試合=死合!?
朝になって赤穂様の御屋敷に行く。
赤穂様はもう戻られていたが、事後処理に忙しいそうで、明日の朝早くに皇都に向けて移動するとの事。なのでその日1日はゼノン観光をして過ごした。
ゼノンの街はサウザンエメラシー西部では一番大きい地方都市なだけあって、行き交う人も多く、中心部には4階建てのビルが立ち並んでいた。
善政をひいている赤穂様の御膝元だけあって、治安もかなり良いらしい。
街行く人の顔は笑顔が多いし、街並みもきれいだ。
市場は中心近くに『どれ位だよ』と言いたくなる位巨大な物があり、その広さにも関わらず、所狭しと屋台や出店が並んでいた。
聞く所によると、この市場は登録さえすれば出店が無料で出来るそうだ。
また、出店場所は決められた区画から選ばなければならないが、そこでどんなものを売ろうが基本自由らしい。
基本と言ったのは武器や薬等の一部の商品については規制が掛かるからだ。
それでも普通市場で売られるのは日用品や食料品等であるのでこの規制はほとんど足枷にはならない。
薬と言ったが、森でとれるような薬草やハーブは対象外らしく、それらを売っている店もあった。
色々な屋台や出店を冷やかしながら、この世界の一般常識を情報収集していく。
この市場に限れば、商品の売買でも税は取られないらしく、それもこの市場が栄えている一因らしい。楽市楽座みたいだ。
じゃあ、領主様はどうやって税を徴収しているんだ?と思ったが、答えは簡単だった。地税である。
ここは領主様の土地。つまり、領民は領地様の土地を借りて家や店、工場等を立てて暮らしている。
という事は、土地の賃貸料金を領主様に払わなければならない。という事らしい。
農民の場合は、領主様の土地を使わせて貰って作物を育てたので、その作物の一部を領主様に納める。という考え方だそうだ。なるほど、理にかなっている。
まあ、領主様に知られないような所に家を建てて暮らせば、税は取られないだろうが、魔物なんかがいるこの世界、城壁のない様な所に家を建てるなら、家自体が砦の様になって、直ぐに領主様に知られるだろうが。
そんなこの世界についての勉強も兼ねた街歩きは楽しかった。
出店で気になった物を少々買ったり、買い食いをしたりとかなり有意義だった。
お金はヅルカの町で桟橋を造った時の恩賞があるのでまったく問題ない。
昨日宿に泊まる時、金貨を出したら、数枚の銀盤貨と銀貨でおつりが来た。今日も結構いろいろ楽しんだが、それでも1日で銀貨数枚を消費した程度だった。
その夜は今朝、赤穂様に今日は屋敷で泊まるように厳しく言い渡されたので、いまだに慣れない豪華な部屋で就寝した。
朝早く、赤穂様の使用人、いわゆるメイドさんに起こされて身支度を済まし、早い朝食をとる。
朝食は赤穂様はおられなかったが、鉄次さんと一緒だった。
それから、支度を済ますと、今度は赤穂様と同じ馬車に乗り込み皇都に向けて出発した。
日が落ちるぎりぎり前に、馬車は何事もなく皇都の赤穂様の別邸に到着。夕食をとった後、その日は終わった。
次の日は朝から国王様に、俺が造った砦について報告に行く事になっていたので、朝から三人で皇城に向かう。
前回来た時と同じように、馬車を降りてから建物を1つ通り抜けて本丸に向かう。
前回と同じ3階の部屋に入ると、こちらは前回と異なり、平民将軍はすでに全員着席していた。
今回は赤穂将軍と同行という事で、『平民将軍よりは後だが、貴族将軍よりは先』というタイミングでの入室となったみたいだ。
赤穂将軍は別にそういった上下関係は特に気にしないみたい(なぜなら、赤穂様よりも身分の低い貴族将軍よりも先に来ることを何らきにしてないから)様だが、そういった事に煩い人間がいるのだろう。特に貴族に。
で、前回とこれまた同じ場所に俺達が座った後、貴族将軍達も登場。すべての座布団が埋まった。
