再編、晴嵐騎士団
皇都に帰還してから1カ月が過ぎた。この1カ月でかなりの情報が集まった。
一番多くの情報をもたらしたのは捕虜達である。
彼らの情報には驚くべきものが多数含まれており、大変貴重であった。
事の始まりはカーラシア村の捕虜収容所からもたらされた第1報である。
皇都に帰還した3日後に到着したその情報に
「何人かの捕虜達が皇国への亡命を希望している」
というものがあった。
とりあえず、今すぐには亡命させることが出来ない事を伝えたうえで、亡命希望者の人数と亡命理由を聞くように指示を出した。
そして、その返答として帰って来たのが
「このまま帝国に帰れば処刑されるからだ」
という理由だった。
気を利かせた部下が処刑される理由についても聞いてくれたみたいだ。
「戦闘で生きて帰って来た場合は敵前逃亡とみなされる」
という理由が帰って来たらしい。
「戦闘中に何人か帝国方面に逃亡した兵達もいたが、彼らはもう生きてはいだろう。
生きていたとしても、それは帝国には帰らず、山岳部で隠れて過しているからだ。」
とも語っていたらしい。
その他にも、戦場では占領地の兵を後ろから、本国の兵が槍で突きながら前進させ、後退した者は容赦なく刺殺する事もあるそうだ。
どこかの社会主義国みたいだ。
亡命希望者もほぼ全員みたいで、くれぐれも帝国には生きていることを知らせないで欲しいと泣きつく者までいる始末。
捕虜になったことがばれると家族が処刑されるみたいだ。
まったく、とんでもない国である。
「当面は捕虜としてカーラシア村の収容所で過ごして貰う事になるが、
その存在は帝国にはばれないように配慮する」
と言って捕虜達を安心させるように命じた。
実際、山岳部を超えてさらに、鷹ヶ城と古鷹砦を抜けた先のこのカーラシア村にある収容所が帝国にばれる事はないだろう。
こちらがばらさなければ。
そして、今度は帝国に居る家族の事や帝国での暮らしについて聞くように命じた。
この際、軍事関係は一切聞かない様にと念押して。
まあ、一部の捕虜たちは自分を亡命させてくれたらどれだけ役に立つか示すためにべらべらと軍事機密を垂れ流す者もいるみたいだが、
裏が捕れなければこの情報はあまり信用できない。
それよりも、家族を案ずるが故の情報や本人と家族の帝国での暮らしについての情報から得た事の方が信用できかつ重要だったりする。
こうして集まった情報をまとめていくとかなりの事が解って来た。
まず、華南部の地理についてだが、
皇国との山岳部を抜けると紅河までずっと湿地帯が続いているようだ。
紅河は帝国本国と華南部の間を流れる幅20キロ以上の大きな河でそのまま東のシュウ王国を抜け海にそそいでいる。
東は皇国との山岳部から流れ出る紅河の支流を境にシュウ王国と接しているが、
支流の東側は森林地帯で直接シュウ王国と接しているという訳では無いみたいだ。
西側は皇国との山岳部が紅河までせり出しているために、こちらも隣の国との国交はないらしい。
河南国は昔はシュウ王国とは紅河と通じて国交があり、皇国とも山岳部を越えて国交があった。
帝国とも国交があったらしいが、占領されてからは帝国以外の国との行き来は途絶えたみたいだ。
街や村についてだが、
河南国時代は首都『王京』の他に、
皇国との山岳部の入り口に『重京』、
紅河のほとりに『上香』と3つの街が南北に並ぶ形であった。
しかし、現在は首都『王京』は帝国との戦争で廃墟となり放棄されたそうだ。
河南国時代にあった多くの村々は帝国に占領されて、多額の税を納めなければならなくなり、次々に廃村、今ではもうないそうだ。
つまり、今現在は華南部には『重京』と『上香』以外に人の住んでいる所はないそうだ。
なんとも凄く悲惨な事になっている。
悲惨なのはそれだけではない。
人が残っている『重京』と『上香』もかなりのスラム街を抱え、治安も悪化。
