タダ飯喰らい脱出法
異世界に来て3日目の朝、朝食を食べていると来客があった。
左衛門という村人らしい。そういえば昨日少しその名前が出ていたような。
しばらく村長さんと話していたが、呼ばれたので行ってみると、どうやら畑の中にある岩を取り除いて欲しいとの事だった。
昨日村長さんの家の前で黄色魔法の練習をしている所を見て俺になら出来るのではないかと思ったらしい。
もちろん只今絶賛タダ飯喰らい中の俺が村の役に立つ事を断り切れるはずもなく(断るつもりは初めからなかったが)快諾した。
村長さんが朝食の途中だからと左衛門さんには少し待っていてもらって朝食を食べた後、3人で現場の畑に向かった。
そこには背丈ほどもある大きな石があった。
「この石はこの村を作った当初から此処にあってな、邪魔なんでどかそうと色々試したらしいが、結局ビクともしなかったらしい。
その為、こうして畑はこの石を躱して作った訳だが、水路もこの石を迂回する様になっていてね、その為、貴重な平地の結構な部分が無駄になっているんだよ。
私からもお願いするよ、この石をどうにかしてくれないかね。」
そう言って、村長さんも左衛門さんも俺に向かって頭を下げた。
「そんな、やめてください。頭を上げてくださいよ。私もこの村に世話になっている以上この村の一員です。なので、村の為なら喜んでやらせて貰いますから、頭を上げてください。」
「すまないね、そう言って貰うと助かるよ。」
「タダ飯喰らいなんですから、村の為にはこれ位やらせて貰います。」
やっと頭を上げてくれた村長さんにそう言って、石の前に立つ。
そして、石に手を当ててイメージする。
始めは石を砂にでもしようかと思ったが、そうすると大量の砂が発生することから地面に埋め込むことにした。
その分押し出されるであろう土も石として圧縮するため石自体は大きくなるが、地中10m位まで押し込めば畑に影響はないだろう。
そう判断して、そのイメージで魔力を送り込む。
さすがにこの大きさで更に土の石への変換と、オプションまでつけていたら結構魔力を送り込むのに時間が掛かった。
そしてようやく必要な魔力量と送り込んだ魔力量が釣り合って大きな石はその身を地中へと埋め込んでいく。
そしてしばらくして石全体が地面の中に吸い込まれていき見えなくなった。
石が見えなくなってもまだ地面の中を下がっている感覚があるうちは地面に手を付けていたが、石が止まったようなのでようやく地面から手を放して軽く手に着いた土を払いながら立ち上がった。
石があった場所にちょっとした空間が出来ていた。
「いや、すごいな。本当に出来るとはこりゃたまげた。」
と、村長さん。あなた、頭まで下げといて実際にできると思ってなかったんですか。
「本当にありがとうございます。これで麦が後100㎏は出来ます。」
としきりに感謝の言葉を述べる左衛門さん。
まあ、これだけの平地が出来たら麦100㎏位は出来るのかな、とあまり良く解らないがとりあえず頑張って下さいと左衛門さんには言っておいた。
左衛門さんとは畑で別れて(さっそく村人を呼んで水路の変更と畑を耕す作業に掛かるそうだ。)村長さんと家に帰る途中、昨日の朝疑問に思ったことを、なんで水田もあるのに麦を多く作っているのかを聞いてみた。
「ああ、確かに水田をたくさん作りたいのは山々なんだが、水がないんだよ。ここの沢の水の量じゃあれだけの水田を作るので精いっぱいなのさ。」
「井戸は掘らないんですか?」
「掘ったさ。俺の代になってからもな。でも、地盤が固いのか、水脈がないのか結構深く掘っても水が出ないんだよ。」
「他に川とかはないんですか?」
「裏山を超えた所に川が流れているには流れているが、人間が汲んで来る量なんてたかが知れているだろう。」
「汲んで来るんじゃなくて水路を作ればどうですか?」
「裏山があるのにどうやって?それに川は此処より低いんだぞ、水は山を登らんだろ。」
「なるほど、此処よりも低いんですか。」
そう言って、1度この話を打ち切った。
この村は山間の台地のような所にある。そして周りの山々はかなり高い。 しかし、例外的に裏山だけはそれほど高くない。海抜で考えると山なんだろうが、この村のある台地から考えると丘位だ。
だから、いくら此処よりも低い位置に川が流れていようと、上流に行けば此処よりも、裏山よりも高い位置にたどり着けるはずだ。
そういえば、村を流れている水路もただ溝を掘っただけの物だったし、そこまで治水の技術も発達していなさそうだからできないと思い込んでいるだけかもしれない。
とりあえず、川を見に行って出来そうなら水路を引っ張ってみるか。
なんたってこの村で世話になるならこの村の役に立たないとな。タダ飯喰らいはやはり周囲の目が気になり過ぎる。
