プロローグ ~『箱』の中~
プロローグその二、状況説明編です。
ヘタり込みそうな足に力を入れて、大きく息を吐いて、あたりを見回す。
塵ひとつなくキチンと整理され、どことなく生活臭のないユニット。
「『監査』が昨日で良かった……」
安堵のため息と共に、あたしは呟いた。
『監査』とは、『要注意人物』として登録されている人々が、三か月に一度受けるように義務付けられているユニット丸ごとの検査と本人の『深層探査』の総称のことだ。
ユニット検査は、危険物や未登録品のチェックと没収が主な目的。ごく稀には残しておいてくれるけれど、殆どの場合はきれいにかっさらっていく。
『深層探査』は、危険思想のチェックを主な目的としている。これは学校や職場から、直接検査を受ける《心理センター》と呼ばれるところへ行く。
つまり――あたしは、『要注意人物』って事。理由は、「過度の好奇心」と「想像力過多」なんだって。……ま、いいけどね。
ともあれ、その『監査』は昨日終わった。
これから三か月間は、こっちから不都合を言い出さないか、よほどひどい態度をとって学校から通報されない限り、《センター》は手出しできない。実にラッキーだった。
ドアをロックして、『拾い物』をそっとベッドの上に置く。あー、緊張した。でも、少し楽しかったかな?
大きく伸びをして、改めて自分のユニットを見回す。
ユニット──あたし達学生の間では単に『箱』と呼ばれている。『家』と呼んでいる人もいるらしい。縦8メートル、横3メートル、高さ4メートルの長方体の生活空間。就学と同時に一人にひとつずつ与えられる個室。
コンパートメント、何て恰好のいいものじゃない。作り付けの机とベッドとユニットバスとトイレ、おもちゃのようなキッチン、後は机の上に端末のディスプレイと下のダストシュートぐらい。
入り口の、ひとつしかないドアを開けると、正面の壁は三分割されている。上部三分の一は物入れに、真ん中三分の一は窓に、それ以外は、発光パネルの壁になっている。周りは、味気も素っ気もないクリーム色の壁しかない。
小さい子供のいる夫婦は、もっと広いユニットを与えられ、《保育スペース》と呼ばれる環境の整った区域に住んでいる。曰く、「緑が多くて情操教育に良く、のびのびと子育てできる広いスペース。必要な施設が近くにある」《シティ》の中心部の公園周りだ。
それ以外の人は、中心部から少し離れた所にある《コロニー》に住んでいる。
《コロニー》とは、ユニットが三十個連なっているもののことを言い、ひとつの居住スペースには《コロニー》が十メートル間隔で百から二百並んでいる。原則としてプライバシー保護のため《コロニー》は一階建てだ。しかし、人が多く集まるところは二階建てのものもあるらしい。
もっとも、ユニットは頑丈で気密性に優れているから中で爆発が起こっても、左右の人はまるきりわからないらしい。もし空調が壊れたら、中の人間は酸欠で誰にも知られず、あの世行きになってしまうらしい。
窓は偏光ガラスがはめこまれていて、内から外は見えるけど外からは絶対見えないようになっている。これもプラバシー保護のためらしい。でもあたしには、人と人がいろんな意味で交じり合わないように隔離しているようにしか思えない。
ユニットの窓越しに見える風景は、十メートル先の《コロニー》の壁と窓、その間にある道路と地面だけ……。凄くつまらない――そう思っているのはあたしだけ。クラスメイトは、そんなあたしを「理解できない」と言う。
あたしはユニットの中にいるのが大嫌いだ。あんまりにも何もない(これはあたしが『監査』を受けているせいでもあるが)四角い箱の中に入っていると、周りの壁がじわじわ押し寄せてくる気がして、息苦しくなる。
知らず知らず、ため息が出てくる。
いけない、気持ちが沈み込んできた。あたしは何度か首を振ると、意識を切り替えた。――そう、今考えるのは『拾い物』のこと!
ベッドの上に置いた正体不明の『拾い物』をじっと見る。
しばらく眺めてみたが、まるきりわからない。大体、どっちが前なのかもわからない。あたしは思わず、ため息をついた。
「ま、いいや。取り敢えず、分かるところから調べてみるか……」
あたしは、ディスプレイの前に座ると、図書館を呼び出した。
書いたものを読んでみると、退屈な箇所ですね、すみません。