少し有名人?
ブレードヒルに水車小屋を造った翌日からは、またいつもの様に麦畑を水田に変えるための水路の整備を続けていた。
そして、年が変わった。
この国では年が変わっても、特に行事とかはなく。新年の朝に村長さんが村人全員にあいさつにまわった位である。
もちろん、俺と弥々子さんは朝食前に長々と、学校の校長先生の様な新年のあいさつを聞かされた。
年が変わってしばらくして、水路の整備が一段落着いた頃に、今度はパクト村からも水車小屋を造って欲しいと依頼が来た。
もちろん断る理由もないから造りに行った。
パクト村は果実で有名で、果樹園の中に村があった。
こんな村だから水車小屋はいらなさそうだが、村民が食べる分の水田があり、小さくて良いから造って欲しいとの事。
もちろん、材料も用意してくれるというので、ジジカ村の様な小さな水車小屋を作成した。
そして、パクト村では美味しい果実をたくさんと、金貨2枚を貰った。
季節が春に変わり、山も新芽がうぶき、温かくなった頃、北山に魔獣の群れが現れた。
現れた魔獣はレッドウルフ。赤魔法の一つ、ファイヤーボールを使ってくる魔獣だ。
ファイヤーボールはアイアンクロー討伐の際にリンさんが使っていたあれだ。
レッドウルフが使ってくるのはもっと小さいものらしいが。
魔獣の群れが現れたという一報に、なぜか村はお祭り騒ぎとなった。
アイアンクローの時の様に「大慌て」ではなく、「酒持ってこい」のドンチャン騒ぎだ。
なぜこんな空気なのかと質問する前に、俺は討伐隊に組み込まれて、レッドウルフ討伐に向かわされた。
結論を言うと、レッドウルフ討伐は楽勝だった…
レッドウルフは、名前に似合わず青色に近い灰色の見た目オオカミだった。
そんなオオカミが7頭ほど一気に駆けて来た時には少し及び腰になってしまったのも無理はない。
しかし、途中で止まった4匹がファイヤーボールを撃ってきた時点で状況は一変した。
レッドウルフが撃ってきたファイヤーボールはソフトボール位で、速さもそれ程ではなかった。
しかも、レッドウルフがファイヤーボールを撃ってきたのを見て、素早くリンさんが『光の盾』を展開。
この光の盾、エルフのお得意らしく、まだ見習い魔術師だというのに、リンさんが展開した盾はもはや壁と言っていい大きさだった。
レッドウルフの放ったファイヤーボールはすべてこの光の盾に阻まれる。
そして、突っ込んできた前衛のレッドウルフ2匹は狩人の2人にあっさりと倒されてしまった。
残りの一匹もドクトルさんが大剣でぶっ飛ばすと、あっさり沈黙した。
その後、残りの4匹も一斉に襲いかかってきたが、前衛同様、2匹は狩人の2人が1匹ずつ仕留めて、
もう1匹はドクトルさんが同じようにぶっ飛ばした。
で、最後の一匹は俺に飛びかかって来たが、中段に構えていた俺に正面から飛びかかって来たので、ほとんど何もしないうちに、喉を青龍に貫かれて絶命した…
一応、1匹倒したが、なんか何もしないうちに終わったという感じである。
村人たちは楽勝だったが…
その後、レッドウルフを村まで運ぶと、待っていた村人たちが、あっという間に解体。
多数の牙と爪、それに7つの毛皮が綺麗に洗われた後、並べて天日干しにされた。
そして肉は村人全員に配られ、内臓は有志に引き取られた。
その後は分配されなかった肉を肴に、ドンチャン騒ぎ。
今朝、レッドウルフ現るの一報を聞いてお祭り騒ぎになった理由が分かった俺は、無理やり飲まされたお酒にあっさりと意識を手放した。
次の日は1日仕事もせずに寝込んだのは俺のせいではないと言っておこう。
そんな日々を過ごしていた俺のもとに、港町ヅルカから男爵の使いという男性が馬車で訪ねて来たのは、水田の稲が青い葉を伸ばし始めた初夏の事だった。
この男性は港町ヅルカで港湾管理の仕事をしているらしい。役職は港管理署次官。
やけに現代っぽい名前だが、つまり、役所で働く役人ということか。
因みに名は名乗らなかった。
『お前らみたいなのに名乗る名はない』みたいな感じかな。態度も横柄だし。