加賀将軍が入室した際には、なんとなく部屋の空気が冷たくなった気がした。
そして、将軍は俺をあからさまに睨み付け、赤穂将軍には見下したような目を向け、他の将軍達に目礼もなく、不機嫌そうに着席した。
和太鼓が2回なる。全員が土下座をする中、国王様の声が聞こえた。
「皆の者、参内ご苦労。面をあげて良いぞ。」
全員が顔をあげ、将軍様達が向き合うように座りなおしたのを見て国王様が続ける。
「今日は先日砦を造るように命じた颯太殿が、見事砦を造る事に成功し、その報告を聞くことになって
いる。まず、砦を視察した赤穂将軍。報告を」
国王様に促されて、赤穂様が少し前に出て国王様に正対し話し出す。
「は!颯太殿は国王様からお借りした200の兵と30の民にて見事砦を造りました。
立てた場所は大鷹川と古鷹川の合流地点の南西岸。森の中ですが、すでに森の木は切り倒されて、街道も鷹ヶ城も十分確認できます。
砦は、空堀と土壁、そして柵や一部塀等に囲まれており、見張り櫓が3棟、小屋と倉庫が5棟あります。
広さは2000の兵が詰めるに十分な広さでございます。
河も自然の防壁となりますので防御力は十分過ぎる位です。現に颯太殿はたった200の兵で1000以上の敵兵による攻撃を半日凌いでいます。
付け加えるべきはその建設の速さで、たった数日でこれだけの砦を造ってしまいました。
現在は私の兵1000が常駐して国境を警備しています。
以上です。」
一気に報告を済ました赤穂様が一礼をして元の姿勢に戻る。
「ふむ、報告を聞く限り、かなりりっぱな砦を造ってくれたようだな。
余もそなたなら立派に成し遂げてくれると信じておったぞ。
では、まず、報奨金として颯太殿には金貨1000枚を、颯太殿を連れて来てくれた丹葉殿にも金貨100枚を与えよう。それから、約束通り、颯太殿には将軍の職について…」
「異議あり!」
と、ここで思いもよらない発言で国王様の御言葉が中断される。
国王様の御言葉を遮ったのは、もちろん加賀将軍だ。
「無礼であるぞ、加賀総軍、国王陛下の御話を遮るとは。」
赤穂将軍が顔を赤くして怒鳴る。
「無礼なのはそこの若造だ。何処の馬の骨ともわからぬ者が、妙な悪知恵で国王様に取り入ろうとしているのだからな。」
「颯太殿は余の命令に従って在野から人材を探すべく努力してくれた丹葉殿が連れて来てくれたのだ。別に余に取り入ろうとしてはいないと思うぞ。」
話を遮った加賀将軍に対して、国王様は特にお怒りになった様子もなく、将軍が言った荒唐無稽な話の矛盾を指摘する。
「しかしですね陛下。何処の馬の骨ともわからぬ者を将軍にする等、身分制度を壊しかねません。」
なるほど、どうやら本音は自分の身分の保身か。俺が将軍職に就いたら、将軍職、ひいては自分の身分も下がるとでも考えているのだろう。
「だが、余が一度した約束を破る訳にもいかん。それに、功績のある在野を登用しないとなれば余の器が小さいともとられかねない。よって、余は颯太殿を将軍とする。」
正論で加賀将軍の意見を却下した国王様はそう宣言した。
「お待ちください陛下。陛下はご存じないのです。そこにいる者がどのようにして敵に勝ったのかを。」
焦る加賀将軍はなおも国王様に食い下がる。
「どういう事だ。」
それに対して国王様もあからさまに嫌悪感を出しながらではあるが、話を聞くようだ。
「そこの者は正々堂々と敵に勝負を挑むのではなく、こそこそと隠れて砦を造った卑怯者なんです。」
「赤穂将軍。詳しい説明を。」
「は!颯太殿の作戦は、確かに、敵に気付かれないうちに砦を造るというものでした。
ですが、そのために、早期に少人数で砦を建設した事は大いに評価できると考えます。
敵に見つからないようにあえて少人数での建設を行う事等、私には考えもつかないような事が多数ありました。
また、かなりの危険を冒して建設した事は事実ですし、この事は褒められこそすれ、決して卑怯者と罵る事は出来ません。」
