非常識?私の中では常識です
家について馬車を降りた所で出迎えてくれた男女が挨拶をしてくれた。
「初めまして将軍様。私はこの家の管理を任されております、小次郎と言います。
こちらは妻の梅です。今後も引き続き、将軍様のお手伝いをさせていただきたく思いますので、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。田舎から出て来たばかりで解らないことが多いのでいろいろ教えてもらうと思いますがよろしくお願いします。」
そう言って頭を軽く下げると、小次郎さん達があわてる。
そういえば、あまり実感がなかったが、将軍って結構偉い人なんだった。今日色々と調べていてそう思ったのだ。食堂の一件もあり、軽々しく頭を下げたのは失敗だったかも。
「とりあえず、家の中を案内していただけますか。」
少しギクシャクしたので話題を変える。
「も、もちろんです。どうぞこちらへ。」
そう言って小次郎さんが家の中を案内してくれた。
玄関は土間と一緒ではなく、完全に玄関としての機能をはたしている物で、入って直ぐに廊下がのびる。廊下の右側はさっきの庭で反対側は襖が並んでいた。
初めの部屋は居間で8畳だ。その奥が寝室で同じく8畳。その奥は廊下を挟んで風呂と厠があった。
寝室と玄関は土間につながっていて、土間は調理場になっている。
土間から勝手口越しに井戸が見えた。
その後、客間を二部屋と書斎に案内されて最後に端っこの部屋に通された。
玄関からまっすぐ伸びた廊下の最後の辺り、馬小屋に近いこの部屋は畳を縦に3畳ほど並べた様な細長い部屋で、それが5部屋ならんでいた。
書斎との壁は土壁だが、その他の部屋通しの壁は板で、床も畳ではなく板だった。
部屋の一番奥の床には小さな穴が開けられている他は、筵が1枚おいてあるだけだ。
そして、入り口は格子の扉がはめられているだけで中が丸見えだった。
「この部屋は?」
「奴隷部屋です。一応5部屋用意させて貰っています。よろしければ将軍様の奴隷を1人でも良いですので、使わせて頂けると助かります。」
「とりあえず、ここではなんですので、居間に移って話しますか。」
「はい、わかりました。」
と?を付けながらだが、場所を居間に移した。
ここ1年間、俺はこの国で過ごしてきた訳だが、今まで奴隷という言葉を聞いたことがなかった。もちろん見た事も。
文明レベルが昭和初期なら奴隷という制度はもうないはずなんだが。とりあえず、その辺の事を聞いてみる。
「申し訳ない。聞いているかもしれないが、私は今まで西の田舎に居まして、よく分からない事が多いのだが、将軍は奴隷を持っているものなのかな?」
「はい、そうです。将軍は3人、奴隷を持つものです。」
「3人?持つものとは、義務があるのかな。」
「義務はありませんが、普通は持つというのが当たり前です。
ほとんどの奴隷は食うに困って売られた貧村の娘で、高官が彼女たちを養うという考え方が一般的です。
もっとも、一種の嗜好品として国から与えられているみたいなところもありますが。一般奴隷を持っているというのはそれだけで特別な事ですし。」
つまり、ステータスとして持っているという事か。
「部屋が3部屋以上あるのは?」
「今後将軍様が恩賞として国王様から賜る事があるかもしれないからです。」
なるほど、奴隷は恩賞としても使われるのか。ステータス扱いなのもわかる気がする。
「一般奴隷という事は、それ以外の奴隷もいるのかね。」
「はい、一般奴隷と犯罪奴隷がいます。一般奴隷は国が認めた人物だけが持てて、持てる人数も決められています。
犯罪奴隷はお金さえ払えばだれでも買う事が出来ますが、犯罪を犯すような者ですし、者によっては使用期間が決められていたりします。」
「奴隷を持つにあたって注意しなければならないことは?」
「殺さない事です。奴隷でも殺してしまうと罪に問われます。ただし、主人の身代わりとなって死んだ場合は除きますが。」
「身代わり?」
「はい、毒味役として死んだ場合や主人の盾として死んだ場合などです。」
「奴隷の権利は?」
「生きる事です。それ以外は何をされても文句を言えません。」
生きるだけって、権利ないのと一緒じゃないか。まあ、食うに困って売られたような人だから、生きてさえいればいいのかもしれないが。
「わかった。ありがとう。ところで、家を改造する事って可能?」
「もちろんです。費用は掛かりますが、この屋敷は将軍様の好きにしてもらって結構です。」
