思わぬ収穫
侵攻作戦開始が決定した翌日。午前中に命令書を各部に配布し終え、午後からは準備状況を見てまわっている。
巡視とか言えば聞こえはいいが、実際は部屋でじっとしていられないだけだ。
既に、この段階で俺の出来る事はない。後は部下たちに任せるだけだ。
と言う訳で、する事はないがじっとしていられない。なので部下たちの邪魔になる事は重々承知しているが、駐屯地内をウロウロする事になった。
まず初めに行ったのは、捕虜たちの所だ。此処が一番邪魔にならない。
報告書通り、捕虜たちは大人しく畑仕事に励んでいた。
なんでも、ただ食料をもらうだけでは申し訳ないとかで、野菜や芋を育てている。まあ、収穫はかなり後になりそうだが。
少し近づいて話を聞こうとしたら、あっという間に柵に捕虜たちが詰めかけて騒動になってしまった。
捕虜たちは何時になったら俺の役に立つ仕事に就かせてくれるのかと直談判したつもりだろうが、警備の兵からは俺に捕虜たちが詰め寄っているようにしか見えない。
完全武装で警備についていた第1小隊の兵に保護されてしまった。
俺が止めなければ、彼らは捕虜に殴り掛かっていたかもしれない。
誤解って怖いね。
結局双方を説得出来て事なきを得たが、これからは軽率な行動はよそうと心に決める。
といっても、そのまま部屋に帰らずにさらに駐屯地をさまようあたり、本当に反省しているのか怪しいが。
捕虜収容所では騒ぎを起こしたが、今度は騒ぎに首を突っ込む事にした。
騒ぎが起こっていたのは、補給部隊用の倉庫の1つだ。その倉庫の前で2人の人物が言い争っていた。
争っているのは補給部隊長の雅と、偵察隊の秀男だ。両者とも2人の部下を連れているが、彼らは言い争いには参加していない。少し怒っている様な、残念なようなそんな顔をして、口論の結果を待っている。
周辺のその他の兵は気にはしていたが、しっかりと与えられた仕事を忙しそうにこなしていた。
そんな現場を見れば、首を突っ込みたくなるものだ。
「何があったのかね。」
そう声を掛けると、二人とも驚いて此方を見た。
「しょ、将軍様。どうしてこのような場所に?」
まず口を開いたのは雅のほうだった。
「なに、巡視中に気になったから来てみた。」
「そ、そうですか。実はですね、彼が規定以上の物資を寄越せと言って来たもので、その、どうすべきか困り果てていたのです。はい…」
そう答える雅に秀男が食って掛かる。
「別に私利私欲で寄越せって言ってるわけじゃないだろう!必要だからいつもより多めにくれって言っているだけだ。」
「で、でもですね。その、規則で決まっている事ですので、はい。
その、1回認めたら、他の人もですね。
その、はい、次からも出さないといけなくなると、その、我々もですね。
はい…。」
「なるほど、で、秀男さんは何が欲しいんですか?」
「弓矢だ。今回は2週間の行動予定だから、予備にもう一束、20本欲しいんだ。なのに、この野郎と来たら、規定の20本しか出せないと言ってきやがった。」
「その、私の意見では。ただ、規則は規則だとその、申し上げただけで…」
「なるほど、つまり、秀男さんは規定の20本の他にさらに20本弓矢が欲しいと。そういう事ですね。」
「そうだ。」
「理由を聞いても?」
「ああ、今回は偵察に2週間掛かるんだろ。
2週間分の食料となると大した量だ。どうしても6人じゃあ運べない。だから、途中で狩りをして食料を補給しなければならない。
だが、狩りに弓矢を使うとどうしても使えなくなる矢が出てきてしまう。だから、戦闘用以外に矢が欲しいんだ。」
「し、しかしですね。携帯食料なら、2週間分でも持ち運べる、はず、です。そんなに重たくないしですね。はい…」
「お前な!あんな、パサパサでうまくない飯を2週間も食い続けろというのか?テメエは自分で食った事ないからそんなことが言えるんだ。」
「わ、わたしだって、食べたことぐらいありますよ。はい、1度だけですが、で、でも、だからと言って」
「1度で嫌になったから食ってないんだろうが!」
と、二人はまた口論を始める。手が出てないからまだいいが。
