろう。


「ここまで予定通りですが、これからどうしますか?」


 俺たちは、一旦家に向かった麻生を尾行していた。麻生は俺たちに言ったことと違って、俺の家に帰っていった。それから数分後に笹倉と一緒に外に出てきたのだ。そして歩き続けて二十分、今に至るというわけだ。


 麻生たちは目的地に着いたらしく、俺たちの作戦の第一段階はすでに成功したと言える。 問題はこれからだ。


「しばらく様子を見る。二人が中に入っていったら、突撃だ」


 麻生と笹倉は、倉庫らしきものの前にいる。ここは寂れた資材置き場のようなところだった。そんなところに人影を見つけるのは不可能に近く、何かを隠すにうってつけの場所に思える。朝倉にとってもそれがここを選んだ最大の要因だろう。


 二人のほうになにやら動きがあった。どうやら周りに人がいないことを確信したらしく、倉庫の鍵を開錠したようだ。二人はもう一度周りをぐるりと見渡して中に入っていった。


「入りましたね」

「ああ」


 岩崎の言葉には緊張の色がはっきり浮かんでいた。確かにこの場は何か特殊な空気によって満たされているような、そんな雰囲気をかもし出している。おそらくは俺たちだけなのだろう。しかしここで立ち止まっているわけには行かない。


「行くぞ」

「はい」


 例の倉庫に向かって歩き出した。


 制服のポケットに突っ込んだ両手には通常じゃ考えられないくらい汗ばんでいた。どうやら俺もまだ緊張できるらしい。


 ここ最近緊張した記憶がないせいか、すっかり忘れていた。緊張することはこんなにも気持ちの悪いものだったことを。


 ものすごい勢いで寿命が縮んでいるような気がする。改めて確認。俺はこういう状況が大嫌いだ。そういえば以前こんなものすごい緊張を体験した覚えがある。確かあれは小学生のとき、一人でアメリカの町を歩き回ったときだ。あれは迷子になってそれどころではなかったが、アメリカ人に話しかけるのにはいささか肝を冷やした記憶がある。


 そんなことを考えているうちに倉庫まであと数メートルのところまで来ていた。いったい俺は何を考えているんだ、こんなときに。いや、こんなことを考えられるくらいには落ち着いている、ということになるのか?


 ふとそのとき、俺の右腕に羽毛のようにやんわりとした力が加わった。岩崎だった。岩崎が俺の制服の袖口をつかんでいた。何か壊れ物を扱うようなやさしい手つきで・・・。


 表情こそ真剣な顔つきで覚悟を決めているようだが、明らかに青ざめているし、口は真一文字のまま開こうとしない。いつ貧血で倒れてもおかしくないような顔をしていた。これが真夏の朝礼だったら間違いなく退場を宣告されているはずだ。そんな岩崎を見て改めて俺は思った。


 ああ、こいつも怖いんだな、緊張しているんだな、と。それなのに必死にそれを隠そうとしている。俺の邪魔だけはしないように必死でこらえている。こいつは俺なんかよりずっと心が強い。顔が青ざめるほどの恐怖を理性で押さえ込もうとしている。そんな岩崎を見ていると俺は緊張が一気に解けた。恐怖が消え失せた。


 そして代わりに覚悟ができた。さあ、この一週間を終わらせよう。


 俺はさっき二人が中に入っていった倉庫の扉に手をかけた。


 そして俺はさっきと同じセリフを岩崎にもう一度言った。


「行くぞ。覚悟はいいな」

「はい!」


 岩崎もさっきと同じ返事をした。だが、さっきと違ってその返事には力があった。


 岩崎の返答を確認した俺は勢いよく扉を開いた。そこには驚いて開いた口がふさがらないような雰囲気の笹倉と麻生、そしてもう一人見知らぬ女性がいた。


「よお、ご両人。こんなところで会うなんて奇遇だな。学校サボって何してんだ?」


 俺はなるべく軽いセリフを吐いてみた。驚いたことに口調も軽くなっていた。そこには緊張や恐れなんてものは一切なく、本当に、学校サボっている友人を冗談交じりに正している、なんて感じの口調だった。