「じゃあさあ、奴隷部屋を一つの大部屋にしてくれない。出入り口には襖を付けて、後、奴隷部屋の隣に風呂と便所を建て増ししてください。」
「……えっと客間に改造するのですか?では奴隷は持たないという事でしょうか?」
「いやいや、奴隷部屋の改造ですよ。人数分の布団を用意して一緒に寝て貰います。」
「奴隷同士を同じ部屋に入れるのですか?それでは暴動が起きます。」
「いや、大丈夫でしょう。だって貧村から買われてきた娘達でしょう。なら、暴れたりはしないはずですよ。」
「それでも危険です。申し合わせて逃げ出すかもしれません。」
「逃げるってどこに?元居た村に?無理でしょう。そしたら、すぐ見つかるどころか、匿ったとして村も罰せられますよ。
着の身着のままで逃げたって、皇都の城壁すら越えられずのたれ死ぬだけです。」
「……では、盗みを働いたりとか。」
「お金を盗んだとして、何処で使うんですか?」
「……。」
「ね、別に奴隷を檻に閉じ込めておく必要はないんですよ。」
「わかりました。で、風呂と便所は奴隷専用ですか?」
「そうです。私の側に置くのなら清潔であって貰わなければいやですから。」
「わかりました。手配しておきます。」
「あと、ついでに、服や手ぬぐい、石鹸などの日用品も準備してください。服は3人分3着ずつあれば大丈夫でしょう。」
「服や石鹸も用意されるのですか?奴隷に?」
「ええ、そうです。私は不衛生なのが嫌いでして。」
「わかりました。必要であろう物を用意しておきます。」
「ありがとう。ところでどれ位掛かりますか?時間と費用両方ですが。」
「家の改造は大工に聞いてみないと分かりませんが3日もあれば出来ると思います。費用は金貨10枚もあれば大丈夫かと。
奴隷の服等は明日中には揃えておきます。こちらは金貨1枚もあれば十分です。」
「合わせて金貨11枚ですか。分かりました。
明日、赤穂様の別邸に預けてあるお金を取りに行きますので、それからで良いですか?」
「あ、申し訳ありません。申し遅れました。
昼過ぎに赤穂様の使いの方が来られて、将軍様の荷物はお金も含めてすべて受け取っております。
お荷物は書斎の奥の物置部屋に。お金は書斎の金庫に入れさせていただきました。こちらが金庫の鍵です。」
小次郎さんが渡してきた結構大きな鍵を受け取る。
鍵の先端は四方に歯が飛び出した十字型で珍しい形だ。無くさない様に首からかけていた様で、長い紐が通されていた。
立ち上がってお金を取りに行こうとしてふと別の疑問を思いつく。
「ところで、小次郎さん達の給金はいくら払えばいいのですか?」
「あの、その、私達の給金は国から頂いております。四朗さんも同様です。」
「では、お金は払わなくて良いと。」
「はい、私達が将軍様に給金をいただく事はありません。
ですが、将軍様の食費についてはいただきたく存じます。また、何かご入り用でしたら、ご用意しますが、その代金についてもあらかじめご用意していただかないと。」
「分かりました。ではちょっと待っていてください。」
そう言って居間を後にして書斎に向かう。
書斎にある金庫は渡された鍵でちゃんと開いた。
中には確かに、赤穂様の執事の方に預けた皮袋が入っていた。
中身はヅルカの町の桟橋と国境の砦を立てた恩賞の計金貨1100枚だ。
もちろん少し使ったがそれでもまだ金貨1090枚と銀貨沢山が入っている。
本当はちゃんとあるかどうか数えるべきなんだろうが、そこはめんどく…ではなく、皆を信用しているとして数えていない。
が、見た感じ、袋いっぱいに金貨が詰まっているので大丈夫だろう。
金庫から、金貨を20枚取り出して物置部屋に置いてあった小さな皮袋に入れ直し、居間に戻った。
「改造費と当面の食費です。」
そう言って持って来た皮袋を渡す。
中を確認した小次郎さんがビックリした表情で声をあげた。
「こ、こんなにたくさんですか?改造費と言われた物を買ったとしても大分と余るのですが。」
「ええ、他にも何か頼むかもしれませんし、前払いです。」
「ですが、この分を1ヶ月ではとても使い切れません。」
「別に、使い切れない分は来月に回して貰っても構いませんが。というかなぜ1ヵ月なのですか。」
「あ、その、前に仕えた方が、1か月毎にしか食費を入れてくださらない方だったので。」
「そうですか。まあ、私の場合はいつでもいいので必要になったら言ってください。でも、無くなってからではなくて、少し余裕のある時期にお願いしますね。」
「はい解りました。そうさせていただきます。」
とここで、今まで小次郎さんの左側半歩後ろで控えていた梅さんが口を開いた。
「あの、そろそろお食事をご用意しようかと思うのですが。」