飢えと病の流行で人口もかなり減っているようだ。
あの街で人の暮らしをするには、帝国人に媚いるか、兵として命を懸けるかのどちらかしかないという。
しかも、それに追い打ちをかけるのが帝国が施行した身分制度だとか。
その内容も人種差別万歳で、さらに帝国至上主義って感じだ。
まさに、帝国人でなければ人に非ず的な。
しかも帝国人でさえも容姿端麗、つまり金髪碧眼でなければ出世できないとか。
なんかどこかの第三帝国みたいだ。
そして、身分制度の最下層に位置するのが、エルフやドワーフ、そしてビースト達なのだとか。
彼らは亜人と呼ばれて蔑まされて、奴隷以下の扱いだそうだ。
それこそ何もしていないのに殺されても文句言えない程の。
正直言葉もでない。
典型的な間違った植民地経営って感じだ。
しかもこれでは、占領しても経済を立て直すだけでかなり大変そうだ。
初めは出費がかなり掛かるし、そこから利益が出るまではいったいどれ位必要だろうか。
だが、なぜか俄然やる気が出て来た。
とりあえず、帝国は敵国認定でボコボコにしてやりたい。
そして、旧河南国の人々を解放しよう。
まあ、解放と言っても皇国領にして俺の領民になって貰うのだけれども現在よりかはかなり良いだろう。
そう思われるだけの領地経営を行っていけたらと思う。
大変そうだが……。
捕虜からの情報以外にも侍達からの情報も貴重な物ばかりだ。
侍所を通して依頼していた侍達は3週間が過ぎた頃から帰還し始め、半分近くがすでに情報を持って帰って来た。
ここ数日はそれらの情報を基に新たに地図を作製する作業に追われている。
その結果、1ヶ月前に作った地図など比べるまでも無いような正確な地図が出来上がりつつある。
まず、魔獣やモンスター達の生息状況だが結構危険な魔獣が多数確認されている。
しかし、いずれも街道からは離れており、当分の間は放って置いて問題ないだろう。
いずれ鉱山を開坑する時に付近に危険な魔獣がいれば掃討しなければならないかもしれないが。
そして、その鉱山だが、鉄が産出する箇所がいくつか見つかった。
その内の1つは直ぐ近くで銀も産出するみたいだから、ここを今後開発して行く事になりそうだ。
今はまだ無理だが、重京占領後は何とかしたい。
一方ゴムに関してだが、これは残念ながらまだ見つかっていない。
皇国は結構暖かい気候でジャングルとまではいかないが、森は熱帯雨林に近い感じになっている所がある。
山岳部も標高が高く涼しい所があるが、山間の盆地の様な所は雨が多いのかジメジメしている所があり、結構大きな木が群生しているのだが。
非常に残念だ。
もしかしたら、この世界にはゴムはないのかもしれない。
しかし、似たような性質の物があってもよさそうなのだが。
そして、最後に地形についてだが、先に述べたように街道を中心にかなりの情報が集まっている。
そしてこの中に侵攻するに際して最大の懸念であった野営地について、最適な場所の情報が含まれていたのだ。
その場所は鷹ヶ城から重京までの道のりを7割ほど進んだ場所にあった。
すでに山間部の最高地点を越えて下りに入った後、両側を険しい山肌に囲まれて進む街道の一角。
この部分の東側の山肌だけが緩やかな山肌になっていた。
そこを登ると直ぐにその山の頂上に到着する。
周囲を高い山に囲まれながらそこだけはなだらかな低い丘の様になっていた。
そして、この場所は街道を見渡す事も出来かつ、野営に十分な広さを確保できそうなのである。
ここなら敵襲を警戒しやすく、もし、敵襲があっても十分に対処できそうである。
高所という地の利もある。まさに、野営地として最適な場所だ。
それから、重京の情報も入って来た。
捕虜たちの情報も合わせると、この街は特に攻めにくい城塞都市とかではなさそうだ。
周囲に城壁があるにはあるが、その高さは3mほど、堀もない。