 一方麻生たちは未だ状況が理解できていないらしく、開いた口からまだ何も言葉を発せずにいた。


「よお、麻生。忘れ物は自分の家じゃなくてこんなところにあるのか?」

「成瀬!お前らここで何をしているんだ?」


 二言目の俺の言葉にようやく反応をした麻生だが、頭は冷静になっていたようで、例の見知らぬ女性を自分の体で隠しながら奥の部屋へ誘導していた。


「お前らこそ、いったい自分たちが何をしているのか分かっているのか?」


 この言葉に笹倉がビクッと小さく反応した。


「麻生、お前は馬鹿だからきっと意味も分からず笹倉の手助けをしているんだろ?だから俺はお前らに今の状況を丁寧に教えてやる。そのためにここに来たんだ」

「なんのことだ?」

「今の人、笹倉の母親だろ?」

「・・・っ!」


 必死で動揺を隠しているようだ。言葉こそ出なかったが表情に変化はなかった。だが俺にはその微妙な変化と言えないような変化で十分だった。


「麻生。俺たちは長い付き合いだからな。お前の嘘なんか簡単に見抜ける。お前の考えはお見通しなんだよ。今のとぼけたセリフも、さっきの忘れ物も、本当は笹倉は記憶を取り戻していることも、な」


 今度はまったくリアクションがなかった。だが、俺は話を続けた。


「実際に記憶を取り戻したのは水曜か。帰ってきたときお前は、いや、お前たちは少しおかしかったからな」


 俺の話を聞いているのかいないのか、笹倉はうつむいたまま動こうとしない。だんだん落ち着いてきたのか、麻生の方は表情がいつものようになってきている。こいつがここまで冷静なやつだとは思わなかった。


「成瀬。お前は何を言ってるんだ?笹倉さんはまだ記憶を取り戻していないし、笹倉さんのお母さんもここにいない。まだ失踪中だって昨日お前たちが教えてくれたじゃないか。そうだったよな、岩崎。お前は昨日そう言ったよな?」


 岩崎はずっと下を向いていた。少しだけ見えていたその横顔は、普段見たことない、すごく悲しそうな顔をしていた。だが、麻生の問いかけに答えるべく、上げた顔は悲しみの色など微塵もない、いつもの強い岩崎の顔だった。


「申し訳ありません、麻生さん。確かに私は昨日そう言いましたが、あれは私たちが考えたフィクション、何の根拠もない私たちの推測に過ぎません」

「・・・。それどういうことだよ」

「言葉のままだ。昨日俺たちが持ってきた情報は全て俺たちがでっち上げた嘘っぱちの情報だ。昨日俺たちはなんの情報収集もしていない」

「どういうことだ?」


 現在の時刻九時半。もう授業が始まっている。まぁ今日は授業なんてどうでもいい。授業がどうでもよくなれば学生ってやつはただの暇人だ。時間を気にする必要もない。


「俺としてはこんな話しても意味無いと思うし、お前らの話のほうが興味あるんだが、まぁいい。名を聞くときはまず自分から、って言うしな。いいだろう、話してやるよ。昨日のことを。ちなみに逮捕状の話ももちろんうそだ。だから安心して聞け」






