帝国、本気の反撃?
街北側の城壁の基礎土壁が完成し、一息ついたので、午後は日課の書類仕事にかかる。
鉄次さんがかなりの量の書類をさばいてくれると言っても、まだ、それなりの量が回ってくる。
当面の問題は、エルフの移住先と、捕虜の対応だ。
エルフはドワーフ達と同様に人間不信に陥っているだろう。
本当は、魔法の使える者は騎士団に戦力として組み込みたいし、一般のエルフたちは伊勢侯爵の所に移住してもらいたい。しかし、そのように簡単に行きそうにない。
エルフたちの回復を待っての話となるだろうが、ドワーフ同様に、山岳部に新たに村を作って移住させることになりそうだ。まあ、薬草とかココの木を栽培してくれたら採算は取れそうだ。
捕虜に関しては、ここ重京に家族のいる者は解放しても良いかもしれない。それ以外の者は石切り場ででも働いてもらうか。一部を除いて捕虜たちはかなり協力的だし。
しかし、一部の間者容疑がある者や、素行不良者は戦争奴隷として皇都に搬送すべきとの意見がある。厄介払いにはちょうどいいかもしれない。
書類に目を通しつつ、今後の予定も考えていた時、突然扉が乱暴に開けられた。そんな事これまでなかったためにおおいに驚く。
「しょ、将軍。失礼します!第1偵察所から緊急連絡。『敵見ゆ』です。」
部屋に飛び込んできた伝令がそう叫んだ。
第1偵察所は、帝国の反撃に備えて重京の北側に出した偵察場所だ。
湿地帯の為、敵はほぼ間違いなく街道を進むはずである。
なので、この街道が見える位置に、北から第1と第2の二つの偵察所を設けたのだ。
偵察所と言っても、ただ、たこつぼをいくつか掘って、その中に食料などを保管し、少しの偽装をした程度の物だ。
偵察大隊の兵は、ココリアの町で魔晶石採掘の護衛として使用中なので、ここに詰めているのは、第2大隊の元狩人たちだ。
彼らは色々と役に立ってくれていて大変重宝している。
通信手段はモールス信号。昼間は穴あき鏡で、夜間は白魔晶石を入れた筒での発光信号だ。
簡単な文しか送信できないが、敵が来るのが事前にわかるだけでもだいぶ違う。
了解と再送要求を街側から発光しなければならないが、城壁が1回や2回光るだけで、多用しなければ敵は近くに偵察兵がいるなど気付かないだろう。たぶん。
そんな事前の準備が功を奏して、早い時期に敵を察知する事が出来た。
遂にこの日が来たのだ。俺は慌てて部屋を飛び出して行く。
装備は城門にも置いてあるので、とりあえずは青龍さえ持っていれば着の身着のままでよい。
しかし、早い。早過ぎる。まだ占領して10日しかたっていない。
上香まで馬車で1日半。部隊が移動するには2日は掛かる。なら、報告が行ってから進軍を開始するまで1週間もないことになるのだ。
城門に着くと、すでに警備に当たっていた第1大隊の第2、3中隊は準備が出来ていた。
現在は休養中の第1大隊の第1中隊があわただしく準備中だ。
第4、5中隊は街中に居るため今回は参加できそうもない。
第2大隊と第3大隊も動員できる兵はすでに準備を完了していた。
そして、到着するやいなや、俺自身の装備を装着中に第2報が届く。
第2報は第2偵察所からで、内容は『敵、500。軽歩300。弓200。』というものだった。
おかしい、おかし過ぎる。装備を整えながら疑問がいくつも思い浮かぶ。
まずその数。いくらなんでも500と言うのは少なすぎやしないか。
それに、街攻撃になるのに、軽歩と弓隊だけ?
極めつけにそのはやさ(・・・)。攻撃までの時間的早さもそうだが、行軍速度も異常だ。
第1偵察所と第2偵察所の距離を考えても、敵は騎兵並みの速さで行軍してきている。軽歩、つまり徒歩なのに。
疑問点が多い。頭の中で警鐘がなっている。この敵兵は何か裏がある。
これが囮で伏兵がいる?
