ブレードヒル村
ブレードヒルの入り口は、ジジカ村のように木の柵の間に開閉できる木の柵のような門だったが、村の中の街道は石畳になっていた。
そして、街道脇の建物も石造りの2階建ての建物が多く並んでいて、本当に村なのかと思ってしまう。
石畳の道など、港町ヅルカにもなかった。
その街道を、自転車を押しながら進む。
左右には結構色々な商店が並んでいたが、商店の半分くらいはパン屋だった。
そのせいか、街道はパンの焼ける香ばしいにおいと、メイプルシロップと思われる甘いにおいが充満していた。
そんな街道をしばらく歩いて村の中心部らしい、十字路に出る。
ここで、その辺を歩いている村人らしい人に村長さんの家を聞くことにした。
声を掛けたのは小さい馬(ロバかな?)でこれまた小さな荷車を引いている麦わら帽子をかぶったオジサンだ。
彼なら間違いなく村人だろう。
そう思って村長さんの家を聞くと、
なんと、村長さんの家はこの十字路をまっすぐ山側に登って行った終点だと教えてくれた。
まあ、街道と交差した道の終点がお偉いさんの家というのは良くある話なので納得であるが、ここから見えるその家って、結構大きくて豪華なんだよな…。
本当にここ村なのか?どう見ても街だと思うのだが、基準はどうなっているのだろう。
そして、ブレードヒル村の村長さんの村長さんらしからぬ大きな家の前に到着する。
家の大きさは、ジジカ村の村長さん家の4倍くらい。しかも2階建ての石造りだ。
庭はなく、家の前は少し開けた広場的な空間があるだけだが、
家の扉は木製で取っての部分がライオンになっている…。
ひょっとしてブレードヒル村の村長さんは貴族か何かですか?
でもそんな事村長さん(ジジカ村)も弥々子さんも言ってなかったがな。
とりあえず、自転車を入り口のすぐ脇に立て掛けて、
ライオンが咥えている取っ手を扉に打ち付けてノックする。
「どなたじゃな。」
という声と共に、扉がゆっくりと開かれて中から背中が少し曲がったおじいさんが出てきた。
見た目は白髭を少し長く伸ばした好々爺って感じで、普通よりかは少し良いと思われる着物を着ていた。
「ジジカ村から参りました、颯太と言います。水車小屋の件でうかがいました。」
「おお、おお、君が水車小屋とかいう物をつくる職人かね、よくぞ来てくれた。
まあ、とりあえずおはいんなさい。」
そういって、おじいさんに連れられて、リビングと思われる所に案内された。
勧められるままに椅子に腰かけると、おじいさんは部屋を出て行った。
どうやら人を呼びに行ったらしい。
しばらくすると、おじいさんと共に豊吉さんがやって来て席に着いた。
「まず、初めまして、ブレードヒル村の村長をやってます豊太郎と言いますじゃ。息子の豊吉にはもうお会いしていましたよね。」
そう、おじいさん改めブレードヒル村の村長、豊太郎さんがきりだした。
「はい、豊吉さんにはジジカ村でお会いしまいた。」
「ふむ、では早速本題なんだが、この村にも水車小屋を造って欲しんじゃよ。
材料はこちらで用意するし、作成中はここに泊まってくれてよい。おいしいパンをいっぱい馳走するぞい。どうじゃな。」
「ええ、材料をそちらで用意していただけるのなら、何も問題ありません。
ジジカ村の村長さんにも頼まれましたし、ぜひ造らせてもらいたいと思います。」
「おお、やってくれるか。ありがとうよ。」
「いえいえ、ところで、水車小屋を造る場所なんですが、何処か良い場所はありますか?出来れば流れの速い小川か水路の側が良いのですが。」
「この家からもう少し北に行けば村を縦断する小川が流れていますじゃ。
その川沿いに造って貰えば良いと思っておりました。少しなら畑や広場、庭などを潰して貰っても構いません。
その辺りの事と、道案内を豊吉にさせましょう。儂はこれから商店組合と会合があってな。ちょっとはずせんので。」
