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異世界で本当にチートなのは知識だった。  作者: 新高山 のぼる
ヒントは常に歴史にあり。だからチートなんです。
37/46

只今領地運営奮闘中。その3

 重京を取り囲む城壁も基礎の土壁は、残すところ東側の半分だけになったこの日。

 いつもの様に、政庁に帰って来て書類仕事に精を出していると、うれしい報告があった。

 ドワーフ達の村で鉄の生産が始まったのだ。これでまた一つ計画が動き始める事になる。

 報告書ではすでに、ドワーフの村と重京との間に幹道を整備した第3大隊の1小隊が計画に基づき、作業を開始したそうだ。今後が楽しみである。

 そんな、うれしい報告も受けつつ書類仕事を行っていく。もちろん、俺の隣では尚蓮が、必死に俺の言った事をメモに取っていた。

 彼女が副官をしてくれているおかげでだいぶ書類仕事も早くなった。自分で一々メモを取らなくて良いからだ。

 それに、尚蓮は結構美人だ。美人さんが隣に居たら、仕事がはかどるのも無理はない。

 後は、休憩に美味しい紅茶を運んで来てくれる秘書さんが居ればもっといい良いのに。

 城壁が完成して、街が安全になったら、桜香達を呼び寄せなくてはならないな。

 そんな事を思っていると、扉がノックされた。


「将軍、一人目を連れてきました。」


 声はガルガラのものだ。そういえば今日は大事な日だった。やはり、スケジュール管理をする秘書は大事だ。

 とりあえず書類仕事を一段落させて、お客を迎え入れる。

 御客用の椅子を尚蓮が執務机の対面に用意して、自分は俺の横に移動した。



 入って来たのはガルガラと部下2人に連れられた2人組だった。

 一人は白髪と髭が目立つ老人で、もう一人は、付添らしき青年だ。

 実はこの日、重京のあちこちで第1大隊員に連行される人々がいた。

 もちろん、俺が彼らをここに連れて来るように命令したからだ。

 殆どの者は素直に任意同行に応じたが、一部の者は逃げ出して、強制的に連行されていた。

 そんな彼らのトップバッターが、目の前の老人と青年だ。


 俺が彼らを集めた理由。それはもちろん文官の登用のためだ。そして、犯罪者を早期に見つけるためでもある。

 なぜ、そんな相反する人々が同じ命令で集められるのか。それは俺の出した命令が異常だからだ。

 俺の出した命令、それは「街で噂になっている、『変人』『奇人』を連れて来い。」というものなのだ。


 という訳で、ここにいる老人と青年も何らかの奇行があったのだろう。

 彼らの顔を見てから、連行して来た兵に渡された報告書を読み上げる。


「あなたたちの名前は、袁芳と燕備で良いですね。」

「そうだ。」

「そうです。」


 まず老人が、続いて青年が答える。


「ほう、ガラス職人ですか。袁芳さんは有名な職人さんの様ですね。燕備さんは弟子ですか。」

「そうだ。この街一番のガラス職人とは俺の事だ。ここにも俺の作品はあるはずだぞ。」

「そうですか、すまないが、袁芳さんの作品を探してきてくれないか。食堂にでもあるだろう。」

「解りました。」


 連行して来た兵のうちの1人が部屋から出て行く。


「いったいこの扱いは何なんだ?この俺が何をしたと言うのだ?」

「何をしたのか?ですか。えっとですね。

 まず、袁芳さんは、土を食べるそうですね。それから、ご自分が創った作品をよく自分で壊す。弟子を殴って辞めさせる。」

「そ、それがどうした。それが何か問題でもあるのか?」

「そうですね、弟子を殴るのは問題ありますね。

 私の領地ではたとえ、弟子といえども、また、配偶者や子供に対しても暴力行為は禁じてます。

 もしそのような事をすれば、罰します。」

「つまり、俺が弟子を殴ったからここへ連れてこられたのか?」

「いいえ、多分違いますね。ここに連れてこられたのは、土を食べたり、自分の作品を壊す事の方でしょう。」

「それは問題ないと今言ったばかりではないか。」

「ええ、問題ありません。しかしその行為が奇行と認識されてここに連れてこられたという訳です。」

「どういう事だ?」

「私は、そういった奇行をする、『奇人・変人』を集めるように指示を出したのですよ。」

「なんでだ?」


 ちょうど袁芳さんが質問をしたところで兵が帰って来た。手にはシャンパングラスを持っていた。


「これが袁芳さんの作品ですか?」

「そうだ。」


 そのシャンパングラスはかなり細長い形をしていた。

 そして、その縁はかなり薄い。

 持ち手というのだろうか、棒状の所もかなり細かった。

 慎重に扱わないと直ぐに割れてしまいそうだ。

 こんな物を作るのはかなり難しいだろう。まさに神業である。


「これは、確かにすばらしいですね。」

「そうだろう。ここまで薄く出来るのは世界広しと言えど俺だけだ。」

「なるほど、これほどの物を作れるとは、その奇行も頷けます。」

「どういう事だ。」