いやそれはない。もしそうなら、伏兵は伏せながらこの兵と同じ速度で移動する事になる。そんな事、こんな湿地帯でなくても無理だ。
「将軍、間もなく準備が出来ます。作戦指示を……」
第2中隊長が指示を求めて来たが、手でそれを制す。今はまだ、作戦を指示できる状況ではない。
考えろ。敵は何を犠牲にして、何を強化している?
犠牲にしているのは、攻撃力か。装備が貧相で数も少ない。
では、その犠牲によって何を得ている?
いわずもがな、機動力だ。機動力と時間。俺達に時間を与えないつもりだ。
では、それによる。敵の狙いは?
こちらが準備できていない状態での奇襲?
それだけでは弱い。
低いと言っても城壁のある街だ。攻城側は3倍の兵力が常識だ。俺みたいに非常識な方法を取らなければ。
非常識な方法?
つまり、敵も何らかの非常識な方法で城壁を無効化できる?
どんな方法だ?
今わかっているのは敵の非常識な機動力。
機動力?
2次元ではなく、3次元でも?
城壁を無効化できる?
!!そうか! 忍者か!!
確かに、忍者並みの機動力(といっても、小説や漫画の中でのイメージだが)
それなら、こちらに正面から当たらなくても、街中に入れる。
敵の目的は忍者と考えるなら、テロ行為?いや、俺の首が目的か!
それならつじつまが合う。敵の異常性の。
では、どうする?
新しい要塞城門で迎え撃つか?いやダメだ。
城門は完成していない。工事中であちこちに足場や梯子がある。それらを壊したところでやすやすと登ってくるだろう。
それ以前に、まだこの城門は門扉さえないのだ。
街の低い城壁を無効化できるなら、街中での戦闘も不利だ。
では、湿地帯での迎撃か。しかし、まだ、罠は完成していない。
大がかりな罠は現在制作中で、小さなものは今回の敵には通用しそうにない。
どうする?これまで考えた作戦で使えそうなものは……。
! あれなら、そうあれなら大丈夫そうだ。いや、適案だ。
まずい、それなら、時間がない。あの作戦は位置取りが重要だ。
やっと考えが纏まり、作戦を聞きに集まった隊長達に大声で伝える。
「全軍に通達!作戦『乙の3番』!外で迎え撃つぞ!時間がない、準備出来次第移動を開始せよ!」
作戦を聞いた兵達は、すぐさま動き出す。
第1大隊は駆け足で出発。新しい城門の前に仮設で架けられた丸太の橋を越えて行く。
第2大隊は城門の完成部分に登って、俺達が敗走した時の援護体制を作って行く。
そして、第3大隊は装備の交換である。スコップと短剣という、通常装備から、弩の装備に切り替る。
そして、各々(おのおの)1m×500mmの板を持って集合し直している。
第1大隊が出発後本部も出発。その後を板を担いだ第3大隊が続く。
敵が速いので、時間との勝負だ。目的の迎撃地点まで急いで進む。
途中で、罠を作成する任務に当たっていた第3大隊の1小隊とすれ違う。
彼らには装備がないので、城門で第2大隊と合流し、投石器などを準備するように伝えた。
予定の地点に到着した時、敵の姿はかなり大きくなっていたが、何とか間に合ったみたいだ。
この地点は大きな沼の真ん中を街道が貫いている場所だ。
沼はかなり大きく、水深も深いが、浅瀬に丸太を沈めて石などで固定した街道は今もまだその役目を果たしていた。
丸太は所々朽ち初めて、一部は水が街道の上まで侵入していたが、十分に行き来できる。
この狭い街道の上が、俺が選んだ戦場だ。
ここなら、敵の機動力を制限できる。なにせ、横に4人並べば塞げる広さだ。
剣を振り回すなら前面の兵の数はもっと限られる。
到着と同時に第1大隊は槍を構え、第3大隊は弩の準備を開始する。
戦闘開始少し前にガルガラも何とか到着した。
「将軍。将軍はおれが守るから安心してくだせい。」
と粋な事を言ってくれるガルガラだが、その巨体で前に立たれたら、背中しか見えず戦況が解らないので少し横にずれて貰った。
どうやら敵はこちらが街道を封鎖したので、ここで戦う事にしてくれたようだ。
予想通り、剣を振り回すため敵は2列縦隊で向かってくる。