「わかりました。では、豊吉さんお願いします。」
「はい、こちらこそ。さっそく場所探しに行きますか?」
「そうですね、場所探しは直ぐに終わると思いますので今から行きますか。」
話し合いが済むと、俺と豊吉さんは村長さんに見送られながら村長さん家の前の通りを北側に、ゼノンの街側へと進む。
家を出て直ぐに目的の小川に出た。
と言っても、家と家との隙間から川らしきものが見える程度で、とてもここに水車小屋は造れない。
そのまま豊吉さんの案内で、小川と平行に川下の方へ下っていく。
街道に出るまで1ヶ箇所木製の橋があっただけで、どこも川の側は家が並んでいた。
小川と街道の交差点は何と石橋が掛かっていた。
小さい石をアーチ状に組み合わせた物ではなく、大きい長方形の石を無理やり組み合わせたような無骨な橋だったが、石橋は石橋だ。その石橋から川の上流と下流を眺める。
上流側は家で両側を固められていて、所々に採水や洗濯などが出来るようにか、小さな桟橋のようなものが作られていた。
水車小屋を造るとしたらこの桟橋のような物を壊すしかなさそうだが、さすがにそれは無理だろ。
下流側も似たようなもので、こちらは途中から村を出て畑の中を流れているのが分かった。
「川の流れは申し分ないですが、川の両側は家で埋まってますね。」
「ええ、川の周辺は人気が高く、真っ先に家々が建ち並んだと聞いています。
特に、この街道と川との交差部分はこの村で一番の人気で、この四軒店はいずれもこの村で一番を競うパン屋なんですよ。」
と、豊吉さんが教えてくれる。
たしかにこの四軒は、石造りの三階建てというかなり立派な建物で、美味しそうなパンの匂いが充満している。
此処にいてもなんなので、再び川の下流に向かって歩き出す。
しばらくすると家が急になくなって、視界が開けた。
村と畑との境界に来たようだ。
柵とかはなく、少し急な土手の様なものを下ると直ぐに畑が広がっていた。
畑のあぜ道を歩いて川のすぐ側に行く。
川の流れは村の中ではある程度早かったが、この畑部分に到達するとゆっくりしたものに変わっていた。
良く見ると、村全体が緩やかな山裾に造られている様で、家々が傾斜地に立っているのが分かった。
その証拠に、此処からでも村長さんの家の屋根が見える。
そして、畑は平地に造られているようで、視界いっぱいに畑が広がっていた。
さすがは国で一、二を争う穀倉地帯。
しかし、綺麗に整地された畑は所々に水路が通っていたが、基本四角形で隙間なく並んでいて、とても水車小屋を造れるようなスペースがなかった。
しかも、此処まで結構な速さのあった小川は平地になったためにゆっくりとしたものに変わっている。
これでは水車を大きくしなければ大きな力は得られないだろう。
仕方なしに村の入り口まで戻って、何処か水車小屋を建てれる位のスペースがないか川上の方を覗いていると、ふと気が付いた。
此処に水車小屋を建てればいいのではと。
今いる場所は、村と畑との境界部分。
広さは5m程の土手の様な傾斜地で、畑から村までだいたい1m位登っている。
けっこうな傾斜度だが、黄色魔法を使えば整地は難しくないだろう。
しかも、ここなら畑で採れた麦を直ぐに持ち込めるし、できた小麦も村に運び込むのも楽だ。
立地的には申し分ない。小川もここだけ急になっているから小さい滝のようになっていて、流れも速い。
つまり、動力にも申し分ないのだ。
「ここに水車小屋を造ろうと思います。」
「え、こんな急な傾斜地に小屋なんか造れるんですか?」
「ええ、たぶん大丈夫です。それに、ここは川の流れも速いのでここが良いと思います。」
と言うか、ここ以外の適地が見つからないだけなのだが。
「わかりました。ここなら村人の邪魔にならないので、私達にしても都合が良いので、ではここに作成をお願します。」