「あなたが、なぜ土を食べ、自分の作品を壊すかですよ。

 あなたが土を食べるのはきっと材料の選別の為でしょう。私には解りませんがきっと良い土と悪い土では味が違うのでしょう。

 それから、自分の作品を壊すのは、作品の品位を保つため。自分の気に入らない不出来な物を壊していたのでしょう。

 他人が見れば十分な物も、どこか不出来だったのでしょう。違いますか?」

「……。いや、その通りだ。」


「さてと、では、ここからが本題なのですが、私と取引しませんか?」

「取引だと?」

「ええ、あなたが作る作品をすべて私が買い取らせていただきたいのです。」

「それは無理だな。俺の作品は気に入った奴にしか売らん。」

「しかし、それではあまり意味のないのでは。その気に入った相手が他の人に転売したり、本人にその気はなくても手放す可能性も高いでしょうし。

 それに、こういっては何だが、これ位の作品なら、皇国にも何人かいますし、あなたの所に無理して買いに来る人物は少ないのではないですかね。」

「なんだと!では、貴様はなぜ、そんな俺のガラスを買いたいのだ。」

「この街の特産を思いついたのですよ。このグラスが作れるなら、『切子』も出来るんではないかとね。」

「きりこ?なんだそれは。」

「ガラス製品の装飾技術です。グラスの薄さの限界をご存じの袁芳さんなら出来るのではないかと思いましてね。」

「どうするのだ?」

「それは、こちらの条件を飲んでもらってからでないとお教えできませんね。

 それに、この契約にはそちらにも得はあるのですよ。

 たとえば、あなたが新たに作る作品が有名になったとします。まあ、間違いなく話題になりますね。

 そうしたら、大量の商人があなたの所に押し掛けることになる。あなたが作品を作ること等できなくなる位にね。

 しかし、私の所にしか卸さないと言えば、そんな商人達から解放されます。

 それに、よからぬ事を考える奴らがいたとしても、将軍の庇護があると分かれば手出しはしないでしょう。」

「よからぬ事とは?」

「そうですね。たとえば『孫娘を返してほしければ、切子技術を教えろ。』とかですかね。」

「……。私に孫娘はいないが、それほどの技術なのか?」

「私はこの辺りでは見た事無いですね。

 発想はなかなかないが、出来ると分かっていれば、体得は、あなたほどの人なら簡単でしょうね。」

「……。解った。俺の作品はすべてあんたに売ろう。だから、その技術を教えてくれ。教えてくれなければ、夜寝れなくなりそうだ。」

「職人魂というやつですね。解りました。

 『切子』とは、グラスの表面をやすりで削り、模様を描く技術です。

 薄いグラスをさらに削る訳ですから、高度な技術が要求されます。

 削り終わったグラスは、木や布で綺麗に磨けば、完成です。

 無色のガラスではなく、薄い青や赤といった色つきのガラスだとより綺麗に見えます。どうですか?」

「が、ガラスにわざと傷をつけるのか?」

「そうです。たとえば、こういった模様などはどうでしょうか。」


 そう言って、1枚の紙にグラスの絵を書く。書いた絵は、江戸切子の伝統的な格子模様を描いた。


「なるほど、少しの傷は不細工だが、こうして模様にすると綺麗になるか。

 ガラスを磨くのは得意だから、後はどれくらいの傷をつけるか。グラスの厚さも調整がいるな。

 なるほど、面白いな。やってみよう。腕がなるぜ。」

「では、試作品が出来たら持って来てもらえますか。」

「ああ、どれ位掛かるか分からんがそうしよう。

 グラスも一番いい厚さが決まれば弟子たちでも作れるだろうからな。グラスは薄くするのが難しいからな。

 この、傷つける作業は難しいだろうが、磨くのは任せられるし。

 弟子を大量に獲らなければならないな。じゃあ、もう行くぞ。」

「ええ、ご足労ありがとうございました。」


 こうして、袁芳さんは帰って行った。

 しばらくすれば、彼が作ったグラスが、この街の特産となって財政を潤してくれるだろう。



 袁芳さんが部屋を出て行くと、直ぐに次の人物が連れられてきた。

 今度は女性だ。だが、一目見ただけで、彼女は直ぐに帰す事になると確信した。

 なぜなら、彼女は身長がかなり高かったからだ。

 ガルガラまではいかないが、2m近くあるだろう。両側の警護の兵よりも高い。

 案の定、提出された報告書には、その身長のせいで奇人と認定されていた。

 たしかに、魔女裁判があれば、確実に連行されるだろう。

 とりあえず、連れて来てしまったので、当たり障りのない質問をすることにした。


「えっと、皇国がこの街を占領してから、なにか不満や、お困りの事はありますか?」

「え?いや、特にそういった事はありません。父も昔の様に商売を始めましたし、むしろ大変よくなって感謝しています。」


 帰って来た答えも、まあ、悪くないが、当たり障りのないものだ。

 しばし、両側の警護の兵よりも高い彼女を見つめる。

 彼女は少し、居心地が悪そうにうつむいていた。

 ……!