「今日は何を調べるんですか?」


 あっさり帰っていった麻生のさまを見ながら、岩崎はこう質問した。この質問に対して俺は実に簡潔に答えた。


「何も」

「はい?どういうことですか?」

「もう第三者からの情報収集は必要ないということだ」

「どうしてですか?まだ分からないことだらけじゃないですか!」

「情報収集の手段がない」


 俺たちが持っている以上の情報を保持しているやつらは警察だけだ。警察が一高校生である俺たちに殺人事件の調査結果をご丁寧にも教えて下さるわけがない。


「じゃあもうお手上げなんですか?私たちにできることは何もないんですか?」

「いや。俺たちには警察すら持っていない、リーサルウェポンがある」

「もしかして笹倉さんですか?」


 岩崎ははっとして言った。俺は黙ってうなずいた。


「でも笹倉さんは事件と関わっていたのかどうか分かりませんよ?」

「いや、かなり高い確率で関わっていたと思うよ」


 自分の父親であろう人物が何者かに殺され、母親は失踪。で、その二人の子供である笹倉自身は何か強いショックを受け記憶喪失に。家族全員が全く関係ない事件にしかも経った数時間のうちに巻き込まれる確率はいかほどのものか。


 普通に考えれば、母親に連れられて父親のところに行った。無論お互い顔を知っている仲なのだから何の問題なく家の中に入ることができる。それから書斎の中で言い争いになったか、計画的な犯行だったのか知らないが、そこで事件が起こり、母親は逃げ、笹倉は記憶喪失して今に至る。


「それなら麻生との約束をすっぽかしたのも説明が付くしな」

「確かにそれは言えてますけど、でも笹倉さんは事件のことはおろか、ほとんど記憶をなくしてしまっているんですよ。いったいどうするんですか?」

「もうあいつは思い出しているよ」


 岩崎は顔をしかめた。あからさまに、何を言っているんだこいつ、と言いたそうな顔である。俺はそれを無視して話を続ける。


「あいつがなぜそのことを俺たちに言わないのか、なぜ俺の家から出て行かないのか、ということだが、まぁあまり考えられる理由はないな」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!えーっとなんでそうなるんですか?理由はあるんですか?」


 調子よくしゃべっていた俺を止めて話の腰を折りやがった。


「ある時期から笹倉の態度が少し変化していただろ?」

「そうでしたか?気づきませんでしたが」

 していたんだ。あれは昨日のことだ。昨日も麻生を先に帰らせたんだ。そこには今日のような意図はない。ただ何となくだったんだが。


 俺が遅れて家に帰ると、なんとも言えない、ただいつもと違うとしか言えないのだが、二人の間に奇妙な雰囲気を感じた。それからは奇妙の連続だ。俺の質問に対して妙な表情を見せていたし、火曜まで事件に対して全然積極性を見せていなかった麻生がやる気を出していたし、笹倉は俺たちに、特に俺に対する態度がその日の朝までと全然違っていた。


「おそらく水曜の俺たちが学校にいる間に記憶が戻ったんだろう」

「さっき成瀬さんが言いましたが、もし記憶が戻ったというなら私たちに教えてくださってもいいじゃないですか」


 俺はなんでもないような風に言った。


「俺たちには教えたくなかったんじゃないか」

「どうしてですか?」


 ここから先は俺の推測になってしまうのだが、俺はおそらくこうではないかと考えている。


「笹倉の記憶が戻ったらまず何をすると思う?」

「そうですね。とりあえず家に帰るんじゃないですか?これ以上成瀬さんと二人きりでいたら危ないですから」


 突っ込むところなのかもしれないが、この際無視して話を先に進めるとしよう。しかしなんか腹が立つな。


「そうだ。まず家に帰るだろう。そうすると笹倉家には現在たくさんの警察がいる。ということは警察の質問攻めに合うだろうな」


 岩崎は、確かにそうですね、とうなずいた。しかし何かに気づいたようですぐ俺に疑問を投げかけたきた。


「だから私たちに言わないでまだ記憶喪失の振りをしているってことですね。でもそれって問題ありますよ。笹倉さんはどうやって現状を知ったんですか?実際自分の場所もよく分かっていないですし、警察の動きとかお母様の状況とかも分かっていません。もしかしたら混乱していてそれどころじゃなかったかもしれないです」