国境から結構遠いゼノンの街でも周囲に5m以上の城壁が2重で囲っており、等間隔で鐘楼まであるのに比べればその防衛力の程度がわかるだろう。
そう街自体の攻略は簡単そうである。
問題は重京の街の南側。
街が接する中で一番高い山の中腹に建設された要塞だ。
元々は石切り場だったそうだが、帝国が占領した際にここに砦を築いたそうだ。
周囲を石垣で出来た城壁が囲み、内部も石造りの建物が建ち並ぶまさに要塞で高い塔も5棟あるようだ。
帝国が街に睨みをきかすかのように建設したこの要塞は、皇国へ向かう街道のすぐ側でもあり、街道を通るには要塞のすぐ下を通過する事になる。
もし正攻法で攻略するとなると、狭い街道から上方の強固な城壁を攻撃しなければならなくなる。
狭い街道からの攻撃では、先頭の少数の兵力しか攻撃に参加できない。
しかし、相手側は城壁の上や塔の上から攻撃してくるので、
ただでさえ兵力の劣勢が予想されるのに、攻略はほぼ不可能だろう。
まさに鉄壁に見える。
ただ、正攻法でない方法が出来そうではある。
これからその作戦について詰めていく必要がありそうだ。
鷹ヶ城攻略の報酬として行われた俺の騎士団員の募集だが、予想以上の希望者が集まった。
その数およそ千人。
一気に兵力が3倍になった。
しかし、数だけを見ればだが。
実際はとても戦闘には耐えられそうにない痩せ細った者や女性までいた。
仕事にありつけず食べるのにも困り、最後の手段として応募してきたのだろう事が容易に想像できた。
たしかに、今回の募集に条件は付けなかったが、それでも騎士の募集だ。
全くの素人が食事欲しさに応募してくるのは予想外だった。
しかし、彼らがやって来た都市の名前を聞いて納得した。
今回の募集は主要5都市、つまり皇都とポートロイヤル、ランドマーク、ゴールドラッシュ、そしてゼノンで行われた。
そして、彼らはほとんどがポートロイヤルで応募して来たのだった。
言わずとしれた加賀将軍の領地である。
なんか意図を感じるのは気のせいだろうか。
しかし、加賀将軍の意図がなくても、東の方ではこういった人達が多いような気もする。
理由は、加賀将軍の息のかかった貴族たちが行う領地経営が善良な気がしないからだ。
もしかしたら、ポートロイヤルでは彼らの様な人達であふれているのかもしれない。
確認していないから想像だが。
とにかく、加賀将軍の意図があってもなくても、現実としてこの人達の配属先を考えなければならない。
まさか素人以下の人達を訓練で兵士にするにはあまりにも時間がなさすぎる。
てか時間があっても無理そうだ。
ではどうするか。
まず、女性たちには武術の経験がある等の例外を除いて全員司厨部隊に配属する事にした。
新しく設立した司厨部隊だが、軍について行軍する部隊の他に、駐屯地で食事を提供する者に女性たちを回す事にした。
これまで駐屯地での食事は当番制で兵達が自分で作っていたので、その負担も減らす事が出来て一石二鳥である。
もちろん、司厨部隊が全員女性という訳では無く、女性は四分の一以下である。
従軍する司厨部隊はほとんどが男性(一部希望する女性もいた。)で、料理に自信があるという者を中心に選定してある。
中には料理屋で働いていた者までいた。
彼らの今後の活躍で軍全体の負担がかなり軽減される事だろう。
一方、料理にも自信がなく、体力的にも不安があるような者たちは、こちらも新設の補給部隊に配属する。
補給部隊の任務はご存じのとおり、主力後方で食料や消耗品の輸送である。
輸送と言っても米俵を担いで行軍するのではなく、荷車に乗せての輸送だ。
荷車は馬だけでなく、ロバにも曳かせる。
なので行軍はどうしても遅くなる。
そして、補給部隊員の仕事は警護の者を除くとそのほとんどが、馬やロバの轡を持って一緒に歩くこと。
つまり、馬たちの誘導役だ。
この仕事なら力は必要ない。
そして仮にも、ポートロイヤルから皇都まであるいてやってくるだけの脚力はある者たちだ。この仕事なら適任だろう。