そう考え、村長さんの家に着くと一度川を見に行きたいと川の方向を聞いてから川に向かうことにした。
村長さんも時間があれば着いて来たいみたいだったが、やっぱり村長業務が忙しいらしく魔物や動物に気を付けてと言って家の中に入って行った。
村長さんと別れてから、裏山を登り始めた。
裏山へは村長さんの家を出て左側直ぐの門から出ると行ける。
あまりこの門から出入りする人はいないのか、門を出てすぐに道はなくなった。
なので今は道なき道を頂上に向けて登山中である。
そして、そんなに時間を掛けずに頂上に着いた。
思ったほど高い山ではなかったのか訓練で山登りした時よりも疲れずに登り切った。息切れもそれほどではない。
こっちに来てから朝走ったりしてないから体力が多少は落ちているはずなんだがなと思いながら下を眺めると、確かに下の方に川が流れているのが木々の隙間から見えた。
所々しか見えないが、どうやら川はこの裏山の真下辺りで村に最接近しており、上流に行くと村から離れていくようだ。
だが、確実にこの川は目の前の山ではなくて右手の高い山(現在は村を背に川を正面に見ているため)から流れているから、村よりも、この裏山よりも高い位置から水路を引っ張る事が出来そうである。
そうと決まれば、次にするのは川を遡ることである。
一度裏山の下の川まで下りてそこから上流に向けて再度山登りを開始する。
しばらく登っては振り返って裏山との高さを計って、まだ裏山より低ければさらに登る。
それを何度か繰り返してようやく裏山と同じくらいの高さの位置まで遡る事が出来た。
やっぱりこの川はずっと村から離れる方向になっているのではなくて、離れたり近づいたりと蛇行しながらも村と川の最接近部とを結んだ線と直角の線の方向から流れていた。
なので、今いる所から村まではそんなに離れていない。これなら十分に水路を引けそうである。
此処の川の水の量も申し分ないし。
そう確信して村に帰るべく山を下り始めた。
途中、村の裏山とドクトルさんの鍛冶場のある山の間が浅い谷のようになっているのも発見して、さっき登った場所よりも低い位置からでも水を引けるのが分かった。
村長さんの家に帰って昼食を頂きながら、村長さんに川から水が引けそうな事を話す。
村長さんは半信半疑ながらも家の裏にある鍬や鎌は勝手に使って良いと言ってくれた。
その後、切っても良い竹林の場所がないか聞くと、村の入り口の右手にある竹林は生えすぎて困っているので自由に切って良いとの事だったので、昼食後、鎌と鋸を持って村の入り口へ向かった。
村の入り口は村長さんの家を右に曲がって、村の家が密集している辺りを抜けた所にあった。
入り口には小さな門があり、その先は山を下る道になっている。このままいくと、小さな港町のヅルカという町に着くそうだ。
その村の入り口の小さな門の右手(村に入る方に向かって右手だったので、村を出る様な状態の今は左手にあった)には確かに竹林があった。
この竹林は思っていた様な、そうめん流しに使うような太いものではなくて、中国に良く生えている笹を高くしたような細い竹だった。
まあ、想像とは違うがこれでも用途に足りると考えてとりあえず5本根元から切った。
鋸は必要なく、鎌で簡単に切ることが出来た。
切った場所は前も切ったことがあるらしい切り株の周辺なので問題ないだろう。
その後、村長さんの家の前まで6m位ある竹を引きずって戻り、家の前で2m位に切り揃えた。
その後、弥々子さんにいらない目立つ布はないかと聞くと、使わなくなった赤い帯があると言うのでそれを貰って、20㎝位に切り分けて竹の先に括り付けた。
そんな竹15本を持って村の裏山へ向かう門から外に出た。
弥々子さんはそんな物どうするのかと不思議に思っていたようであるが、水路を作るときの目印にすると言って納得してもらった。
実際その様に使うのだから仕方がない。
俺はこれで村との高低差を計りつつ、村の方向を確認する目印にしようと思っていたのだから。
そして、村の出入り口の門を出て直ぐの所に1本目を立ててみた。高さは丁度自分の背の高さに合わせた。
そして、その竹がぎりぎり見える位置まで谷を登り始めた。
この谷は先ほど山を下りて来る時に見つけた裏山とドクトルさんの鍛冶場のある村の北の山との間にある谷だ。
実はさっき昼食を貰った時に村長さんに大体の方位を聞いていたのである。
それによると、村の入り口は南にあり、ドクトルさんの鍛冶場が北になるそうだ。そして、裏山が西になって、畑が広がっている方が東だ。
因みに、この村の林業は主に北の山の南斜面と東の山の西斜面で行われるらしい。
というわけで、現在は村から見て北西方向に延びる谷を登山中である。
途中何度か持参した目印の竹を立てながらなるべく一直線になるように登っていく。
