チートですが何か?
号令と共に、ガルガラが一気に間合いを詰めて来る。その速さはおよそ人間業ではない。
巨大な斧と、重そうな鎧を身に纏っているにもかかわらず、短距離走の選手がスタートダッシュするような勢いで突っ込んでくる。
対する俺は動かない。というか動けない。
20mはあったろう距離は一気に縮まって、直ぐ前までガルガラの巨体が迫る。
しかし、突然その足取りは重くなり、もう直ぐで斧の先が俺に届くという距離でついに、ガルガラは歩みを止めて片膝をついた。
俺は冷や汗を流していたが、何とか勝利を確信する。
周囲の観客にどよめきが広がる。加賀将軍も馬鹿笑いをやめて目を見張っていた。
「どうした?何をしているガルガラ!さっさとその小僧をひき肉にしないか!。」
とうとう顔を真っ赤にした加賀将軍が物騒な事を口走るが、それでもガルガラは起き上がらなかった。
いや、起き上がれないのだ。彼の足はすでに足首の所まで地面に潜っており、起き上がろうとするとバランスを崩して再び膝をついてしまう。
何とか斧を杖代わりにして立ち上がったが、足はすでに脛の中ほどまで砂に埋まっており、杖代わりにした斧も頭部が半分ほど砂に埋もれている。
砂、そう砂だ。今ガルガラが居る周辺は地面が砂になっていた。
それも細かい砂で、重たい物が乗ればその重さに耐えかねて周囲に移動する。
いわゆる砂地獄のような。
実は村で特訓をしている時に、対人戦、対魔物戦において有効な落とし穴を考えていて閃いたのがこれだ。
普通の落とし穴なら、人間はともかく魔物なんかはかなり深くしないと飛び上がってきそうなので、ただ落とすだけでなく、捕えるという罠を考え付いたのだ。
そして、試行錯誤の末、砂地獄に一番適した砂の大きさと空気の穴の量などを試して、完成したのがこの砂地獄だ。
足首まで砂に埋まれば今度は砂の重みで足が動かなくなる。水でさえ、足首まで浸かった状態ではかなりの抵抗となるのに、水よりもはるかに比重が大きい砂なら言うまでもない。
完成してから、この罠は殺したくない相手を捕えるのにも有効である事が分かったので、重宝する事になった。
という経緯で作ったこの罠。
そこに体重が重く、重たい鎧に巨大な斧を持ったガルガラが勢いよく踏み込んだのだ。
結果は明白だった。
何とか抜け出そうともがいているうちに、膝まで埋もれ、ついには腰を過ぎて胸まで砂に埋もれるガルガラ。
周囲の人間も、ようやく事態が呑み込めたがどうすることも出来ず、ただただ見つめるだけだ。
そしてついに首まで埋もれた時ようやく沈下が止まった。
俺が再び魔法で砂を土に変えたのだ。
開始の合図があったのに俺が動かなかった訳。それは動けなかったから。そう、体は。なぜなら、練った魔力を青龍を通して地面に送っていたからだ。
青龍は魔力を通す。普通の武器を持っている人達からしたらそれは奇襲になる。
そして、その魔力にどのようなイメージを込めたのかというと、お分かりの通り、俺の前方の地面を砂に変えて砂地獄の罠を作ったのだ。後はご覧の通りである。
正直、砂部分に入ってもしばらく接近されたのは予想外で、本当は冷や汗ものだったが、何とかうまく行ってくれた。後は…
俺は再び歩けるようになった地面を歩いて首だけのガルガラに近づき、青龍をその首に添える。そして加賀将軍の方を向いて宣言する。
「相手選手は戦闘不能と判断しますが、私の勝利でよろしいでしょうか?」
今まで放心状態で状況を見守っていた将軍が、ようやく我に返って顔を赤くする。
「良い訳ないわ、この卑怯者が!そんな訳の分からぬ卑怯な手で!貴様は正当な試合を汚した罰としてこの場で処刑してくれる。者ども、この卑怯者を殺せ!」