男爵の使いというのは、港湾も含めた町の管理を男爵がすべて行っているからだろう。
荷馬車ではなく箱型の客車タイプの馬車で来たのだから結構な地位の人だろうか。
村長もかなり緊張してたっぽいし。
で、その男性に俺が言われたのは、
「港の拡張工事を行え。畏れ多くも男爵様が給金も出してくれるそうだ。心して掛かられよ。」
っというものだった、上から目線で。
しかも、詳しいことはこいつに聞けと従者を一人置いてさっさと帰ってしまった。
…ほんとに何しに来たんだろう。
とりあえず、次官様を見送った後、残ってくれた従者の人に話を聞く。
「すいません。次官は仕事が忙しいのにこんな山奥まで使いに出されて少々ご機嫌斜めなので。
あ、申し遅れました。私、港管理署で次官補をさせてもらってます、唐助と言います。」
さっきの人よりかはかなりまともに名前を名乗ってくれた唐助さん。
でも、村長の前でこんな山奥とか…。少しおっちょこちょいなのか本心が声にでてますよ。
「お初にお目に掛かります。こんな山奥の村の村長の辰太郎です。」
ほらほら、村長少し棘があるよ。木材供給村なんだから山奥で当然でしょうに。
まあ、バトられる前に話題を変えるか。
「はじめまして、颯太です。ところで、港の拡張工事という事でしたが。」
「はい、そうです。実は、ヅルカの港は現在大型帆船が着岸できる岸壁が2か所しかないのです。
ご存知かと思いますが、帆船の発達と大型化が進んで、最近海運が好調になんです。
また、北西部の帝国との小競り合いも続いている中、ヅルカの地理的環境から、軍関係の入港船も増えています。
しかし、この岸壁が少ないという事が最近かなり障害になって来ています。
具体的には、岸壁待ちの船が沖で待機する事が多くなって来ているのです。
で、港の拡張工事をお願いしに来ました。」
なんか、かなりのマシンガントークだ。一息ついた所で、疑問を。
「なんで、私なんかの所に。もっと良い人材がいるでしょうに。」
「それなんですが、実は、港の構造が原因でして、皇都の土方達も難色を示す位なんです。
しかも、『軍関係の補給船は停滞させるな』と言う命令でして。
で、困り果てた男爵様がブレードヒル村での水車小屋なる物の事を聞きつけて、土魔法を駆使する貴君ならと頼むように指示をなさった次第で。」
「だからあの次官さまが来られたと。」
「ええ、男爵様直々のご命令なので、所長か次官が行かないことには。」
「わかりました。まだ出来るとは言えません。出来るかどうかは見てから判断させてもらいます。」
「当然です。ありがとうございます。私は今日はここに泊めて貰おうと思っています。
明日朝、私の迎えの馬車が来る予定ですので、その馬車で一緒に行きましょう。
それまで一通り持参した地図で詳しいご説明をさせてもらいますね。
それから、必要経費につきましてはすべてこちらで持ちますので、ご安心を。
後、給金は金貨100枚だしていただけます。」
「「金貨100枚」」
村長さんと声が揃った。
「ええ、金貨100枚です。もともとは皇都の土方に頼む予定でしたので、その支払額はそれぐらいが妥当だと。まあ、断られましたが。」
「そ、颯太君。ぜひ成功させなさい。我らが領主様の頼み、絶対に失敗は許されぬぞ。」
と村長さんがこちらをじっと見つめながらそう言う。
目を金貨に変えながら…。
絶対領主様どうのこうのは建前だ。俺でも判る。
「まま、とりあえず、現場を見てからで。」
とお茶を濁したつもりだったが、その後、もの凄いマシンガントークで地図をあちこち指しながら現場の説明を受けた。
しかも、お役所仕事的に、細かいとこまで書類を出しながら。
その仕事熱心さは買うが、日が落ちて、夕食をとった後もあれこれ説明するのはやめてほしかった。
もちろん、唐助さんはこの日、半強制的に村長さんの家に泊まった。
次の日の朝。唐助さんが言った通り、ヅルカから迎えの馬車が来た。
迎えに来た馬車は、昨日の馬車と違って屋根のないタイプだったが、それでも乗車専用の馬車だった。