対するこちらは、槍なので基本攻撃は前後と上下、左右には振らないので4人が横一列に並び、槍衾の体制だ。
戦闘前面での数の優勢を確保できた。
敵の数は500で装備は軽装。
数はほぼ互角(急な事で動員数が少ない)だが、装備はこちらが短剣対槍、弓対弩と有利。しかし、個々の能力はこちらが圧倒的に不利。
まともに戦えば苦戦は必至だが、地の利を得たので、勝負は解らなくなった。
いや、ややこちらが優勢か。
ともかく、戦闘が開始された。
初撃はこちらの圧勝だ。
左右の移動が制限される中、第1列だけでなく第2第3列も攻撃に参加しての槍衾。
文字通り、逃げる隙間も無い槍の密度に敵の第1列と第2列は負傷、後退する。
さすがなのはこの密度の槍襖にも関わらず、致命傷を避け、自ら動いて後退した事だ。敵の身のこなしは半端ではない。
それを証明するように、こちらの第2波が準備出来る前に敵の第3列と思われる新手がこちらの第1列に肉薄する。
しかし、これは機転を気かせた第4列目の槍を立てた状態からのたたき落としがけん制。
敵が避けている所で第1列と第2列の槍衾で迎撃された。
4列目のたたき落としが味方に当たらなかったのは、きちんと整列していたおかげで、槍の上に槍が重なったからだ。
しばらくは、こちらの優勢が続いたが、攻撃の疲労から前線の兵が鈍った所で敵に内に入られた。
槍は懐に入られると弱い、一度前線が崩れると総崩れになりそうになる。
「敵に入り込まれたら、持ち場を放棄して沼に飛び込め!」
すぐさま新たな指示を出す。
槍は無くすだろうが、革鎧の槍兵は沼でおぼれる事はないだろう。
既に何人か負傷者が出ているようだ。
彼らは、敵兵みたいに後方に下がるスペースがないので、その場で倒れたままか、沼に自ら飛び込んで、無傷の味方に支えられて後退して来た。
両者共に負傷者を出しながら戦闘は続く。
徐々にこちらの列が短くなっていくが、敵の数も減って行っている。
しかし、このままではらちが明かない。そう、このままでは。
既に次の手は打ってあるのだ。
今まで何もしていない、敵の弓兵とこちらの弩兵。
両者とも、戦場が縦長なので攻撃できないのだ。敵は射程の関係で。こちらは射線の関係で。
しかし、その状況も終わりを告げる。徐々に列が短くなるにつれてパラパラと敵の矢が降り出した。
味方への誤射を気にしてかなり後方を攻撃してくるので、攻撃に参加していない兵は余裕を持って避けられる。
しかし、時間が経つにつれて、量が多くなってくるだろう。そうすれば、負傷者が出るかもしれない。
しかし、そうなる前に戦況は動いた。
今まで何もしていなかった第3大隊の兵達。
彼らは別に遊んでいた訳でも、戦闘に見とれていた訳でもない。彼らはせっせと戦場に展開していたのだ。
そう、沼の上を移動して。
沼と池や湖の違いはその水の透明度。沼はほとんどが泥なのだ。
その上は人が移動できない。何とか移動出来てもそんな所で戦闘はできない。当然、弓を引いたり、弩を撃ったりも。
しかし、第3大隊はそんな泥の上を板の上に乗る事によって移動して行く。
そう、持って来ていた板をひいて、その上にハーフボードの要領で寝そべりながら手足で漕いで移動する。
もちろん、その状態から弩を発射する事も可能だ。浮力が水よりも格段に高い泥だからこそ出来る芸当だ。
有明海で干潟を移動しながら行うムツゴロウ漁の様な感じだ。もっとも、こちらの方は半分以上水没しているが。
そんな感じで泥の上を移動した第3大隊が左右に鶴翼に展開。敵の正面を攻撃し始めたのだ。
敵は軽装。正面からは槍衾、左右からは弩による攻撃。おまけに得意の機動力は封じられている。
戦況は明らかにこちらに有利に動いた。この調子なら何とかなりそうだ。
敵も弩兵に気付いて、弓で攻撃を始めたが、もとより第3大隊の兵は伏せている状態。そんな状態の兵に、遠距離からの弓での攻撃がそうそう当たる筈もない。
もはや勝負がついたか?そう思った時、前線に動きがあった。
さっきまでこちらの槍襖を躱して近接を続けていた敵兵が、いったん攻撃を中断したのだ。