 確かにな。母親がすでに捕まっていたりしたらその配慮は全くの無意味だ。それに気が付いたら見知らぬ場所にいた、ってだけでとてつもなく混乱するだろう。だが、矛盾が出たらその矛盾点を解消するような新たな仮説を追加すればいい。


「確かにお前の疑問は正しい。つまり状況を理解しないとそんな考えは生まれない、と?」

「そうです」

「じゃあ状況を教えてくれるやつがいれば問題ないわけだ」

「そうですけど。何が言いたいんですか?」

「そんなやつがいたらどうする?」

「まさかいたんですか?」

「そういうことだ。そいつは現状だけではなく、積極的に例の事件のことを調べていて、せっせと情報と提供していたんだ。さらに俺の推測では俺らに対して黙っていることを提案したのもそいつだ」


 ここまでしゃべればもう予想が付くかもしれない。というかもう登場人物がいない。簡単に言えばここにいないやつだ。


「それってもしかして・・・」

「麻生だ」


 俺が麻生に対して帰宅を命令したのはこれからやる計画を知られないためだ。


「簡単に言うと麻生はスパイだな。笹倉は麻生にだけ記憶が戻ったことを教えていたというわけだ。俺たちはまんまと騙されていた訳だ」

「でも確かにそうだという証拠がありません!それに今考えてみれば笹倉さんは最初から記憶を失っていなかった可能性もあります」


 お前、そりゃ今更過ぎないか?


「お前は月曜日の笹倉は演技に見えたか?」

「いいえ。しかし私は水曜の二人の不思議な雰囲気にも気づいていなかったわけですから、私の意見はたいした効力を持ちません」


 でもまぁ、俺も演技には見えなかったね。それに、


「もしそうだとしたら麻生のことが説明付かない」


 俺が違和感を感じたのは笹倉だけじゃない。麻生もだ。というかまず最初におかしいと思ったのは麻生だ。


「だから成瀬さんが言ったように記憶が戻ったことを麻生さんにだけ言っていたのかも」

「笹倉が最初から記憶を失っていないなら、麻生を共犯にする利益は少ない。当初の問題点としてお前があげた現状の把握は自分でできるわけだし、もしかして麻生が口を滑らせることを考えるとあまりいい作戦ではない」

「確かにそうですねぇ。でもまだ断定するのは早いと思いますよ」

「そうだな。だから今日帰ってからトラップを仕掛けてみようと思う」

「トラップですか?」


 簡単に言うとうその情報をでっち上げる。あいつらが焦って自滅するような事件についてのうそを。多少過激な内容にすればおそらく食いついてくるだろうよ。重要なのは俺たちから話を切り出さないことだな。向こうから話を始めるように仕向けよう。気になっているはずだから、向こうから情報を仕入れようとしてくるだろう。


「事件の報告内容はこれから考えるとして、あんたがいつものようにメモとってあいつらに発表してやってくれ」

「分かりました。しかし本当に引っかかってくれるでしょうか?」

「そうさせるような面白い冗談を考えないとな」


 事件の現場とか証拠とか結構決定的なものも用意してしまえばいい。それが本当かどうかを知るすべはない。向こうは動かざるを得ないだろう。それを追跡すれば俺たちには本物の証拠が手に入る。現行犯という名の証拠がな。ということは追跡できる状況を作っていおかなきゃいけないわけだ。


「それと頼みなんだが・・・」

「まだあるんですか?今度は何です?」

「今日は俺の家に泊まっていけ」

「えっ!?泊まっていけって、成瀬さんの家にですか?」


 気のせいか、岩崎は少し顔を上気させている。


「そうだ。いやか?」

「べべ別に、いいいい嫌じゃないですけど・・・」


 そっぽを向いてそう答えた。岩崎の横顔はなぜかとても嬉しそうに、顔を真っ赤にさせたまま微笑んでいた。


「じゃあそういうことで頼む」

「でもどうしたんですか?その、泊まってくれ、なんて。なんというか、成瀬さんらしくないですね」

「そんなこと言わなくても分かるだろ」

「でも・・・。それでも言ってほしいです」


 こいつは何を言っているんだ?さっきからなんだが歯切れが悪い。奥歯になんか引っかかっているような話し方だな。まあいい。明日のためにもはっきり言っておいたほうがいいだろう。こいつは一応俺側の人間だ。これくらいのことはしてやろう。