俺と唐助さんは村長さんと弥々子さんに見送られながら、その馬車に乗り込みヅルカに向かった。
ジジカ村から曲がりくねった山道を下って直ぐにヅルカの門をくぐる。
馬車はそのまま南に向かって走り、大きい石造りの倉庫の様な建物の間を抜けると一気に視界が開けた。
港に着いたのだ。
ジジカ村につながる北門。その北門からまっすぐに南に延びる南北道、その終点が港だった。
港では大きな帆船が2隻岸壁に横付けしていたが、出て来たのはちょうど2隻の中間だった。
左右の船からは岸壁に渡し板が架けられ、引っ切り無しに樽や木箱を降ろしていた。
馬車を降りて、左右の船の中間から港を眺める。
ヅルカの港は小さい湾の奥に造られている。うねりや波風が入ってこない良港だ。
漁船の様な小さな手漕ぎボートや帆が1本の小さな帆船も結構な数行き来していた。
そして、湾の中心にも1隻大きな帆船が錨を下していた。
「お気づきになられましたか?今も1隻が岸壁待ちで錨泊しているんです。」
いつの間にか隣に来ていた。唐助さんが説明してくれる。
「ええ、しかし、あんな所に大きな船がいると邪魔じゃないですか?」
「確かに邪魔です。しかし、この湾以外に近くに錨泊できるような所がないので。
まあ、大型帆船が出入りする時あそこに居れば邪魔ですが、1隻が出港して入れ替える場合はそれ程でもありません。
ただし、錨泊船が2隻の時は大変ですが。」
「他の小さな船には邪魔にならないんですか?」
「小さな船は元々陸に近い所を進んでいましたので、湾中央部はそれ程でもありません。」
「なるほど。」
話が一段落したので再び湾の中を見回す。
この岸壁の西側は砂浜が広がっていた。その砂浜には所狭しと小さなボートが並んでいる。
砂浜の向こうには洗濯物干しの様な木の竿に漁網と思われる網が干してある物が並んでいて、その奥には木造家屋が並んでいる。
たぶん、あのボートは漁船だろう。今も湾の中では数隻のボートが網を入れ揚げしていた。
そして、砂浜の向こうは湾の外まで切り立った崖になっている。
湾の入り口の西側には丘があって、頂上には小さな灯台もあった。
反対側の東側は小さな水路が入り組んだ地形になっている旧市街地だ。
狭い水路に小さな帆船が多数出入りしている。
その奥湾の入り口は大きな岩がゴロゴロしている岩場だ。
「どうですか、港の拡張は出来そうですか?」
じっと湾内の様子を見ていると、しびれを切らしたのか唐助さんが聞いてきた。
「この地形だと、確かに難しいですね。」
俺はそう言わざるをえなかった。
「漁船が置かれている浜辺を埋め立てる事は出来ないですよね。」
「ええ、漁民の反対が大きすぎます。」
「皇都の土方の方はどうしようとしたのですか?」
「一応は旧市街地を埋め立てて大きな岸壁にしようとしたようです。」
「旧市街地を埋め立てて大きい岸壁にするのは得策ではないでしょう。
そうすると中小の船が入港できなくなって、輸送力は逆に落ちるでしょう。」
「ええ、私どもで試算した結果も輸送力減少となったので、皇都の土方もお手上げだと。」
「じゃあ残るのは、岩場の埋め立てか、丘のくり抜きか…。」
でも岩場を埋め立てたとしても波が高くて係留は難しいだろう。
今も特に入り口付近の岩場は大きく波をあげていた。
丘をくり抜く方は、大型船だと動揺でマストの先端が崖部分に当たりかねないし…。
「やっぱり無理ですか…」
「一応今考えられるのは、旧市街地を埋め立てる代わりに、中小の船は丘をくり抜いたトンネルの先に桟橋を造ってそこに係留する位かな。」
でも、この方法だと、港と言うか街の中心部からかなり離れた所に、中小船の係留地を造る事になるから、輸送が結構問題なんだよな。
馬車道の整備も同時に行わなければならない。
「そうですか、でも、その方法だと結構大がかりになりますね。」
「港の拡張工事なのですから、大がかりになるのは仕方がないですよ。
まあ、でも、桟橋は樽の上に板を並べていくだけだからそれほど大がかりには…」
(『桟橋』……桟橋!!)
