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4、幼馴染みの従姉妹と、あの人に似た人

「君、こんなとこで何してるの?」

不意に降ってきた声に、上総はビクッと肩を震わせた。目の前に人が立っていることに、全く気付かなかったのだ。

「見ない顔だけど、新入生?」

年の頃は四十代くらいの女性教師が、上総を見下ろしていた。

「あ、は、はい……」

「あぁ、あたしは北原聡子(きたはらさとこ)。国語教師よ」

北原はそう自己紹介してから、怪訝そうな顔になった。

「で、座り込んで何してるの?三年の教室で」

「あ、えっと……」

答えられずに上総がまごつくと、北原はやれやれとため息をついた。

「まぁ良いわ。君、結構可愛い顔してるんだから、気を付けなさいよ」

「は、え……?」

可愛い?

この人は今、俺のことを可愛いと言ったのか?

「ほらほら、用がないなら早く行きなさいよ」

「は、はいっ」

上総は慌てて立ち上がり、教室を出た。






それから数時間後、上総は入学式の席上にいた。

だが、『あの人』の瞳の綺麗さが頭から離れず、式に集中出来ない。

「……互いに切磋琢磨し、汚れない……」

学校長の話も上の空で、どうしてもぼんやりとしてしまう。

「ねぇ」

『かけがえのない生活を……』

(俺たちに関わるなって、どういう意味なんだろう……)

「ねぇってば!」

「っ、な、何……、」

隣に座っていた女子生徒が、いつの間にか何度も上総に話しかけていたようだった。勝ち気そうな切れ長の瞳が彼を映している。

「やあっと気付いた。えと、君って、木崎絢って子の幼馴染み君でしょ?」

「え、絢を知ってるの?」

「知ってる、というか従姉妹なんだけどね」

そう言って、彼女は名乗った。

「私、茜崎三穂(あかねざきみつほ)

絢と名字が違うということは、母方の親戚なのだろう。

「うちの母親と、絢の母親が姉妹なの」

「そうなんだ」

「そ。前もって君のこと、絢から聞いてたよ。幼馴染みが同じ高校に行くから、仲良くしてあげてねって」

「ふうん、」

絢も妙な気を回すものである。そんなことを思っていると、

「……でも、絢に聞いてたのより全然可愛いじゃん」

「は?」

三穂は「ひひひ」と笑って、

「胴長短足で顔は豚みたいで性格なんて、思い切りのない引っ込み思案で見ててイライラするけど」

「………」

「と、絢が言っていたから」


あいつはなんて先入観を植え付けたんだ、と上総は愕然とする。そりゃあ、背はそんなに高くないし、顔も良いわけじゃない。しかし、胴長短足で顔は豚みたいとは酷すぎやしないか。

「まあでも、絢は本当に君のことを心配していたんだよ」

「え、」

「上総が困ってたら、もし泣いてたら助けてあげてって」

「泣いてたらって、俺を何歳だと……」

確かに小さい頃は泣き虫で、ガキ大将に泣かされては絢に慰められたけれど……。

「上総は弱虫だから、誰かが守ってあげないとすぐにがらがら崩れちゃうから…だってさ」

「………」

弱虫は、何も泣くから弱虫なんじゃない。

心が弱いのも、弱虫なんだ。

絢が言っていたのを思い出す。

『言いたいことも言わないで、ただ自分だけが我慢してれば良い……。上総はそんなだから、目が離せないんだよ。大事な幼馴染みを、なくしたくないんだよ』嘘みたいに真剣な顔をした彼女を見たのは、それが最初で最後だったような気がする。

(絢こそ、俺以上に我慢している癖に……)

完璧過ぎるほどに楽しそうにしていた絢。彼女こそ、弱音を吐いたり他人に頼ったりすることをしないくせに。

「…君は、絢のこと友人として大好きなんだね」

絢のいとこだという同級生のその言葉に、上総は何の抵抗もなく頷いた。

「絢はね、親族の間でも良い娘だって評判なんだから」

何故か誇らしげに言って、三穂はにっこりと笑う。

「まあ、気が向いたらメールとかしてあげてよ。きっと飛んで喜ぶだろうからさ」

「ん?…うん、」

飛んで喜びはしないだろうが、学校生活に慣れたら絢と連絡を取ってみようと上総は思った。――と、その時、体育館内がザワッと騒がしくなった。

「何だろうね、」

三穂が不思議そうに言い、上総も首を傾げる。壇上を見遣れば、長話をしていた学園の長の姿はなく、一人の男子生徒が立っていた。彼が自己紹介を始める。

「たった今紹介に預かりました、生徒会長の春間途雪(はるまみちゆき)です。在校生代表として、新入生の皆さんに入学の祝辞を述べたいと思います。ご静聴、よろしくお願いします」

「え、」

「どしたの?」

壇上に、あの人の姿があった。でも、名前が違うのはどうしてだ?

「春間……途雪…、」

あの人は、自分を『春間途直』と名乗った。聞き間違えではないはず。ならば、今壇上にいるあの人に瓜二つの顔をした人は、一体……。

上総は混乱を必死に押し隠しながら、在校生代表の祝辞を述べる彼をただ見詰め続けた。







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