「うむ、余も赤穂将軍と同様に考える。颯太殿の行動は賞賛に値する。」
「陛下や赤穂将軍がそのように思われても、一般国民はそうは思いません。
国民は、正々堂々戦って、勝ってこそ讃えるのです。敵に隠れてこそこそのと策を張る卑怯者には賞賛しません。」
「では、どうすれば良いと。」
「武を見せるのです。将軍に相応しい部を見せれば国民も納得するでしょう。
私に一つ名案がございます。」
「ほう、名案とは。」
「は、試合です。一騎打ちで武と勇を示していただければ良いかと。
実は勝手ながら外の練兵場にて準備は済ましております。その場でそこの者には将軍に相応しい器があるか示していただきます。」
「うむ、まあ、それで皆が納得するのなら良いじゃろう。颯太殿、武の心得は?」
「はい、多少は心得ております。」
「うむ、それは余も興味があるな。では、颯太殿、すまないが一騎打ちにて少し武を見せてくれないか。」
「は!畏まりました。」
「うむ、では、さっそく練兵場に移動しようぞ。」
国王様はそうおっしゃると襖を閉めさせる事もなく素早く立ち上がり、奥の部屋から外に出て行かれた。
平民将軍が慌てて立ち上がり、出口に急ぐ。
その後を追うように貴族将軍が続き、その後をゆっくりとニタニタ気持ち悪い笑顔をしながら加賀将軍が出て行く。
俺たちは最後に赤穂将軍に続いて部屋を出た。
練兵場に着くまでの道すがら、赤穂将軍は渋い顔をしながら俺に注意をしてくれた。
曰く、加賀将軍は卑怯な手を使って競争相手の家を押しのけて今の地位を獲得したらしい。
将軍職なのも、将軍職の地位と特権が欲しいために、金で雇った軍師をつかい、これまた大金で私兵を雇い、時には嫌がる領民を強制的に徴兵して、数の力で無理やり戦に勝って手に入れたそうだ。
また、将軍になってからも、弱い敵には敵が戦う意思がなくても攻撃を仕掛けて勝利を宣伝し、強い敵にはなん癖を付けて戦場にはいかず、行っても他の将軍の兵に敵を押し付けるなどの戦い方をしたりするみたいだ。
「まったく、その将軍が将軍の器を見せろだの、片腹痛いわ。颯太殿、今さら遅いかもしれないが、十分に注意してくれたまえ。
奴は自分の邪魔になるような存在は決して許さない。多分颯太殿も自分の利益を脅かす存在として認定されているだろう。
私も奴の妨害にはかなり被害を受けていてね。この試合も何かあると思うんだよ。」
赤穂様はこのように言って話を締めくくった。
練兵場に着くと、そこはさながら兵たちの娯楽場と化していた。
中心を取り囲むように円状に並んだ兵達の中に、将軍様達用と思われる腰かけと、国王様用の豪華な椅子が並んでいた。
とりあえず、赤穂様と一緒に兵の輪の中に入って行く。
兵達が作る輪は直径が50mはありそうで、戦うには十分な広さがあった。
が、前面の兵が盾で壁を作り、その壁の間から槍が中央に向けられていた。
「ちっ、くそが、この兵どもは加賀の、しかも私兵ばかりではないか。それを完全武装で取り囲むなど。」
と、中に入ると赤穂将軍の愚痴が聞こえた。かなりやばい事を言っているみたいだが、大丈夫だろうか。
まあ、俺にはチートがあるし、一応ここに来るまでに幾らか策も考えたので、多分大丈夫だろう。
チート能力のある今の俺は一騎当千だし、赤穂様や国王様だっておられるんだから。
そう思いながらしばし指定された場所、輪の中央で待つ。
国王様が到着した直後になぜか門で預けておいた青龍が俺の下へ届けられた。
その理由に思い当たる物は一つしかない。
すこし冷や汗をかくが、青龍の冷たい柄を持つことで逆に冷静になった。
勝負の方法と、加賀将軍の考えが理解できたからだろう。となると、おのずと対策も思い浮かぶ。
「ではこれより、ここの者の腕試しを行う。」
国王様が着席したのを見て加賀将軍がそう宣言する。
決められていたのか一斉に兵たちが声をあげた。