「わかりました。今日はこれから整地をしますので、材料は明日朝持って来てください。
必要な物は今日の夜に泊めてもらう時に言いますのでお願いします。」
「わかりました。ところで、昼食はどうしますか?家でご用意しましょうか?」
「いえ、こんなに早くこの村に到着する予定ではなかったので、弁当を持って来ているんです。
ですので、昼食はここで水車小屋の設計を考えながら食べようと思います。」
「そうですか、わかりました。では、私はこれで失礼します。夕食はご用意しますので、夕方にはお戻りください。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、では、失礼します。」
そう言って、豊吉さんは帰って行った。
豊吉さんが見えなくなると、俺は土手に腰かけて腰に巻きつけてあった、弥々子さん特製の巨大おにぎり弁当にかぶりつく。
パンのにおいをかぎながら、おにぎりにかぶりつくのも変だが、やっぱり米は美味しい。
と少し肌寒い土手で水車小屋の事を考えながら昼食をとった。
食べ終わるとさっそく整地作業に取り掛かる。
まず、道に近い方から地面を石のブロックに変えながら掘っていく。
土を石のブロックに変えるイメージを乗せながら地面に魔力を送り込むと、次々に地面が削られて石のブロックが残る。
一度成功させた魔法は、次からは簡単にかつ正確に使うことが出来るので、だんだん作業効率は上がって行く。
と言っても、道から川までは家一軒分だいたい20m位あるので結構時間が掛かる。
二時間ほどかけてやっと土手を三角形に切り取った水平な土台が出来た。
床には薄い石版をひいてある。
重たい麦や小麦を持ち運びするのなら、この方が床が削られなくて良いのと、床を石で固める事で少しでも湿気対策になるかと思ったためだ。
次に、地面を削る時にできた石のブロックを土むき出しの崖部分に積んでいく。
ジジカ村の山道で崖崩れを直した時の要領で、階段状に石を積んで崖を固めていく。
この作業は魔法を使わず体力勝負なだけに、いくらこっちの世界に来て体力が向上したからといって、きついのは変わらない。
2時間近くかけてようやく建設予定地の村側と道側、そして川側の地面を削って土がむき出しだった崖部分の補強が終わった。
この補強に使った石の壁はそのまま水車小屋の壁として利用するつもりだ。
まだ天井を支えるまで壁を高くしていないのは、内装を造るときに邪魔になると判断したからだ。
三方の崖を石壁で覆っても、まだ地面を削る時に出来た石のブロックは半分も使っていなかったので、残りの壁を作っても多分石材には困らないだろう。
一通り建設予定地の整地が終わって、時間も帰るのに調度良い時間になっていたので、
今日はここまでとして、泊めてもらうために村長さんの家に帰る事にした。
ブレードヒル村の村長さんの家に着くと、すでに夕食は用意されていた。
肉のゴロゴロ入ったシチューにマッシュポテトのサラダ、そして大量の焼き立てパンだ。
こっちの世界に来て初めての洋食についつい食べ過ぎてしまった。
和食も良いが、やはり若い俺たちみたいな世代は洋食の方が好きだなと改めて思う。
その後は、村長さんと豊吉さんとで雑談をして過ごした。
もちろん話の中で明日には水車小屋が完成しそうだというのと、必要な資材についても頼んでおいた。
それから、俺がこの村に来て一番不思議に思っていた点である
「なぜ、ブレードヒルはこんなに栄えているのに村のままで町にならないのか?」
という質問もした。
帰って来た答えは、
「この村には貴族がいないから」
という、俺にしては斜め上を行く答えだった。
この世界、というかこの国では貴族がいる街(町)とその周囲の村で貴族の所領が決められているらしい。
なので、1つの所領には街(町)は一つしかないと言う訳だ。
