作戦開始!
次の日は一日移動に費やされた。
朝迎えに来た馬車でまず赤穂様の別邸に到着。その後、鉄次さんと合流して赤穂様の馬車に同乗しゼノンに向けて出発した。
鉄次さんは、手配した人員と物品の確認のためにゼノンに向かうつもりだったらしいが、作戦に参加してもらうように頼んだ。
結果、先発隊と同行してもらい、俺が次発隊に合流する為に先発隊と別れてからは、先発隊を率いてもらう事にした。
先発隊は非戦闘員の人達も多いし、その非戦闘員の方が重要だ。
危険も少ない事から鉄次さんに率いてもらうことにしたのだ。
それに、先発隊で重要なのは、砦建設資材の加工精度と作戦のタイミングとのバランスだ。
作戦全体の事を理解してくれている人が、残っていてもらう方が良い。
ゼノンの街に着いたのは日も落ちた夜になってから。
俺たちは遅い夕食をとってから用意された部屋に別々に案内されて就寝した。
案内された部屋は、皇都の宿程ではなかったが、結構豪華な部屋で、やっぱり居心地が悪かった。
最近、お腹の調子が今一つなのも、ぜいたく品ばかりを頂いているのが原因の様な気がする。
次の日は作戦に参加する人員との顔合せだ。
兵隊さん達は部隊長だけでなく、全員と顔合わせをした。
元の世界の時に習った信頼関係構築の第1歩だ。
軽く訓示をした後に何人かと話をし、部隊長達以外の人達には解散してもらった。
部隊長さん達は全部で5人。
統括の中隊長さんが1名と先発隊、次発隊の隊長がそれぞれ1名。本体の弓隊と槍隊の長が1名ずつだ。
中隊長さんは本隊に同行する。
作戦で重要部分だけを説明し、その後は準備に取り掛かってもらった。
午後からは鉄次さんが集めてくれた大工さんと木こりさん達との会合だ。
全員に作戦の概要を説明し人員の振り分けを行っていく。
その後、砦の設計図を配布し、専門家の意見を聞きながらより良い方向に微調整をしていく。
ある程度意見が出て、細かい修正をした後、特に問題も見当たらなかったので、最後に軽い挨拶をして、準備に取り掛かってもらった。
夕食時に、赤穂様に万事うまく行っている事を報告してその日は終わった。
次の日、ついに作戦開始である。
私は鉄次さんと共に先発隊40名を率いて出発した。
目指すは帝国との国境線である大鷹川の支流、白鷹川だ。
俺も含めて全員荷物を背負い、徒歩で向かう。
途中まで街道を通っていたが、カーラシア村からは山に入る。
地元の人の案内でけもの道の様な細い山道で山越えをし、日没直前に白鷹川の上流に到着した。
その後は、少し開けた所で下草を刈って、テントを張り拠点を作成して就寝する。
第一の不安材料だった伐採地付近は、魔獣等の姿もなく、もちろん敵の間者どころか人の気配も全くなかった。
次の日は周辺の木を伐採して、木材にし、その木材も加工するという作業を開始した。
人の手が入っておらず予想よりも深い森だったが、木こりさん達は問題なく木を切り倒していく。
切り倒した木は、槍を置いた兵隊さん達に筋トレもかねて運んでもらう。
拠点近くに運ばれた木は、その場で大工さん達が木材に、そして砦建設資材にと加工して行く。
2日後には予定通り砦建設に必要な量が確保できる見通しが立ったので、後の事は鉄次さんに任せて俺は一度カーラシア村に戻った。
ゼノンの街を出発してから5日目。
カーラシア村で次発隊と合流した俺は、次発隊を率いて森の中を歩いていた。
国境線の大鷹川は、古鷹山の麓で帝国から流れて来た古鷹川と合流し、皇国側へ流れて来る。
その大鷹川沿いに帝国へつながる街道はつくられているのだが、この街道を進むのは目立つ。
だから俺たちはあえて昼が過ぎてから、街道と川を挟んで反対側の森を進んでいるのだ。
予定通り、辺りが暗くなり始めた頃に目的地、大鷹川と古鷹川の合流地点の南西側。古鷹山からも街道からも川を挟んだ森の中に到着した。
辺りが完全に暗闇に包まれる前に拠点を作成して一夜を過ごす。