「そうです。その手がありました。」
「何か良い方法でも。」
「ええ、良い方法がありました。唐助さん、この大型船用の岸壁は何mあるんですか?」
「え、えっと、確か220mです。」
220mか、左右の端は木箱などが積まれているから実質使用しているのは200m。1隻に付き100mあると良い計算か。
ってか、単位もmが通じて良かった。尺とか言われたら計算がややこしい。確かめてなかったが助かった。
「わかりました。では、今から必要な材料を言いますので、半分は明日までに用意してください。」
「あわわ、ちょっと待ってください。その用意が、せめて紙とペンが…。
そうだ、颯太さんがこの町に滞在中に使ってもらう宿を用意しているんです。そこなら紙とペンが用意できます。
続きはそこに行ってからで良いですか。」
「わかりました。では、そこに移動しましょう。」
唐助さんは、返事を聞くと直ぐに馬車に乗り込んだ。俺もその後を追って再び馬車に乗り込む。
馬車は通りを引き返すと倉庫街を抜け東西の街道との交差点で右に曲がってしばらくして止まった。
馬車を降りるとそこには3階建ての結構立派な石造りの宿屋があった。
「ここが工事中に颯太さんに泊まっていただく宿です。」
そう言って唐助さんはさっさと中に入ってしまった。仕方なく後を追う。
唐助さんは中で宿屋の主人と何やら話していた。宿屋の主人が何やらやけににやけ顔なのが少し気になるが。
しばらくすると唐助さんがカギを持って帰って来た。
「部屋は2階の奥だそうです。では参りましょう。」
そう言うと、さっさと二階に上がる階段を登って行ってしまった。
村に来た時も思ったが、唐助さんって突っ走るタイプなのかな。
そう思いながらも後を追って2階に上がる。唐助さんはすでにドアを開けて部屋に入るところだった。
部屋はなんと寝室とリビングの2部屋あった。
リビングには応接セットの他に勉強机の様な机と椅子もある。
ベットはダブルベット程の大きさで、シャワールームとトイレまであった。
どんなVIPルームですか。
「食事は三食1階の食堂でとれる様に手配しておきました。」
と、部屋の真ん中で立ち尽くしている俺に止めの一言。
しばし呆然ととってもニコニコ顔の唐助さんと見つめ合ってしまった。
部屋をノックする音でようやく我に返った俺はドアを開けると、そこには宿屋の主人がこれまたニコニコ顔でたくさんの紙の束とペン、それにインク壺を持って立っていた。
「ご要望の物を持ってまいりました。」
「おお、これこれ、これを待っていたんですよ。ご主人自らすみませんね。」
と唐助さんが紙の束などを受け取って、応接セットの机の上に置いていく。
宿屋の主人は、渡す物を渡すとさっさと帰って行ってしまった。
「では、先ほどの続きを、必要な物を言ってください。明日から工事を行えるように出来る物は今日中に集めてしまいたいので。」
すでに、椅子に腰かけてペンをインク壺に浸けて準備万端の唐助さん。
俺も慌てて椅子に座る。
「では、まず必要な材料を言っていって下さい。」
そう言って、ペンを紙の上に構える唐助さん。
「えっとですね。まず、木材ですが、太さ20㎝角、長さ20mの物が30本で、10㎝角、長さ5mの物が…」
「っ、ちょっと待ってください。『せんちめーとる』ってなんですか?」
「え、センチメートルはメートルの100分の1の単位ですが。」
「メートルの100分の1と言うと、えっと10㎜の事ですか。」
「ええ、そうです。センチメートルは使わないんですか。」
「私は初めて聞きました。」
「そうですか。では、改めて。木材ですが、太さ200㎜角、長さ20mの物が30本で、100㎜角、長さ5mの物が…」
と、必要になりそうな物を頼んでいく。
「分かりました。ちょっと量が多いですね。」
「あ、半分は3日後で良いですよ。とりあえず明日は準備出来る分だけで。」
「分かりました。では次は人足ですが、何人ぐらい必要ですか?」
そうか、今回は人手が使えるんだった。どれくらいが妥当かな。
「えっとですね。人夫が4人に大工が4人。それから、大きめの手漕ぎ船が5隻に漕ぎ手が5人ですかね。
船は漁船ので構いません。」
「少し大きめの漁船が5隻ですね。」
「ええ、まあ、大きいのは2隻で、後は普通の大きさで構いませんが。」
「分かりました。ところで、大工が4人でいいんですね。土方ではなくて。」
「ええ、大工さんが必要なんです。」
「分かりました。他には何かないですか?」
「えっと、明日から作業に入りたいので、今日止まっていた船のうちどちらか1隻を動かして岸壁を片方開けておいて欲しいのですが。」
「ええ、それならすぐに手配できます。人足も明日の朝には現地に居るように言っておきます。」
「ええ、そうしていただくと助かります。」
「それでは、私はこれからこれらの手配をしてきますので失礼します。また明日お会いしましょう。」
言うが早いか唐助さんは、メモした紙を束ねて颯爽と部屋から出て行ってしまった。
まったく行動が早い人だ。
一人残された俺は、唐助さんが置いて行った(忘れて行った?)紙とペンで明日どのようにするか簡単な見取り図を作成した。
その後は、大工さん達にしてもらう仕事の指図を書いていく。
㎝ではなく「0」を一つ足して㎜での表記に苦戦しながらも、色々と細かい所は絵を併記して書いていった。