当然、その街(町)に貴族の屋敷がある。
だから、このブレードヒルはゼノンの街の属村なので町にはならないらしい。
規模で言えば、ヅルカの港町よりも大きいのにである。
因みに余談だが、ゼノンの街周辺(当然このブレードヒルも)を所領としているのは赤穂家という侯爵様らしい。
そして、港町ヅルカとパクト、ジジカの2村を所領としているのは今川家という男爵様らしい。
そんな雑談をして夕食後のひと時を過ごした後、俺は客間に案内されてこの世界に来て初の豪華なベッドで惰眠をむさぼった。
次の日の朝。朝食はやはりハムエッグにパンという典型的な洋食をとった後、水車小屋を完成させるべく建設予定地に出発した。
因みに、この日はお弁当に籐のバスケットに入ったサンドイッチを持たせて貰った。
建設予定地に着くと、まず川の中に入った。そして川の底の石を原料に平らな土台部分を作る。
この土台はもちろん水車の支柱の土台部分だ。
ジジカ村の時は水路の反対側に支柱を置いたが、この川は小さいと言っても支柱を渡すには大きすぎる。
なので川の中ほどややこちらよりに支柱を立てるための土台をつくったのだ。
次に土台の上にいくつか石のブロックを、川面よりも高い所まで積んでいく。
もちろん、流されないように土台と石、石と石は魔法で接着して一つの大きな石柱のようにした。
この上に水車の支柱を固定する予定だ。
川から出て冷えた足を温めていると、村長さんが数人の男性と荷馬車と共にやって来た。
どうやら材料を持って来てくれたようだ。
「おやおや、ここの坂道よくもまあ綺麗に削ったもんだね。しかも、すでに石が敷き詰められているとは。いや驚き驚き。」
「いえ、これは魔法の力でほとんどやったので、まあ、反則みたいなもんです。」
「おお、そういえば黄色魔法が使えるんじゃったな、失敬失敬。そなたならこれ位は朝飯前か。
そうそう、昨日言われた材料じゃがな、とりあえず半分ほど持ってきたぞ。後は在庫がないとかでな、今作って貰っとる。昼過ぎには出来るじゃろうて。」
「ありがとうございます。それでは材料はここに運んでもらえますか。」
「ふむ、よろしく頼むぞ。」
村長が材料の木材を運んできてくれた人々に声を掛けると、彼らは次々と木材を建設予定地に運び込んでくれる。
在庫がなく今作っているのはほとんどが木の板で、それ以外の木材はほとんどそろっていた。
一番重要な軸となる太い丸太や支柱となる細い丸太などはすべてそろっていた。
村長さん達は材料を下し終わると「じゃあよろしくのぉ」と言って帰って行ったので早速動力部分の作成に掛かる。
今回は、ジジカ村の時のように余材じゃなく、しっかりとした丸太が材料なので、作成も楽だ。
まず、軸になる丸太に丸い穴を8個ずつ少し離して平行に2列作成する。
その後、軸を支柱に乗せる。支柱は予め川の中に作った土台部分と川と小屋の境目、そして小屋の中央に地面に埋め込ませる形で作ってあった。
次に、軸に空けた穴と同じ大きさの丸太を2本並べて、片方の先に板を打ち付けて固定しU字型の物を8個作る。
これが水車の羽の部分だ。
この羽の部分を、軸にあけた穴に差し込んでいく。
穴の大きさと丸太の大きさが一緒なのでなかなか入らないが、木槌で叩いて無理やり押し込んでいく。
羽が完成すると当たり前なのだが、軸が回転してその後の作業の妨げとなる事に気づいた。
羽が壊れないように羽同士をつなげる丸太も固定できない。
仕方がないので、水車の上流に整流板を川の底の石を材料に作成する。
整流板といっても、ただ川の中心に向かって斜めに石版を作成しただけだが。
整流板のおかげで水車の回転が止まったので、まず羽同士を丸太で固定して壊れにくくする。
これで水車の回転部分は完成だ。
次に作業部分を作る。今回はジジカ村よりも大きな動力が期待できるので、杵を2本作成する。