 と、この時俺の中で1つのひらめきがあった。たぶん、彼女は独身だ。受け答えも、夫ではなく父だった。

 その身長ゆえにいい男が見当たらないのだろう。たぶん、彼女もその身長にコンプレックスを持っているだろうから。

 と、ここで隣の男を見る。この男も大男だ。たぶん、彼女よりも。

 自分より身長の高い男なら、コンプレックスを持たなくていい。


「そうですか、それは、良かったです。

 ですが、もし、何か相談したいことがあれば直ぐに言って来てください。

 しかし、そうですね。ここに直接来るのは、勇気がいりますよね。

 そうだ、ガルガラ。あなたの連絡先を彼女にお教えしてあげなさい。

 この男はこう見えて、優しい男でね、きっとあなたの役に立つでしょう。」

「え、しょ、将軍?連絡先って言っても、俺もここに住んでいますぜ。」


 とガルガラ。そうだった。電話とかないわな。


「そうでしたね。では、ここに来てガルガラと言えば、彼の所に案内してくれる様にしておきましょう。それも難しければ、城門に行くと良い。

 彼は主に新しい城門を警備していますから、そこに行けば会えるでしょう。」

「はい、わかりました。何か困った事があれば、彼に相談させていただきます。」

「ええ、そうしてください。では、もう帰って貰って構いません。ご足労ありがとうございました。」

「え、あ、はい。では、失礼します。」


 そう言って彼女は出て行った。

 横で、ガルガラが不思議そうな顔をしていたが、今後、2人に発展があるかどうか、見守って行こう。



 次に部屋に連れられてきたのは、やせ気味の青年だ。豪華ではないが、綺麗な服を着ているから、商人だろうか。

 連れて来た兵から報告書をもらう。


「名前は劉得で間違いないですね。」

「そ、そうです。」


 目の前の青年、劉得が今にも泣き出しそうな顔で、小さく答える。


「小さいが商店を営んでいるのか。帝国の占領時代を生き抜いたのはさすがですね。」

「そ、それは、知り合いに良い人達が沢山いて、食料とかを売ってくれるので。」


 なるほど、きっと彼自身の性格が良いのだろう。だから、周りに慕われる。


「あの、私は別に帝国と仲良くはしていませんでした。たしかに、一部の施設に食料を卸してはいましたが、それだけです。信じてください。」

「大丈夫です。それは問題ではありません。」


 そう言い切ると、劉得は明らかに安堵のため息をはいた。

 俺は報告書に記載されている、連行理由を確認する。


「なるほど、あなたの奥さんはエルフなのですか。それがここに連れて来られた理由ですね。」


 連行理由を告げると、今まで大人しかった劉得は一変して、目を吊り上げて俺に詰め寄ろうとした。

 もちろん、警護の兵に肩を掴まれて動けなかったが。


「つ、妻がエルフだと何が問題なんだ!」


 怒鳴るようにそう言い放つ劉得。


「かなり問題ですね。あの帝国の占領時代にエルフの奥さんを守り抜いたとは。

 そんな奴、探しても見つからない。しかも商人なんて、まさに僥倖ですね。

 あなたを私の御用商人にしましょう。」

「へ?」


 劉得は怒っていたのが一変、ハトが豆鉄砲をくらった様な顔になる。


「店も今の路地ではなく、新しく作る新市街の大通り沿い、新政庁近くに建設しますか。

 準備が整ったら忙しくなりますから、覚悟しておいて下さいね。」

「へ、あの、御用商人?私が?」

「ええ、そうです。もう少し先の話となりますが、お金の心配はしないで良くなりますよ。奥さんと仲良くしていてください。」

「は、はぁ。」

「こちらからは以上ですが、何かありますか?」

「あ、いえ、その、なんで私なんですか?」

「あなたが気に入ったからです。準備が出来れば使いを出しますので、引っ越しの準備をしておいてくださいね。今日はありがとうございました。」

「あ、は、はい……。」


 結局、劉得氏は最後まで首を傾げたまま、部屋を出て行った。

 新しい商店を建てて使いを遣るまで、きっと信じられずに過ごす事になるだろう。

 しかし、俺にとってはエルフの村との取引にはこれ以上ない人材だ。人もよさそうだし、これから色々と仕事を頼む事になりそうである。



 次に入って来たのは、剣を呑み込めると言う大道芸人だったので直ぐにお帰りいただいた。

 次は彼の相棒、同じく火を噴く大道芸人だったので、帰っていただいた。



 今度入って来たのは、服装はそれなりだが、あまり清潔でなさそうな男性だ。こちらも、この街の多くの人々と同様に痩せている。

 しかしその眼は、鋭く鈍い光を放っており、これまでの人達と違い犯罪のにおいがする。


「名前は、張延か。」

「……。」

「違うのか?」

「おい!返事をしろ!」


 俺の問いに答えない男性に対して警護の兵が背中を小突いて怒鳴る。


「ちっ、うるせいな。ああ、そうだよ。張延チョウエンだ。」

「そうか、報告書によると、お前はこの街のかなりの人々の事を調べている様だな。なぜだ?」

「別に、調べてなんかいねぇよ。」

「だが、家族構成やら、初めて会った人物の事を知っていたりと、近所では気味悪がられているらしいが。」