そして、半分以上登った所で初めての問題にぶち当たった。それはこの谷の終着点である。
この谷は裏山と北山(めんどくさいのでそう命名した。)の間を通っているが、その始点は北山から裏山の裏(川のある方)に向かって伸びる沢(水が流れていない)から分岐していたのである。
なので、この沢を超えないと川へはいけない。
しかし、沢の方が今まで登ってきた谷よりも下にあり、左右も結構えぐれていてここに側溝を掘るのも難しい。
それに、沢は北東の方に向かって登っているから遠回りだ。
しばらくその場であれこれ考えたが、結局橋を架けるしかないという結論に至った。橋、つまり水道橋だ。
大昔からあちこちで作られているから大丈夫だろう。
沢の横幅が10m以上ありそうだから少し難儀だが、まあ、作れないこともないだろう。
どのみちこの水路が村へ到着したら水車小屋も作る予定だったから、その水車に流す導水部を大きくしたようなものを木で作ればいいだろうという考えだ。
なので、予定通り先に進むこととして、とりあえず沢のこちら側に目印の竹を立てる。そして、沢へと降りて、反対側を登る。
沢の壁の部分は下の方は岩でできていて登りやすかったが、途中から土がむき出しの崖になっていて、何回かすべり落ちそうになって冷や汗を流しながら、何とか反対側に登り切った。
反対側に登り切って同じように竹を立てて確認したが、問題なくこちら側の方がかなり高い位置にあったので、水道橋の事は後回しにして先に進む。
この先はなだらかな傾斜の続く坂になっているだけなので問題なくしばらく登ることが出来た。
で、そろそろ川の流れる音が聞こえだした辺りでまた問題にぶち当たった。
続いての難関は岩だ。それも大きくて平たい一枚岩が目の前に横たわっていたのだ。
高さのある岩ならば横を回れば問題ないのだが、この岩は俺の邪魔をするためにあるかのように横に広がった形で、高低差を考えれば結構遠回りしなければならない。
まあ、仕方ないかと考えとりあえず岩の周りをまわって反対側に出る。岩は結構な厚みがあるようで、まわって端まで出てから岩の上に出ると、岩の前に立てた竹がかなり下に見えた。
そしてまたその岩の角に竹を立ててから登り始めると直ぐに川に出た。
川はなだらかな斜面を穏やかに流れており、小石があちこちに散らばる小さな河原を伴っていた。
下からは川は見えなかったが、此処からだと目印の竹はもちろん先ほどの岩もはっきりと見える。
やっぱり、この岩がなければかなり近道が出来そうである。
なんだかこれからの苦労を考えると名残惜しくて、もう一度岩所に戻ってその上に立ってみる。
試しに岩の上部を手で叩いてみるがやっぱり固い。とても人力では砕いたり、削ったりして水路を作れそうにない。
そう、人力では…では人力じゃなければ!
そうだ、今の俺には魔法があるじゃないか。それも土とか岩とかを動かすことが得意な黄色魔法が使える。
すっかり忘れていた。そう気づくと、急いで川まで引き返す。
そして岩の前の竹と川とが一番接近する位置に下からも見える様に竹を立ててから、また岩の上に戻る。
そして岩の前後の竹を結ぶ線を岩の上に想像して、そして、その線に沿って道路の側溝のような溝を思い浮かべる。
その溝の部分の岩を砂に変えるようにイメージを膨らませながら魔力を集めて、そして、その魔力を岩に注ぎ込む。
すると、岩に切れ目が走ったかと思うとその切れ目から砂が噴き出し始めて、そして、岩の上に砂の山でできた線が出来上がった。
その砂山を崩してさらに掘ってみるとそこには、想像した通りの側溝が出来ていた。
岩よりも砂の方が体積が増えるから今は砂山の尾根が出来ているだけだが、この砂を取り除くときれいな溝が岩を横断しているだろう。
さすがは魔法だ。
これで岩を周るよりかなり近道が出来た。
少しにやけながらそう考えていると、もう日が傾きだしていることに気が付いて慌てて下山を開始する。
山を下りながらどういう水路にするか考えていると、どうせなら魔法が使えるのだからただ土を掘るのではなく、水路の左右の壁と底は石で固めておく方が良いと考えるようになった。
そして、例の沢をこえる。今度は、崖を登るとき落ちないようにあらかじめ魔法で小さな石の階段を作って、それから登った。
そして、ここでまた気づく。
そうだ、水道橋も魔法で石製の橋を架ければ良いんだ。
それなら、木を切って組み立てるよりもはるかに楽だ。
なんで初めに気が付かなかったのだろう。
頭悪いなぁ。とそこからは少しブルーになりながらも、下山を急ぐのであった。
その夜は、村長さんと水路の事を色々と語りながら夕食をとり、風呂に入った後も水路が出来たらどうのこうのと半分村長さんの夢の話の領域まで語り合ってから寝ることになった。