作成した杵を丸太で固定して上下にしか動かなくしたのち、杵と水車の軸部分に角材を打ち込んで上下するようにした。
ここまで作った所で、ちょうど良い時間となったので昼食をとることにした。
半分ほど出来た小屋の中でまだそこらじゅうに散らばっている石のブロックに腰かけてサンドイッチをかじる。
中身はハムとチーズそれにレタスとトマトの様なものだ。
ハムとチーズはそのままなのだが、レタスとトマトは微妙に色や味が違った。
昼食を食べ終わると、ちょうど見計らったように材料の第2陣が到着した。
その中には木材だけでなく大きな2つの石があった。
じつは、食休みにした理由の一つにこの石がまだなかったというのがあるのだ。
もちろんこの石は臼の材料である。
第2陣で必要な材料はすべてそろったので、材料を小屋の中に運び込んだ後、さっそく臼の作成にかかる。
大きな石の前に立ち、臼をイメージしながら石に魔力を注ぎ込むと、大きく丸い形だった石がみるみる変形して石柱になり、さらに中心部がくぼんで臼になるさまは、本当に硬い石なのかと疑いたくなる。
変形していくそのさまだけを見れば、スライムか何かのようだ。
しかし、もちろん完成後の臼を叩いてみればそれは間違いなく石の触感と固さで、手を痛めただけである。
完成した臼を杵の真下に設置した後は、ひたすら壁になる部分に石のブロックを積んでいく。
今回の水車小屋は、軸の高さが1.5m位になったので、杵の上下運度を考えると高さが3m程必要である。
なので、壁の高さが3m位になるまでひたすら石のブロックを積んでいく。
壁が完成すると次は屋根である。村の民家側の方を丸太を組み合わせて少し高くする。
そしてその丸太の上と畑側の壁に板を渡していくと屋根の完成である。
屋根の板の固定には鉄の釘を使った。
村長さんが簡単に用意できると言っていたので、お願いしたのだが、こんな物ジジカ村では贅沢過ぎて使えない。
やっぱり、ブレードヒルは見た目通り結構余裕があるみたいだ。
因みにこの釘だが、現代人がイメージするようなものではなく、ただの四角い棒の先を削って尖らせて、反対側を無理やり90度曲げたような物で、逆L字型ある。
屋根を張ったら、水車小屋は完成だ。中に入って出来具合を見てみる。
村側の壁と屋根の間に隙間を作ったので、ある程度光量を確保できて、少し暗いが水車小屋の中は十分活動できるくらい明るい。
また、上の方に隙間があるので、換気にもなって湿気もそれ程までではないだろう。
まあ、四方を石の壁に覆われていて少し肌寒く、住むには適してないが、倉庫としては十分に使えそうだ。
そう、今回作成した水車小屋は、敷地面積が大きくて全体の3分の2は何もない空間なのである。
なので、ここを製粉待ちの小麦の倉庫としても利用してもらおうという魂胆なのである。
最後に、軸を少し手で強引に回して杵の上下運動を確認する。軸を回転させると2つの杵は問題なく上下した。
水車小屋の完成を確認して外に出ると、もう日は傾いていたので、水車小屋のお披露目は明日の朝に回して、今日は帰る事とした。
村長さんの家に到着して夕食をご馳走になってから、水車小屋が完成した事を報告する。
村長さんは「もうできたのかと」驚いていた。
明日の朝、水車小屋の使い方を説明したら、そのまま帰る旨を伝えて就寝した。
次の日の朝、朝食を食べてから、村長さんと豊吉さんと一緒に水車小屋に向かう。
途中で村人数人と合流して、水車小屋に到着する頃には、10人位の集団になっていた。
皆で水車小屋の中に入ると「おおー」とか「すげー」とか言う声が漏れる。
「この小屋の入り口付近は余った空間ですので、倉庫とかに利用してください。
それで小屋の重要部分ですが、この杵と臼です。この杵は川の流れを利用して自動で上下してくれます。では実際にやってみますね。」