と、こめかみに青筋をたてて怒鳴り散らす加賀将軍。
命令を受けた兵達も、何とか我に返ったが、命令を実行するかどうか戸惑っている。
戸惑いながらも一応槍の矛先をこちらに向ける。が、
「やめい!槍を納めよ。」
国王様が一喝して兵達を抑える。
「こ、国王様、こやつは国王様の前での試合を汚した卑怯者ですよ。なぜお止めになるのですか。」
本当に訳が分からない様子の加賀将軍。あまりにも自己中心過ぎて本気で分からないようだ。
「将軍、別に颯太殿は何も試合を汚してはいないだろう。」
その言葉にぽかんとする加賀将軍。
やれやれと仕方なしに赤穂様が説明してくださる。
「加賀将軍。この試合の規則は『相手を戦闘不能にすれば勝利という事だけ』だ。そのための手段については特に規則はない。その事は試合前に颯太殿も確認していただろう。
それに、颯太殿は黄色魔法の使い手。これは事前に皆が知っている事だ。
にもかかわらず、正面から突っ込んでいって、颯太殿の魔法に掛かった。
ガルガラの戦い方がまずかっただけで、颯太殿はなんら悪くない。
むしろ、筋力ではおよそ敵わない相手を負かしたその知力は賞賛に値する。
この勝負、颯太殿の勝ちだ。」
加賀将軍に代わって赤穂様がそう宣言された。
国王様も大きくうなずかれる。
そして、加賀将軍の取り巻き以外の将軍がぱらぱらとだが拍手をくれる。
周りを囲んでいた兵達も「お~。」っとざわめきの様な声をあげた。
そんな中加賀将軍だけは、下唇を噛み締めながらうつむいていた。
俺はとりあえず、青龍をしまい、ガルガラの頭の側の地面に手をついて魔力を流す。
今までガルガラを呑み込んでいた砂が小石に代わり、空間が出来る。
と、突然、その小石を弾き飛ばしながら地面から両手が突き出た。
両手をだしたガルガラは周囲の地面に手を着いて地面から抜け出した。豪快に周囲に小石を飛ばしながら。
地面から抜け出ると、再び穴に手を入れて斧を取り出す事も忘れない。
そして、元の様に斧を肩に担ぐと空いた手を突き出してきた。
意味を理解した俺はその手を握る。「お~」と言う声と共に、今度こそ周りの兵達からも割れんばかりの拍手が送られた。
そんな良い雰囲気の中、突然我に返った加賀将軍が叫びだす。
「ま、まだだ、まだお前の武を見せて貰っていない。そう、武だ。将軍に相応しい武を証明していないではないか。」
「何を言っている。加賀将軍。たった今、颯太殿はガルガラに勝って武を証明したではないか。」
「いえ、国王様。こやつは卑怯な手で悪知恵を証明しましたが、将軍に相応しい武はまだ示しておりません。」
「しかしだな、将軍。ガルガラと対峙するだけでも十分に武を証明したと思うぞ。」
「そうですぞ、将軍。普通の兵ではガルガラに対峙する事など不可能です。」
赤穂様もそう言って今だこの場の雰囲気を読もうともしない加賀将軍を説得にあたる。
しかし、加賀将軍は武がどうのこうのと一向に引く気配無くごねまくる。仕方がないので俺はある案を出す事にした。
「では、加賀将軍様。私はもう一度ガルガラ殿と戦いましょう。
しかし、今度は真剣ではなく、木刀を使います。勝敗も相手の体の一部に、木刀の一部が触れた時点で決着とします。
もちろん魔法は使いません。これでどうですか。」
その提案をしばらく無言で考える加賀将軍。そして、何か閃いたのかいきなり笑顔になった。
「よし、分かった。その条件で良いだろう。ガルガラ、お前の練習用の木刀を持って来い。それで、再試合だ。」
「あれですか、あれは鍛練用で試合には向かない…」
「良いから持って来い!」
加賀将軍の話を聞いたガルガラが何やら言おうとしたが、加賀将軍に一喝されしぶしぶ木刀を取りに行く。