しかし、どうするか。
弓矢の携帯が20本に定められているのは確かだ。しかし、これは第2大隊等の弓矢隊に対して定めた規定だ。そもそも、普段弓兵が携帯する矢筒には目いっぱい詰め込んで20本しか入らない。
それに、弓矢の有効射程からは、だいたい、俺の部隊の練度で4本撃てば騎馬隊は弓兵の所まで突進出来るし、軽歩兵隊も10本撃つ間に攻撃されてしまう。
つまり、20本とは結構余裕のある本数なのだ。弓兵は前方の味方の陰で弓を撃つが、20本撃ち尽くす頃には乱戦になっていて効果的な弓攻撃はできない。なので、矢がなくなると、後退して補給する手はずだったのだ。
防御戦闘で、城壁上から矢を放つ際は、小隊毎に近くに補給場所を決めておいて、そこに矢を射ちつくしたら補給にいく。
その補給所は、補給部隊の兵が見回って、一定数が常にあるように補給していくという計画を立てていた。
しかし、今回の場合。秀男たちは出発すると容易に補給できない。なので、はじめから多く持っていくのは理にかなっていた。
「まあまあ、少し頭を冷やしてくださいな。」
さらに、口論を続けて顔を真っ赤にしている二人をなだめる。
「雅さんは秀男さんが正当な理由で矢が欲しいのは解りましたよね。」
「ええ、はい、それはその、解ってはいるのですが、はい、いかんせん規則がですね。はい…」
「そうですね。で、秀男さん。あなたの要求が規則によって禁止されている事は理解されていますよね。」
「ああ、だからこうして、雅に直に話を持って来たんじゃねぇか。」
「はい。私にも、2人の言い分は正しいと思います。しかし、両者の主張が平行線なのも事実です。
2人とも正しいのに、話が纏まらない、ならばそれは規則のせいでしょう。
雅さん。只今を持って、正規の弓兵隊以外の弓兵には、補給部隊のしかるべき人物が判断した場合にかぎり、20本以上の弓矢を携帯する事を認める事にします。
文書は追って出しますが、とりあえず、この場は秀男さんに弓矢を後20本支給してください。」
「は、はい。わ、分かりました。す、直ぐに、用意します。は、はい…」
そう言うと、すでに隣の部下が用意していたのか、弓矢の束を秀男さんの部下に渡していた。
「ありがとよ。これで任務が達成できそうだ。雅、感謝するぞ。」
「わ、私は別に、その、規則にしたがっただけで、その、はい、規則が変われば、その、また、その規則に従うだけでして、はい…。」
「それでも、礼は言っておく。じゃあな、まだほかに準備があってな失礼する。」
そう言うと秀男さんは隊舎の方に向かって歩いて行く。
「わ、私もこれで、その、失礼いたします。です、はい…」
雅さんもそう言って倉庫に消えて行った。
まあ、何とか丸く収まったようで何よりだ。とりあえず、さっきの規定変更の文書を書くか。と、俺も隊舎に向かって歩き出した。
隊舎に向かう途中。秀男さんが数人の男たちと立ち話をしていた。
相手は見た事がないので、俺の騎士団員ではなさそうだ。装備も皇国の支給品とは違う。たぶん、秀男さんの知り合いの侍だろう。
その見解は当たっていた。ただし、彼らが用があったのは俺だったが。
「将軍。こいつらが、あんたに用だってよ。」
近くまで行くと、秀男さんがそう叫んできた。
「ちょ、ちょっと秀!将軍様に対して、その口のきき方は……」
隣の侍たちが慌てている。
「大丈夫だって。こいつは口のきき方なんか気にする奴じゃない。」
まあ、確かに俺は口のきき方なんか気にしないが、さすがに将軍をコイツ呼ばわりはないんじゃないかな。
「確かに口のきき方はあまり気にしないが、他の一般兵や民間人がいる前で、コイツ呼ばわりしたので、減給1割な。」
そう返すと、「そ、そんなぁ!」とオーバーに落ち込んでいた。
とりあえず、秀男さんは放って置いて、訪ねて来た侍に要件を聞く。
「はい、実は、多分将軍様が探しておられた、『ごむ』という物だろう物が見つかりましたので、ご報告に。」
「え、見つかったの!!それは凄い朗報だ。ついて来てください。詳しい話を聞きますから。」
そう言って、足早に隊舎に戻る。
