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1、『あの人』

桜だ、と藍原上総は目の前にある桜樹を見上げて、そんな当然のことを思っていた。

幹に手を触れて、そっと瞳を閉じる……『過去のあの人』を思い出しながら。




藍原上総、十六歳。つい昨日誕生日を迎え、そして今日、四月七日。晴れて、私立夕凪羅学園への入学式を迎えた。

昨年の文化祭に一緒に来た幼馴染みの少女……木崎絢(きざきあや)は、県外の高校の推薦入試を決めた。

『上総は私がいないと何も出来ないから心配だけど、心はずっとお隣さんだからね〜』と訳の分からない挨拶を残し、絢は先週の日曜日に実家から高校の寮に引っ越して行った。

(………俺は、今日から高校生なんだよな…。何だか、思ったよりも、大した感動も感想も、ないな…)

去年のこの高校での文化祭。今、上総が佇む桜の樹の下に、『あの人』はいたのだ。文化祭で賑やかに騒ぐ同校の生徒や校外からの客から距離を置いて、爽やかな六月の風を体に受けながら。

(まさか、この三月に卒業した…なんてこと、)

当然な疑問に今になって思い至った時、

「?」

どこかから視線を感じて、上総はキョロキョロと周囲を見回した。今上総がいるのは、中庭で桜の樹を中心に沢山の花壇が設置された場所だ。早く来すぎたためか、中庭には誰もおらず学校自体まだ静かなものだった。

(上、窓が開いて…)

入学前に届いた学園の案内図に拠れば、中庭は普通の教室のある一般棟と学園長室や教員室、事務室、視聴覚室などの専用の部屋が集まった特別棟にぐるりと囲まれたところにある。

窓が開いてるのは、一般棟の三階のようだ。

(?)

開いた窓が気になって、なんとなく上総がそちらを伺っていると―――

「あ、」

『あの人』がいた。しかし、

(何だか、苦しそう…)

開いた窓から身を乗り出し、苦しげに顔を歪めている。その彼の背後に、別の人間が見えた。そいつは、背後から『あの人』の首に手を回している。何か、争っているのか。

「っ、何してんだこら――っ!!!」

普段は大きな声を出さない上総だが、今はすんなりと大声を出せた。

「!」

『あの人』を襲っていたやつが、ぎょっと身を引くのが見えた。そしてさっさと窓辺から離れる。

「あ!逃げるなっ」

桜の樹の下を後にして、上総は走り出した。構内に入り、とにかく三階を目指した。

構内はやはり静かだ――当たり前だ、まだ九時前なのだから。今日は在校生は休みのためだ。

「だ、大丈夫ですか!?」

『あの人』は、三年D組と表記のある教室の窓辺で小さく踞っていた。

息荒く、全身が小さく震えている。

「……っ、」

思わず手に触れ、慌てて引っ込めた。ひどく熱いその手に驚いたのだ。

「せ、先輩、熱でもあるんですか?」

「………だ……じょ…ぶ、だよ…」

弱々しい声、体。全然大丈夫には見えない。

「と、とにかくどこか横に…」

どうにかして横になってもらわないと、と焦りながらも上総が再び『あの人』に触れようとした時――



「てめぇ!直に何してやがんだ!!!」



背後から響いて来た怒声に、完全に硬直する羽目になった。







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