魔晶石の付録?
カーラシア村に到着した翌日。
副将軍以下団員たちは新旧の仲間たちと交流を深めていた。午後からは新旧合流後の初訓練を部隊ごとに実施予定だ。
そんな中、俺は一人馬に乗って駐屯地を後にする。
明日には帰る予定だが、この機会にどうしても行っておかなければならない所があったのだ。行かなければならないと言うよりは、会わなければならない人物がいるのだ。
彼の名は真田勝彦男爵。山間の盆地にある町、『ココリア』の領主である。
ココリアの町は、カーラシア村から北東方面に延びる山道の先にあり、古鷹砦に向かう街道とは別の道の先にある。
この山道はココリアの町にしかつながっていない。つまり、真田男爵の所領はココリアの町だけで、他に村はない。
ココリアの町自体もジジカ村より少し大きい程度で、ブレードヒル村よりもかなり小さい。
なぜ、そんな小さな町に用があるのかといえば、この町で採れる鉱物に用があるのだ。
ココリアの町は小さいながらも鉱山町で周辺の山からいくつかの鉱石が捕れる。主に鉄と銅、錫を取り扱っている様だが、皇国でも数少ない魔晶石の鉱山もあるのだ。
そう、俺はこの魔晶石に用があって細い山道を登っているのである。
ココリアの町は皇都で調べて来た通り、周囲を山に囲まれた小さな町だった。
町の直ぐ東側に鉱山の入り口が見える。
入り口の周囲には多分、鉄鉱石と思われる石が積まれており、いくつかの小山を形作っていた。
入り口から忙しなく石を運び出す鉱夫の人達の姿も見える。
真田男爵の屋敷はこの町で唯一の2階建てで直ぐに分かった。
門の前で馬を下りて不審そうにしている門番に自分の名前と男爵に面会したい旨を伝える。
門番はそれを聞くと慌てて屋敷の中に駆け込んでいった。
門番が屋敷に駆け込んでしばらくすると、今度は執事の格好をした初老の男性が扉から飛び出して来た。後ろに先ほどの門番さんもついて走って来ている。
執事さんが俺の前に来て息を整えてから、身分を確認出来る物を見せてくれないかと丁重に訪ねて来たので、国王様から頂いた銀の懐刀を見せた。
脇差ほど大きくはないが、江戸時代の武士よろしく青龍と2本同時に腰に差すのがマイブームだったのだ。
赤穂様も普段から腰に黄金の懐刀をさしていたし、これまであった貴族の人達もどこか見える位置に懐刀を持っていたのでこれが貴族の証明みたいなのだ。
懐刀を確認した執事さんは直ぐに屋敷の中の応接室に案内してくれた。
そういえば、この真田男爵の屋敷は洋館だ。
周りの建物も石造りの洋風っぽい民家が並んでいる。男爵の趣味だろうか。
街の建物が洋風だとはさすがに皇城の書物にも書かれていなかった。
応接室に入って、メイドさんから紅茶を頂く。
紅茶を1口すすった所で真田男爵が応接室に入ってきた。お早い到着で。
突然伺ったから、慌てさせてしまったのか額に少し汗がにじんでいた。
真田男爵は見た目50代位の、白髪交じり始めた髪をオールバックにしている。こちらも白髪が混じり始めた口髭がダンディだ。
俺はカップを置いて立ち上がり、真田男爵に話掛けた。
「初めまして、五十嵐颯太です。突然お邪魔しまして、申し訳ありません。事前に連絡する余裕がありませんで。」
連絡する余裕がなかったのは本当だ。
もっともこの余裕は時間的な物ではなく人材の余裕だ。
俺が個人的に動かせる伝令などいないし、新たに俺の伝令として配置された人間は皆ココリアの町を知らなかったのだ。
だから、突然お邪魔する事になった。
俺の伝令達は今頃先輩たちから周辺の地理と、伝令を届ける先の主要人物。それから、周辺の町の伝令取次所の利用方法など詳しい事を叩き込まれている事だろう。
馬に乗れるからという理由で配置したのは間違いだったかもしれない。
そんな訳で突然お邪魔することになったのだ。
「いえいえ、訪ねて来ていただいて恐縮です。私が真田勝彦です。どうぞ、お掛けになってください。」
勧められてソファーに座り直す。真田男爵も座って向き合った。
「して、今日はどういったご用件で?」
「実は、この町に魔晶石が採れる鉱山があると聞いてやって来たしだいです。」
「魔晶石ですか。確かにこの近くで採れますが……。あまり採掘していないのですよ。」
「何か、問題でも?」
「まあ、簡単に説明すると、高く付き過ぎるのですよ。」
「高く付き過ぎるですか?」
「はい。魔晶石の鉱山ですが、この町からさらに山を登った所にあるのですが、この鉱山周辺に魔獣が出るのですよ。」
「魔晶石は自然の魔力量が多い所で採掘されるから魔獣が出るのは当たり前でしょう?」
「ええ、そうなのですが、この町にはその魔獣を倒せる者がいないのですよ。
ですから、採掘を行う時はゼノンの侍に護衛してもらわなければならないのです。」
「なるほど、だから高く付くと。」
「はいそうです。しかも高い護衛料を払って採掘しても、魔晶石の需要が多いのは皇都周辺です。そこまで運ぶのにもまた、高く付くのですよ。
結果、この街の魔晶石はゼノンの街など周辺の町での需要が多い時に限って採掘していると言うのが現状です。」
「なるほど。では、鉱山への護衛をこちらで手配すれば魔晶石を供給して頂けるのでしょうか?」
「それはもちろん。ですがなぜこの町から?」