しばらくして、帰って来たガルガラの手には長さ2m、太さ直径30㎝はあろうかという木刀と言うより、丸太に近い物が握られていた。
「これなら文句あるまい。さあ、再試合だ。」
文句大有りだろう。普通のサイズの木刀を渡された俺は心の中でそうつぶやくが、とりあえず、面には出さず位置に着く。
周囲を見るに、皆同じ思いなのか、加賀将軍の兵までも「卑怯だろ」てきな表情を浮かべている。
加賀将軍が再び笑みを浮かべながら右手をあげる。
今度はちゃんと中段に構える。
ガルガラも中段の構えのようだ。
そして加賀将軍が、挙げた右手を一気に振り下ろしながら叫ぶ。
「始め!!」
ガルガラは今度は突っ込んできたりせず、じわじわと間合いを詰める。
俺もゆっくりと前進する。
互いがけん制しつつ、間合いを詰めていき、距離が接近する。
しかし、身長差と持っている木刀の長さの為に、ガルガラの間合いの方が長い。
必然的に先にガルガラの間合いに入る。
ガルガラは一気に木刀を振りかぶり、振り下ろそうとする。俺はそれを少し安心しながら身構える。
ガルガラの振り下ろす巨大な木の固まりが迫る。が、その動きがスローモーションの様に俺には見える。
村での特訓中に発見した、多分これもチートだろう動体視力のおかげだ。
そのゆっくりとした動きに合わせるかのように俺の木刀も引き上げられる。
そしてやや斜めに突き出した木刀の切っ先より少し下がった腹の部分にガルガラの振り下ろした木刀が当たる。
ずしりとした衝撃が走るが、それを無理やり押し返さず横に流す。
ガルガラの木刀が俺の木刀に流され、その起動が少しずつ逸れて行く。
俺の木刀の腹の部分を滑って行くガルガラの太刀筋が、ついに俺の体から完全に横に逸れた時点で、俺の木刀は振りかぶられていた。そして一気に跳躍に移る。
これぞ剣道の返し技の一つ『すりあげ技』だ。
俺はどちらかと言うと『ぬき技』の方が得意だが、返し技が専門だ。
ガルガラが上段から来てくれてよかった。横からの薙ぎ払いなら後ろに飛んで躱すしかなかったからだ。
ガルガラの木刀が地面に触れて大量の土と石を周囲に吹き飛ばすが、それもすでに跳躍し振りかぶっている俺には届かない。
そして、避ける間もなく目を見開いて驚いているガルガラの眉間に向かって素早く木刀を振り下ろした。
ガン!という強い衝撃と共に木刀が弾き返されるが何とか押さえつけて、ガルガラの横をすりぬける。
そして、2、3m離れた所で振り返って残身を取る。
ガルガラは右手は木刀を持ったままだったが、左手は木刀から離して額を抑えていた。
よく見ると、ガルガラの木刀が当たった地面は大きく亀裂が入っている。それを見て再び冷や汗が背中を流れた。
「それまで、勝者颯太殿。」
いつまでたっても固まったままの加賀将軍に代わって国王様がそう宣言された。
周囲からはもの凄い歓声が沸き起こる。
周囲を固めているのは加賀将軍の私兵だと言うのに、皆一様に俺に対する賞賛の言葉を口にしていた。
もちろん、赤穂様を筆頭に将軍達も拍手を送ってくれている。特に、赤穂将軍と平民将軍は席から立ち上がっての拍手だった。
俺はその歓声の中、ガルガラに近づく。
ガルガラの額には血が少しにじんでいたが、ガルガラは気にもせずに立ち上がり、こちらに向き直ってくれた。
そして、二度目の固い握手を交わした。
「くそったれが、帰るぞ!」
我に返った加賀将軍は、国王様がおられる事など忘れたかのように暴言を吐くと、兵達を連れて練兵場を出て行った。
ガルガラもしぶしぶといった感じで着いていく。
残された加賀将軍の取り巻きは少々居心地が悪そうにしていた。
「さすがは颯太殿だ。見事と言う他ない。こんな場ではあるが改めて、颯太殿。貴殿を将軍に任命する。」