そして、しばらくして再度攻撃を再開した。しかし、この直後。敵最前列の兵の後ろから3つの影が飛び出した。
そう、文字通り、敵の前衛とこちらの前衛を飛び越えて、一気にこちらの列の真ん中に着地したのだ。
この攻撃に味方が乱れる。特に前線を飛び越した敵兵に、目の前に着地された兵は槍による対処は完全に不可能だ。数人が一気に無力化された。
しかし、すぐさま俺の初めの指示を思い出して、槍による攻撃が不能と判断した者は沼に飛び込んだ。
その為混乱は収束し、敵兵の周りに空間が出来る。
攻撃出来る空間を確保した兵が、その空間を利用して攻撃を開始しようとしたが、タイミングが遅れた。
敵兵の周りに空間が出来るやいなや、さらに後方の前線の陰から1つの影が飛び出す。
その影は、初めの影たちと同様にこちらの兵の頭上を飛び越して、3人の敵兵のいる場所に着地する。
そしてそのまま、敵兵の肩を踏み台にして高く飛び上がった。
飛び出した敵兵はどうやら覆面をしているみたいだ。頭には黒い布を巻きつけ顔の下半分にも黒の布で覆っている。
全身も黒い服で統一されていて、本当に忍者みたいだ。しかも、身のこなしもアニメの忍者並みである。
『敵の狙いは俺の首』俺はそう初めに仮定した。なら、この後の展開は……
そこまで、考えて慌てて馬を飛び降りる。
間違いなく敵はここに単身でも来るだろうからだ。
馬は直ぐに本部要員によって下げられて、俺の周りに空間が作られた。
本部要員は皆、自分の力量と俺の力量をわきまえていて、自分がいたら邪魔だという事を理解してくれている。
唯一、ガルガラが大剣を構えて俺の前に立ちはだかる。
その大きな背中が……、やっぱり邪魔だ。
敵の動きを確認するため少しずれて、前方を見つめる
飛び出した敵兵は驚くことに、こちらの兵を踏み台にして、もう1度ジャンプするところだった。
これで次の着地はこちらの兵の最後尾の後ろ、ガルガラの前になるだろう。
それに気づいたガルガラが大剣を大きく横に構える。
横なぎで敵を攻撃するつもりだろう。確かに、機動力の優れた敵兵は振り下ろしだととらえにくい。
それを見た俺は、青龍を最下段に構える。刃の部分を上に向けて、切っ先が地面に触れる様な構えだ。この構えで一気に振りかぶるつもりだ。
もし、敵がガルガラを越えて来るなら、敵は上から来るしかないからだ。
俺が構え終わるのとほぼ同時に敵兵が着地する。それに合わせてガルガラが横なぎを行った。
しかし、敵兵は羽でも生えているかのような身軽さで、着地と同時に再び宙を舞う。
もちろん、この展開はガルガラも読んでいた。ガルガラは驚くことに、右手を大剣から放して、拳で迎撃を試みたのだ。
空中に居る敵兵に、ガルガラの拳が迫る。
間違いなくヒットする。そう思った瞬間に敵兵がずれた。
なんと、敵兵は片手でガルガラの拳を斜めから受け、その反動で体をずらして直撃をそらしたのだ。
なんという早業。なんという空中感覚。とてもじゃないが、人間業じゃない。
そんなチート野郎が俺に迫る。
しかし、少し軌道がずれたが、敵はやはり重力には勝てない。
このままだと俺の前に落下してくる。
初めの作戦通り、青龍を振りかぶって迎撃できる!
上から下に落ちて来る敵に対して、俺は下から上に迎撃する。
普通に構えていたら、上から下に落ちて来る敵に対して、振り下ろして対応しなければならない。
そうなると両者が交わるのは点でしかない。そう、一瞬だ。しかし、今は違う。
俺は、下から青龍を振りかぶる。
そうすれば、両者は線で交わるのだ。相手がいくら身軽であろうと、避けられる攻撃ではない。
渾身の振りかぶり、落ちて来る敵兵。
完全にとらえた!
そう思った瞬間。敵兵は一気に伸びた。
今までは足を抱えるように丸くなって、短剣を逆手に構えて落下して来ていたのに、直前で大きく体を後ろに反らしたのだ。
そして、そのまま、空中で後方宙返りをしてくれた。
重心が後ろに下がって、回ったためか、体全体が後ろにずれる。
そう、あと少しの所で青龍の切っ先が敵兵の前を通過したのだ。
まずい!