「あいつらがトラップに引っかかれば、明日必ず何らかのアクションを起こすはずだ。決定的な証拠がない俺たちに残された道は現場を押さえることだ。そのためにあいつらがアクションを起こしたところを逃さないために少しでも長く俺の家にいてもらいたい。一番手っ取り早いのは俺の家に泊まっていかせることだ。そういう状況を作り出すには麻生だけ誘うのは不自然だし、なにより俺から泊まっていくように言うことがまず不自然だ。だからお前から泊まりたいといってもらいたいわけだ。お前が言うのが一番自然だからな」


 理由を言い終えたのに反応がない。俺は不思議に思い岩崎のほうを見ると、さっきまでの嬉しそうな顔はどこへやら、今度は顔を真っ赤にして怒っているように見える。というか、間違いなく怒っているのだろう。


「どうした?」

「どうした?じゃないですよ!何が、言わなくても分かるだろ、ですか!分かるわけないじゃないですか、そんなの!分かれって言うほうが無茶ですよ!ええ、ええ。分かってましたよ!最初からおかしいと思いましたよ!成瀬さんの口からから、泊まっていけ、なんてそんな言葉が出てくるわけないですからね!そうですよ!私が馬鹿でしたよ!でも、まじめな顔でそんなこと言われたらちょっとは期待しちゃうじゃないですか!もしかしたら、って思っちゃった私を誰が攻められましょうか!この高揚した気持ちは一体どうすればいいんですか!成瀬さんは本当に人が悪いですねー。極悪人ですねー。そうやって思わせぶりなことを言って、乙女の心を弄んで、いつも冷たくして、たまにやさしくして、さりげなくかっこいいとこ見せて!いったいあなたは何がしたいんですか!私をどうしたいんですかー!」


 ここまで息継ぎなしで一気に言い終えると、岩崎は肩で息をしていた。いったい何のことを言っているのか訳分からないが、さすがの俺も少しびびったね。はっきり言って迫力に負けた。何だが分からないが、俺が悪いらしいということは分かったし、なんだか誤りたい気持ちになった。


「まぁ別にいいですけど。成瀬さんはそういう人ですからね。知ってましたよ、ええ、ずっと前からね!」


 そういうとかばんを持って教室から出て行ってしまった。教室のドアを思いっきり閉めて。岩崎がドアを閉める際に鳴らした金属音が誰もいない校舎に響き渡っていた。あのドアは衝突部分にゴムが張ってあるから、金属音なんてしないはずなのだが、いやはや。あんな音がするんだな。


 何で怒っているのかは定かではないが、とりあえずこのままではまずいので岩崎を追いかけた。訳分からないが、俺が謝らないことには話すら聞いてくれなかったので、俺にしては珍しく熱心に頭を下げたところ、どうにか許しを得ることに成功し、事態を収拾した。


「それで、現行犯っていったい何の現行犯ですか?」

「それは俺たちが何をしたいかによるな」


 目的がなければ目指すものがない。目指すものがなければ、どこへ向かうか決めようがないからな。よって最終的な目的地を決めないことには先に進みようがない。


 さっきまでの怒りモードから打って変わって、顔をうつむかせていた。


「どうした?」

「あの、やっぱり笹倉さんのお母様は殺人を犯したのでしょうか?」

「さぁな。だが、その可能性は高いだろうな」

「そうなんですか・・・」


 しばらく下を向いて暗い表情をしていた。何を考えているのか、俺には分かるはずもない。が、俺は何となくこう口にしていた。


「やはり自首してもらうしかないな」


 岩崎は驚いたような顔でこちらを見上げた。


「罪を犯した以上、それを償わなくてはならないはずだ。きっと笹倉も笹倉の母親もそれを望んでいるのだろう。逃げてしまって引っ込みが付かなくなってしまったんだな。だから誰かが背中を押してやらなければなるまい」