場が静かになると改めて国王様がそう宣言なされた。再び将軍達から拍手が送られた。
「ありがたき幸せに。今後精いっぱい精進する事を誓いましょう。」
なんと答えたらよいか解らなくて、とりあえず、そんな言葉が出た。後から考えると他にもっと言う事があったろうに。
「うむ、貴殿の働きを期待している。正式な任命式は明日行うとして、その準備は河内将軍、将軍に任せる事とする。」
「は、拝命致しました。」
平民将軍の一人が立ち上がって、そう言いながら頭を下げた。
「颯太殿の皇都での屋敷や使用人の手配等は丹葉殿。貴殿がしてくれるのであるな。」
「はい。私が手配させていただきます。」
緊張した感じで鉄次さんが答える。
「では、頼むぞ。後は、赤穂将軍。しばらくの間、颯太殿の面倒を頼む。分からない事が多いと思うので、教えてやってくれ。」
「はい、畏まりました。しっかりと教育させていただきます。また、颯太殿の屋敷が決まるまで、私の屋敷に泊まっていただきます。」
「うむ、そうしてくれ。では、颯太殿。明日の任命式までに名字を考えておいてくれ、家紋については後でも良い。
それから、兵と副将軍についてだが、これは加賀将軍の担当なのだが…。赤穂将軍。代わりに将軍に頼んでも良いか?」
「はい、承りました。兵については、今年新たに志願してきた者達が初期訓練をそろそろ終わる頃ですので、彼らを颯太殿に預けましょう。それなら加賀将軍も文句は言わないと思います。
副将軍の3名については、公募しましょう。優秀な者はどの将軍も手放したくないものですから、本人の意思に任せようかと。」
「うむ、そのように頼む。では、颯太殿。最後に何か望みがあるなら言ってみよ、良き試合を見せて貰った褒美も兼ねて叶えようと思う。」
「は、ありがたき幸せに。では、おそれながら1つだけ、副将軍の人事ですが、ここにおられる丹葉殿をその1人とさせていただきたいのですが。」
「丹葉殿か?もちろん構わぬが。丹葉殿、どうじゃな。」
「わ、私ですか。大変光栄なお話ではありますが、私は武は全然ありませんので勤まらないと思いますが。」
「そう言っておるが。」
「は、国王様もお分かりかと思いますが、私の戦い方は正面からぶつかる様なものではなく、小細工を要した戦いをして行く事になると思います。
その為には武ももちろん必要ですが、丹葉殿の様な人材がどうしても必要なのです。ですからできればお願いしたいところであります。」
「うむ、丹葉殿は今、課長だったかな。課長とは軍部では中隊長クラスかの?」
「は、国軍ではそのようなあつかいであります。」
国王様の質問に素早く赤穂様が答える。
「では、副将軍だと2階級特進か。颯太殿の登用の功として妥当だと余は思う。後は本人の意思だが、どうだろう。颯太殿もそのように言っているのだが。」
「は、国王様に許していただけるのであれば、全力で取り組みたく思います。」
「おお、やってくれるか。では颯太殿共々よしなに頼む。」
「は、」
鉄次さんは国王様の前で地面に額を着けての土下座でそう答えた。
「では、皆の者、後は頼んだぞ。」
そう言って、国王様は御付の者を連れて練兵場を出て行かれた。
赤穂将軍以外の将軍達もその後続々と退場して、いまだに土下座している鉄次さんと赤穂様、そして俺が最後に残った。
「丹葉殿は颯太殿の屋敷等の手配や後任への引き継ぎが終われば副将軍として颯太殿と合流で良かろう。」
「はい、そうさせていただきます。」
そう赤穂様の提案に鉄次さんが答える。
その後しばらくその場で今後の事について話し合った後、俺は翌日に備えて赤穂様の別宅でまた場違いな雰囲気を感じつつ床に就いた。