2、『初対面』
「直に触るなっ!!」
悪鬼のごとき形相で教室に入って来たのは、恐らく『あの人』と同級生らしい男子生徒だった。
ワックスでツンツンに立てた茶髪、着崩した制服、身長は百八十センチ近くありそうだし、がっしりとして腕っぷしも強そうだ。
「わ、わわっ!」
その男子生徒に、上総は後ろから思いっ切り襟首を引っ張られ、息が詰まった。
「お前、新入生か?……入学早々上級生を襲うとはいい度胸だな」
「おっ、俺は、」
「言い訳は要らねぇ。……直に手ぇ出しやがって、許さねぇからな」
ヤバい、とんでもなくヤバい状況だ。入学式早々、死にたくない!!!
「………ひょ、た…待って、」
上総が死の気配に怯え始めた瞬間、『あの人』が弱々しい声を発した。
「あ?」
『あの人』は、未だに苦しそうに踞っていたが、瞳には聡明そうな色が宿っていた。
(……瞳が、綺麗、)
光の関係か、『あの人』の瞳が微かに銀色に光っているように見えて、上総は思わず息を呑んだ。死の気配を一瞬で忘れた。
「この子は……違うんだ、僕を、助けてくれたんだよ……」
「こいつが?こんなにひょろっちぃ体でか?」
う、うるさい、ひょろっちぃって言うな!と上総は心中だけで思った。
「とにかく、放してあげて……怯えてる、から…」
「………」
「っ!」
放すにしても乱暴に突き飛ばすようにされて、上総は顔を床に激突させそうになった。
どうにか伸ばした手を床に着いて、激突は免れた。
「おい」
「な、何ですか、」
「お前、名前は」
「え…」
「謝るのと感謝するのに、名前が分からないと不便なんだよ、早く言え」
謝罪と感謝の気配が一ミリも感じられない口調と態度で言われ、上総は内心ムッとした。だが反抗して無視しようものなら、どんなことをされるか分かったものではないから、上総は素直に名乗ることにした。
「あ、藍原上総…です」
「かずさ、な。…俺は九条氷多。こいつは、」
「……僕は、春間途直、だよ」
ようやく落ち着いたのか、呼吸も安定して来たようで『あの人』は自分から名乗った。
彼の顔を間近で見て、上総は思わず顔が赤くなるのを感じた。
「・・・・・あいはら君、本当にありがとう。君が来てくれなかったら、大変だった」
儚い笑顔が、すぐ目の前にある。
鼓動がどんどんと激しく脈打って来る。
「おい、直が綺麗だからって見蕩れてんなよ、ガキが」
「!み、見蕩れてなんて・・・!!」
「とにかく!直を助けてもらったことは感謝してる。・・・だが、もう俺たちに関わるなよ」
「・・・・・は?」
「直、動けるか?」
九条氷多が、上総を押し退けるようにして途直に近付いた。
「・・・多分、平気」
「なら、行くぞ」
氷多に支えられるようにして途直は立ち上がると、再び微かに銀色に光って見える瞳で上総を見つめた。
「本当に、ありがとう・・・またね」
「!」
「直、またはないよ、または」
氷多の否定の言葉に、途直は何も応えなかった。
「じゃあな」
氷多と途直が連れ立って教室を出て行く。
上総はただしりもちを着いたまま、彼らを見送るしかなかった。