 驚いたような表情から一転、いつものおせっかい全開モードのスマイルに変わって岩崎は力強くうなずいた。


「はい!私たちが背中を押してあげましょう!」




「というわけで、昨日の話しはお前たちをはめるために作られた完全フィクションだ。現場にいたであろう、笹倉は予想通りの反応を見せたし、記憶が戻っていることも確信できた。予想外のことは指紋のことだな。火傷のことなどまったく予想していなかった俺たちは、指紋が発見されたなんて情報を用いたわけだ。そして逮捕状のことを話せば十中八九動かざるを得ないと予想した」


 首尾よく全てを話し終えた俺はここで一息ついた。この話をしたところで何が変わるのか、俺には分からない。


 俺は三人の表情を見た。岩崎はこの話の当事者だ。しかしいつものおせっかいはどこへやら、口出しもせず黙って聞いていた。


 麻生は話の間、ずっと口を開けていた。文字通り、開いた口がふさがらない、ほど驚いていたのだろう。たぶん俺の話は聞いていたに違いない。笹倉に関しては俺たちが来てからずっと顔を伏せているので、どんな顔をしているのかはおろか、聞いているのかさえも分からない。黙っていても仕方がないので、俺は再び口を開いた。


「俺たちがお前らと会ったのは偶然じゃなく必然だ。お前らは俺の予想どおりうそ情報を聞いて居ても立ってもいられずにノコノコ俺たちを母親のところまで案内してくれたわけだ」


 空気は重く暗い。この空気のせいか、誰も口を開こうとしない。


「それとも俺の推測は見当違いだったか?的外れだったか?だが、そんなことはどうでもいい。俺が一番聞きたいことは笹倉の母親は殺人を犯したのか?」

「そんなこと聞いてどうする?」


 俺が聞いたのは笹倉だったが、答えたのは麻生だった。


「別にどうも。言ったろ?俺は状況を説明しに来ただけだ」

「そんなのはいらない。俺は全部分かってここにいる」

「お前が現時点で犯罪者だということも、か?」


 麻生の表情が変わった。おそらくうすうす気づいていたに違いない。が、正面きってこう言われると意味が違ってくるだろう。


「お前は知り合いが、友達がこんなに苦しんでいるのによくそんなことが言えるな!クールだとは思っていたが、ここまで冷めた奴だとは思っていなかった!」

「聞くが、ここで手助けして逃してやることが笹倉のためになるのか?笹倉の母親のためになるのか?」


 何を言っても無反応だった笹倉がこの言葉に反応し、肩をピクリと動かした。


「そんなの・・・」


 麻生は何か言おうとしたらしいのだが、何を思ったのかそのまま黙ってしまった。俺は笹倉に近づいて、笹倉に向かって言った。


「本当にこれでいいのか?お前の母親は犯した罪も償わず、こうやってこれからも隠れて暮らすような人生送らせていいのか?」


 笹倉は答えない。


「殺人って奴は口で言うのと実際にやるのでは全然違うものらしいな。ここまで人を弱らせるものらしい」


 さっきちらっと見えた笹倉の母親は驚くほど細くなり、肌が土色になっていた。


「あのやせ方は異常だ」

「何が言いたいの?そんな回りくどい言い方しないではっきり言えばいいじゃない!」


 笹倉の呼吸が荒くなっているのが分かる。必死に何かを抑えているように見える。


「なぁ、笹倉。あんたの母親はいったいなんで苦しんでいるんだ?警察に追われているからか?それとも食べるものがのどを通らないからか?違うだろ。人を、それも身近な人を殺してしまった、その罪の重さに苦しんでいるんだ。罪悪感っていうのは簡単に消えるものでもない。それが殺人によるものならなおさらだ。たいていのことは時間が解決してくれる。が、これだけは違う。それどころか時間が経つにつれて重く大きくなっていく。その重圧から逃れる方法は一つしかない。罪を償うことだ。それも強制的に、じゃない。自ら償うんだ」