次の日は敵に見つからないように注意しながら、作業を開始した。
兵隊さん達には拠点周辺の下草を刈ってもらっている。
俺は設計図に照らし合わせて、辺りを黄色魔法を使って整地をしていく。
木こりさん達は、どの木を残して、どの木はどの方向に倒していくかを考えてもらっており、大工さん達は残すと決まった木に登り、指定された位置に細工を施していく。
整地が終わると今度は堀と土壁の作成を始める。土壁に使う分の土を前面から供給する事で堀は完成。
土壁も胸の高さまでだがある程度厚みのある壁を作成できた。
そして、夕方までにはまだ邪魔な木が生えてはいるが、砦の土台が完成した。
これほど早く完成したのは、やはり、俺のチートな魔力による貢献が大きいのかもしれない。
辺りが暗闇に包まれた夜になって、俺たちは危険だが国境の大鷹川にやって来ていた。
しばらく川岸で息をひそめて待っていると、ついにそれはやって来た。
上流から木材で組んだ筏が流れて来たのだ。
俺たちは冷たい水の中に腰まで浸かりながら、筏を回収。拠点へと運んでいく。
夜通し流れて来る筏を回収しては拠点に運ぶという作業を行って、明るくなる前に、もう流れて来る筏がない事を確認し、拠点に戻った。
明るくなってから、素早く回収した木材を確認し、一部岩などにぶつかったのか損傷している部分を補修し、昼間は見つからないように就寝してすごした。
夕方過ぎについに本隊が到着。辺りか完全に暗くなってから再び川に向かう。
昨日よりもかなり多い量の木材を回収。拠点に運ぶ。
拠点では昨日の分も合わせて急ピッチで砦建設が始まった。
すでに土台も材料の加工も終わっているので、素早く何軒かの小屋が立てられ、柵が作られ、門が作られていく。
一部の木の上では、見張り櫓とするべくツリーハウスまで作成されていく。
そして、まだ早朝よりも早い時間にすべての木材を回収し終わり、拠点もすでに砦というにふさわしい外見を完成させた。
そして、日が昇る前にすべての作業が完成。砦完成を伝える早馬が出発した。
太陽が顔をのぞかせる少し前。辺りが明るさを増す頃、最後の仕上げに砦内と周辺の邪魔な木を木こりさん達が切り倒していく。
国境の森の中に初めて大きな音が響き、砦が街道からも古鷹山からもその姿を確認できるようになっていく。
邪魔な木が切り倒されると、木こりさんと大工さん達の手で、切り倒した木を並べて細長い筏にし、その筏を街道側の川にかけて橋とする。
この橋は浮いているので、敵が来た時などは、川と同じ方向に移動させるだけで渡れなくする可動橋だ。
そして、先発隊の兵も合流し、全兵力の200の兵は、武器、防具を身に着け完全戦闘隊形のまま待機していた。
約半数は弓兵という変則的な編成だが、戦闘において飛び道具である弓兵が強い事を知っていたからこその編成だ。
特に砦などでの防衛戦では弓兵が主役である。
橋を造り終わった木こりさん達が、森を通ってカーラシアの村に退避して行った頃。ついに鷹ヶ城から敵兵が下りて来るのが見えた。
敵兵はよほど慌てたのか、一軍となって下りて来るのではなく、準備が出来た者から下りて来るようで、バラバラな兵種の兵が小さな集団ごとに向かってくる。
そして先頭の40名位の集団がついに川向うの街道に到着、川を渡れるそうな所を探し始めた。
それに対して、敵を射程にとらえたこちらの弓兵100名が矢を射ち始めた。
遮る物のない街道で数人の敵兵が倒れる。敵も少数の弓兵が反撃するが、厚い土壁と木の塀に阻まれてこちらは被害がない。
バラバラとやって来た敵兵が300人程度になった時、ついに足軽と思わしき軽装の兵が川を泳いで渡り始める。
それを見て、弓兵の半数が川の中の敵兵に標的を替える。たちまち川の中は阿鼻驚嘆の地獄と化した。
それでも、街道に集まる敵兵が数を増し、渡河を試みる兵の数も増えたことによって、少数だが川を渡り切った者がでてきた。
初めは1人2人だったが、その人数は増えていき、砦の堀までやって来た。