そう思った瞬間、俺は振りかぶりの反動を利用して大きく後ろに飛ぶ。
しかし、敵兵は既に短剣を逆手に構え、着地の体勢。今から青龍を引き戻しても間に合いそうにない。
それでも、一部の望みを掛けて無理やり青龍を引き戻す、と同時に、着地の体勢を整えて迎撃しようとする。
しかし、やはり敵兵の方が早い。
既に着地と同時に飛び出す構えが出来ている。
そしてついに、敵兵の足が地面に着いた。
すぐさま跳躍して、こちらに飛んで……来なかった。
敵兵はそのまま、地面に吸い込まれて消えて行った。
覆面から出た目だけでも分かる、驚きの表情を残して。
何とか地面に着地した俺は、掛けていた保険がきいて安堵のため息を漏らす。
ガルガラは戦闘中にもかかわらず、地面にへたり込んでいる。
しかし、一番驚いたのは、落とし穴に落ちた敵兵だろう。
そう、実は、初めに青龍を刃を上にして構えた時に、切っ先を地面につけて魔力を送っていたのだ。
そうして作った落とし穴の底は、ガルガラも掛かった砂地獄。
かなりの高さから砂地獄に落ちた敵兵は半部以上砂に埋もれて動けなくなっている事だろう。
すぐさま戦闘を終了させるべく声を上げる。
「敵将生け捕ったり!!」
戦法と身のこなしから見て、俺に攻撃を仕掛けて来た敵兵が敵将で間違いないだろう。
事実、声を上げて直ぐに敵の攻撃はやんだ。
初めに飛び出した、3人の敵兵も槍兵に囲まれてへたり込んでいた。
何とか戦闘に勝てたみたいだ。
そう安堵して、捕えた敵兵を確認するために穴を覗き込んだ。
瞬間。銀色の閃光が走る。
慌てて首を傾けて顔をそらすと、その閃光が頬をかすめて行った。
穴の中では、短剣を投擲した姿勢のまま、胸まで砂に埋もれている敵兵がいた。
背筋を冷たい物が走る。
危なかった。
不用意に穴を覗き込んでしまったようだ。
しかし、最後の抵抗も躱されて、肩まで砂に埋もれた敵将はただもがくだけだった。
俺は再び地面に魔力を流し込み、まず敵将の手首と足首の周りの砂を石に変える。その後、地面をせり出させて、敵将を地上に上げた。
後は、穴を元通りにして終わりだ。
敵将は手足に石の手錠(足錠?)をはめられてしばらくもがいていたが、ガルガラに軽く担がれてしまった。
こちらが勝利したのを城壁から確認したのか、衛生隊の馬車が城門から出て来てこちらに向かって来ていた。
機動力と治療後の負傷者の輸送を考えると、馬車で向かってくるのは妥当だ。
誰の判断かはわからないが、どうやらいい考えをした部下がいるようだ。
すでに、兵同士での簡単な応急処置が始まっていたが、衛生隊が到着すると治療が本格化するだろう。
敵軍は、全兵がなぜか逃走せずに投降するようだ。すでに武装解除と捕縛が始まっていた。
また、沼に飛び込んだ兵の救出も始まったようだ。こちらは主に第3大隊の板上弩兵が行っている。
「将軍、直ちに街にお帰り下さい。領民が帝国の攻撃を耳にして騒ぎが起こっております。」
衛生隊が到着すると、第1小隊長が面倒な報告を持って来てくれた。
「ガルガラ、後は任す。」
仕方がないので、事後処理はガルガラに任せて街へと急いで戻った。
政庁前では商人や侍といった少し余裕のある人々が騒いでいた。
俺の公共事業に参加している人々は仕事を続けているから、必然的に騒げるのはある程度余裕のある人々になる。
そんな人々の集まりの前に馬で乗りつけて、大きく帝国兵撃退を表明する。
「俺がここに居るのが何よりの証拠。これ以上騒ぎを大きくする場合、取り締まる。」
そう言うと、皆慌てて解散して行った。
城壁要塞が完成すれば、人々の不安も解消できるだろうが、それまでに次の攻撃が来ない事を祈らなくてはならない。