第一章 紫色の“獏” ~『箱』の中の生活~
本編開始、です。
動物図鑑を中心に、とにかく盲滅法探した。
どのくらいの時間ディスプレイを見ていたのだろう。うー、目がチカチカする……。久しぶりに長い間椅子に座っていたので、身体のあちこちが痛い。関節が油切れでも起こしたように、ぎしぎし音を立てている気がする。
「ん~!」
大きく伸びをした。外はすっかり暗くなっている。そう言えばおなかがすいたかな? あたしは、夕食用の簡易カプセルを取り出して飲み込んだ。
食事用の簡易カプセルは、毎月ユニットに届けられる。カプセルには一日に必要な栄養分の三分の一が入っている。基本的に《政府》は自分のことは自分でする様に推奨しているので、三分の一と言うのは生体維持に必要な最低限の量だそうだ。必要量は申告制で、最大が一カ月分。あたしは半月分を申告している。
あたしは、もともと何かを作ることが好きだ。だからユニットにいる時は、いつも二・三種類の料理を作る。気分が乗らなくても最低一種類、飲み物やスープみたいなものを添えたりして、結構時間をかけて食事をする。だって、どうせ栄養を摂るなら楽しんだ方がいいじゃない?
でも、今日はゆっくり食事している気にならない。目の前の正体不明の物体が、とても気になるのだ。
もう一度、伸びをする。
肩から首筋を拳で軽く打ちながら、ベッドを振り返る。相変わらず、ぶるぶる震えている半透明の紫色の塊。
「……疲れた……」
ディスプレイのスイッチを保留にして、ベッドの方へ歩いて行き腰を下ろした。そのまま寝ころんでまた伸びをする。
「そりゃね、あたしだってマジに紫色の生物がいるなんて信じちゃいないけど……。実際目の前にあるとね、やっぱり正体知りたくなるじゃない?」
独り言を言うのは、あたしの癖だ。ユニットの中は、基本、音がない。シンとした空間は嫌いだ。静寂に押しつぶされる気がする。
クラスメイトの中には、プレーヤーで音楽をかけている人や3Dをつけている人がいる。
でもあたしは、そう言う機械類を持つ事が出来ない。「何をするかわからないから」と言うのがその理由。『要注者』が嫌だなあと思うのは、こんな時だ。だからあたしは、独り言を言う。
喋りながら、目の前にある紫色の塊を指で突いた。
「やい! 目でも角でも出してみろ!」
何度か軽く突きながら、いつの間にかあたしは眠ってしまった。そんなに疲れていたとも思わないのに、夢も見ずに眠りこけた気がした。
*** ***
しばらくして目が覚めた。目の前に真っ黒なまあるい物が二つ、きらきら光っていた。
焦点が合わない。あたしはゆっくり瞬きをする。何だろう、これ? 頭がまだ覚め切っていないので思考力はゼロ。それでも、ぼんやりした頭で必死に考えようとする。これは何? 何でこんなものがあるの?
黒いガラス玉が一瞬消え、すぐ現れた。ああ、瞬きしたのか……あたしは納得した。
「!」
突然、頭が完全に覚めた。
「え?」
思わず素っ頓狂な声を出して飛び起きた。
「お目覚めですか?」
下の方から声がした。視線を落とすと、声の主があたしを見上げていた。