そういえばもう外はかなり暗くなっているはずだ。帰ってから結構な時間を過ごしてしまっていた。
「そうですね。よろしくお願いします。そういえば、皆で食べるには少しこの机小さいですね。」
そう、居間は大きい割に、机は小さなちゃぶ台が1つしかないのだ。
「え、皆で食べるですか。」
「?小次郎さん達はどこで食事を?」
「私たちは将軍様がお休みになられてから離れでいただきます。四朗さんは家に帰られてからでしょう。」
「四朗さんは通いなのですか。」
「はいそうです。」
「もう帰られた?」
「いえ、将軍様がお休みになられてからだと。」
「では、四朗さんに伝えてください。もう馬車を使う用はないので、馬の世話が終わったら帰って良いと。」
「良いのですか。」
「ええ。」
「分かりました。そう伝えます。」
「それから、小次郎さんや梅さんも一緒に食事をしましょう。そうですね、明日、大きな机を1つ買って来てくれますか。この机じゃ小さいので。」
「あの、ありがたい申しでではあるのですが、我々の様な者と一緒に食事をなさるなど聞いたことがありませんので、畏れ多くて」
「小次郎さん達だけではないですよ。奴隷の娘達とも一緒に食事をとるつもりです。」
「え、奴隷たちともですか。そんなこと…。」
「1人で食べるより皆で食べた方がおいしいではないですか。
良いんですよ、私が決めた事なんですから、謙遜する必要はありません。」
「……。」
「あの、申し訳ないのですが、その、将軍様の食事はご用意できていますが、私達の物はまだ作っていないのですが。」
と、押し黙った小次郎さんの代わりに梅さんが口を開いた。
「そうですか、では、今晩は一人寂しく食事を食べますか。ですが、明日朝からは人数分同じ食事を用意してくださいね。」
「お、同じ食事ですか。将軍様と同じ物は私たちの給金では…。」
「いえ、先ほど渡したお金から全員分の食事を用意してくださって結構です。
そうそう、初めに言っておきますが。奴隷も同じものを用意してくださいね。」
「奴隷もですか?」
「ええ、痩せた奴隷等興味ないので。」
もちろん方便である。
部屋といい、風呂といい、奴隷をぞんざいに扱う事が出来ない心の弱さを隠す言い訳だ。が、小次郎さんは思った通りの勘違いをしてくれたようだ。
「わかりました。では、明日の朝から私達も将軍様と一緒に食事をさせていただきます。その、ありがとうございます。」
「別に気にしなくていいですよ。そうそう、明日からですが、昼はお城の食堂を使わせていただきますので、昼食の用意は結構ですから。」
「分かりました、伝えておきます。」
少し前に梅さんは食事の用意に行ってしまったので、小次郎さんにそう伝えた。
夕食は豪勢だった。ってか、豪勢過ぎだ。赤穂様の別邸でいただいた食事並みだった。
重要な事なので再度言うが、俺は元一般庶民だ。
前の世界では給料はスズメの涙だったし、ジジカ村でも質素な食事だった。
それがいきなりこの食事である。
大きな魚の御かしら付はもちろん。鳥の丸焼きや具沢山のキノコ汁もちろん肉入り等過剰だ。
俺はたまに贅沢しようとフランス料理やイタリヤ料理、料亭で食事をした事もあったが、その都度あまりおいしくないと思った後、少量で満足いかずラーメン屋に行くという事をした男である。
もちろん、初めは『フランス料理だから』とか『イタリヤ料理だから』とか思っていたが付き合いで行った料亭でも同じ経験をして以来、俺は高級食料理は口にあわないと判断した。
その後上司に連れて行ってもらった寿司屋の寿司より某格安回る寿司屋の寿司の方がうまいと感じて確信にいたる。『高い物はまずい』と。
もちろん俺の偏見だと自覚はしているが、一度そう思ってしまうと、本当にそう感じるのだからしかたがない。
そんな俺だから目の前の豪華な食事を食べてもうまいと感じる事が出来なかった。
で、せっかく作ってもらったのだが、食後に梅さんに少しリクエストをした。
料理のレベルを下げてくれと。
具体的には、梅さん達が食べている料理に鮮度の良い物を使って出してくれるのがちょうど良いのだと。
もちろん、小次郎さんも梅さんも目を丸くしたのは言うまでもない。
そして、面と向かって
「たいへん珍しいお方ですな。食事の質を下げろなど、初めて言われました。」
と、珍しがられた。
その後、風呂に入らせて貰って(もちろん五右衛門風呂で、小次郎さんが裏で薪をくべてくれている。)、小次郎さん達を帰して、就寝した。
たぶん、変わった奴が来たと思われているだろうな。と思いながら。