ポートロイヤルからの応募者はおおむねこんな感じで落ち着いた。
そしてその他の街からの応募者だが、武術の経験があったり、腕っぷしに自信がある者は当然第一大隊(槍隊)に配属になった。
狩人など弓の経験者は第二大隊。
もちろん、魔法が使える者も第二大隊だ。
数人だったが魔法が使える者がいたのは僥倖だった。
そして一名だが治療魔法を使えるエルフの応募者もいた。
もちろん衛生隊に配属。小隊長をやって貰う。
農家の二男や三男で家の後を継げないので応募して来たという者も結構いた。
彼らは体力には自信がありそうなので、一部槍隊を切望する者以外は第三大隊の配置だ。
そして今回、わずか34人と少数だがゴールドラッシュから応募して来てくれたドワーフ達がいた。
彼らは鉱山で働きながら鍛冶などの勉強をしていた物づくりのプロだ。
なぜ彼らが今回応募して来てくれたかというと、帝国に一矢報いたいかららしい。
彼らは帝国で迫害されたり、河南国が占領されたときに逃げ出してきた者達で、まだ親類縁者が帝国内に残されている者達だった。
彼らは帝国から受けた仕打ちが許せないらしい。
しかし、そんな彼らだが俺としては彼らの優れた物づくりの腕を戦場で失うのは忍びない。
というか、活用したい。
なので新たに製造開発大隊を新設してそこで兵器の研究開発、生産をして貰うことにした。
帝国に直接手が下せないと初めは反対されたが、彼らの作る兵器が帝国に一矢報いると説得し納得してもらった。
そして、こちらもわずか26人と少数だが元侍の応募者がいた。
彼らもただ第一大隊に配属するには勿体無いので、この際だから偵察大隊を新設し、そこに配属した。
5人で1小隊とし、5小隊(第5小隊のみ6名)編成。
侍としての経験を生かして偵察に従事してもらう偵察特化の部隊とした。
現在はまだ各部隊毎に訓練中だが、特に問題は発生していない。
第二大隊は既にカーラシア村まで先行させ、主隊と合流、訓練をさせている。
偵察大隊は実戦に投入済みだ。
今回の募集の結果、俺の騎士団は大幅に増強された。
新たな編成は以下の通りだ。
第1大隊(槍隊)【337名】
大隊本部、ガルガラ、副官1名、伝令5名
5個中隊 各中隊長1名、伝令2名、3個小隊各21名
※2個中隊増え、各小隊も15名から21名に増員された。
第2大隊(弓、魔法隊)【178名】
大隊本部、楓、副官1名、伝令4名
3個中隊(弓隊) 各中隊長1名、伝令2名、3個小隊各15名
1個小隊(魔法隊)28名
※弓隊が1個中隊増え、魔法隊も6名増員された。
第3大隊(工兵隊)【467名】
大隊本部、鉄次、副官1名、伝令15名
15個小隊各30名
※6個小隊増え、各小隊も20名から30名に増員された。
本部人員【45名】
俺、伝令4名
4個小隊(衛生隊)各10名
※1個小隊増えた。
新設
司厨部隊【104名】
司厨隊本部、司厨隊長、副官、伝令2名
2個小隊各50名
補給部隊【334名】
補給部隊本部、補給部隊長、副官、伝令32名
製造設備大隊【34名】
大隊長、副官、その他32名
偵察大隊【26名】
大隊長なし、5個小隊26名
以上、計1525名。
ようやく騎士団と呼べる規模になった。
実際、加賀将軍や赤穂将軍等の有力騎士団にはまだ全然及ばないが、
平民将軍の騎士団は千名程の人数なので、千五百名以上の俺の騎士団はもはや中堅どころと言ってもいいかもしれない。
もっとも、内情はほぼ全ての兵が入隊一年未満で女性まで多数所属している。
だから、外部からは弱小騎士団と見下されるだろうが、
特定の専門訓練を実施しているので、そう弱くはない。
むしろ、皇国では設立されたことの無い、司厨部隊や、補給部隊、偵察部隊等の専門部隊を有しているので、前線の兵は戦闘に集中できる。
このため俺的にはかなり強力だと自負している。