「ちっ。それは、調べてるんじゃねぇ。知ってただけだ。まあ、推測はするが。」

「どういう事だ?」

「あんたも、初めての人にあった時は自己紹介位するだろう。自分の名前とか、家族の事とか。それを忘れられないだけだよ。

 後は、その人に似たような子供がいたら、そいつの子だと思うだろうが。」

「しかし、君はこの街のほとんどの人間の事を知っているそうじゃないか。」

「しかたねぇだろ。忘れられないんだから。」

「!? じゃあ何かね。君はこの街のほとんどの人間の顔と家族構成を覚えていると言うのか?」

「ああ、そうだ。それだけじゃなく、そいつが何処に住んでいるのかとか、どんな仕事をしているのかとかも忘れられねぇ。」

「!! それは凄いな。一度会った人物の自己紹介をすべて覚えているとは。」

「覚えているんじゃねぇ。忘れられねぇんだ。」

「なるほど、だが、どちらにしろ知っているんだろう。それは凄い事だ。」

「ふん。それ程でもねぇよ。」


 口ではそう言って、そっぽを向いたが、どことなくうれしそうだ。


「ところで、話は変わるが。君は帝国占領時代も結構羽振りが良かったみたいだが、なぜだ? そういえば、今も結構上等な服を着ているな?」


 その俺の質問に、一気に顔を青ざめる張延。


「周囲からはかなり気味悪がられていて、なかなか仕事に就けないようだが。

 どこから収入を得ていたのか教えてくれるか?」

「そ、そんなのどこだっていいだろう。」

「良くないから聞いているのだ。君が答え難いみたいだから、私が代わりに答えよう。

 君は、自分が知っている街の住人の情報を誰かに売っていたな?」


 その一言に、張延の顔は真っ青になる。


「そして、その情報を売った相手は、その情報を基に犯罪行為を行った。

君には犯罪幇助(ほうじょ)の疑いがある。」

「ま、待ってくれ。ただ、情報を売っていただけだ。それがどう使われるのかは知らなかったんだ。」


 推測で言った発言はどうやら事実だったみたいだ。


「知らないじゃ、済ませられないな。1度目はそうでも、次は違うだろう。」

「1人に1つの情報しか売ってない。これは本当だ。」

「だが、同じことが続いた。君なら結果も忘れられないんだろう?」

「!!そ、それはそうだが、信じてくれ。俺は本当に同じ奴には情報を売ってはいないんだ。たしかに、胡散臭い奴に情報を売っていた。だが、それだけだ。」

「まあ、良いでしょう。私が占領する前の話ですし。

 ただし、これからも同じことをされると困るのですよ。

 この意味、解りますよね。」

「わ、解る。解ります。もう2度と情報は売らない。」

「その言葉を私に信じろと?」

「! し、信じて貰うしか。ま、まさか、俺を牢屋に入れる気か? それとも口封じのために!?」

「そうですね。そうすれば、2度と同じことは起こらないでしょう。」

「ま、待ってくれ。たのむ。そ、そうだ、忘れる。きれいさっぱり忘れるから。」

「忘れられないのでしょう?」

「!? お、お願いだ。もう2度と口に出さない。何でもする。何でもする。だから、だから、殺さないでくれ。」

「はい、その言葉いただきました!」


 俺は今までの能面の様な顔から一変して満面の笑みを作りながらそう言い放つ。

 張趙はその俺の変わり身に付いて行けず、目を見開いていた。


「なぜ私が君を殺す必要などあるのでしょうか?

 そもそもそんな事私は一言も言っておりませんし、思ってもいませんよ。

 でもまあ、私に対して何でもするという事ですので、私の所で働いてもらいますか。

 ()()していただけるのですよね。」


 固まっている張趙に対して笑顔のままそう宣言する。

 張延はただ小さくうなずいた。


「では、あなたの特殊な能力を生かして貰って、領民担当官として働いてもらいましょうかね。

 住民の苦情の対応等、色々な問題を解決してもらいましょう。

 君の情報はきっと役に立つでしょう。

 それから、ついでに私の貴族対策委員にもなっていただきます。

 皇国の全貴族とその交友関係なども全部覚えて貰うのでそのつもりで。」

「!! つまり、俺を雇うという事か?」

「ええ、そうです。その能力を他で使われるわけにはいきませんので。私の為に使って貰いますよ。」

「しかし、皇国の全貴族とか、多すぎだろう。」

「そうですか?この街の住人よりは少ないですよ。もちろん、嫌とは言いませんよね。」

「うっ、わ、分かった。協力させて貰います。」

「良いですね。分かりました。では、明日から来てください。詳しくは明日、職員が説明するでしょう。」

「わ、わか、りました。」

「では、今日はご足労ありがとうございました。」

「あ、いえ、失礼します。」


 その一言を最後に、張延は出て行った。

 これでまた、無二の人材を確保する事が出来た。

 今回は当たりが多い。次もあたりだと良いが。



 張延と入れ替わりに入って来た人物は、色白で見るからに不健康そうな青年だ。

 しかし、その鋭い眼光はどこか恐怖に駆られる。今度も犯罪者だろうか?