隊舎の応接間でソファーに腰かけて話を促す。立ったまま話そうとする侍達に、座るように言って、近くの兵に茶も用意させた。
「で、何処でゴムを見付けたんだ。」
「ま、待ってください。まだ、これが将軍様が探しておられる『ごむ』と決まった訳では無いので。」
そう言って、侍は胸元からこぶし大の白い塊を出した。形は紙粘土をこねて一塊にしただけの様だ。
さっそく、手に取って見る。
想像より少し柔らかいが、間違いなくゴムだ。引っ張ってみたが、伸びて細くなったり、千切れたりせず、弾力がある程度だ。十分に使えそうだ。
「間違いない。これは私が探していた物だ。」
「そうですか。それは良かったです。」
「うむ、で、何処でこれを?」
「はい、実は、ココリアの町の狩人に教えて貰ったのです。ココの実の中に似たような物があると。」
「ほう、ココの実?それはどんなものだね?」
「はい、これです。」
侍のリーダーは傍のリュックからサッカーボール位の大きさの実を取り出した。
ヤシの実みたいだが、形は大きなどんぐりだ。
「これがココの実で、中にその白い層があります。」
「なるほど、見せて貰っても?」
「いえ、ここでは無理です。」
「ここでは無理とは?」
「はい、ココの実は別名『火の種』と言われてまして、割ると大変燃えやすい液体が飛び出すのです。」
「なるほど、では、外でやろう。」
そう言って、隊舎の外に出る。隊舎から少し離れた所で、ココの実を解体してくれた。
ココの実の笠の部分をナイフで引きはがす。そして、中身を石のボールに移した。
このボールは、彼が中身を地面にこぼそうとしたので、俺が黄色魔法で作った。
ボールには少し茶色がかった液体が結構な量たまった。てんぷら油とかほど粘度はなく、水みたいだ。
そして、空になったココの実を縦に半分に裂いた。
なるほど、確かに中には殻の内側に白い層があった。
その層を手ですくってみる。簡単に手にとれた。なんかヨーグルトを手ですくった感じだ。
「えっと、将軍様。そのままでは固まりません。その白い層を湯煎で乾燥させると先ほどの様な塊になります。」
「うむ、湯煎か。煮詰めたり、天日干しにしてはだめなのか?」
「はい、その白い層にも『燃える水』がしみ込んでいまして、加熱すると燃えだすのです。」
「なに、そんなに簡単に燃えるのか?」
「はい、その器に入った状態でもしばらく陽に当てておけば燃えだします。」
「そんなにか。」
そう言われてボールの中の液体を観察する。ボールの向こう側が揺らいで見えた。陽炎がたっている。どうやら常温で気化するようだ。
このままだと爆発しそうだったので、近くにいた兵に赤魔晶石を持って来てもらい、燃やしてしまう事にした。しかし、その兵が戻って来る前に、『燃える水』は自然発火してしまった。
幸い、気化したガスに引火して爆発とかはしないみたいだ。ただ、水の表面だけが燃えていた。なんとも不思議だ。
「この実はこの辺で採れるのかね?」
「はい、この辺りに多数自生しています。」
「この『燃える水』が利用されていない理由は?」
「危険すぎるんです。保管していても、なんかの拍子に突然燃え出します。
こんな危険な水を使うくらいなら、赤魔晶石の方がよっぽど便利です。」
なるほど、たしかに、赤魔晶石なら点火も消火も簡単だし、保管中に燃え出したり量が減ったりはしないな。
丁度火が出来たので、もう2つ石のボールを作って水を沸かし、白い層を湯煎してみた。
白い層は直ぐに固まり出し、ゴムになった。便利な事に、湯煎する時間で固さが変わるみたいだ。
また、侍が言うには、一度固まればそれ以上固くなったり、また自然発火する事もないそうだ。
何とも便利な不思議物体である。
こうして俺はこの世界で更に2つの物を得る事ができた。
1つは『ゴム』でもう1つは『燃える水』だ。
これらは色々な使い道が出来る。今後の展開次第だが、かなり戦が楽になりそうだ。
ちなみに、ココの実を見つけて来てくれた侍達には、侍所への証明書類の他に臨時ボーナス的に金貨を渡した。
彼らは大変喜んで皇都に帰って行った。