そう言って、「本当に勝手に上下するんかいな。」っと杵と臼の周りに集まって疑問顔の村人達をしり目に、外に出て昨日川の中に作った整流板を倒した。
整流板を失った川の流れは、水車の羽部分に勢いよく当たって水車が回転し始める。
中に入ると、2つの杵が上下を開始していた。ひとつの水車に杵を2つも付けたので動くかどうか少し心配だったが、やはり、この川の勢いだったらなんら問題なかったようだ。
中では「本当に勝手に動いている。」と村人たちは大騒ぎである。村長さんも目を丸くして立ち尽くしていた。
それからしばらくして、ようやく立ち直った村長さんが話しかけてくる。
「いやいや、颯太さんは凄い物を作れますな。これなら辰太郎のやつが自慢するのも無理はないですな。
いやいや、良い物を造ってくれました。もう、今から帰られるのでしたね。これは約束のお礼です。」
そう言って村長さんは手のひら位の小さな袋を渡してきた。中を確認すると金貨が3枚入っていた。
「え、これは?」
困惑する俺に
「おや、聞いていませんか?水車小屋のお礼ですが、金貨3枚で作ってやると、ジジカ村の村長が言っていましたよ。なんでも友好価格だそうで。」
「そういえば、ジジカ村の村長さんと条件について話していた時、颯太さんはおられませんでしたね。
この条件で水車小屋を造ってくれるとジジカ村の村長さんが約束してくださったのですよ。」
と豊吉さん。
「まあ、申し訳ないが、そう言う約束なんでね。残りはジジカ村の村長さんにもらってください。」
っと村長さんもなんだか勘違いしている。
(いやいや、本当は報酬なんていりませんとは、言えそうにない雰囲気だ。
まあ、ブレードヒルの村長さんも村人達も納得しているみたいなので、もらえる物は貰っておきますか。)
と思い直して、金貨をありがたく受け取った。
その後、俺と村長、村人たちの間でしばらくお礼合戦を繰り広げてから、今朝、村長さんの家から押してきた自転車を再度押しながらブレードヒル村を後にした。
余談だが、村に帰った後、村長さんに聞いた所、貴族の屋敷に1ヶ月奉公した時の給金が金貨1枚位だそうだから、結構な額を頂いたことになる。
ブレードヒルを出て、再び旅人やら商人やらを脅かしながら自転車で半日かけてジジカ村へ帰った。
帰りはヅルカから村までがほとんど上り坂なので、来る時よりもかなり時間が掛かってしまった。
が、何とか昼前には到着した。
家に帰ると、昼食をとっていた村長さんが
「もう帰って来たのかい。それで水車小屋はどうだった?」
と聞いてきたので、
「材料が良かったのでここよりも立派なのを造って来た。」
と言うとなんだか本気で悔しがっていた。
その後、弥々子さんが新たに作ってくれた俺の昼食を貰いながら(もちろん純和食である。)村長さんにブレードヒルでの事を話していった。
特に、報酬について問い詰めた所、自慢したかったから自尊心の為に報酬を取る事にしたと白状した。
まあ、この世界において、水車小屋はもの凄い便利な物なので、「金貨3枚位じゃ安い位だ」とブレードヒル村の村長さんも言っていたし、それはそれで良いかと思う事にする。
その金貨3枚だが、弥々子さんの進言もあり、全部私がもらう事となった。
本当は食費代と言って、村長さんに渡そうと思っていたのだが、水路の整備やらで村に貢献しているし、基本村の中は自給自足で、村人たちから野菜などを貰えるので、食費はいらないと弥々子さん。
村長さんは、初めは貰う気満々だったが、弥々子さんには口出しできないのか、最後には
「そうだ、颯太さんが一人で稼いできたお金なんだから、颯太さんの物だ。」
と取っ手付けたような口ぶりで俺に金貨の入った袋を返してきた。
なので、この金貨は俺が使わして貰っている部屋の押し入れにしまっておいた。