「では、対戦相手を紹介しよう。」
ニタニタ笑いながら加賀将軍が言うと、俺の正面の人垣が割れて1人の男が現れた。
出てきた対戦相手の男は顔中髭もじゃで赤い頭髪をオールバックにして、見るからに筋肉隆々なその体を揺すりながら蟹股で近づいて来る。
その背丈はゆうに2mを超していて、その肩には刃渡り1m以上もありそうな大きな双頭の斧が担がれていた。
しかも、こちらは着物に青龍だけなのに、しっかりと五月人形の様な鎧を付けている。
てか、こいつ今まで絶対に人垣の後ろで座ってただろう。じゃないと頭どころか肩まで飛び出ていたはずだ。
「な、ちょっと待て、ガルガラと対戦させるつもりか。」
対戦相手を見た瞬間、赤穂将軍がそう叫ぶ。
「ええ、そうです。ガルガラはまだ副将軍。将軍の器なら彼を倒せる程の実力がないとダメでしょう。」
と、加賀将軍は当然のように言う。お前は将軍だけど絶対にこいつには勝てないだろう。と、おれは心の中で突っ込む。
「無茶をいうな。ガルガラはドワーフとのハーフだぞ。それも突然変異の。この国、いや、この大陸最強の男に人間族が勝てるか!」
「た、確かにやり過ぎだぞ加賀将軍。それに、彼は武器を持っている様だが。」
「別にやり過ぎではありませんよ陛下。卑怯者でないと証明してもらうにはこれ位してもらわないと。
それに、彼は凄い策を使うんですよねぇ赤穂将軍。なら、ガルガラ位簡単に倒してくれるでしょう。
武器については当然です。実戦形式の試合なのですから。ほら、彼も真剣を持っているでしょう。」
のうのうと返す加賀将軍の声で皆が一斉に俺の手に握られた青龍を見る。
「では、勝敗の条件ですが、特に制限はありません。相手を戦闘不能にした者を勝利者とします。」
「ま、待て。それは無茶だ。颯太殿はケガじゃすまないぞ。」
「おや、やる前から赤穂将軍は負けを認めるのですか?将軍なのに?」
別に赤穂将軍が加賀将軍に負けるわけでないだろうに、そんなことを言う加賀将軍に赤穂将軍は押し黙ってしまった。
「お前もやれるよなぁ。将軍に相応しい武功をたてれるんだろう?」
それでも何か言おうとする赤穂将軍を無視して加賀将軍は俺にそう問いかけて来た。
「その前に一つ質問ですが、この試合の規則は『相手を戦闘不能にすれば勝利』という事だけですね。
つまり、どんな手を使っても相手を戦闘不能にさえすれば良いと。」
「ふはは、そうだ、その通りだ。別にどんな手を使っても良いぞ。
頭が良いんだろう。その頭でせいぜい良い策を考えるのだな。
まあ、この状況で勝てる様な策があるとは思えんが。
あ、そうそう、言い忘れたが、逃げようとするなよ。逃げようと周りの兵に近づけば容赦なく槍を突き立てるぞ。」
「別に逃げようとは思いませんよ。正直勝てますし。」
「ふはははは、これはたまげた、ガルガラに勝てると。本気でそう言っているのか?
頭が良いどころかとんだバカだな。
だが、言ったからには逃げるなよ。そして、後悔するがいい。もっとも後悔する暇があればだがな。ははははは!」
加賀将軍はついに本音を吐きながら馬鹿笑いを始めた。
自分で勝ってみろと言いながら、自分で絶対勝てない試合を仕組んで、そしてこちらを殺す気だろう。
まったく。権力の亡者だな。下種だ。
「そ、颯太殿。本当に大丈夫なんだろうね。」
国王様も心配そうにこちらを見ている。
「ええ、大丈夫です。」
「ではもう何も言うまい。加賀将軍始めよ。」
心配そうな国王様と赤穂将軍をよそに、馬鹿笑いが止まらない加賀将軍が右手を高々と上げた。
ガルガラが肩に担いだ斧を大きく前に構える。
それを見て俺も青龍を抜き放ち、中段に構える。
が、そのままゆっくりと下げて行き、下段を通り越して地面に切っ先を付けるという変則な構えをとる。
両者が構えをとったと判断した加賀将軍が、挙げた右手を一気に振り下ろしながら叫ぶ。
「始め!!」