「先ほどの理由と同じですよ。ゴールドラッシュからでは輸送するのが遠過ぎるからです。」
本当は他にも理由があるが、別に良いだろう。
「なるほど、ではこの辺で必要だという事ですか。古鷹砦あたりですかな?」
「いえ、私の領地でです。」
「五十嵐殿の?失礼だが、将軍はまだ領地を拝命していないと思うのだが?」
「はいそうです。これから手に入れて来る予定です。」
「手に入れる?では、帝国領から?」
「ええ、華南部の一部を切り取るようにと、国王様から命じられております。」
「それはそれは、ご勝利を祈っております。」
「ありがとうございます。ところで、魔晶石の埋蔵量と大きさはどうなのですか?」
「埋蔵量ですか?鉱夫の話だとかなりの量がまだ眠っているそうです。大きさもゴールドラッシュの物に引けを取りませんぞ。」
「それは良かった。では時期が来れば護衛を送りますので、採掘を開始してください。たぶん出た量すべて買取させて貰う事になると思いますので。」
「そんなに必要なのですか?解りました。では、その時はご用意させていただきます。」
「お願いします。これで問題が一つ解決しました。」
「魔晶石がそれ程重要なのですか?」
「ええ、まあ。」
「何に使うのか教えていただいても?」
「そうですね。まあ、いろいろと使い道を考えています。ですが、一番は鉄ですね。」
「鉄ですか?」
「ええ、私が考えている領地造りには大量の鉄が必要なんです。」
「なるほど、なら大量の魔晶石が必要ですな。」
「そうなんです。」
鉄と聞いて納得してくれたのか、それ以上真田男爵は追及してこなかった。
本当はもっと他に色々な使い道を考えているのだが、それは説明が困難だし、情報を漏らされると困るので助かった。
しかし、真田男爵はそれとは別の困った事を引き起こしてくれた。
事の始まりは会話が一段落したこの時、私のカップが空なのに男爵が気付いたためだ。
話の最中に何度か喉を潤すために口を付けたのだが、気が付けば空だった。
男爵は手を2回叩いてお茶のお代わりを要求した。今思えばこの時の回数が取り決めだった様な気がする。
お茶思って入って来たのはメイドさんではなく、ドレスを着た女の子だった。歳は十代中頃だろうか、桜香より年上に見える。
そして、そのまま3人でお茶会が始まった。
「五十嵐将軍。紹介しよう。娘の小春だ。」
洗礼された手つき小春さんがお茶を入れ終わった後にそう男爵がきりだす。
「初めまして小春です。」
「ご丁寧にどうも。五十嵐です。」
「将軍は今日は1泊していくのでしょう?」
「はい、出来ればお泊め頂こうと思っておりました。」
「もちろん構いませんよ。今頃はもう準備出来ているでしょう。
いまから帰られれば、カーラシア村に着くころには日付が変わっていますからな。」
「はい、ありがとうございます。」
「なに、大切な客人ですから。御用も済んだようですし、夕食までしばらく3人で話しませんか?色々聞きたいこともありますし。」
「作戦に関係ない様な事でしたら。」
「それはもちろん、将軍にご迷惑が掛からない範囲で結構です。」
とこの後夕食までの間、1刻あまり話をすることになった。
内容は……。
俺の周囲の状況と生活の事。
小春さんの性格。
小春さんの容姿について。
周辺の貴族たちに適齢の男子がいない事。
ココリアの町の発展に必要な事。
真田男爵はその領地の場所と狭さから周辺の領主たちぐらいしか相手にされないと言う事。
何が言いたいか明白だろう。端的に言うと、『小春を嫁にどうか?』という猛アピールである!!
小春さんは今14歳。それ程とび抜けて綺麗というわけでは無いが、美人である。
背も高く、まだ14歳なのに俺の肩くらいある。
胸も発展途上だが、桜香や百合花よりも大きく思う。まだかなりつつましやかではあるが。
そして教養も高そうだ。
嫁にくれるなら「喜んで」と答えるだろう。
後5,6年経てば。
そう、若すぎるのだ。こんな中学生くらいの女の子を捕まえて結婚しろなど、俺はロリコンじゃない。
だが、現実は厳しかった。夕食時からは奥方も参加して、あの手この手で勧めて来る。
とても料理の味などわかったものではない。
男爵本人は、俺の貴族との友好関係を説明し、赤穂様には娘はいないと説得してくる。
奥方は、いかに娘が素晴らしいかを話してくれた。
極めつけは、小春ちゃん(『さん』というより『ちゃん』と思うくらい若く感じるのだ。)の「私の事嫌いですか?」の一言である。
なんて答えればいいのだよ!!
とりあえず、「今は帝国との戦争の事しか考えられないので、戦争に勝利して、領地経営がうまく行けば考えます。」とお茶を濁したのだが、「では、その時まで婚約という事で」と押し切られそうになった。
いやいや、「婚約するかどうかをその時決めます。」と何とか逃げれたけれど。
まあ、問題の先延ばしは悪くない。
小春ちゃんもその時までに白馬の王子様が現れるかもしれないし、それに 俺の中の問題はとりあえずその年齢だ。先延ばしすればそれがクリアされる事になる。
そうすれば本気で考えても良いだろう。
しかし、結婚適齢期低過ぎ!もう少し待てないものかな……
こうして、魔晶石の入手にはめどが立ったのだが、新たな問題を抱えて次の日の朝ココリアの町を後にし、カーラシア村の駐屯地に戻ったのである。