 警護の兵から報告書をもらう。


「名前は不明? 少女を付け回す趣味がある。か。」


 そう報告書を読むと彼を連れて来た警護を兵が報告を付け足した。


「報告書は昨夜作成しましたので、記載されておりませんが、今朝、この者の住家についての報告を口頭で行ってもよろしいでしょうか?」


 珍しく、報告書に記載されている事以外の報告もあるみたいだ。


「もちろんです。どうぞお願いします。」

「はい、報告書にも書かれておりますが、この者の住んでいる場所は不明でしたので、かなり捜索いたしました。

 結果、スラム街の住家を見つけ出した次第です。

 で、今朝、ご命令通りこの者を連行すべく、その住家に向かったのですが、この者は我らを見ると突然逃走を開始しました。

 確保後も抵抗著しく、応援を要請した程でした。

 あまりにも、行動が不自然であったため、この者の住家の捜索を実施。

 結果、少なくとも3人の少女の遺体を発見しました。」

「少女の遺体ですか……。少なくともと言うのは?」

「はい、その、3人の遺体は剝製はくせいや標本にされていて、それと分かったのですが……。

 その、その他にも、体の一部のみが、ビンに入れられている物がいくつかあったもので……」


 報告を行った兵士は、だんだんと声が小さくなりながらも、何とか最後まで報告してくれた。

 その顔は、思い出したくないとばかりに、かなりの渋顔だった。

 死体を量産する兵士がこんな顔をするとは、いったいどんな修羅場だったのか想像したくない。


「そうですか。報告ありがとうございます。

 物的証拠があるのでしたら、決まりですね。

 一応聞いておきますが、何か反論はありますか?」


 その俺の問いに、彼は何も答えず、ただ睨み返して来た。


「ないですか。では、今日1日恐怖を味わってください。

 この者を今日1日牢屋に入れておいてください。

 食事は与えないで結構です。明日の朝1番に処刑してください。

 処刑はあなたが行いますか?」


 最後の質問は、報告をしてくれた兵士に対してだ。


「ええ、お願いします。この者の首を落とさないと、気がすみません。」

「では、そのように。処刑後はそうですね、明日1日は政庁前にさらしておくのが良いですか。」

「1日では短い気がしますが。」

「そうですか?しかし、それ以上だと、衛生面とかが心配ですからね。1日で我慢してください。」

「は、我慢など、口答えして申し訳ありません。」

「いえいえ、意見を言ってくださるのはありがたいですよ。では、以上でよろしくお願いします。」


 俺が言い終わって、兵達が連行しようとした時、突然、彼がわめきだした。


「待て!待ってくれ!俺を殺すな!

 殺さないでくれ。頼む、何でもするから。

 反省する。反省しているから。殺さないでくれ。」

「反省ですか。信じられませんね。それに、殺さないでくれなど、命乞いですか。

 あなたが殺した少女たちは、同じことを言いませんでしたか?それをあなたはどうしたのか?

 一晩じっくりと考える事ですね。

 もうすでに決まった事です。良かったですね。捕まったのが私で、私以外ならきっともっと苦しい死に方でしたよ。