 笹倉は声を出さず下を向いたままだ。手で頭を抱え、耳をふさいでいるようにも見える。


「何が言いたいの?警察からは逃げられない、だから少しでも刑を軽くするために自首しろって、こんなこと無意味だからやめろって説教しに来たの?私がそんなことしてくれって言った?もうほっといてよ」


 笹倉はわだかまりを俺にぶつけてくるように、俺を責めるように言葉を投げかけてくる。


「最初に言っただろ?俺はただ状況を説明しに来ただけだ。混乱していて周りが見えてないだろうからな」

「お母さんは悪くない!」

「でも今は苦しんでいる」

「お母さんはいつでも私を助けてくれた!だから今度は私が助ける番なの!」

「あんたの母親がそう言ったのか?」


 笹倉は答えられない。俺は続けて笹倉に問いかける


「あんたの母親に聞いたのかよ、警察に行きたくないって。捕まりたくないから助けてくれって言ってたのかよ」

「お母さんは現場から逃げたんだ。捕まりたくないと思ってるはずよ!」

「俺にはそうは見えなかったな」


 熱くなっている笹倉をよそに俺は冷静に答えた。


「さっきちらっと見たんだが、俺たちがここに来たときあんたの母親はほっとしたように見えたよ。たぶん第三者が来たことでやっと自分は罪を償えると思ったんじゃないかな」

「あんただって全部憶測じゃない!」

「そうだな」

「お母さんのことろくに知らないくせにそんなこと分かるわけないじゃない!」

「確かに分からないな。だからあとのことはあんたが決めるんだ」

「えっ?」


 俺は微笑んでみせる。


「何回も言うようだが俺は状況を確認しに来ただけだ。俺はあんたらに指図するつもりはまったくない。第一俺は無関係だ。他人の家の事情までおせっかいを焼くつもりは毛頭ない。あんたが俺の家から出て行ってくれるなら何でもいいよ」


 俺は入ってきたドアに向かいながら独り言のように言う。


「あんたが言ったとおり、俺はあんたら親子のことを何も知らない。だからあとはあんたがしたいようにすればいい。無関係な人間は立ち去るよ。せめてあんたの選んだ道が正解であるよう祈っててやるよ」


 俺はドアを開け、その場から立ち去る。俺のあとを追って岩崎が付いて来た。


「これで大丈夫ですかね?」

「さぁな。さっきも言ったが、あとは笹倉の考えることだ。俺たちにはどうにもできないよ」

「自首してくれるといいんですけど・・・」

「もうどうでもいいだろ。俺にできるのはここまでだ。それにもう終わったことだ。うだうだ考えたって仕様がない。それより腹減ったな。なんか食いに行こう」

「全く仕様がない人ですね。いざというときの自分のすごさを全然理解してないんですから」

「ああ?何ぶつぶつ言っているんだ?」

「別に何も言ってません!それよりなんであんなに笹倉さんのためにいろいろしていたんですか?変な下心があったんですか?それこそどうでもいいですけどね!」


 さっきからこいつが何を言っているのか全く分からん。俺は適当にうなずいて、歩くことに集中した。


 さて、これからどうなるのやら。俺の力でどうにかできれば一番よかったのだが、あいにく俺はそんな人並みはずれた能力を持ち合わせてはいない。まぁどうなったところで俺の知ったことじゃない。だが、やはり関わった以上、最後まで見届ける義務があるような気がする。最高の形で終われるとは少しも信じちゃいないが、せめてこれ以上あいつらが苦しまないような結末を迎えられたら、と思う。


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