しかし、塀の向こうから威嚇する槍兵に対して、少数のしかも軽装の敵兵はなすすべがなく、頭を低くしているだけだ。
しばらくこう着状態が続くも、こちらの弓兵による攻撃で順調に敵兵はその数を減らしていく。
しかし、渡河した敵兵の何人かが橋に気付き、可動橋を動かそうとし始めた。
また、浅瀬を見つけたのか、敵の大きな盾を持った装甲兵も渡河してきた。
そんななか、こちらは徐々に矢不足が表面化してくる。
本隊には出来るだけ矢を持って来させたのだが、長時間に及ぶ戦闘でついに底が見え始めたのだ。
そんな中やっと待っていたものが街道の向こうに見え始めた。
それは始め土煙だったが、近づくにつれて騎馬隊であることが分かる。
騎馬隊の後ろには、大きな旗が何本かと、大量の長槍の先が揺れているのが見える。
赤穂将軍は戦力の逐次投入はという愚は行わず、騎馬隊は槍兵等の歩兵と協調して進軍してきた。
その為、到着は騎馬隊のみの場合よりも遅くなったが、これで勝利は見えた。
現に、味方の後詰を目撃した敵兵は、慌てて撤退に移っていた。
今まで砦に向かって渡河していた兵も回れ右をして帰って行く。 もちろん、何とか渡河に成功していた敵兵も、もう一度川に飛び込んだ。
そして、赤穂将軍率いる部隊が到着した時には、敵はもう古鷹山を登っていた。
敵兵が離れていくのを確認した俺は、可動橋を渡河できる状態に移動させる事を指示して、門を開け将軍を迎え入れた。
後詰として来てくれた将軍の部隊は、結局敵兵とは1太刀も交えることなく砦へと到着した。
将軍を先頭に可動橋を渡って門をくぐり、砦へと入って来た部隊を俺は砦の門から少し入った位置で出迎えた。
「ご苦労だったな。立派な砦ではないか。出来るとは思っていたが、まさか10日も掛からずに完成させてしまうとは。さすがだな。」
馬から下りながら赤穂将軍がそう声を掛けてくれた。
「いえいえ、この作戦は元々私のアイデアではありませんし、赤穂様の協力があったからこそでございます。」
「『あいであ』と言うのが何かは解らんが、謙遜するな。これまでどの将軍もできなかった事をやったのだ。もっと胸を張れ」
「お褒めの言葉ありがとうございます。では、この砦は約束通り、赤穂様にお任せいたします。私は私が率いていた兵を連れてゼノンの街まで引きます。」
「うむ、ゼノンの街に戻ったら、兵は元の所属に戻す様に頼む。貴殿には改めて国王様から兵が与えられるだろうしな。」
「はい、ゼノンの街に着いたら兵はお返しいたします。」
「うむ、私はこれからこの砦は視察し、必要事項を指示したら、兵は部隊長に任せてゼノンの街に帰る予定だ。先に街に戻って待っていてくれ。」
「かしこまりました。ではこれで失礼します。」
そう言って俺は、今日まで砦建設に協力してくれた兵達を連れて帰路に着いた。
途中カーラシア村で先に退避した木こりさん達や先発隊の人々それに鉄次さんと合流。
作戦がうまく行ったことを一通り喜び合った。
また、少数だが、敵の弓矢に当たって負傷した者たちを医者に手当してもらった。
その後、再び出発して夜になってようやくゼノンの街に到着した。
街に到着すると、兵たちは元の部隊に帰って行き、木こりさん達もそれぞれ自分の家や宿に向けて帰っていった。
報酬は後日指定した役所で受け取れるようだ。
俺はというと、事後処理がある為街の税務管理支局に寄ると言う鉄次さんと分かれて、普通の宿屋に部屋をとった。
「秀吉のおっさんに比べたら、かなり楽な作戦だったな。」
久々に落ち着ける部屋のベッドに転がりながら、俺は鉄次さんにもらった国境付近の地図を見て呟いた。
今回の作戦は、伐採地点が自国内の安全な場所であったり、黄色魔法のおかげで砦の土台や土壁が簡単に作れたりと確かに史実のあの作戦よりかは格段に容易だった。
そう、俺が参考にした、後に太閤豊臣秀吉と呼ばれる人物、木下藤吉郎が行った墨俣の一夜城よりか。