 それとも、あなたはその方が良いのですか。

 もうあなたと話す気はありません。出来るだけ苦しんで逝ってください。」


 その俺の言葉が終わると、兵士たちが引きずる様にして彼を連れて行った。

 俺はその後休憩を取らなければいけない程動揺していたが、しばらくして、何とか落ち着くことが出来た。

 横にいた尚蓮とガルガラも、紅茶を飲んで何とか落ち着けたみたいだ。



 皆も落ち着いたので、面会を再開する。

 しかし、その後は特に重要な人物はいなかった。良い意味でも、悪い意味でも。

 連れてこられた人間のほとんどが、指が4本だとかの少し変わった身体的特徴のある人物だったり、いわゆる同性愛者だったりと、文官に起用したい人物ではないし、また、犯罪者でももちろんない人物たちだ。

 もちろん、何のお咎めもなしで帰っていただきました。

 まあ、障害者にはなんらかの支援をしなくてはいけなさそうだが、今の所 それ程問題ないそうなので、保留である。

 そして、昼食もおえて最後の1人となった。



 分厚い眼鏡をかけた超遠視の男性を、お咎めなしで帰っていただいて、その入れ替わりに、最後の1人を連れて来る予定だった兵2名が入室する。

 そう、最後の1人は連れてこられなかったみたいだ。

 とりあえず、報告書を受け取り目を通す。

 連れて来る予定だった人物の名前は明玲ミンレイ。驚いた事に女性だ。

 住んでいる場所もわかっているようだ。しかし、その場所も意外な場所だ。

 そこは、「重京の東北東約15キロの地点。」って、華南部に村はないはずだが。

 そう思ったら、彼女は弟子と共に一軒の家に住んでいるようだ。

 なるほど、一軒だから村じゃないか。

 連れて来る原因となった噂は、「『魔女』だから。」

 って、『魔女』って本当か?まあ、魔法があるから魔女もいるか。

 「彼女が『魔女』と呼ばれる所以は、様々な魔法を使え、多数の魔法薬を作れるから。」か。それって、俺が喉から手が出るほど欲しい人材じゃないか。

 報告書を読み終えて、兵達に連れてこられなかった理由を聞いた。


「すみません。我々ではとてもではないですが、手に負えませんでした。

 弟子と言う人物が対応したのですが、その、とんでもない魔法の使い手でして、話も碌に聞いてもらえず、追い返されてしまいました。」


 なるほど、これは、一度自らが出向かないといけないみたいだ。

 いや、一度で済むかどうか。三国志ではないが、3度は行かなければならないかもしれない。


「解りました。報告ありがとうございます。因みに、帝国が彼女に手を出さなかった理由とかわかりますか?」

「事前調査では、帝国も『魔女』に手を出したみたいです。その時は100人以上の死傷者を出したとか。」


 100人規模って、会いに行く時はかなり慎重にしなければならないようだ。

 とりあえず、この件は先送りするが、早いうちに会いに行くべきだろう。


 こうして、俺の文官登用作戦は、まあ、いくつかの成果を出して終了した。


張趙を張延に変更させていただきました。

悪しからずご了承ねがいます。

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