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紫色の獏  作者: 丸虫52
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第一章 紫色の〝獏〟 ~〝獏〟の事情~

「とにかくその脳波は、私達に必要不可欠なんです。ずっと昔から摂取して生きてきましたから……」

 しみじみとした口調で、〝獏〟が言った。あたしは相槌を打ちながら聴いていた。と、急に〝獏〟が不思議そうな声で訊ねてきた。

「しかし、ここの人達ってどうなっているんです?」

「え? どう……って?」

 あたしは面食らった。

「ここの人達は夢を見ないんでしょうか? 今まで私がすれ違った人達は、エネルギーになるような脳波は少しも出していませんでした。あなたに逢わなければ、私は消滅していましたよ」

「ちょっと待った! 『すれ違った』って、その脳波は眠らないと出ないんじゃないの?」

「いいえ、起きてる時でも微量に出てますよ。ぼんやりしてる事、ないですか?」

「そりゃ、あるけど……」

「そう言う時に僅かですけど出てます」

「へえぇ……。そうなんだ」

 素直に感心したのに、〝獏〟はあたしを上から下まで眺めて、首を傾げた。どういうつもりかわからないけど、なんだかムッとした。

 そんなあたしの心に気付いたのか、〝獏〟は気を取り直したように話を続けた。

「それに、私はずいぶん前からあそこにいたんですよ。そう、二・三日前から……。ぎりぎりまで自力で動いてきて、後は運を天に任せたんですけど……。でも誰一人、あなたが気付いてくれるまで、本当に誰一人気付いてくれなかった。どうしてなんです? 私はそんなに見えにくかったでしょうか?」

「うう~ん……」

 あたしはどう説明しようか考えた。

「夕方だったから確かに見え易かったとは言えないけど、おそらく普通の市民は見えててもアクションなんか起こさないよ。んーと、あたしがあんたを拾おうかどうしようか迷っていた時だって、誰も気にしていないみたいだったし……」

「だから、それはどうしてなんですか?」

「えっと、つまりね……」

 あたしは市民の性格について説明することにした。

「人間は地上に住んでいた頃から人口過剰だったの。それをそのままここ、地下都市へ移した時に、そこが問題点になってね。『閉鎖された空間に置かれた人間は精神不安定に陥る』ってヤツ? 実際に、最初の頃は暴動や事故が多発したって。精神を病む人や自殺・他殺が激増して、全人口の20%が死亡したんだって。これに頭を痛めた《中央政府》が試行錯誤の末、人間の性格を穏やかでのんびりしたもの――つまり、ストレスの溜まりにくいものに統一しようと決めたの。それで、小さい頃からそうなるように教育されて……その結果として、あまり他人のプライバシーに興味を持ったり、進んで問題を起こしたり、わけのわからないものに近付いたりしない人間になったってわけ」

「…………ずいぶんつまらないですね」

 しばらく考えてから、〝獏〟はため息と共にそう言った。

「つまらないって……仕方がないじゃない。地上に住んでた頃のままだったら、今頃都市は目茶苦茶になってるわよ」

「そりゃ、そうでしょうけど……」

 〝獏〟はかなり不満そうに呟くと、黙り込んだ。あたしも黙って〝獏〟を見た。

 今の話は〝獏〟にとってはずいぶんショックだったのではないだろうか、とあたしは考えた。

 平和で何不自由のない満たされた生活をしている者達は、不平不満を持つことはあまりない。不平不満は『向上心』に繋がる。『向上心』は過度の『好奇心』や『想像力』を生み出す元になる。それは、ここ地下都市には必要ないモノ。それどころか、在ってはならないモノだ――これはあたしがよく学校の先生に言われることだ。

 もし仮に持ったとしても、それはみんな同じようなものじゃないだろうかと思う。

 だって生まれたときから同じものを与えられ、同じような環境で育って、同じような性格の者で……そんな者が他人(ひと)と違う『要求』を持つとは考えにくい。

 そこまで考えて、とんでもないことに思い当たった。

 もしかすると都市の人間は眠ってみる夢までも、均一化されたものなんじゃないだろうか? いや、それどころか夢自体見てないんじゃないだろか?

 そう言えば、最近の統計で、レム睡眠のない人が5%近くになったとかって言う話を聞いた覚えがある──それは〝獏〟にとっては死活問題だ!

「……何を難しい顔をしているんです?」

「うわっ!」

 あたしが自分の考えに没頭していると、じっと何事か考え込んでいるようだった〝獏〟が急に声をかけてきた。あたしは誇張じゃなく飛び上がった。

「だんだん顔が潰れてきてますよ。黙って見てる分には面白いですけど」

「うるさい!」

 あたしは怒鳴った。人が真剣に考えて、心配してるって言うのに、『面白い』とは何事だ!ところが〝獏〟ときたら、そんなあたしを見て声を出して笑った。なんて失礼な奴だ!!

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